BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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いつか終わる夢だとしても

「アズサちゃん」

 

 普段は優しいヒフミから自分を咎めるような声と視線を向けられて、アズサは体がざわざわとした感覚に襲われた。

 何をすれば良いかは分かっている。自分は良かれと思ってやったことだったけれど、その結果は褒められるようなものではなかったのだから。

 そっと自分の背を押すように背後に立ってヒフミに促されるように、アズサはコハルに水を渡されて一息ついているマリーと呼ばれた生徒の正面に立つ。

 近寄ってきたアズサを見てキョトンとした表情を浮かべるマリーに向かって、アズサは頭を下げる。

 

「ごめん、てっきり襲撃かと」

「え、ええっと……?」

 

 けれどどうやら、マリーはアズサの謝罪の意味が上手く伝わらなかったらしい。

 困惑するマリーを見て、アズサはどうしてトラップを仕掛けていたのかを話すべきか悩んだ。だが、それを話すということは自分が何者かということも話さなければならない。

 話せば、ここにはもういられないだろう。自分はどうなっても良いけれど、少なくとも今動けなくなるわけにはいかない。

 そんなことまで考えこみ始めた時、後ろにいたヒフミがマリーに問いかけた。

 

「と、ところでどうして、シスターフッドの方がこんなところに……?」

 

 ヒフミの問いにマリーはここを訪ねてきた理由を話し始めた。

 

「こちらに補習授業部の方々がいらっしゃると聞きまして……ただ、ハナコさんがここにいらっしゃるとは存じておりませんでしたが……」

「……私も、成績が良くないので」

「そう……でしたか。はい……」

 

 なんだか微妙な間があったように感じるけれど、アズサにはその意味はよく分からなかった。そもそも、ハナコとマリーは知り合いなのだろうか。

 そんな疑問を抱いたのは自分だけではなかったらしい。

 

「ハナコ、知り合いなの?」

「あはは……少しだけご縁があって、と言いますか」

 

 コハルの問いかけにハナコは笑って答える。やはり、二人は知り合いだったらしい。

 

「マリーちゃんは、私を訪ねて……という訳でもなさそうですね。補習授業部に、どういった用事で?」

 

 ハナコがマリーに訪ねてきた理由について聞くと、マリーは何故かアズサの方を見つめてきた。

 

「本日は、補習授業部の白洲アズサさんを訪ねてこちらに参りました。伺ったところ、ここにいらっしゃると聞きまして」

「私?」

 

 寝耳に水だった。シスターフッドの生徒と関わるようなことはなかったはずだけれど、何故だろう。

 その疑問の答えは、マリーによってすぐに明かされた。

 

「はい。実は、先日アズサさんが助けてくださった生徒の方から、感謝をお伝えしたいとのことでして。諸事情ありまして、こうして代わりに」

「感謝……?」

 

 何故マリーが自分を訪ねてきたのか、という謎は解けたが新たな謎が出てきてしまった。

 感謝されるようなことをした記憶が、自分にはないのだ。怒られるようなことなら、したことはあるのだが。

 その場の誰もがマリーの言葉に首をひねった時、マリーが伏し目がちに事のあらましを話してくれた。

 曰く、クラスメイトにいじめられていた生徒がいたらしく、その日も突然建物の裏に呼び出されていたとのこと。

 それを聞いた皆の反応は色々だった。

 ヒフミとコハルは驚きをあらわにし、ハナコは苦虫を噛み潰したような顔をしながらもそう言う話を聞かないわけではないと話してくれた。

 メトは……ちょっと悲しそうな顔をしている。

 そんなみんなの反応を見ながら、マリーは続けた。

 

「そうして呼び出されてしまった日……そこを偶然通り過ぎたアズサさんが、彼女を助けてくださったとのことで」

 

 マリーの言葉で、アズサはそのことをはっきりと思い出した。

 そうだ。あの日は確か、任務について考えながら立地関係などを把握しようと歩いていた。

 そうしたら、建物の影で何やら騒がしくしている生徒たちがいたのだ。

 別に建物の影で集まっているくらい、アズサにとっては不思議に思うようなことじゃなかった。

 ただ、見えてしまったのだ。

 それが、必死に自分を守るように縮こまる一人の生徒を何人もの生徒が取り囲んで汚い言葉を投げつけているのが。

 

「……そういえば、そんなこともあったな。ただ、数にものを言わせて弱い対象を虐げる行為が目障りだっただけだ」

 

