ナギサとミカに会ってから数日後。
ジャック・オーはシャーレのオフィスでナギサから送られてきたメールに添付されていた補習授業部の部員名簿をパソコンで確認していた。
「……あら、この子って」
思わず声に出てしまったのは、その中に見覚えのある名前が入っていたからだ。
「どうした?」
声をあげたジャック・オーに隣で同じように事務仕事をしていたフレデリックが手を止めてこちらを見る。
「フレデリック、
「ん? ああ、ヒフミか。そうだが、アイツがどうかしたのか?」
「ほら、私今度トリニティに臨時で作られる補習授業部の顧問をすることになったって言ったじゃない? ヒフミちゃん、そこのメンバーにいるみたいなの」
「アイツ、そんなところに入れられるほど成績悪かったのか」
余りにもバッサリと切り捨てるフレデリックに、ジャック・オーは思わず苦笑いしてしまう。
が、わざわざ作られる補習授業部の部員に登録されているということはつまりそういうことなのだろう。
「……いや、アイツはモモフレンズ……だったか。とやらの為に単身でトリニティの制服のままブラックマーケットに突っ込んでいくようなやつだ。大方テストでもすっぽかしたのかもな」
「え、何あの子そんな無茶する子だったの?」
フレデリックからもたらされた情報にジャック・オーは思わず驚きに目を見開いた。名簿に載っている顔写真からはそんな無茶とは程遠い穏やかそうな顔つきの子なのだが。
「まあな。だがお人好しだ。ほんの半日、アビドスの奴らと一緒に行動しただけでわざわざあの時の戦いに戦力を引きつれてくるくらいにはな」
そう語りながら、フレデリックは軽く鼻を鳴らす。けれど、その音は決して彼女を侮るようなものではなかった。見れば、心なしか唇の端も上がっているようにも思える。
「今まで会ってきた生徒の中じゃ、”世界”がなんなのか分かってる方の奴だろうな」
フレデリックの評価に、ジャック・オーは驚きに見開いていた目を細めて微笑んだ。
それはフレデリックが下す評価としてはかなり高いものであるのは間違いない。
フレデリック自身がヒフミと接した機会は決して多くはないのだろう。それでも、彼にそこまで言わせるだけのことをヒフミは為していたのだ。
そこまで考えて、ふとジャック・オーは気になったことを聞いてみることにした。
「ねえフレデリック、ちなみに”世界”が何なのかが分かってるなって思える生徒って他に誰がいるの?」
「ん? そうだな……今のところ一番分かってそうなのは便利屋68のアルだろう。他はシロコ、後はミレニアムのエンジニア部のウタハ辺りもそれとなく分かってそうな気はするな」
「その心は?」
「アルの奴は俺が直接話したのもあるが、アイツなりのアウトローってやつを貫くためにどうあるべきかってのが分かってる。シロコの奴は元老院の野郎どもと事を構えた頃のエルフェルトによく似ているな。アビドス対策委員会という居場所を守る、という願いが何よりも強い。ま、だから時々暴走しそうになるんだが」
そう言えばちょくちょく銀行強盗をしようとしていて、その度にげんこつする手間がかかるとフレデリックがぼやいていたことをジャック・オーは思い出して苦笑いする。
「ウタハだが、正直勘だ。まあ出自もよく分かってねえアリスに光の剣を渡す判断をしたり、その後にゲーム開発部の生徒会襲撃に加担していたあたりアイツなりに望む世界があるんだろう。じゃなきゃちょっと知り合っただけの奴らの為に生徒会に喧嘩売るなんて真似も出来ないだろうしな」
「なるほどね……ヒフミちゃんは頼りにできそうで安心したわ」
そう言ったジャック・オーにフレデリックはクツクツと喉を鳴らしながら笑った。
「どうだかな。案外補習をすっぽかしてペロロ様とやらのグッズを買いあさりに行ったりするかもしれねえぞ?」
