BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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補習授業部の生徒達(2)

 ガスマスクを決して外そうとしないアズサを横目に、ジャック・オーはハスミにこれまでのいきさつを説明した。

 

「……なるほど、お話は理解しました。先生が、補習授業部の担任の先生になられると。……残念です、出来ればお手伝いをしたかったのですが」

 

 申し訳なさそうにするハスミに、ジャック・オーは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「それなら、今度この辺りで美味しいスイーツのあるお店教えてくれない? 来る途中いろんなお店を見たんだけど、良さそうなお店ばっかりでね」

「……! そういうことでしたらお任せください。この辺りのお店であれば大体のことは分かりますから」

 

 ジャック・オーのお願いに表情を明るくして答えたハスミは、そこまで言ってから慌ててわざとらしく咳払いをした。

 

「も、もちろん正義実現委員会としてパトロールの一環で訪れただけですので、決して日頃から入り(びた)っているという訳ではありませんよ?」

「ふふ、そういうことにしといてあげる。ハスミのエスコート、期待出来そうね」

「せ、先生……!」

 

 後輩達の前で自分の恥ずかしい所を見られたせいか、頬を僅かに赤らめながら恨めし気にこちらを睨みつけてきたハスミにジャック・オーは軽く舌を出して悪戯っぽく笑う。

 

「ふふふ。それじゃあ今度皆でパトロールがてら寄りましょう。それはそうと、さっき話した通りだからハナコとアズサを連れて行きたいんだけど、いいかしら?」

「はぁ!? ダメに決まってるでしょ!? 絶対ダメ、凶悪犯なのよ!?」

 

 それに待ったをかけたのはコハルだった。

 ジャック・オーをまるで信じられないようなものを見るような──それどころか若干の敵意すらにじませて睨みつけてくるコハルを、ハスミがたしなめる。

 

「コハル。先生はシャーレの方として、ティーパーティーからの依頼を受けてこちらにいらっしゃったのです。規定上は何の問題もありません。補習授業部の顧問、担任の先生になるのですから」

 

 どうやらハスミの言葉であればまだそれなりに素直に飲み込めるらしい。

 先輩が言うならと、コハルは口をもごもごさせながら引き下がった。ハスミがそれだけ信頼をされているという証拠であることに、ジャック・オーは思わず頬を緩める。

 が、その直後にジャック・オーの緩んだ頬は僅かに引きつることになった。

 

「そもそも補習授業部だなんて! 恥ずかしい!」

 

 鼻を晴らしてそう吐き捨てたコハルは、その勢いでまるで動物園の檻の中にいる動物のおかしな行動を笑うかのような意地悪な笑みを浮かべてつづける。

 

「あははっ! 良いんじゃない、悪党と変態の組み合わせ! そこに『バカ』の称号だなんて、私なら一緒にいるだけで羞恥心で死んじゃいそう!」

 

 この場合、無知は罪とは言えるのだろうか。そんな言葉がジャック・オーの脳裏に浮かんだ。

 何せ、4人いる補習授業部のメンバーは()()()()()()()()()()()()()

 ヒフミ、ハナコ、アズサ。

 一人(わら)うコハルだが、ハスミは眉間にシワを寄せながら小さくため息を吐いていた。

 ジャック・オーの隣にいるヒフミも、居心地が悪そうに声を漏らしている。

 まあ、どんな罪も償う機会とは与えられるべきものだ。フレデリックが、飛鳥が、そしてジャック・オーがそうであったように。

 

「コハル。残念だけれど、貴方も補習授業部のメンバーなのよ?」

「………………」

 

 ジャック・オーがそんなコハルにとっては辛い現実をなるべく優しい口調で告げれば、コハルはまるでビデオテープを一時停止でもしたかのように固まってしまった。

 そう。4人いる補習授業部のメンバー最後の一人は、下江コハルその人だった。

 気まずい沈黙が正義実現委員会の部室を支配する。ハスミはやれやれとこめかみに手を当てながら緩く首を振り、ヒフミは所在無さげに視線を泳がせる。

 そしてアズサはガスマスクを外さずに特徴的な呼吸音をあたりにまき散らしていた。

 

「……え、私っ!?」

 

 そこでようやく再起動を果たしたコハルがその沈黙を打ち破ったのは、たっぷり数十秒ほどたってからのことだった。

 

 

「では、ここに揃っているのが補習授業部のメンバーということですか?」

 