 何でもないように言いながらも、アズサの内心は少し荒れていた。

 今思い出しても、あの時の光景は気分が悪くなるものだったから。

 だから言ってやったのだ。数を揃えないと言いたいことも言えないのか、と。

 勿論いきなり割って入ったアズサに生徒たちは良い顔をしなかった。むしろ脅されすらした。

 痛い目を見たいのか、この数相手に勝てるとでも思っているのかと。

 当然、アズサはその喧嘩を買うつもりだった。だから望むなら全員の相手になると返したのだ。

 アズサにとって、一対多戦闘なんて初めてじゃない。苦戦はするかもしれないが、勝つ算段は既に立っていた。

 だから身構えたのだけれど、生徒たちは何故か捨て台詞と共にその場を去って行ったのだ。

 一体何がしたかったのか、よく分からない連中だった。本当に何だったのだろう。

 その後どうなったかはマリーが話してくれた。

 

「そしてその後アズサさんに怒られた方が、正義実現委員会と連絡を取られて……どこで情報が歪曲されたのか分かりませんが、何やら正義実現委員会とアズサさんの間でそれなりの規模の戦闘に発展して……アズサさんが催涙弾の倉庫を占拠し、正義実現委員たちを相手にトラップを駆使して3時間以上戦い続けたと……」

「それってあの時の!?」

 

 コハルの言うあの時、というのはコハルやジャック・オー先生達と初めて正義実現委員会の部室であった時のことだろう。

 まだ半月も経ってないはずなのだけれど、なんだかずいぶん昔のことのようにも感じる。

 

「なにはどうあれ、売られた喧嘩は買う。あの時も弾薬さえ切れてなければもっと長く戦えたし、あれ以上に道連れも増やせたのに」

 

 突発的な戦闘だったから準備が不十分だったとはいえ、ここは反省点だろう。万全の状態で挑める戦いなど、ほとんどないのだし。

 次は突入してきた敵の武器もつかえるようにリスク覚悟であえて罠がないルートを作った防衛拠点を構築するべきかもしれない。

 突入できたとしても一人か二人ずつしか入れないような構築をすれば、守りに徹しているこちらが有利だ。突入してきた敵を撃退している間の別方向のフォローについては即席タレットなどでカバーしよう。

 そんなことを考えていたら、なんだか周りの様子が変なことに気が付いた。今ここで反省会はやはりおかしかったのだろうか。

 

「それで、その方が報告も兼ねて私たちの元を訪れてくださり、アズサさんに感謝をしたいと……ただ学園では見つけられずに、ここに辿り着いたという次第です」

 

 場を仕切りなおすようにここを訪れた理由の続きを話してくれたマリーだったが、アズサはその感謝を素直に受け止められなかった。

 

「別に、特別感謝されるようなことじゃない。結局私も最終的に捕まったわけだし」

「後半は特に関係ないようと思いますが……」

 

 ヒフミの言葉は嬉しかったけれど、アズサにとっては違う。

 泣きじゃくるあの生徒を前に困っていたところに喧嘩腰の正義実現委員がやってきて、売り言葉に買い言葉で戦闘を始めてしまったのだ。

 あの生徒に矛先が向かないように、という気持ちがなかったわけではないがそもそもあの時は理不尽に腹が立っていた。

 そんな一時の感情で戦闘行為を始めてしまったのだから、いくら助けた生徒に危険が及ばないようにその場を離れたとはいえ危険にさらしたことに変わりはない。

 その上最終的に捕まったのだから、実に情けない結果と言えよう。

 それに、とアズサは思ったことを口にした。

 

「それにあの事態は気の毒だけど、いつまでも虐げられてるだけじゃダメ。それが例え虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない」

 

 自分じゃどうしようもないことは、世界にはたくさんある。むしろ、どうにかできることの方が少ない。

 だからみんな言うのだ。全ては虚しい。(Vanitas vanitatum)ただ虚しいだけだ(et_omnia_vanitas)と。

 それでもアズサは思うのだ。虚しいとしても、少しでも納得のいく結果を手に入れる為に抵抗するべきだと。

 

「私は、いじめられてた人の気持ち……よく分かるかな。だから、抵抗し続けるべきって言える白洲さんはきっと強いんだと思うよ」

 

 不意に、近くにいたメトがそんなことを口にした。正直ちょっと混乱した。

 だって今アズサは自分は負けたと話したのだ。なのに強いって、一体どういうことだろう。

 だから、思ったままのことを口にした。

 

「強い? いや、私は強くはない。現に負けて捕まったし、こうして補習授業部に入れられるくらいには勉強も出来ないから」

 

 アズサの答えにメトは首を左右に振る。どうやら何か行き違いがあるようだ。

 

