BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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約束

 メトが補習授業部にやってきた翌朝。

 ジャック・オーは合宿所のプールサイドに一人向かっていた。

 生徒たちには自習しているように教室に書き置きを残してきたが、急なことだったので心配をかけているかもしれない。

 とは言え、こちらの用事を外すわけにもいかなかった。

 歩みを進め、皆で掃除したプールサイドに足を踏み入れる。

 

「あ、先生。おはよう! ちゃんと招待状届いたんだね、良かったー!」

 

 ジャック・オーをプールサイドで待ち構えていたのは、そんな爛漫(らんまん)な笑顔を浮かべたミカだった。

 

「招待ありがとう、ミカ。どう? 朝日が反射して綺麗じゃない?」

 

 そう言いながらプールに備え付けられたスタート台へ腰を下ろせば、水面に反射した朝日が眩しいくらいだった。

 けれど、きらきらと輝く水面は目を細めてでも見る価値のある物のように思える。

 

「そうだねー。ここに水が入ってるのなんて久しぶりに見たかも。もしかして、これから泳ぐの? それともみんなでプールパーティー?」

 

 問いかけながらミカもジャック・オーの隣のスタート台へと腰を下ろす。その所作は年頃の女の子らしさに溢れながらも、気品がにじみだしていた。

 そんな彼女にジャック・オーは軽くウィンクをして答える。

 

「みんなでパーティーならもうやったわね。浮き輪に乗りながらお菓子とか食べたりしたわ」

「えー!? いいなー、私もやりたかった! 前にさ、ナギちゃんとかセイアちゃんにやろうよって言ったら『はしたない!』って二人共乗ってくれなくてさー」

「それなら、今度やりましょうよ。」

「ホント!? じゃあじゃあ、ナギちゃんとかも誘っていい?」

「もちろん。何人だって歓迎よ」

 

 ジャック・オーが笑ってそう答えれば、ミカはふわりとした笑みを浮かべた。

 それは、ジャック・オーが来た時に浮かべたものと比べるとどこかはかなさを感じる笑みだった。

 

「さて、こんなおしゃべりをずっとしてたいけどそろそろ本題に入らなきゃかな」

 

 ミカの言葉にジャック・オーは少し居ずまいを正す。

 招待状、とミカが言った手紙には『特別学力試験について話したいことがある』という旨だけが書かれていた。

 本格的にナギサが動き出したのだろうということは容易に想像がつく。

 

「まず、手紙に書いた通り補習授業部の子たちが受ける特別学力試験についてだね。……昨日、ナギちゃんと話してテスト範囲の拡大と合格ラインを80点に引き上げることが決まったの」

「あら、それは大変。でも、すぐに連絡してくれたのは助かったわ」

「あ、その返し。予想してたんだ?」

 

 口元こそ笑っているが、ミカの目がスッと細められる。何かを探るような、あるいは値踏みするような視線だ。

 

「ナギサから警告はされてたからね。でも、それを認めたのは私だから」

 

 補習授業部設立の真の理由。そして、それに対してナギサがどういう手段をとれるのか。あるいは取ろうと思っているのか。

 それをジャック・オーは以前聞いている。その上で啖呵を切ったのだ。必ず全員助けて見せる、と。

 けれど、ミカはそれを知らなかったらしい。細められた目が、今度は驚きに見開かれていた。

 

「わーお。……じゃあ、ナギちゃんからはどれくらい聞いたの? 理由とか、目的とかさ」

「んー、エデン条約の締結を邪魔する裏切り者じゃないかって子達を集めて、その子を退学させるために作ったとは聞いたわ。最悪、全員まとめてそうする為ともね」

「うっわ……ナギちゃんぶっちゃけたね。……え、じゃあそれを聞いた上で先生はナギちゃんに好きにして良いって言ったの?」

「ええ」

 

 ミカの問いに頷けば、ミカは僅かに頬を引きつらせた。まあ、ジャック・オー自身もかなり無茶なことを言っているんだろうということは分かっているつもりだったがそこまでだろうか。

 

