紗夢のテーマが良すぎてずっと聴いてる。
マコトの突然の接触、そして彼女が言う”ファンレター”の差出人が指定した日時まで全くの猶予がないという状況にフレデリックは大きくため息を吐いた。
いつもならマコトのたわごとなど捨て置いて後に回すが、彼女の余りにも自信にあふれる態度の背後に見え隠れする存在を無視するのは得策ではないとも感じているのも確かだ。
「……ヒナ、悪いが──」
「構わないわ。先生の態度を見れば分かる。人気なのも考えものね」
「そろそろ相談料でも取ってみるか? 良い小遣い稼ぎになりそうだ」
「それは……止めておいた方がいい気がするわ。お金を払ってでも先生に会いたいって生徒は意外といるみたいだし、余計な問題が生まれかねない」
そう言って苦笑いをしながら肩をすくめるヒナにフレデリックも苦笑いを返した。
「この埋め合わせはする。悪いな」
「……期待はしないでおくわ」
「これでも約束は守る方なんだがな」
何処か諦めているかのような、期待はすまいと自分に言い聞かせているようなヒナの口ぶりにほんの少しだけフレデリックの眉間にしわが寄る。
少なくとも、フレデリックは自身が口にした約束を反故にしようとしたことはない。
約束の内容が適当だったりすることはそれなりにあったかもしれないが、それでわざと反故にすることなど悪人相手くらいにしかしたことはない。
とは言え、それはフレデリックの主観でしかないのも確かだ。今、ヒナにそれを分かってもらおうというのも無茶な話かもしれなかった。
こういう時、フレデリックは相手を素直に納得させてあげられるような気の利いたセリフは言えない。
だから、やはりいつも通りやるしかないだろう。
「なら、コイツを預かっとけ」
フレデリックは法力でジャンクヤード・ドッグを手の中に召喚し、それをヒナの前に突き出す。
突然のフレデリックの行動に、ヒナが目を丸くしてジャンクヤード・ドッグを見てからこちらを見上げた。
「これは……先生の大事な武器でしょう? ダメよ、受け取れない。大体──」
「ごちゃごちゃうるせえな。いいから持ってろ。どうせちょっと話して帰って来るだけだ。そんなに時間もかからない」
「わ、ちょ……!」
首を横に振っていたヒナにジャンクヤードを押し付け、フレデリックは風紀委員会の部室前でニヤニヤと笑うマコトの方へと歩き出す。
「行くぞマコト」
「キキッ、良いぞ先生。やはり先生はこのマコト様が持ってきた話の方が重要であるということを──」
「やかましい、口より足を動かせ」
「……まあ、良いだろう! では出発しようではないか!」
マコトの相変わらずの言動に若干の頭痛を覚えながら、フレデリックは風紀委員会の部室を後にした。ヒナの呼び止める声を無視して。
そうして風紀委員会本部の建物を出ると、確かにマコトが言った通り一台の車が止まっていた。
風紀委員や救急医学部が使うような実用性のあるバンではなく、明らかにリムジンだった。
「さあ先生、乗ってくれ。我が
マコトの得意げな言葉と同時に傍に控えていた万魔殿の生徒がフレデリックの為にとリムジンの扉を開けた。
ここまで来て、今更尻込みをするようなこともなかろうとフレデリックはそのままリムジンに乗り込む。
車内に備え付けられた座席へ腰をおろしたフレデリックは周囲にバレないように眉をひそめた。
カイの執務室にあった応接用のソファーを思い出す柔らかさだ。妙に気取ったような柔らかさで、どうにも居心地が悪く感じる。
そんな居心地の悪さを感じていると、マコトと赤毛の小柄な生徒──たしかマコトの補佐をしている
二人が乗り込み、扉が閉じられるとマコトが振り返って運転席に座っているのであろう生徒に声を掛ける。
「さあ運転手、車を出せ。くれぐれも私に恥をかかせるような運転をするんじゃないぞ?」
マコトの言葉に運転手が小さく頷き、リムジンがゆっくりと発進する。
