「こんにちは、ジャック・オー=バルサラ先生。こうしてお会いするのは初めまして、ですね」
ジャック・オーの前で優雅という言葉がとてもよく似合う微笑みを浮かべた少女が教科書に乗せられそうなくらいに正された姿勢で腰を軽く折ってお辞儀をした。
「ティーパーティーのホスト、
お辞儀の状態から体を起こしたナギサはチラリと視線を横にやり、隣に立つもう一人の少女も紹介する。
「そしてこちらは、同じくティーパーティーのメンバー、
紹介されたミカもまた笑顔を浮かべるが、彼女はナギサとは違いスカートの裾を軽くつまんで片足を下げながらのお辞儀──いわゆるカーテシーを選んだようだ。
その動作は間違いなく洗練されたものではあったが、ナギサと比べるとミカのそれは優雅というよりも可憐という言葉が似合うだろう。
そんな二人の挨拶を受け、けれどもジャック・オーはあくまでフランクに返事をすることとした。
「二人ともよろしくね。改めて、シャーレの担当顧問の一人、ジャック・オーよ」
ジャック・オーのフランクな挨拶を受けてナギサは面食らったのか目を見張った。勿論、それは1秒にも満たない一瞬の間だったが。
一方、ミカの方は初めて見るものを前にした子供のように純粋な表情を浮かべた
「へー、これが噂の先生かー。あんまり私達と変わらない感じなんだね?」
そのままジャック・オーのことを頭のてっぺんから足のつま先までじっくりと見つめてくる。それはまるで、未知と遭遇した子供が好奇心のままに対象を眺めるようであり、けれどもどこかこちらを品定めしているような鋭さもどこか感じられた。
「なるほどー、ふーん……うん、私は結構いいと思う!! ナギちゃん的にはどう?」
「……ミカさん、初対面でそういった話はあまり礼儀がなっていませんよ。愛があふれるのは結構ですが、時と場所は選びましょうね」
どうやらミカのお眼鏡には
「うぅっ、それはまあ確かに……」
ナギサにたしなめられたミカはバツが悪そうに体を小さくするが、そんな二人を前にジャック・オーは笑ってヒラヒラと手を振った。
「二人とも、別にそんなに硬くならなくていいわ。ナギサちゃんの言うことも分かるけど、私そういう堅いの得意じゃないし」
「お心遣いありがとうございます、先生。しかし、私達はティーパーティ。トリニティ総合学園の規範となるべき存在です。たとえこの場に私達しかいなかったとしても……いえ、だからこそ誰に見られても恥ずかしくない立ち振る舞いをするべきです」
だが、ジャック・オーの言葉にナギサはゆっくりと首を振り返した。表情こそは依然として優雅そのものだが、その目だけは並々ならぬ激情を秘めているようにも見えた。
その目を見て、ジャック・オーはほんの少し目を細めてしまった。
まるで古い鏡を見せられているような気持ちだった。
だって、ナギサの目は”役割”に固執した過去の自分とそっくりに見えるから。
けれど、そんな過去の自分と向き合う時間はジャック・オーには与えられなかった。
「もー! ナギちゃんってば堅苦しすぎ! せっかく先生がこう言ってくれてるんだから、ちょっとくらいは肩の力抜こうよ! そんなガチガチになってたら、あっという間に石像になっちゃうよ!」
ミカがこらえきれないと言わんばかりに声をあげて、ナギサを軽く手の平で小突いていた。
そんなミカにナギサはため息を漏らしながら軽く彼女を睨みつける。
「ミカさん? 先程時と場所は選びましょうとお伝えしたばかりでしょう。ミカさんは『どうぞお気にならず、おくつろぎください』と言われたら招待されたパーティーでもそのように振舞うのですか?」
ナギサの反論にミカは再び喉を詰まらせたような声を漏らし、そして反論は出来ないと思ったのか僅かに唇を尖らせながら引き下がった。
どうにもこの二人、プライベートはともかく仕事をする上での相性は良くないらしい。というのがジャック・オーの感想だった。
とはいえ、これから何か一言話すたびにマナーだとかそういう堅い話をされるのもおっくうだったのでジャック・オーは本題を切り出すことにした。
「まあ、マナーについては今度ゆっくり教えてもらうとして……今日は相談があるって話だったけど、何か困ったことでもあったの?」
「わお、ジャック先生ってば結構大胆だね? ちょっとした小粋な雑談とかもなく、ズバっと切り込んでくるなんてさ」