「先生、そんなに皆を合格させる自信があるの? 実は、成績悪い子に教えるの得意とか?」

「人に勉強を教えるなんて、ほとんど初めてね」

「なのに、そんな無茶言ったの? もしかして、ナギちゃんがそんなことするはずないとか考えてた?」

「あわよくば、とは思ってたけど何があっても良いように備えはしてるところね」

 

 ジャック・オーの答えに、ミカは眉間にしわを寄せながらこちらを見つめてくる。

 その顔にはくっきりと『意味が分からない』と書かれているようだった。

 

「分かんないなー。先生はナギちゃんの味方なの? それとも補習授業部の子たちの味方?」

「私は、貴方たち生徒皆の味方よ」

 

 ジャック・オーがキヴォトスに来て見出した、彼女なりの”先生”としての信念だ。そこに、嘘偽りはない。

 だからカタカタヘルメット団を拾い上げ、道行く生徒たちと立ち話をしたり、ナギサの行いを否定せず、一方で補習授業部の生徒達が全員満点合格できるように動いているのだ。

 けれど、そんな答えはミカにとって不満だったらしい。

 

「ふぅん……先生の言う味方になるって言うのは、本当かも分からないあやふやな希望をちらつかせて悩ませること?」

 

 さっきまでの明るい声が一転して、こちらを責めるかのような低い声での問いかけにジャック・オーは眉をひそめる。

 けれど、一つ思い当たることがあった。

 

「……セイアのこと?」

「ああ、自覚はあったんだ。そうだよ。先生が変なことを言うから、ナギちゃん今すっごい悩んでるんだよ。あんまりにも見てられないから、私が試験のこと伝えるの変わったの」

「…………そう。ナギサには謝らないとね」

 

 確かに、決して褒められた選択ではなかったのかもしれない。セイアが生きていると確信できるのは、彼女と夢の世界であったジャック・オーだけだ。

 さらに、夢の世界がバックヤードと繫がっていることを知っている彼女だからこそでもある。

 キヴォトスに、魔法はない。少なくとも、ジャック・オーたちの知る魔法は。

 だから、生徒たちにとっては彼女の話は眉唾物以上の価値を持たないだろう。

 

「それでも、私はナギサに約束したの。ナギサも、セイアも助けるって」

 

 しかし、そんなジャック・オーの決意は却って火に油を注ぐ結果となったようだった。

 

「助ける……? セイアちゃんの居場所も知らない。セイアちゃんが今どうなっているかも知らないのに、助けるって何? ナギちゃんを助ける? 好き勝手やれれば、それでナギちゃんが勝手に救われるとか思ってるの!?」

「ミカ……?」

「先生は、先生はセイアちゃんがどうなってるか知らないからそんな無責任なこと言えるんでしょ!? セイアちゃんは……セイアちゃんはヘイローを壊されたんだよ!」

 

 それはジャック・オーにとっても衝撃的な事実だった。

 キヴォトスに来てから、生徒たちについて多少は調べた。ジャック・オーたちの知る人類に比べて、あり方の違う存在である彼女たちのことを。

 基本的な機能については彼女らの知る人類と大差がないこと。

 ただ、ヘイローという器官が存在することと、それを破壊されると生徒たちは死亡するということは知っていた。

 それ以上の詳しいことは分かっていない。けれど、それで十分だった。それだけ分かれば、生徒たちは大人の導きが必要なただの子供であるというのに十分だったから。

 けれど、ミカの言葉をそのまま信じるならセイアは既に死んでいる。あるいは、それに近しい状態である。

 だが、ジャック・オーは確かにセイアと夢の世界で会話をしている。そして、彼女はある程度夢の世界をコントロールするだけの力を持っていた。

 ということは、まだ生存していることは確実だろう。少なくとも、魂の方は。

 ならば、助けられる。状況次第では倫理的に問題があるやり方になるかもしれないが、時間に余裕がないのなら手段は選んでいられない。

 

「ねえ、何とか言ったら!? それとも、先生の適当な言葉がいかに無責任だったか今になって分かったの!?」

 