なるほど、確かに乗り心地は悪くない。本当に車輪がついているのかと一瞬思いたくなるほど、車内に振動が伝わってこなかった。
「どうだ、先生? 最高の乗り心地だろう? この素晴らしき乗り心地も、座席から小さなパーツひとつに至るまで一切の妥協無く作る為に惜しみない資金を投入したのだ。勿論、その為の予算は私が風紀委員の予算を削ることで捻出している。キキキッ、万魔殿の偉大さのアピールとヒナへの嫌がらせ……まさにこれこそ一石二鳥という奴だ!」
「ハッ、流石はゲヘナをまとめる万魔殿の議長様だ。予算と組織の管理もお手の物ってわけか」
「キキッ! 流石はシャーレの先生。フレデリック先生はこのマコト様の頭脳明晰さもお見通しという訳か」
やることがせせこましいマコトの武勇伝に、思わずフレデリックの口から皮肉が飛び出す。
だが、そんな皮肉に気づいているのかいないのか、当のマコトは愉快そうに笑っていた。
しかし、それも長くは続かなかった。彼女との隣に座っていたイロハがおもむろにため息を吐いたからだ。
「マコト先輩、今のはどう考えても皮肉だと思いますよ」
「む? そうか。だが問題ない。何故なら今私の前にはフレデリック先生がいる。これからは一石二鳥、いや一石五鳥くらいのことが出来るようになるだろう! ハァ―ハッハッハッ!」
誰もお前と手を組むなんて言ってねえ、というぼやきすら言う気にもならなくなるほどのマコトの高笑いに頭痛を覚えていると、イロハがこめかみに手をやりながら声を掛けてきた。
「ハァ……先生、いつも先輩がすみません」
「気にするな。むしろ毎日のようにコレに付き合わされてるお前に同情する」
「……まあ、悪いことばかりではないんですけどね」
それはイロハなりの精一杯のマコトのフォローでもあったが、一方でどこか本心からの言葉のようにも思えた。
まあ、人にとっての居場所は色々あるものだ。たとえそれが、周囲からどんな酷く見えても。
それはさておき、本題に入らねばなるまい。ここならヒナたち風紀委員の目も耳もないのだから。
「それで? マコト、お前の言うファンレター野郎ってのは誰だ?」
自覚できるほど目つきが悪くなるのをあえて無視しながらマコトに問えば、彼女はやはり堂々とした態度で笑みを浮かべながら答えた。
「キキッ、向こうは”ハッピーケイオス”と伝えてくれと言っていたぞ」
マコトの口から飛び出した名前を耳にして、息を吸いながらやはりな、という言葉を飲み込む。
フレデリック……いや、シャーレにいる自分達三人がケイオスの名前を出されれば他の何よりも優先せざるを得ないのは間違いない。
ケイオスの力はそれほどのものなのだから。
問題は──
「マコト。お前はそのイカれた名前の野郎がどんな奴か、知っているのか?」
「ふ、先生見くびってもらっては困るな。私とてこのような名前をもつ者が何者か既に調べている」
「ほう?」
どうやら、流石のマコトでもこんなあからさまにおかしな名前の差出人については怪しんだらしかった。
となると、アビドスでの一件も知っているのだろうか。
そうなるとなかなかに厄介な状況と言えるかもしれない。
「だが! 調べた結果何も分からなかった! 私の協力者に聞いても”貴様が知る必要はない”の一点張りだしな」
「…………」
「しかし問題あるまい? 何せ、向こうはあのシャーレの暴力教師と呼ばれるに目をつける
フレデリックは絶句した。マコトの予想を下回るリサーチ力、そしてその楽観主義に。
いや、下手にケイオスを知って利用とするよりはずっとマシなのだろう。それと、別にフレデリックはマコトの計画にアドバイスをした記憶はない。げんこつを落とした記憶ならあるのだが。
そんな疑問が顔に出たのか、イロハが目を細めてこちらを見ながら口を開いた。
「先生……マコト先輩の思い付きにげんこつを落としながら穏便な方向になるように何度か口を出していましたよ」
そうは言われても全く思い出せない。一体何を言ったんだろうか。
