BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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世界を守る覚悟

 日も暮れた頃、ジャック・オーはトリニティの生徒会室を訪れていた。

 一度目の特別学力試験の結果の報告と、それに関係しているであろう気になることをナギサたちに聞く為である。

 

「あら、ジャック・オー先生。お疲れ様です」

「ハァイ、ナギサ。忙しかったかしら?」

 

 ジャック・オーの挨拶に、ナギサは変わらず優雅な微笑みを浮かべながら首を横に振る。

 

「いいえ。ちょうど一息ついていたところです。先生こそ、補習授業部のことでお忙しいでしょうに、こんな時間までお疲れ様です」

「あら、気を遣われちゃったかしら? でも大丈夫よ。あのくらい、忙しいのうちにも入らないから」

「それは頼もしいお言葉ですね。その補習授業部の方はいかがですか?」

 

 ナギサからの問いに、ジャック・オーは苦笑いをしながら肩をすくめることしか出来なかった。少なくとも、表向きに期待されている結果を出すことはできなかったのだから。

 だが、ナギサもそのことは既に知っていたらしい。

 

「……すみません、少し意地悪な質問でした。既にお話は聞いております。どうやら最初の試験は、上手くいかなかったようですね」

「面目ないわ。人に教えるっていうのは、なかなかどうして難しいものね」

「ですが、少なくともヒフミさんは合格点をとっています」

「アレは彼女の実力よ。少なくとも今回のテストまでで、私が彼女に教えたことなんてたかが知れているからね」

「では、他の生徒達に注力頂いていたと……?」

 

 ナギサの問いに、ジャック・オーは思わず唇をへの字に歪ませた。

 

「そうしたかったんだけど……ちょっと色々あってね。他の子達にも直接指導をした回数はそんなに多くはなかったかな。どうにも、まだ私が馴染めてないみたいでね」

「ジャック・オー先生が、ですか? 噂では、トリニティの様々な生徒から『気軽に声がかけられる大人だ』と聞いていますが」

「補習授業部以外の子達とは、割と仲良くおしゃべりも出来るんだけどね」

 

 ジャック・オーの答えに、ナギサの眉間に深いシワが作られていく。

 そして、言葉にこそ出さなかったが唇は動いていた。

 ――やはり、あの中に。と。

 

「やっぱり、成績不振者の救済措置として作られた部活じゃないのね。補習授業部は」

「――ッ!」

 

 ジャック・オーの言葉に、ナギサの息を呑む音が部屋に響いた。

 それから、ナギサは小さく咳ばらいをしながら居ずまいを正してジャック・オーを証明から見据えてくる。

 

「本日、私が先生にお伝えしたかったことはそのことです」

 

 ナギサはジャック・オーが初めて彼女と会った時のような優雅な笑みを浮かべながら続けた。

 

「補習授業部は、生徒を退学させるために作ったものなんです」

「……続けて」

 

 ジャック・オーに促され、ナギサは変わらずに優雅な──今となっては非情さを感じずにはいられない──笑みを浮かべながら続きを話し出す。

 

「本来であればここトリニティにも落第、停学、退学に関する校則が存在しますし、その為の手続きなども多く存在します。その為の確認作業や議論も多いですが、我々はゲヘナとは違って手続きを重要視するため致し方ありません。平時であれば、ですが」

「つまり、補習授業部はその平時の手続きを全て省略出来るような調整がされている、という訳ね」

「さすがは先生、理解が早くて助かります。これがミカさんであればよく分からない、と音をあげますし、セイアさんであればこのような迂遠なやり取りこそが却って我々が人間であるということを証明するとは考えられないだろうか、なんて難しい話を始めて時間を無駄にしてきますから」

「…………」

 

 口調そのものは二人を(うと)むようなソレだった。

 けれど、ジャック・オーにはナギサがどうしても二人を疎んでいるようには見えなかった。だって、二人についての愚痴をこぼすナギサのその視線は、本来二人がいたのであろう席へと向けられていたのだから。