 なおもぶつけられる怒りに、ジャック・オーは我に返った。助けなきゃいけないのは、もう一人いるではないか。

 最初の笑顔が嘘みたいに、険しい表情でこちらを睨みつけてくるミカの右手をジャック・オーはそっと両手で包み込んだ。

 

「えっ……!? ちょ、何──」

「ミカ、ごめんなさい。私の軽率な言葉で、貴方たちを混乱させてしまったことを謝るわ」

「そんな今更取り消そうなんて──」

 

 立ち上がって手を振りほどこうとしてきたミカの手を傷めないように、けれど振りほどかれないように力を込めながらジャック・オーは彼女の目をしっかりと見据える。

 

「取り消しなんてしないし、何なら付け加えさせて」

「な……」

「ミカ、あなたのことも助ける。ナギサにも言ったけれど、必ず貴方たち三人がまた笑いあえるようにしてみせる。もちろん、補習授業部の子たちも全員合格させるわ」

 

 我ながらかなり欲張りなことを言っていると思う。けれど、こんなものフレデリックに比べたら大したことないだろう。

 愛しの旦那様は世界とジャック・オーを天秤にかけて自分を選んでくれるくらいには欲張りなのだから。

 ゆっくりと立ち上がりながら、ジャック・オーはミカのことを真っすぐと見つめる。

 こちらを睨む姿は怒っているように見えるけれど、その目は少し揺れていて。握る手のひらからは少しばかりの震えも感じ取れる。

 そっくりだった。あの日、ナギサもセイアも助けると宣戦布告した時のナギサの様子と。

 この子もまた、抱えきれない何かをそれでもと抱え込もうとして。それを周りに見せまいと肩肘張っている子供だ。

 ジャック・オーが助けたいと思う、子供そのものだった。

 

「ミカ。今すぐ私を信じてとは言わない。私だって、神様じゃないから今すぐ全部を解決することは出来ない」

「…………」

「でも、絶対に貴方たちを助ける。それだけは約束する。どんなに時間がかかったって、必ずもう一度ミカやナギサが望む世界を取り戻して見せる」

 

 そう言って、ミカを抱きしめようとした。彼女の不安をそれで少しでも取り除けるのならと。

 けれど、返ってきたのは拒絶だった。

 

「やめて……!」

 

 両手で身体を押しのけられて、ジャック・オーはほんの少しだけ眉尻を落としながらも抵抗はしなかった。

 押しのけたミカは、最初よりもずっと小さく見える。

 こちらを睨みつけているのは変わらないが、その力は弱弱しく今にも泣いてしまいそうなのをこらえているようにも見える。

 

「そんな甘い言葉で私を惑わせるだなんて思わないで。確かにナギちゃんたちに比べたら、私は政治的なやり取りは苦手だよ。でも、私だってティーパーティーの一員なの。その程度の上っ面だけの言葉に流されるほど、バカじゃない」

「上っ面のつもりはないわ」

「だったら、行動で示してよ。今から、私の知る情報を教えてあげる。それを聞いても、私の──私たちの味方でいられるか……約束を果たそうって言えるのか。考えてみてよ」

 

 そう言ってミカは語り始めた。

 過去のトリニティには現在のトリニティのゲヘナの様に対立している分派が多数存在していたらしい。

 ある時、『第一回公会議』と呼ばれる集まりで和平を結び一つの学園にならないかという提案がされた。そうして生まれたのが現在のトリニティ総合学園だ。

 けれど、その和平に最後まで反対した「アリウス」と呼ばれる分派がいた。

 連合となった他の分派たち……トリニティ総合学園はまとまることで強大になった力でもって、アリウスを徹底的に弾圧した。

 強大な力に酔いしれた連合たちにとって、ちょうどよいターゲットになったのだろうとミカは言う。

 結果、現在アリウスは雲隠れをした。その行方は連邦生徒会ですらつかめていないらしい。

 歴史の闇に葬られた存在。それがアリウス。そして、ナギサが血眼になって探しているトリニティの裏切り者。それは。

 

