「ハナコ、この問題はどう解けば良い?」
「どれですか? ああ、なるほど。こういう時はですね、倍数判定法を用いてこのように──」
補習授業部の顔合わせから数日後。
放課後、補習授業部に割り当てられた空き教室でヒフミ達が自習しているのをジャック・オーは教卓に頬杖突きながら眺めていた。
ヒフミは特に心配ないだろう。ごくごく普通に教科書や問題集とにらめっこしながらテスト範囲の勉強を進めている。
時折眉間にシワを寄せることもあるが、それでも少しすればポンと音が鳴りそうな身振りで手を合わせてペンを走らせていた。
まあ、元々がテストを受けられなかっただけという理由での補習授業部入りだ。理由がペロロ様のゲリラライブに参加する為だったというのがなんともヒフミらしい。
ハナコはアズサやコハルの面倒をよく見ている。アズサからよく教えを請われては、都度分かりやすい言葉でアドバイスをしているようだ。
パッと見で一番怪しいのはコハルだろうか。一次試験のテスト範囲がどこであるのかすらまともに把握できていないようで、ハナコにそのことを指摘された時は顔を赤くして「予習をしていただけ」とがなり立てていた。
ちなみに、ジャック・オーがそんなコハルやアズサ達のフォローに回らないのは理由がある。
──こういうのは私達生徒同士で解決し合った方が、きっと実力にも結び付くと思うんです。
自習が始まってからすぐ、困ったような表情を浮かべ始めたコハルに助け舟を出そうとした時のことをジャック・オーは思い出していた。
先の言葉を言ったのはハナコだ。アズサやコハルたちに向けるものと同じように見える、けれどその目に明確な拒絶の意志を込めた笑みだった。
お前は関わるな。こっちに来るな。そんな言葉が透けて見えた。
笑顔とは獣が牙をむく行為が原点と言われている。それはつまり、相手に対して攻撃の意思表示をしていることに他ならない。
第一印象が良くないことは分かっていた。それでも、ここまで拒絶されることはしていないはずだ。
それでも、依頼を受けた以上はジャック・オーもはいそうですかと引き下がるわけにはいかなかった。
ハナコだけではどうしても手に負えない。あるいは、明らかに間違ったことを教え合っていると分かったら自分も介入させてもらう。そういう条件を付けたのだ。
当のハナコはかなり嫌がった。もっとも、それが分かったのはジャック・オーだけだろう。
何故なら、その時のハナコはわずかに、けれど確かに表情を引きつらせたから。
それは1秒にも満たない隙。気づいた者は、間違いなく対面で話していたジャック・オーだけ。
ハナコの後ろにいたコハルや、左側面にいたアズサやヒフミからは絶対に見えない右の口角と目尻が引きつっていた。
見事なものだ、とすら思った。そして、違和感を覚えた。
これほど器用に立ち回れるハナコが、成績不振だなど
学生でありながらこの立ち回りが出来るのなら、天才クラスに届かないことはあっても成績不振だけはあり得ない。実力自体はともかくとして、テストの点数だけであれば最低限平均値以上は取れるはずである。
これは明らかに”場”をコントロールするのに長けた人間の能力だ。そして、計算で場を支配する人間は決してその集団での落ちこぼれになることはない。
少なくとも、ハリボテの実力すら作れない人間に周囲をコントロールするだけの発言力は付いてこないからだ。
自らの弱みを見せず、自分に有利なようにその場を操る。あるいは、自分を強いものであると見せかける。それは確かな実力と知識があって初めて通用する手法と言っていい。
同じようなことをして、上手くいっていない例が補習授業部にはいる。そう、コハルだ。
ヒフミやアズサはコハルを知らないから”なんとなくそうなんだろう”くらいで納得しているようだったが、ハナコは明らかにコハルにそんな実力がないことを見抜いているだろう。
だからこそ、彼女はああして
つまり、成績以外の理由でハナコは補習授業部に入れられている。少なくとも、成績不振で入れられているのならそれは間違いなく表向きの理由だろう。
「ハナコ、これは……」
「これは古代語を重訳したものですね。原文を理解するには辞書が無いと……ちょっと待っていてくださいね」