 ジャック・オーと補習授業部の生徒達は彼女達の為に用意された空き教室へと移動していた。

 なお、ハナコは水着のままだしアズサは未だにガスマスクを着けたままだ。

 校内を歩く水着の変質者、ガスマスクをつけた不審者、正義実現委員会の制服の生徒、そしてごく普通のトリニティの制服を着た生徒に彼女達に見劣りしない見目麗しい大人の女性。

 そんなトンチキ集団が周囲を目を引かないはずもなく──とはならなかった。放課後だったことと、補習授業部にあてがわれた部室がひと気の少ない校舎の隅の方だったからである。

 

「そうね。ヒフミ、ハナコ、アズサ、コハル。貴方達4人で全員よ」

「何とかみんな集まりましたね。補習授業部……それで、ここからが本当の問題なのですが……」

 

 何処か疲れたように息を吐くヒフミに、ハナコがほんの少しだけ粘着質な雰囲気をにじませながらヒフミに微笑みかけた。

 

「ふふ、何をすればよいのでしょうか? 阿慈谷(あじたに)部長? 放課後にひと気のない教室で、素行の悪い女子高生と大人が集まって……ふふ、始まってしまいそうですね」

 

 そう言ってハナコは一瞬だけ挑発的な、それでいて敵意すら滲んだ視線をジャック・オーへと投げかけてくる。

 思った以上に警戒されてしまっていることにジャック・オーが苦笑いをしそうになった時、ハナコの言葉に答えた生徒がいた。

 

「始まる……? まあ、何だって構わない。ちなみに私は本気を出せば、この教室で一か月は立てこもれる」

 

 アズサだった。妙に物騒な発言が飛び出しがちなのは、フレデリックがシンにしていたような()()()()()サバイバルに寄ってしまった教育方針のもと育てられたからだろうか。

 そんなアズサの横では机に突っ伏して頭を抱えたコハルがうわごとの様に「死にたい……」と繰り返し呟いていた。どうやらこちらは、自分が落第寸前だという現実を随分と恥じているようだ。

 ヒフミの話を茶化そうとしたり、恐らくヒフミの──というよりは学生の常識からはかけ離れた様な発言を平気でして来たり、そもそも話を聞く気を欠片も感じさせない面々にヒフミはちょっとだけ泣きそうな顔をしながらジャック・オーの手を取った。

 

「先生……その、よろしくお願いしますう……」

 

 確かにこの場にいる生徒達をまとめ上げるのは一筋縄ではいかないだろう。

 けれど、ジャック・オーはそれほど悲観的にはならなかった。

 

「ふふ、いいじゃないヒフミ。きっと楽しい補修になると思うから」

「へ……?」

 

 ジャック・オーの言葉にヒフミがキョトンとした顔をする。そしてそれは、他の生徒達も同様だった。──アズサはガスマスク越しだから分かりにくかったが、呼吸音のテンポがずれたからきっとそうなのだろう。

 

「だってそうでしょう? 所属も、好きなものも、目指すところも違う子達がこれだけ集まったのよ? どんな理由だったとしても、そんな子達が集まれたっていうのは素敵なことだと私は思う」

「そ、そうでしょうか……? でも私達、補習を受けて特別学力試験で合格点をとる為に集められてるんですよ?」

 

 ヒフミの言葉に便乗するかのように声をあげてきたのはコハルだった。

 

「そうよ! 私は正義実現委員会のエリートなのよ!? こんな部活さっさと抜けてやるんだから、馴れ馴れしくしようなんて馬鹿みたいなこと言わないでもらえる!?」

 

 刺々しい言葉を投げつけてくるヒフミに、けれど冷静に返したのはアズサだった。

 

「そもそも仲良くする為に集められたわけじゃない。しかるべき時までに補習──つまり訓練をして結果を出すために集めただけなんでしょ? なら親しいふりをする必要もないはず。違う?」

 

 なるほど、これはなかなか個性的な子達が揃ったなとジャック・オーはほんの少しだけ認識を改めようと思った。

 あくまでコハルは協調性を持つつもりはないらしいし、アズサもそれが必須ではないのなら必要がないと考えているようだ。

 

「それに、そもそもの話なんだけど……私が試験に落ちたのはあくまで……飛び級のために、一つ上の2年生用のテストを受けたせいだから!」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてそう言い放つコハルは自分の行いがどれほど無謀なことだったのかを理解しているようには見えなかった。

 

「あら、飛び級? どうしてそんなことを……?」

 