「白洲アズサ。ナギちゃんが必死になって探してるトリニティの裏切り者。それが彼女」

「アズサが……」

「そう。で、ナギちゃんがやろうとしてるエデン条約って言うのはさっき話した第一回公会議の再現なんだよ。対立しあってた分派たちがトリニティになったみたいに、トリニティとゲヘナって言う大きな二つの学園がこれからは仲良くしようねって約束」

 

 しかしミカは肩をすくめながら笑う。良い話に聞こえるかもしれないけど、実際はどうなんだろうねと。

 かつてのトリニティがそうであったように、ナギサもまたエデン条約締結によって作られるETOという強大な力で気に入らないものを排除しにかかろうとするだろうと。

 

「それこそ、今補習授業部にやってるじゃん? ナギちゃんにとって、気に入らない子たちがあそこにいる。ティーパーティーのホストって言う、大きな力を持ってるからできたことだよこれ。だからさ、私が白洲アズサ……あの子をこの学園に転校させたの」

「ミカが?」

「そう。アリウスはまだ私たちのことを憎んでる。それでも、私はアリウス分校と和解したかった。ナギちゃんもセイアちゃんも私の意見には反対だったから……だから内緒で全部やったの。エデン条約が締結されたら、絶対にアリウスと和解なんて出来なくなるから」

「どうして内緒で? ナギサたちとも話し合って、正式な手順でやることは出来なかったの?」

 

 ジャック・オーの問いに、ミカは鼻を鳴らして肩をすくめた。

 

「先生、さっき言ったでしょ。ナギちゃんは私の意見に反対してたんだよ? 私の話、聞いてくれると思う? まして、補習授業部にあんなことするくらいには気に入らないものに対して過激なのに」

 

 話せばわかる。そんな理想論が頭をかすめるが、ジャック・オーはそれを口に出しはしなかった。

 それが出来ないとミカが思ってしまったから、彼女は内密に事を運んだんだろう。

 

「まあでも、ナギちゃんももしかしたら私の動きにうすうす勘付いてたのかも。だから突然『トリニティに裏切り者がいる』っていい始めたんじゃないかな」

「それで、邪魔になるかもしれない子達を補習授業部に集めたってわけね」

「そ。だからあそこにいるのは皆、ナギちゃんが疑ってる子たち」

 

 そうしてミカは補習授業部に集められた生徒たちについて語ってくれた。

 ハナコは奇行こそあったものの、勉学だけではなく未来のティーパーティーのホストに推されるほど優秀だった。それゆえにシスターフッドを始めとしたさまざまな勢力からヘッドハントを受けていた。

 にもかかわらず、突然落第直前の成績にまで落ち込んだ。

 余りにも不自然な成績不振。ただ成績優秀な生徒がそうなっただけならきっとナギサも彼女を疑わなかった。

 そうじゃなかったのは、ハナコがすでにトリニティの上層部を始めとした様々なところと交流があったことで外部に漏らせない情報を握っていたせいだろうと。

 コハルは単純に成績不振なだけの良い子だとのことだった。

 しかし、パラノイアになったナギサにとって正義実現委員会というトリニティの暴力装置を統制下に置けないという不確定要素は目に余った。

 何より、噂によると副委員長のハスミはゲヘナに対し並々ならぬ憎しみを抱いているらしい。万が一にでも、反抗されるような状況は防ぎたかったのだろう。

 コハルが分かりやすく成績不振だったから、万が一に対する人質として彼女が選ばれたのではないか。それがミカの見立てだった。

 

「あとはヒフミちゃんか。ヒフミちゃん、優しくて可愛くて、良い子だよね。ナギちゃんもすっごく気に入ってる。……それでも、疑いの目が向いちゃったの。なんか、こっそり学園の外に出て怪しい所に行ってたらしいよ。出入禁止のはずのブラックマーケットとか、ね」

 

 この時点でジャック・オーはわずかに頭が痛くなってきた。しかし、ミカの追撃は止まらない。

 