「時は金なり、なんて言葉もあるわ。トリニティがキヴォトスでもトップクラスの規模を誇る学園なのは知ってるし、ましてやそこの生徒会長からのお呼び出しだもの。緊急性が高い、あるいは子供の手に負えないような問題が発生しているってことも考えられるでしょう? それなら、話は早い方がいいじゃない?」
ミカの茶化すような言葉に、ジャック・オーもまたウィンクをしながら若干おどけた口調で返す。
「もちろん、ちょっとした小粋な雑談をしながらティータイムをするのも歓迎よ? 折角トリニティの自治区まで来たんだもの。シャーレにいる二人の為にお土産買ってあげようとも思ってるし、おすすめのお店とか教えてほしいかな」
「おおー! いいね、そういう相談だったらいくらでも乗るよ先生! どんなものが欲しい感じ? 紅茶とか、お茶菓子なんかが無難かな? 他の先生って、男の人だったよね? あんまり甘すぎるのは控えた方が──」
「ミ、カ、さ、ん?」
「あっ」
背後から絶対零度を思わせるナギサの声に、ミカの動きが固まった。
それからギギギ、と油を差してない機械のような音が出そうな動きでナギサの方を振り返れば、そこには変わらず笑みを浮かべているナギサがそこに立っていた。
……最も、そのこめかみには僅かばかりの青筋が浮かび上がっていたのだが。
もちろん、それに気づかぬほどミカも鈍感ではなかったらしい。ナギサとジャック・オーの間で何度か視線をさまよわせた後、パッとジャック・オーの手を取った。
「と、とりあえず先生。立ちっぱなしってのもアレだからこっちへどうぞ!」
ナギサの圧から逃げるように自分の手を引くミカに苦笑しながらジャック・オーは案内された椅子に座る。
案内されたのは長テーブルの真ん中あたりの席だ。バルコニー構造の部屋らしく、正面の手すりの外側はトリニティの敷地や校舎がよく見えた。
初めて見るはずのその光景に、しかしジャック・オーは既視感を感じる。
手すりから望める敷地の景色、長テーブル、イリュリア城のような趣の部屋……。
まるで夢で見た様な光景だ、と考えたところでジャック・オーの中で何かがつながった。
「先生、それでは本題ですが──」
「ごめんね、ちょっとだけ確認したいことがあるの」
「せ、先生……?」
いてもたってもいられず、テーブルを挟んだ向かい側の席に着いたナギサの言葉を遮ってジャック・オーは席を立つ。
そのまま、テーブルの端……いわゆるお誕生日席と言われる位置まで歩いていく。
そこからの景色は確かに、今朝ジャック・オーが夢で見たものと同じだった。
ならばあの夢で出会った少女は、この部屋に出入り出来る生徒で間違いないだろう。
「ねえ、二人共。この部屋に出入りできる、大きな狐耳を持った女の子……知らない?」
その質問にナギサとミカ、二人の表情が露骨に強張ったのをジャック・オーは見逃さなかった。
二人の表情が強張ったのはほんの一瞬だ。次の瞬間にはミカが困ったような笑顔で頬を書く仕草をしながらジャック・オーの問いかけに答える。
「えーっとね、その辺を説明しようとすると結構長くなるんだけど……本当はティーパーティーのメンバーはもう一人いるの。セイアちゃん、っていうんだけど今はちょっと入院中で……でも、多分その子だと思う」
「入院中……体が弱い子なの?」
ジャック・オーの更なる質問に答えたのはナギサだった。
「はい。セイアさんは体質的に余り体調が安定しない方で……ただ、今回は特に芳しくないらしく
「元々ティーパーティーのホストは、順番でやるものだからね」
そう答えた二人が浮かべた表情はセイアを心配するものであることに間違いはないだろう。けれど、それにしてはずいぶんと悲痛な表情でもあった。
なのに、問いかけへのレスポンスは妙に素早かった。まるで、セイアについて質問をされたらそのように答えるような台本が用意されていたみたいに。
そのちぐはぐさから、のっぴきならない事情があることをジャック・オーは察した。
どうにも気になることではあるが、無理に聞き出すわけにもいかない。そんな無理を通せるほど、自分はナギサやミカとの信頼を築けていないのだから。
「そう。早く良くなるといいわね。……さて、私のせいで脱線しちゃってごめんなさいね。話を戻しましょうか」
だから努めて明るい声で、そして先程同様のフランクな態度をとりながらジャック・オーは二人の正面の席に戻ることにした。
「それでは改めて本日お呼びした件について、お話させていただければと思います」
「簡単だけど、重要なことだよ」
「補習授業部の、顧問になっていただけませんか?」