「そうじゃないよ。戦って強いとか、そう言うのじゃなくて……なんていうのかな。心が強いって言えば伝わる?」

 

 メトの説明にアズサは少し考えこむ。心が強い……つまり、意志が強いということだろうか。

 意志とは何か。何があっても目的を達成するという強い気持ち、と言えるような気がする。

 どうだろうか。自分は、そんな強さを持っているだろうか。

 ……答えは、否だった。だって、今この瞬間だってアズサは迷っている。

 自分が何者か。何故ここにいるのか。それを信頼できる人……それこそジャック・オー先生に明かして助けを求めるべき状況なのは間違いない。

 なのに、それを明かさずこうして補習授業部にいるのは……アズサのワガママだからに他ならない。

 だからアズサはメトの方を向きながら首を横に振った。

 

「メトの言葉は嬉しいけれど、やっぱり私は強くない」

 

 アズサの答えに、メトはけれどもどこか不服そうだった。

 

「うーん……そっか。……でも、私ちょっとその助けられた子がうらやましいよ」

「うらやましい……ですか?」

 

 メトの言葉にマリーが首をかしげる。その気持ちはアズサも同じだった。

 

「マリーさん……で良いんだよね? には話してないけど、私アビドス出身なんだ。でも、砂嵐のせいで学校も家もなくしてさ。……あの時は、誰も助けてくれなかった」

 

 メトの経歴は聞いている。しばらく学校にも通えず、不良として生活するしかなかったと。

 そしてこの間、ジャック・オー先生たちに助けられたからこうしてもう一度学校に通うチャンスを手に入れられたのだと言っていた。

 

「でも、メトはうずくまるだけじゃなかった。ちゃんと抵抗した。だから今こうしてここにいるんでしょ?」

 

 そうだ。メトは理不尽に抵抗して、その結果ここにいる。そういう意味では、アズサが助けた生徒よりも多くの物をメトは手に入れられているはずだ。どちらかと言えば、あの生徒がメトをうらやましがる方が自然だと思う。

 なのに、どうしてだろう。メトの表情は晴れない。笑ってはいるけれど、どこかその笑顔は悲しく見えた。

 

「ありがとう、白洲さん。そうだね。色々あったけど、ジャック先生たちが助けてくれた。ここへの編入試験に挑めるくらいまで努力もした。だからこうして、今ここにいられる。そんな今を否定するつもりはないよ。……でもね、やっぱり思うんだ。あの時、行き場がなくなった私たちを……ううん、ウヅキちゃんをアズサちゃんみたいな人が助けてくれてたら……ってさ」

「ウヅキ……ああ、メトがいたヘルメット団のリーダーか」

 

 アズサの言葉にメトはこくりと頷く。

 

「うん。私の一番の親友。私たちが先生に助けてもらえるまでまとまっていられたのは、ウヅキちゃんのおかげなの。……でも、その分辛いことは全部ウヅキちゃんがやってくれた。ホントは辛かったはずなのに……あの時の私じゃ、ウヅキちゃんの本音を引き出せなかった。ううん、そうしようとすらしなかったの」

 

 その時の無力な自分を思い出しているのだろう。メトの表情がつらそうに歪む。……とても、見覚えのある歪んだ顔だった。

 トリニティに来る前の場所で、何度も見た顔だった。皆は……皆もいつかはこんな穏やかで暖かな場所に来られるだろうか。

 

「どうしようもない理不尽に対して、私たちは……余りにも無力でさ。死にたくないから悪いことしてただけなんだ。未来を、諦めてたんだよ。だって、どうしようもないから。誰も助けてくれなかったしね」

「…………」

 

 メトの……まさに懺悔ともいうべき話に教室の雰囲気はどんよりとしたものになっていた。

 流石のアズサも、ここに口を挟もうという気にはなれない。むしろ、自分のいた場所を思い出せば思い出すほどメトにかける言葉が見つからなかった。

 それでも、というのは簡単だ。アズサ一人がそう叫ぶのはアズサの勝手だからいくらでも言える。

 けれど、それを他人にも強要するのは……なんだか違うと思った。

 そんなどんよりとした空気の中、口を開いたのはマリーだった。

 

「えっ……と、メトさん。話してくれて、ありがとうございます。私一人では、きっと頑張って抗いましょう、と軽く彼女にお伝えするところでした」

「あっ、えっといやいや! こっちこそ急に自分語り勝手にして暗くしちゃってごめんなさい! あっ、別に白洲さんの言うことを否定してるわけじゃないの! 抗うこと、思い切って一歩を踏み出すことがどれだけ大事かは、私も身をもって知ってるしさ!」

 

