『敵の撤退を確認! 並びに、カタカタヘルメット団の補給所、アジト、弾薬庫の破壊を確認。作戦成功です!』
無線から聞こえたアヤネの言葉で対策委員会の生徒達が銃を下ろす。
アビドス高校の校舎を襲撃したカタカタヘルメット団を撃退してから数時間後、補給を済ませた対策委員会達と共にフレデリックは最寄りのヘルメット団のアジトを襲撃していた。
戦闘は特筆すべきことはなく、フレデリックの指揮下に入ったことで動きに鋭さが増した対策委員会達による一方的な蹂躙に近い戦闘が行われた。
そこまでは良かったのだが、ヘルメット団を追い払った後生徒達が手当たり次第に相手にとって使えそうなものを破壊し始めたので、フレデリックは慌てて生徒達が手を付けてないところから使えそうなものがないかを急いで物色したのだった。
「これでしばらくは大人しくなるはず」
「よーし、作戦終了。みんな、先生、お疲……あれ、先生は?」
「そういえば……どこへ行ったんでしょう~」
「まーたアイツ一人でどっか行こうとしてんの!? 危ないからやめろって言ってんのに!!」
何とか使えそうなものをかき集めて生徒達の元へ戻ろうとした時、セリカの苛立った声がフレデリックの耳に届く。
そんな彼女の声を聞いて、根が真っすぐなのはともかくすぐに頭に血が上るのはめんどくせえな、と心の中でため息を吐きながらフレデリックは生徒達へ近寄った。
「やかましい。辺りの安全は確認されたとアヤネが言っていたのが聞こえなかったのか」
フレデリックのぶっきらぼうな物言いにセリカの目がみるみる吊り上がっていくが、その怒りが爆発する前にシロコがフレデリックの手の中のものに気が付いた。
「先生、それは?」
「見ての通り、ヘルメット団とやらが使っていたものだ。……ったく、後片付けは必要なもんとそうじゃねえもんを分別してからだろうが。見境なく全部ぶっ壊そうとしやがって」
「ハァ!? それを言うならこの場所自体がゴミでしょ! ゴミを全部燃やして何がだめなのよ!」
セリカの言葉に委員会のメンバーもそれぞれ大なり小なり同意を示すような反応をする。
ただ一人、ホシノだけがフレデリックの意図に気が付いたのか悔やむようにほんの少しだけ顔を歪めた。
「ホシノが言ってただろ。撃退されたら数日でまた襲ってくると。じゃあ質問だ。何故奴らは態勢を立て直して何度もわざわざお前達のいる校舎を襲う?」
フレデリックの問いかけにセリカが犬歯を剥き出しにして詰め寄ってきた。
「そんなのどうだっていいでしょ!? 私達はヘルメット団なんかに構ってる余裕はないの! ただでさえ借金返済で忙しいんだから――」
「セリカちゃん!? それは!!」
「っ!?」
苛立ちに身を任せたセリカの言葉にアヤネが鋭く声を上げ、慌ててセリカが口を両手で塞ぐが既に手遅れだった。
「借金返済? どういうことだ」
フレデリックの言葉に委員会の生徒達が一様に気まずそうな表情を浮かべフレデリックから目をそらす。
さらなる厄介事の気配に、フレデリックは眉間に皺を寄せながら空いている手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「色々と聞きたいところだが、こんな場所じゃあな。いったん学校に戻るぞ。話はそれからだ」
それだけ言って、フレデリックはアビドス高校に向かって歩き出す。
生徒達も黙ってその後ろをついて歩き出した。
「それで? 借金ってのはなんだ?」
アビドス高校に戻り、対策委員会の部室に戻ってきたフレデリックがドカッと音を立てて椅子に座った。
そんなフレデリックに委員会の生徒達はどうしたものかと不安げに目配せをしあう。
「いいんじゃない? 先生には話そうよ。別に私達が罪を犯したわけでもないんだしさ」
ホシノの言葉でシロコが肩の力を抜いて頷いた。
「ん……そうだね。先生は信用できるだろうし」
「先生、私達のこと助けてくれましたしー」
ノノミがシロコに同調する。そんな二人の様子を見て、アヤネがフレデリックをまっすぐ見て口を開こうとした時。
「でも先生は今日来たばっかりの部外者でしょ! 今までこの学校がどうなるかなんて気にしてくれた大人なんていなかった!」
セリカが大声を上げて他の生徒達の動きを止めた。
拳をギュッと固めて、歯を食いしばるような表情からは一言では言い表せないような複雑な感情が見て取れる。
「この学校の問題は、ずっと私達だけでどうにかしてきたじゃん! なのに今更、大人が首を突っ込んでくるなんて……私は認めない!!」
「セリカちゃん!? 待って!!」
アヤネの制止の言葉にも耳を傾けず、セリカは乱暴に部室の扉を開けて走り去っていった。
「私、様子を見てきます」
その様子を見ていたノノミが小走りでセリカの後を追う。
それを目で追っていたホシノが、ふっと息を吐いてフレデリックに語り始めた。
「私達……というよりこの学校か。借金してるんだ。それ自体は別にありふれた話だろうけど、問題はその金額で……ざっと9億円ぐらいあるんだよね」
「9億だと? 一体何を……いや、砂に埋もれたこの街の状況からして被災からの復興とその対策か」
「さすが先生、鋭いね。そうだよ」
フレデリックはキヴォトスという学園都市に来てまだ数日だ。故に運営体制だとか、各学園自治区での作法と言ったものは分からない。