 ハナコの純粋な問いかけに、けれどコハルは先ほどまでの勢いはどこへやら。

 急にしどろもどろになりながら何か言葉を探すように視線をさまよわせた。

 

「ど、どうしても何も……! 私はこれから、正義実現委員会を背負う立場になるわけだし……!」

 

 随分と可愛らしい言い訳だった。けれど──いや、だからこそ。

 ジャック・オーはコハルを笑う気にはこれっぽっちもなかった。

 ちょっと良く見られたい。認められたい。そういう気持ちは人間なら誰しもが持つものだ。

 そして、そんな気持ちのままに動くことが出来る人間は決して多くない。たとえどれだけ無謀で、みじめな結果が待っていたとしても挑戦してみた人とそうしなかった人の間には確かに差が出来るものなのだから。

 

「つまり私は今まで、本当の力を隠してたってこと!!」

 

 ほんの少し考え事をしている間に、話は進んでいたらしい。コハルが本当は実力を隠していたんだ! と声高に主張をしている声でジャック・オーの意識が現実に引き戻された。

 

「今度のテストはちゃんと、1年生用のテストを受けるから! そうすればちゃんと優秀な成績を収めてはい終わりってわけ。分かる?」

「あ、あのぅ……とても言いにくいんですが、個人で優秀な成績を出したとしても、それでこの部を卒業できるわけではなくって……」

「なるほど、経歴を隠していたわけか。ちなみに私も今は、前のところと学習深度の違いが大きかったから、1年生の試験を受けてる」

「えっ!? アンタ、何年生……?」

 

 アズサの言葉にコハルがやや驚いたように目を見開く。そんな彼女に、アズサは何かを言おうと息を吸い込むを音をガスマスクからさせて──いったん動きを止めた。

 それから、おもむろにガスマスクを外す。

 マスクの下からは幼さを感じさせる顔立ち、やや不釣り合いな鋭い目つきをしたアズサの素顔が現れた。

 

「あら、可愛いじゃない。マスクもいいけど、そっちの方が素敵だと思うわよアズサ」

「ここは戦場ではないから。コミュニケーションをするならこっちの方が楽だと思った」

「ちょっと! そんなのどうだっていいでしょ! 私の質問に答えなさいよ!」

「ああ、そうだった。私は2年生だ。そういえば、そこの二人は何年生なんだ?」

 

 アズサの問いかけにヒフミは虚を突かれたように声を小さく上げ、ハナコは穏やかな微笑みを浮かべてながら答えた。

 

「わっ、私は2年生です」

「私も阿慈谷部長やアズサちゃんと同じ2年生ですねー」

「あ、あの……浦和さん、阿慈谷部長はちょっと……」

「あら、それは失礼しました。では……ヒフミ部長……で、よろしいでしょうか?」

「ぶ、部長も外してもらえると……別に部長なんて名ばかりで大したことをするわけでもないですし……」

「肩書は大切だ。しっかり決めておけば、いざという時の指揮系統も混乱せずに済むから」

「べ、別に戦ったりするわけじゃないですよ!? いや、ある意味戦いなのかもしれないですけど……!」

「ふふ、ヒフミ部長は欲しがりさんですね。それじゃあ……ヒフミ様♪」

「さ、様付けもやめてくださいぃぃ……」

 

 実に楽しそうにニコニコしながらハナコがヒフミをからかって遊んでいると、我慢の限界に達したのであろう。コハルが今日一番の大声で叫んだ。

 

「いい加減にしてよ!! アンタ達みたいな奴らと仲良しこよしなんて、死んでもごめんなんだから!! まあ? 精々ド底辺同士で仲良くやってればいいんだわ! 私はそんなことしてる暇ないんだから。じゃあねっ!」

「えっ?! あ、あの下江さん待ってくださ……! い、行ってしまいましたね……」

 

 教室を飛び出して行ってしまったコハルの背が消えて行った方を見つめながら、ヒフミが困ったような表情でため息を吐く。

 

「どうしましょう。補習授業部から皆さんが卒業する為には()()()特別学力試験に合格しなきゃいけないですが……」

「あらあら……それは少し大変そうですね?」

「む、そうなるとコハルと呼ばれていた彼女を連れ戻した方がいいんじゃないか?」

「せ、先生ぇ~……」

 

 今日何度目かのヒフミのヘルプコールに、ジャック・オーは今度こそ苦笑いを押さえることが出来なかった。

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