 メトが慌てた様な表情でアズサを見ながら顔の前で両手を振ったから、アズサはふわりと笑いながら首を横に振った。

 

「ううん、気にしてない。むしろメトのことが知れて良かった」

「う……これ破壊力たっかいな……え、それ素?」

「……???」

 

 メトの質問の意図が分からずキョトンとしていると、メトは何かに納得したかのようにうんうんと首を縦に振り始めた。

 

「ねえヒフミ、メトは何を頷いているの?」

「えっ!? ええ……っと……アズサちゃんがすごいなってこと……でしょうか?」

「そうなのか?」

「あーうん。ソウダヨ」

「そうか。よく分からないが褒めてくれてありがとう」

「あらあら♪」

 

 なんだかよく分からないけれど、どうやら話は丸く収まったらしい。さっきの沈んだ雰囲気が続くよりは、こっちのほうがずっといい。

 そんな様子を見ていたらしいマリーが、クスクスと笑いだした。

 

「アズサさんは、暴力を信奉する氷の魔女……だなんて噂がありましたが、やはり噂は噂ですね」

 

 噂。何の話だろうか。少々手が早いのは認めるけれど。

 

「ふふっ。それはそうですが、アズサちゃんには意外と『氷の魔女』らしいところもありますよ? ほら、他の方からするとちょっとだけ表情も読みにくいですし」

 

 ハナコのからかうような言い方に、アズサはちょっとだけムッとした。

 そんな自分にウィンクをしながら、ハナコはアズサとマリーの間に滑り込む。

 

「……マリーちゃんが元気そうでよかったです」

「はい、私は……ですが……」

「玄関まで送りますね。さあ、一緒に行きましょう」

「あ、はい」

 

 ハナコに言われるがまま、マリーは柔らかな動きで席を立ちアズサ達を見回しながら小さくお辞儀をした。

 

「で、ではみなさん、お邪魔いたしました。先生も、急に訪ねてきてしまってごめんなさい」

「ううん、またいつでも……は流石に無理か。でも、何かあったらいらっしゃい」

 

 じっとアズサたちの話を聞いていたジャック・オー先生が微笑みながらマリーに手を振る。

 それにマリーが丁寧にお辞儀をしてから、はたと何かを思い出したように振り返った。

 

「あの、メト……さん! もし悩み事とかあれば、大聖堂までいらしてください。いつでも、お話聞きますから」

「えっ……あ、はい。その時はよろしくお願いします」

「はい。それでは今度こそ、失礼します」

 

 そうしてマリーはハナコと共に教室を後にした。

 

「うーん……気を遣わせちゃったかな」

 

 そんな二人を見送りながら、メトがポリポリと頬をかきながら困ったような声を出す。

 

「そりゃ……あんな話聞かされたらそうなるんじゃない? シスターフッドって、アンタみたいな大変な人の話聞くの仕事にしてる人もいるんだし」

「そうですね。自己紹介で聞いて知ってたつもりでしたけど、金田さん……大変だったんだなって言うのを改めて実感させられました」

 

 また教室の雰囲気がしんみりし始めてしまった。だから、アズサはあえて声を上げた。

 

「でも、メトは強い。補習授業部に入るくらいには、トリニティへの編入を諦めてないんでしょ? 今日の模試だって、すごく点が高かった。それだけ頑張ってるってこと」

 

 アズサの言葉にメトは一瞬キョトンとして、それから力強く頷いてくれた。

 

「うん。私は、絶対にテストに受かるつもりだよ」

「その意気だ。私も負けてられないな。そうだ、ヒフミ。あの可愛いやつは貰えないのか? 今回の模試、結構よかったと思うんだ」

「あっ、えっと……そうですね! ご褒美は大事です! さあアズサちゃん、好きなのをどうぞ!」

「やった! さあ、どれにしようか……」

 

 そうだ。どれだけ虚しいとしても、全てを諦める理由になんてならない。

 だって世界にはこんなにもかわいいものがあるんだから。

 例え最後には全てなくなってしまうとしても、こんなかわいいものを手に入れられるチャンスがあるのなら精一杯足搔いたっていいじゃないか。

 だからそれまででいい。今だけは、虚しい結末から目を背けたっていいじゃないか。

 心の隅でチクチクとする小さな痛みから目を逸らすように、アズサはニコニコと笑うヒフミが紙袋から出してくれたたくさんのぬいぐるみのどれを選ぶかに意識を集中させるのだった。




GW終わりましたね。
仕事でGW前からトラブってたやつがやっと終わって少し気が楽になったので、週末にもう一本くらい更新できたらいいなって思ってます。
労働はクソです。
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