超かぐや姫面白かったです(遺言
ジャック・オーは正義実現委員会の部室前で考え事をしていた。
コハルと共に押収品を返しに来たが、その帰りでハスミに見つかってしまったのだ。
幸い適当に誤魔化すことでその場を凌ぐことは出来たが、ハスミがコハルに正義実現委員会として話したいことがあるから席を外してくれと頼んできたのだ。
断る理由もなかったから、ジャック・オーはそのまま素直に部室の外に出た。
コハルを待っている間、ジャック・オーは今日の出来事を思い返す。
メトの飛び入り参加。そしてその経緯。ナギサの行ったことと、それを防げなかった自分の
これからどうするべきか。メトを含む補習授業部に対してやることは変わらない。出来ることをやって、彼女たちを満点合格まで連れて行く。
問題は、それを阻もうとしてくるだろうナギサに対してどうアクションするかだ。
彼女には一度、全部真っすぐ受け止めると宣言してしまっている。今更「やっぱナシ」というのはそれこそナシだろう。
そうなると、受けに回るしかない。それは別に構わない。
ナギサには悪いが、並大抵の妨害であればジャック・オーの力だけでどうにだって出来る自信がある。
自分だけでは厳しければ、最悪フレデリックや飛鳥に頼めばどうにだってなるだろう。
しかし、こちらの持つ魔法という手札はキヴォトスにおいては文字通りの反則技だ。それを大っぴらに使うのは、果たしてフェアなのだろうか。
それを使うのは、果たしてナギサが守りたい
アビドスの時みたいにカイザーという分かりやすい敵が相手なら
ナギサにはナギサの守りたいもの、取り返したいものがある。そして彼女は生徒だ。
ジャック・オーの守りたいものは『生徒たちの居場所』だ。当然、ナギサもその対象に入る。たとえ、彼女が間違ったことをしていたとしても。
むしろ間違ったことをしていたのなら、なおさらジャック・オーは彼女を守らなければならない。
でなければ、メトを始めとしたカタカタヘルメット団の子たちにしたことも嘘になってしまうから。
ともかく、もう一度ナギサと話した方が良い気がした。衝突が避けられないものだとしても話すことで何かが良い方向に変わるかもしれない。
そう思ってポケットの中にあるスマホへ手を伸ばそうとした時だった。
「それではダメなんです!」
「……?」
扉越しに聞こえたのは、ハスミの怒鳴り声だ。一体何があったのだろうか。
ただならぬ様子に、聴覚へと意識を集中する。けれど、聞こえてくるのは断片的な単語ばかりでコハルとハスミが何を話しているのかを理解するのは難しかった。
たが、少なくとも会話をしている二人がヒートアップしている様子はなかった。喧嘩だとか、対立をしているという訳ではなさそうだ。
そうして会話が途切れてから数秒たったころ、部室の扉が開く。出てきたのはコハル一人だった。
「お、お待たせ……先生?」
「コハル、大丈夫? さっきハスミの大きな声が聞こえたけど」
「えっ? べ、別に何でもないわよ! 先生には関係な……」
どうやら勢いのまま口に出しかけたその言葉を、コハルは一瞬固まり、それから目を泳がせて……何秒か経ってから文字通り飲み込んだ。
「関係……なくはないけど。ホントに大したことじゃないから!」
そう言ってコハルはジャック・オーを追い越すようにして早足で歩きだした。
そんな彼女の顔を見て、ジャック・オーは胸をなでおろす。
だって、コハルの顔はハナコにからかわれたりした時の様に赤くなっていたから。
アレは、彼女が本当のことを言うのは恥ずかしい時のサインだ。一体何があったのかは分からない。
それでも、コハルにとって決して悪いことではなかったということだけは分かる。ならば、無理に聞き出すようなことでもないだろう。