「それに、どこかの犯罪集団と関わりがあるって情報も流れてきた。あんなに善良そうで、純粋な子に見えるのにね」

 

 まず間違いなく、アビドスでの一件だろう。他二人に関してはともかく、ヒフミに関しては100%事実なだけにジャック・オーも頭が痛かった。

 が、それをここでいうわけにもいかないし顔に出すわけにもいかない。黙って聞くしかなかった。

 

「ああ、後は金田メトちゃん……だっけ? ま、あの子は先生の方が詳しいでしょ? なんせシャーレ所属なんだし」

「ええ。メトについては、前もってナギサに伝えなかった私のミスだわ」

「どうかなー。たとえ先生が事前に連絡したって、結果は変わらなかったと思うけど。まあいいか。もう起きちゃったことだし。とにかく、そんなとこかな。ナギちゃんにとって、裏切り者がいるのはもう確定路線。後は、補習授業部の誰なのかっていう感じかな」

「なるほどね……」

「そう。そして、その問いの答えとしては白洲アズサが正解。でも、あの子は何も知らない。私が勝手にやったことで、こんな政治の真ん中に放り込まれてるだけ。だから、そうだね……先生。あの子のことは、守ってあげてほしいかな」

 

 それからミカはジャック・オーから顔を背けてプールの縁に腰かける。濡れるのが分かっているだろうに、彼女は靴を脱いでつま先を水につけた。

 

「それから、ある意味では……ナギちゃんにとっての『裏切り者』は、私でもある。私は、ナギちゃんが進めてるエデン条約に賛成の立場じゃないから。ま、ホストじゃない私には邪魔も何も出来ないんだけど」

 

 ちゃぷちゃぷと音を立てながらつま先でプールの水を弄びながら、ミカは続ける。うつむき加減でいるミカの表情は、ジャック・オーからはうかがい知れない。

 

「後はそう。別の観点からは同時に、こういうことも言えると思わない? 『トリニティの裏切り者』は、これまで調和を保っていたトリニティを巨大な怪物(リヴァイアサン)に変えようとしているナギちゃん本人……そういう見方があっても、そんなにおかしくはない」

 

 そこまで語って、ミカは少しの間黙り込んだ。

 ジャック・オーもまた今聞いた情報を頭で整理する。けれど口にする答えは変わりそうもなかった。

 そんな風に考えていると、ミカが傍に置いた靴を手に取ってゆっくりと立ち上がる。

 流れるような、それでいてどこか可愛らしい動作で靴を履いたミカは視線を上げてジャック・オーを見つめてきた。笑みこそ浮かべているが、最初のような爛漫さはそこにはない。

 まるでそう言う表情を張り付けただけのような、そんな笑みだった。

 

「で、どう? 今の話を聞いてそれでも先生は私たちみんなを助けるって言える? 今言った通り、私とナギちゃんは対立してる。どっちかの味方をすれば、どっちかの敵になるしかないよ。それでも──」

「ええ。私は貴方たちみんなを助ける」

 

 迷いはなかった。ミカの顔から笑みが消える。

 

「無理だよ。神様でもないのに、そんなこと出来るわけがない。それに、先生の言うみんなにはアリウスの子たちだって含まれることになるんだよ? そんなの、一人で出来るわけがない」

 

 ミカの言うことは最もだ。カタカタヘルメット団に補習授業部、それからティーパーティーの三人。それだけでもジャック・オーは結構いっぱいいっぱいだ。それに、ケイオスの介入もほぼ確実となった。

 だから確かに、アリウスまで救いの手を広げるとなればキャパオーバーになってしまうだろう。

 

「そうね。一人じゃあ無理かもしれないわ」

「ほら、やっぱり──」

「でも、私には皆がいる」

「へ?」

 

 ミカがキョトンとした表情を浮かべるのに対し、ジャック・オーは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「私一人に出来ることなんてたかが知れてるかもしれない。でも、私には飛鳥君たちがいる。それに、メトやヒフミ、ハナコ、コハル、アズサも」

 