少しばかり意地の悪いフレデリックの言葉に、ほんのちょっとだけムッと来たジャック・オーもまた意地悪で返すことにした。
「そうなったら、あなたにヒフミちゃんを連れ戻しに行ってもらうことにするわ。ヒフミちゃんの為だけに席を外すってのも難しそうだし?」
「……もし勝手に抜け出すようなら、げんこつだと伝えておけ」
「こーら。そうやってすぐ暴力に訴えるのはダメでしょ」
「チッ……メンドクセェな……」
自分で言い始めたことなのに、あからさまに面倒くさそうな表情で舌打ちをするフレデリックにジャック・オーは本当に仕方がない人だと笑いながら肩をすくめる。
「まあ、何にしても皆がちゃんとテストで点を取れるように勉強を教えてあげないとね」
「ここまで来ると本当に教職員だな。教育実習も受けてねえヤブ教師だが」
「本当にね。まあ、アルバイトよりはずっと有用な授業をしてあげられる自信はあるけど」
「ハッ、違いない」
事実、ジャック・オーもフレデリックも飛鳥も知識や頭の回転の速さで言えばそこらの教職の人間など相手にならないレベルの頭脳を持っている。
教科書に書かれていることをただ読み上げるだけの情けない授業などするつもりもなければ、それ以上も余裕で出来るという自負もあった。
もっとも、それが生徒達にとって分かりやすいものであるかどうかは三人にとっても未知数なのであるが。
「あ、そうだ。フレデリック、一つ伝えておきたいことがあるんだけど」
ジャック・オーの呼びかけにフレデリックはパソコンのモニターから視線だけこちらに向けたのを確認して、彼女は続きを話し始める。
「この間夢に出てきた子、名前が分かったわ。トリニティ総合学園のティーパーティーのホスト、百合園セイアちゃんよ」
「ティーパーティーだと……? このタイミングでか。それで、この間トリニティに行って直接本人と会ったのか?」
「それが……」
フレデリックの問いかけに、ジャック・オーはティーパーティーのバルコニーでナギサたちから聞いたことを伝えた。
「体調不良で療養のためにトリニティに離れている……か。お前はどう思う?」
「嘘、と断定はできないわ。でも、言葉通りだとも思えない。セイアちゃんについて聞いた時、他二人の生徒会長であるナギサちゃんとミカちゃんの受け答えが変だったの。セイアちゃんに聞かれたら、こう答えるっていうのをあらかじめ決めていて、それを読み上げてる感じね。でも、表情はすごく辛そうだったわ」
ジャック・オーの言葉に、フレデリックは小さく唸るような声を漏らして腕を組んだ。
「だが、そいつらはいわば組織のトップだろ? そういうパフォーマンスだったという可能性はないのか?」
「なくはないけど……なんというか、そういうのとはちょっと違うような気がするのよね」
言いながら、ジャック・オーはナギサたちと話した時のことを思い出す。
改めて思い出しても、あれはパフォーマンスというには余りにも悲痛な表情だった。
ただ、大切な存在が欠けてしまったことに打ちひしがれている、というのとはまた違うような気もする。
その何とも言えない違和感が何故なのかが、ジャック・オーには分からなかった。
「まあ、分からんなら仕方ないだろ。気になるなら直接ナギサって言ったか? 辺りにもっと詳しく聞くしかないじゃねえのか」
「ま、そうね。すぐには無理かもだけど、どうせしばらくはトリニティにいることになりそうだし。少しずつ聞き出してみようかしら。あの子達の”世界”も知りたいしね」
「フッ、その意気だ。ま、なんかあれば呼べ」
何でもない風を装いながらも――事実フレデリックにとっては何でもないことなんだろうけれど――そうやって自分を気遣うような言葉を言って再び事務仕事に戻るフレデリックに、ジャック・オーは思わず頬を緩めるのだった。