「先生! 何ニヤニヤしてんの!! みんなのところに行くんでしょ!?」
「今行くわ! あ、みんなのところまで競争でもする? ダッシュで」
なんとなしに思い浮かんだことを口にしてみれば、コハルは目を吊り上げて声を上げた。
「ハァ!? 廊下は走っちゃダメに決まってるでしょ! 正義実現委員会の部室の前でそんなことしようなんて、信じらんない!」
「あはは! じゃあ、外に出たら走ってもいいのよね?」
「えっ、まあそりゃ……ダメじゃないと思うけ……わぁっ!?」
コハルの言葉を最後まで聞くことなく、ジャック・オーは彼女との距離を詰めてコハルの体を抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこという態勢だ。
「なっ、なななななな……っ!?」
「それじゃあ、ショートカットしましょうか」
腕の中で顔を真っ赤にしてわなわなと震えるコハルにウィンクをしながら、彼女の頭をぶつけないように廊下の窓を開ける。
その音でジャック・オーが何をしようとしているのか気づいたのだろう。コハルが慌てたようにちょっと震えたような声を出す。
「ちょ、ちょっと!? 先生ここは一階じゃないんだけど!?」
「そうね。だから、しっかり掴まっててねコハル」
「ハァッ!?」
「コハル、何事ですか!?」
コハルの声が聞こえたのだろう。部室からハスミが飛び出してきた。
そんなハスミに振り返り、ジャック・オーは笑顔を浮かべてコハルの頭の下に通した右手でピースサインを作る。
「ハスミ、今度ゆっくりお茶しましょうね。コハルも一緒に」
「えっ、あっ、はい。ぜひお願いします。と、ところで先生、窓なんか開けて何を……」
答えるよりも見せた方が早いだろう。そんな言葉の代わりにウィンクだけをハスミに送り、ジャック・オーは軽く飛んで窓枠に足を乗せる。
「えっ!? ちょ、先生、本気!?」
「舌噛まないようにねコハル。じゃ、ハスミ。またね!」
「せ、せんせ──」
ハスミの慌てた声を背に受けながら足に力を込めて、窓枠を蹴る。その瞬間、ジャック・オーの体は宙へと舞い上がった。
「きゃああああああああああ!?」
腕の中でコハルが大絶叫をしているが、それすらジャック・オーには愛おしい。
でも、それだけじゃあもったいない。
「コハル、見て! たまには下からじゃなくて上からの景色も良いものよ!」
「無理無理無理!! 早く下ろして先生!!」
流石に飛びながらだと難しいか。ならば、安定した足場に行けば見られるだろうか。
完全に思い付きからの行動だった。これが正しいことかも分かっていなかった。何なら競争するって自分の言ったことすら忘れていた。
ただ、なんとなくコハルは見上げることばかりをしていたような気がしたのだ。これまでの彼女の言動から、きっとそうなんじゃないかという予感があった。
でも、見上げるばかりでは首が疲れてしまうものだ。どんなにつま先立ちしたって、偉そうに胸を反らしたってやっぱりそれは疲れるのだ。
だから、自然な姿勢で高い場所からの景色を見た方がいいんじゃないか。なんとなく、そんな気がした。
そう決めて、ジャック・オーは部活会館から周辺の建物で一番高い場所……トリニティ大聖堂の屋根を目指すことにした。
もちろん、流石のジャック・オーと言えども一度や二度の跳躍でそこまではいけない。
所々に立っている外灯を足場に、何もなければ
そうしてトリニティの敷地を跳びながら、トリニティ大聖堂がどんどんと近づいてくる。
とても大きい建物だ。それでも、人類のスペックを越えている体を持つジャック・オーならば。
「せー……のっ!」
ありったけの力を込めて練り上げたフロートを蹴とばす。そのフロートはちょっとばかり斥力が働くように術式を弄った今回限りの術式だ。