「まあいい。で、マコト。この車はどこに向かってるんだ?」
過去の
まあ、ケイオスとは人気のあるところでゆっくりコーヒーでも飲むような関係でもないから当然と言えば当然かもしれないが。もっとも、車窓から覗くスラムのような廃墟まみれの場所でコーヒーを飲む趣味もない。
だが、マコトの言葉から飛び出してきたのはフレデリックの予想を裏切るものだった。
「む? イロハ、運転手にはどこへ行くよう伝えたんだ?」
「は? 私はそのハッピーケイオスとか言ううさんくさい人と連絡なんて取ってないんですから知りませんよ。マコト先輩がもう運転手に伝えていたのでは?」
目の前の素っ頓狂なやり取りを前に、フレデリックの勘が凄まじい勢いで
そして見た。マコトの背後、運転席に座る生徒の口が三日月状に歪むのを。その薄気味悪い笑い方は、見覚えがあった。
「クソッ!」
考えるよりも前に体が動いた。
ありったけの力でリムジンの扉を蹴りとばす。”種”が無くなろうと法力で身体能力を強化したフレデリックの
音を立てて吹き飛んでいく扉を見ることもなく、フレデリックはマコトとイロハの胸倉をつかみ上げて扉に近い方からリムジンの外へ放り投げた。
それは二人がリムジンの外へ投げ出されるのとほとんど同時だった。
めまいに近い感覚をフレデリックが襲い、次の瞬間には見晴らしの良くなった扉の外の光景はゲヘナのスラム街ですらなくなっていた。
肌を刺すような冷気が扉から吹き込む。冷気と共にフレデリックの頬に雪が叩きつけられ彼の体温で溶けていった。
「バーベキューをするには向かねえ天気だ」
「寒空の中温かいものを飲むのも悪くないと思うけどね」
フレデリックの言葉に返事をしたのは運転席に座るハッピーケイオスだった。
やはり、最初から生徒ではなかったらしい。
「選べ。冷凍保存とウェルダン、どっちがいい?」
言いながら右手にジャンクヤードを召喚しようとして、出来ないことに気が付く。
すぐにそれは自分がジャンクヤードをヒナに預けたからだということを思い出し、舌打ちしたいのをこらえながら誤魔化すように右手に炎をまとわせた。
そんなフレデリックを前にケイオスはニヤニヤと笑うだけだった。
「ふふ、君の火力なら中々温かく過ごせそうだね? まあそれは置いといてだ。君にはちょっとしばらく出張してもらうことにした」
「テメェと契約書のやり取りをした記憶はねぇな。それに従う義理がどこにある」
「義理はないよ。でも、君はすぐに帰ったりなんてしない。まあ、既婚者を配偶者から引き離すのは心が痛むけど、彼女のドラマに君は邪魔なんだ。強すぎるんだよね」
ケイオスの言葉にフレデリックは炎をまとわせた右手を握りしめて叩きつける。
しかし、拳から伝わってきたのはケイオスの頭を粉砕する感触ではなかった。
舌打ちをしながら改めてケイオスがいた場所を見れば、既にそこにケイオスの姿はなく。
『飛鳥君たちにはちゃんと伝えておくからさあ、頑張ってねー』
どこからともなくケイオスの気に食わない声が響き、そしてそれきり何も聞こえなくなった。
数秒、捕捉探知*1をするが案の定何も引っかからないことを確認したフレデリックはリムジンから出て今日一番の大きなため息を吐く。
「……どこだよここは」
フレデリックが立っていたのは見渡す限りが雪に覆われた銀世界のど真ん中だった。
調整内容:
・エデン条約編2章から「フレデリック=バルサラ」を削除
・フレデリック=バルサラからジャンクヤード・ドッグを没収
大丈夫だよ。彼がいなくなったって世界は回るし、どこの世界でも彼は主役級なんだ。いずれ必ず戻って来る。
ま、本編から一時的に外れるだけで番外編で主役を張るのは決まっているんだ。何も心配することはない。
さて、彼らはどんなドラマを見せてくれるかな。彼、剣を生徒に預けたまま出張行っちゃったからね。きっと彼女もいいドラマを見せてくれる気がしてきたよ。
楽しみだね。