ハナコ、という少女がいったい何者なのか。そんなことを考えているジャック・オーの目の前で、意外なことが起こった。
「ああ、なるほど。なら、これはおそらく『Gaudium et Spes』……喜びと希望、か」
古代語──ジャック・オー達の故郷地球ではラテン語と呼ばれている言語にかなり近い言語の重訳文を解読しようとハナコが辞書を取り出す前に、アズサが答えを導き出したのだ。
これにはハナコも驚きを隠せず、やや感心したような声を漏らす。
「えっと……はい、そうみたいですね。これは第二回公会議における……いえそれよりも、アズサちゃんは古代語が読めるんですね?」
「ああ、昔習った」
何気ない自習時間の一コマ。微笑ましい少女達のやり取り。
一見、そう見えるのかもしれない。
いや、ジャック・オーはそういう風に目の前の光景を感じたかった。
誰だって得意不得意がある。平均値が低くても、特定の分野だけに特化した人だっている。
ちょっと自分を良く見せたくて威張る子もいれば、ごくごく普通にしている子もいる。
周囲の子達に気を払って、楽しそうに面倒を見る子だっている。
そう。なにもおかしなことなんてない。ちょっと勉強が上手くいかなかっただけの、普通の生徒たちが集まって補習に向けた自習をしている。
学生なら──学校ならどこでだってみられるであろう普通の景色。
「良い感じじゃない」
だから、周囲の様子にホッとしような笑みを浮かべているヒフミにそんな風に声を掛けた。
かけて、ジャック・オーは思ったよりも自分が参っているのかもしれないことに内心で苦笑した。
「はい! ハナコちゃんがなんだかとってもすごくって……! それにアズサちゃんも学習意欲たっぷりです! コハルちゃんは実力を隠していたそうですし……」
ハナコに──他人に明確に拒絶をされた。それも、理由もよく分からずに。アリアだった頃の記憶が、おぼろげながらに蘇る。
──大学に行くまで、ろくに友達もいなかったの。この私がよ?
「実はすっごく心配していたんです……。実は、『もし一次試験で不合格者が出てしまったら、合宿をしてください』とティーパーティーから言われてまして……」
そんな冷たさが心の内側を蝕むような感触を唇の端を軽く噛むことで堪えながら、ヒフミの言葉で気になったところを聞き返す。
「合宿?」
「はい、そうなんです……それに、もし三次試験まで全て落ちてしまったら……あうう……」
不自然な言葉の切り方だった。まるで、口にするのもはばかられるような仕打ちを受けるかのような。
いや、実際その通りなのかもしれない。
やはり、何かがおかしい。そんな違和感だけが、ジャック・オーの心の中に広がっていく。
それでも、今は目の前のことに集中するべきだ。そう思い直した。
そうだ。一次試験で全員が合格すればその時点で全てが終わる。最悪三次試験までに合格さえしてしまえば、ヒフミが恐れているような事態にもならない。
気になることはたくさんある。けれど、今の自分は補習授業部の顧問だ。
「ま、今から全部落ちちゃったときのことなんて考えても仕方ないしまずは最初の試験に向けて頑張りましょう?」
それは自分へ言い聞かせるような言葉でもあった。
それでも、そんな言葉はヒフミには響いてくれたようだ。
「そ、そうですね! まずは目の前のテストを頑張りましょう。大丈夫です、きっと余裕ですから!」
言葉とは裏腹に、僅かばかりの不安はどうしても隠せていないヒフミにジャック・オーは微笑みかける。
「大丈夫。分からないところがあれば皆を頼ればいいのよ。ハナコも、アズサも、コハルもいる。それでもだめなら、私が教えるから」
「は、はい! お願いしますね、先生!」
「任せなさい!」
そう言って、ジャック・オーは笑う。
それが、じわじわと不安に蝕まれる感覚に襲われる彼女にとって今できる精一杯だった。
ジャック・オー、GGSTでは大人の女性な雰囲気強めですが来歴やアケモを考えれば人間初心者みたいなところあるんで割と脆い時は脆いと勝手に解釈してます。
ていうか旦那のフレデリックが余りにも強すぎるだけともいう。