ジャック・オーの脚力とフロート。二つの力が反発してジャック・オーの体は弾丸のように上空へと弾き飛ばされていく。
弾き飛ばされながら、ジャック・オーは次の術式を練り上げる。その間、約数秒と言ったところだ。
術式が練り上がる頃には、ジャック・オーとコハルは大聖堂の屋根よりも高いところまで舞い上がっていた。
上昇の勢いがみるみると衰えていき、やがてジャック・オーの体が落下体勢に入る。
その瞬間、ジャック・オーは練り上げた術式を発動させる。
重力に従って自由落下するはずだったジャック・オーとコハルは、けれどもそうはならなかった。
「……あれ?」
ずっとジャック・オーの胸に顔をうずめていたコハルが異変に気付き、顔を上げる。
「さあ、着いたわコハル。折角だからここからの景色を楽しまない?」
まるで膨らませた風船が落ちてくるようなスピードで徐々に低くなっていく景色に、コハルは言葉を失ったようだった。
「これも……先生の魔法?」
落ちないようにジャック・オーの服をぎゅっと握りながら下を覗き込むコハルが躊躇いがちに問いかけてくる。
「ええ。こんな術式、めったに使わないけどね。どう?」
「……きれい」
日が暮れ、外灯の光がトリニティ・スクエアを中心とする建物たちを照らす。
建物の中でぽつぽつと点けられた部屋の電気もまた、辺りをより幻想的に見せていた。
「コハルはいつも見上げてばっかりのように思ったから、たまには高い所から見下ろしてみるのも良いんじゃない?」
ジャック・オーがそう言ってコハルに笑いかけると同時に、彼女の足が大聖堂の屋根に着地した。
足が滑らなさそうな場所を見つけて、そこにコハルを下ろす。
「ここ、大聖堂……?」
あたりを見まわしたコハルが現在位置を把握して、ゆっくりと下を見下ろす。その手は、いまだギュッとジャック・オーの服を掴んでいた。
「あ、上から見るトリニティ・スクエアってこんな感じなんだ……」
ポツリと呟いて、コハルはそれっきり黙り込んだ。視線の先ではチラホラとスクエアを行ったり来たりする生徒たちの姿が見える。
そうしてどのくらい経っただろう。数十秒にも、数分にも思える時間の後、コハルが再び口を開いた。
「なんだか、みんな小さいね。誰が誰か分かんない。全部同じに見えるかも」
「そうね。人間なんて、ちょっと離れてみればそんなものよ?」
ジャック・オーの言葉に、コハルは視線をスクエアから逸らすことなく問いかけてきた。
「じゃあ、どんなに頑張って何かになろうとしても……意味はないの? 外から見たら、結局みんな同じなんでしょ?」
コハルの問いに、ジャック・オーもまた彼女の方を見ることなく答える。
「それはコハル次第かな。例えばここから補習授業部の皆を見て、貴女は皆に全く同じように接しようと思う?」
「……無理。だってハナコは変態だし、アズサは物騒なこと言うし、ヒフミは頑張ってるし。メトっていう人は良く分かんないし。……ていうか、質問を質問で返さないでよ!」
ムッとしたらしいコハルがジャック・オーを軽く拳でどついてくる。その反動で体勢を崩しそうになったコハルの手をしっかり掴んであげながら、反対の手でジャック・オーはスマホでモモトークをヒフミに送っていた。
「ふふ、ごめんなさい。でも、そうね」
ヒフミからの返信を確認したジャック・オーはスマホをポケットにしまいながらコハルの方へ顔を向けた。
「貴女は、もっと肩の力を抜いていいんじゃないかなって。私は思うの」
「……なんかよく分かんない。そういうのは頑張った方がいいんじゃないの?」
「んー、なんていうのかな。息を止めて泳ぎ続けることは出来ないでしょう? どこかで息継ぎしないと、苦しくて死んじゃうし」
ジャック・オーの言葉に、コハルはやはり首を傾げたままだった。
そうしている時だった。