 まるで、あるべきものがあるべき場所にないことを悲しむような、そんな目で。

 だがそれもわずかな間だけだった。けれど、ナギサが何を望んでいるのか想像するにはそれで十分だった。

 そして、ジャック・オーは自分がナギサを少し誤解していたことにも気づいた。

 

「それでも、ナギサはあの子達を問答無用で退学にさせたいわけじゃない。だから合計3回の特別学力試験、というチャンスを残したのね」

 

 ジャック・オーの言葉に、ナギサは小さく笑うように鼻を鳴らして首を振る。

 

「先生は私を買いかぶりすぎですよ。私が彼女達を即刻退学処分にしないのは、先ほども言った手続きの面をクリアする為、そしてティーパーティーの強権によって生徒が強制退学させられる──すなわち、権力者による独裁が可能であるという印象を学内に与えるわけにはいかないからです」

 

 ナギサの言っていることは間違っていない。その懸念も正しい物だろう。そして、嘘を言っているわけでもなさそうだった。

 その証拠に、ナギサの表情は強張(こわば)り何かを決意……いや、何かをしなければならないという強迫観念に駆られたかのようなものとなっていた。

 まるで、鏡を見ているような気持ちだった。でも、その鏡は虚像なのだろうということは、先ほどのナギサの様子でジャック・オーには分かっていた。

 よく似ているけれど、きっとその根底のものは全く違う。ナギサは、居場所を求める為にこれほどの意志を持って事に当たっているわけではない。

 

「考えてみてください。ティーパーティーのホストが、自分の都合で生徒を強引に退学させることが出来るという噂が学内に広がってしまった時のことを。人は弱い生き物です。自らの地位を、安寧を脅かされると知れば何をし出すか分かりません。また、全てを得られる場所があると知った時の強欲さ、貪欲さには限りがありません。そうなった時、果たして誰が人の欲望を止めることが出来るというのでしょうか。その過程で、どれほどの血が流れるのでしょうか」

 

 ナギサの視線が、再びミカとセイアがいたのであろう席の方へ向く。

 

「私はティーパーティーのホストとして、そのような事態だけは何があっても阻止しなければなりません。この学園を、ゲヘナのような無秩序な場所へするわけにもいきません。大切な人が、傷つけ合うような世界にもするわけにはいきません。ですから──」

 

 ナギサの目が──強い情念を宿した目がジャック・オーの目を真っすぐ見つめてくる。何が何でも、自分の世界を守りたいと願う、そんな目だった。

 ホワイトハウスでの戦いで、自分の本当の望みに気づく前のジャック・オーとは正反対の目だ。

 

「トリニティの裏切り者は排除する必要があります」

「その裏切り者が、補習授業部の皆……というわけね」

「正確には裏切り者の候補者たち、でしょうか。彼女は、あるいは彼女たちは痕跡を消すのが上手く、ティーパーティーの力をもってしても特定することは出来ませんでした。ですが、それでも明確に不審な点のある生徒をここまで絞り込むことに成功したのです」

「トリニティの裏切り者、ね。ここまでするからには相手の狙いが何か分かっているのかしら」

 

 ジャック・オーの言葉に、ナギサは小さく頷く。

 

「その裏切り者の目的は、エデン条約締結の阻止。この言葉が持つ重さを理解していただくには──」

「トリニティとゲヘナが共通の敵を前に手を取り合えるような組織の設立。かみ砕いて言えば『憎しみあうのはもう止めよう』と約束。ま、簡単に言えばゲヘナとトリニティの平和条約……だったかしら」

 

 ジャック・オーがそう答えれば、ナギサは大きく目を見開いてこちらを見ていた。

 

「その……その説明の仕方は……いったい誰から聞いたものですか?」

 

 その目はまるで、一縷(いちる)の希望を見出したかのような、けれどもそれにすがるまいとしているかのような不安定な目だった。

 だから、ジャック・オーはナギサの目をしっかりと見つめた上で答えた。

 