 ああそうか。ジャック・オーは何かがかちりとハマったような感覚がした。

 ずっと助けると口にしてきた。それは生徒たちが未来を悲観しないように、行くべき道を示し続けること。それが子供たちを守ることに繋がるのだと。

 それは間違いではない。でも、そうじゃなかった。それは、ジャック・オーに出来る生徒の助けかたではなかった。

 

「何があっても、私はみんなのことを受け止める。勉強が出来なくたって、間違ったことをしちゃったって。私は独りにはならないし、皆を独りになんてさせない」

 

 論理や正論で正解を引き寄せるやりかたでは飛鳥にかなわない。背中で語るようなやりかたではフレデリックにはかなわない。

 だったら自分は優しく受け止めよう。傷ついた生徒や、悩んでいる生徒たちを優しく抱きしめよう。

 楽しいことがあったら一緒に笑って、悲しいことがあったら一緒に泣いたりして。そういうやりかたで生徒たちに寄り添おう。

 先を行くのでも、後ろから見守るのでもなく。みんなで一緒に前へ進もう。

 

「だからミカ。もしあなたが今抱えているものが一人じゃどうしようもないって思ったなら。私に話して?」

 

 そう言ってミカの前に手を差し出す。ミカが、この手を取れるように。

 けれど、その手が取られることはなかった。

 ただ、どこか悲しげに笑うミカがそこにはいた。

 

「先生って、なんか思ったより変なこと言うんだね。……うん、でも。先生を補習授業部の顧問に推薦したことだけは、間違いじゃなかったかも」

 

 笑いながらミカはジャック・オーの横を通り抜け、プールサイドの出口へと向かう。

 

「ミカ!」

 

 ジャック・オーの呼び止める声に、ミカは振り向き足を止めた。

 

「先生、本当にできるって言うんだったらさ。守ってね、約束。アズサちゃんもナギちゃんもセイアちゃんも、補習授業部の皆も。ちゃんと助けてあげてよね」

「あなたのことも、よ」

「あはっ。まあ、あんまり期待はしないでおくね。先生は、神様なんかじゃ……ないんだからさ」

 

 そう言って、今度こそミカは振り返ることもなくその場を後にした。

 その後ろ姿を見つめながら、ジャック・オーは決意を新たにする。

 必ず全員助ける。誰一人取りこぼしたりなんてしない。

 例えフレデリックの助けが借りられないとしても、ケイオスの介入があったとしてもだ。

 だからまずは。

 

「飛鳥君? ちょっと今時間ある?」

 

 頼れる友人の力を借りよう。全てはみんなとの約束を果たすために。




飛鳥が上手くできていたかはちょっと自信ないですが、これでギアプロのそれぞれの生徒に対するアプローチの仕方を明言出来たような気がします。

フレデリックは語るまでもないですが、彼はごちゃごちゃ理屈並べたりするよりも誰よりも前を走って背中で語るタイプです。
飛鳥はフレデリックの反対で、誰かの前に立って背中で語るというよりは後ろから適切な助言などをしつつ背中を押すやり方が得意です(そう解釈してます勝手に)
そしてジャック・オー。言葉自体は何となく浮かんでいましたが、ようやく今回でちゃんと形に出来ました。
彼女は二人と違い、生徒たちと並んで前に進むタイプだと思っています。
フレデリックの様に勝手についてこいと言うのでもなく、飛鳥の様に理屈や正しい答えで背中を押すのでもない。
それは彼女が人間として最も未熟だからこそでもあるし、GGST以降の経験で培われた大人の女性としての包容力あってこそではないかなと。
この辺りを腹落ちさせるのにほとんど三年かかりました。キャラの解像度を上げるのはやっぱり難しいですね……

GWに入ったので、連休中にもう一話くらい更新したいと思っています。出来るかはわかりませんが。

後、最近チラホラまた評価いただけて嬉しく思ってます。
感想や誤字報告も助かっています。感想を返す余力まで確保できていないので、基本的に返信はしていませんがちゃんと読んでます。ありがとうございます。

引き続きBASTをよろしくお願いいたしますm(__)m
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