見下ろしたトリニティ・スクエアに見覚えのある生徒たちの姿が外灯の光に照らされて現れた。
先頭に立つのは小柄で、銀髪の生徒……アズサだ。
その後ろにはブロンドの髪をおさげにした生徒、ヒフミだろう。その隣にいるのはトリニティの制服ではないセーラー服を着たダークブラウンの髪の生徒……メトだ。
そして最後尾に桃色の髪を風にそよがせている生徒……ハナコがいた。
それは、彼女たちを知っているジャック・オーだから見分けがつくのだろう。でも、それはきっとコハルも一緒のはず。
スクエアにいる生徒たちは、まだこちらに気づいていないようであたりを見回している。
「どう、コハル? 皆が来たの、分かった?」
「当たり前でしょ! 私は正義実現委員会のエリートなんだから!」
いつもみたいな見栄を張った時の言葉。けれど、その目はジャック・オーに問われる前からしっかりと下にいるみんなを捉えていた。
「あんなに小さくて、同じに見えても。貴女にはあの子たちが分かる。それは、貴女にとってあの子たちが他の人とは違うからでしょう?」
「…………」
ジャック・オーの言葉にコハルは答えない。そんな彼女に、ジャック・オーはさらに続ける。
「だったら逆はどうかしら」
「逆……?」
コハルがスクエアから視線をジャック・オーへ向けたその瞬間だった。
「コハル―――――――――――ッ!」
スクエアから大聖堂の屋根まではかなりの距離がある。それでも、コハルを呼んだアズサの声はハッキリと聞こえた。
アズサの声に、コハルが吸い寄せられるようにそちらへと顔を向けた。
彼女の視線の先には、大きく手を振る補習授業部の皆の姿があった。
「ね? 息を止め続けて頑張らなくたって、貴女を見てる人はいる。だから、もっと肩の力を抜いて……んー、違うか。見栄を張らなくたっていいんじゃない?」
そう言ってジャック・オーはコハルに笑いかける。
けれども、コハルは真面目な顔のまま少しの間下にいるみんなの方を見ていた。
「ねえ先生」
時間にして数秒くらいだろうか。黙り込んだコハルが再び口を開く。それから、ジャック・オーの方を見上げた。
「私、やっぱり先生の言うことよく分かんない」
「……そっか」
自分ではうまく伝えられなかったのか、とジャック・オーは内心で落胆してしまった。
それを顔に出さないようにしていると、コハルが再び下にいるみんなの方を見る。
「先生の言うこと、よく分かんないけど。でも、こんな高い所から偉そうに皆を見下ろすのは……なんか違うと思う」
「コハル……?」
そこでようやくジャック・オーは気が付いた。
皆を見下ろすコハルの瞳が、これまでとは何か違っていることに。
これまでのようなどこか不安そうなものではなかった。
「何が正しいとか、よく分かんない。先生が言ったみたいに離れて見たら皆同じなのかもしれない。でも、やっぱり私は私だし。それにこんな高いところにいたらテスト勉強はできないし、ハナコが馬鹿なことした時捕まえられないし、アズサに勉強だって教えられない。ヒフミだって、こんなに離れてたら私を褒められないし。メトさん……にはその……おススメも教えらんないし」
それは何かを真っすぐ見つめることのできる強い眼差しをしていた。
そんなコハルの眼差しが、ジャック・オーへと向けられた。
「だから先生、早く降りよう。私、こんな高いところにいたら何にもできない」
どうやら、コハルに話したことは完全なおせっかいだったようだ。
それでも、得るものはあった。ジャック・オーには、それが何より嬉しかった。
だから、ジャック・オーは笑って頷いた。
「ええ。じゃあ、行きましょうか」
そうして再びコハルを抱き上げて、ジャック・オーは大聖堂の屋根を蹴る。
今度は、腕の中から絶叫が聞こえることはなかった。