「貴女はきっと、ガッカリするかもしれない。信じられないかもしれない。その上で、答えるわね」

 

 ジャック・オーの前置きに、ナギサの目が揺れる。それでも、彼女は首を縦に振った。

 

「セイアから聞いたわ。もっとも、直接会ったわけじゃないけどね」

「では、どうやって……?」

「夢の中で、かな」

「夢……? 先生、私をからかっているのですか?」

 

 ナギサの視線が鋭いソレに変わる。彼女から僅かな敵意にも似た気配がにじみだす。

 それでも、ジャック・オーはナギサから目をそらさずに続ける。

 

「信じられない、というのも無理はないわ。でも、事実よ。私がセイアの名前を知る前に、あの子とは夢の世界で会話をしている。……確かに、小難しい言い回しを好む子だったわね。でもあの時、私はあの子に”助けてほしい”と頼まれたと思ってる」

「…………」

 

 ナギサは言葉を失っていた。セイアがジャック・オーに助けを求めたことか、それともセイア自身とコンタクトをとれたこと自体にか。

 いずれにしても、ジャック・オーにはナギサに伝えることがあった。

 

「だから私は、私なりのやり方で頑張るわ。そして、それはナギサ、貴女に対してもよ」

「私、ですか?」

「ええ。今の話を聞いて、目が覚めたわ。アビドスの時は出来てたのに、どうしてこんな迷い方をしてたのかしら。私は、私のやり方で補習授業部も、セイアも。そして、貴女も助ける」

 

 助ける、と言われたナギサはいぶかしむようにジャック・オーのことを見た。

 

「それは、トリニティの裏切り者を見つけ次第私に報告をしてくれる、ということですか?」

 

 ナギサからの問いに、ジャック・オーは首を振る。

 

「貴女の本当の望みは、そうじゃないんでしょう? 大丈夫、またあなた達が3人で語り合えるように私がなんとかしてみせるから」

「――ッ!?」

 

 今度こそ、ナギサは言葉を失っていた。

 そんなナギサに、ジャック・オーは挑発的な笑みを浮かべながら席を立つ。

 

「貴女のやり方があるのは分かった。でも、私はそれを止めるつもりはないわ。貴女なりに世界を守る為に、やりたいことをやってみて。私はそれに、正面からぶつかって応えるから」

 

 それは宣戦布告だった。ナギサへの、そしてこれから起こるのかもしれないセイアが言うところの”真実の話”への。

 そして、宣戦布告されたナギサは動揺を押し殺すような低い声でジャック・オーへ問いかけてくる。

 

「良いのですか。補習授業部へ課されるテストは、私達の手のひらの上です。私がゴミの分別が難しいと感じ、ゴミ箱ごと捨てようと思えばテストにいくらでも細工をすることだってできるんですよ?」

「ふぅん、例えば?」

「ッ……例えば『急に試験の範囲が変わる』ですとか、『試験会場が変わる』ですとか、『難易度が変わる』といったものです」

 

 ナギサの言葉に、ジャック・オーはそれでも笑みを崩さなかった。

 

「なるほど。なら、それも正面から受け止めてみせるわ」

「……分かりました。後からやっぱりなかったことに、というクレームは受け付けませんよ?」

「頼んだものは最後まで食べきること。それがウチのハウスルールなの」

「でしたら、私も遠慮なくやらせていただきます」

「ええ。受けて立つわ。それじゃあ、またね。ナギサ」

 

 そうしてジャック・オーは生徒会室を後にした。

 補習授業部の子達には最後に謝っておかないとな、と考えながら。

 それでも、彼女のエメラルドグリーンの瞳は空を照らす月明かりで明るく輝いていた。




ジャック・オーは弱い所があると言った。でもやっぱあの旦那の嫁だぞ。
立ち直るのも早いというか、覚悟決めたら強いに決まってるだろ!
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