だが、数日シャーレを拠点にあちこちに行って話を聞いてみて、各学園自治区は学園が街の運営を行っているらしいことはなんとなく掴んでいた。
きっと、過去のアビドス高校は砂嵐災害からの復興やその対策に対応を追われていたのだろう。
しかし、それが実を結ぶことはなかった。それどころか、多額の借金を抱え込み続けることになってしまった。
だからそれを見た多くの生徒や住人は街を離れていったのだと、アヤネが説明してくれた。
借金を返せないままだと、学校は銀行の手に渡って廃校手続をしなければならないということも。
「まともな銀行はこんな片田舎の学校に巨額の融資なんてしてくれませんでした」
「だから、結局悪徳金融業者を頼るしかなかった」
「なるほど……金も人手も無いから借金を返済しきる当てがない。だが動かなければ廃校手続きをしないとならない、か」
「はい……」
事実上の詰みだった。少なくとも、対策委員会の生徒達だけでどうにかなる問題ではない。
そんな問題を、彼女らの傍にいたはずの大人は誰も手を差し伸べようとはしなかった。
いや、出来なかったのかもしれない。何せ、相手は悪徳業者と分かっていたのかもしれないのだ。
常識的な話が出来、法に則ったやり取りをしてくれる相手であれば違ったかもしれない。
だがそうではなかった。大人になればなるほど、人の汚れた一面というのを知っていく。
ましてや悪徳と枕詞が付くような手合いが相手であれば、どんな手を使って貶められるか分からない。
下手に手を出して破滅のリスクを背負うくらいなら、最初から他人事だということにしてその場を離れた方がずっと確実だ。
誰もが街を収める者としての責任を果たすために戦えるわけではない。聖戦*1の頃には本当にどこにでもあるようなありふれた話だった。
とはいえ、流石のフレデリックでも対策委員会の生徒達が抱えている借金を肩代わりできるほどの巨額の資金は持っていない。
今日明日に解決できるような話ではなかった。
「先に言っておくが、借金の肩代わりはしてやれない。俺達シャーレはかなり融通が利く組織だが、流石にそれだけの大金を自由に動かせるような力はない」
「大丈夫だよ先生。これは私達の問題で、先生に助けてもらうようなことじゃない。ヘルメット団っていう厄介事を片付けてくれただけでもすごい助かったんだしさ」
「うん。先生は十分に私達の力になってくれた。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない」
フレデリックの言葉に、ホシノとシロコがどこか諦めたような笑顔を浮かべる。
まるで、そういった言葉を言われるのは仕方がないのだということが分かっていたように。
そんな彼女達の表情が無性にムカついた。
「何を勘違いしてやがる。金を立て替えてやれねえとは言ったが、手を引くとは言ってねえ」
「え……」
フレデリックがそう言えば、その場の皆がキョトンとした顔をした。
「借金返済を諦めたわけじゃないんだろ。乗り掛かった船だ。しばらくは面倒見てやる」
その言葉の意味を理解したアヤネとシロコが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
そんな二人の様子を見たホシノは、小さく肩をすくめながら呆れたようにフレデリックに微笑んだ。
「先生も変わり者だねー。こんな面倒なことに自分から首を突っ込もうなんてさ」
「まあ、
「え……意外。先生そんな冗談も言えたんだ」
フレデリックの軽口にホシノが驚き、次に楽しそうに笑った。
「じゃあ、この街くらい簡単に救ってよ」
軽口を軽口で返す。そんなちょっとしたやり取り。
周りからはそう見えたかもしれない。
けれどフレデリックには、ホシノがその瞳の奥に何かを願うような色がにじんでいることに気が付いた。
「この街を救うのは俺じゃない。お前達がやるべきことだ。俺がやるのはお前達に武器だの防具だのを作って、行き先を教えるくらいだ」
ホシノの瞳の奥の何かに気づいていてなお、フレデリックは首を縦には振らなかった。
確かにフレデリックが直接動けば案外簡単に解決出来るかもしれない。ぶっちゃけそっちの方が楽だろうとも思った。
だが、それでは駄目なことくらい分かっていた。
フレデリックはいずれキヴォトスを去る。その時、アビドスを守るのは彼女達なのだ。
だからこそフレデリックが全てを解決してはいけない。ホシノも、他の生徒達もそれは理解しているだろう。そう考えた上での返答だった。
そんなフレデリックの意図は、ホシノにはちゃんと伝わったらしい。ほんの少しだけ残念そうな顔をしたものの、次の瞬間にはいつもの脱力した笑顔を浮かべていた。
「そっか。……ま、そういうことならよろしくね先生」
「でも『シャーレ』が力になってくれるなら、私達も希望を持っていいんですよね?」
「うん。希望が見えてくるかもしれない」
シャーレからの支援。それは何の後ろ盾もないアビドスにとって願ってもない救いの手だった。
自分達だけでは無理でも、大人の力が少しでも加わったのならきっと何とかなるかもしれない。
そんな希望にシロコとアヤネが声を弾ませる。
「……ちぇっ」
部室のすぐ外で、その様子を見ていたセリカがどこか面白くなさそうに舌打ちをして走り去っていった。