BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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未だ残る傷跡

 ミカとプールサイドで話し終わったジャック・オーを待っていたのはヒフミが作った模試で以前よりもはるかに良い点を取った生徒たちだった。

 唯一ハナコだけは大して得点が増えていなかったけれど、前回の4点に対して今回は8点だ。

 初めが2点だったことを考えると、最早偶然ではなく各問題の配点を考慮したうえでわざと調整していると考える方が自然だろう。

 それが出来るだけの実力があるのなら、ハナコの得点については特に心配する必要もない。

 そんな自身の成長に喜ぶ彼女たちへミカから聞いたテスト範囲の拡大と合格ラインの引き上げを伝えるのはとても心苦しかった。だが、隠しておいて良いことでもない。

 幸い、合宿が始まってからのこの短い期間でここまで成長したという実感を得られていた生徒たちはこのバッドニュースにも前向きだった。

 まずはそのことにホッとする。最も、これで落ち込まれたとしてもジャック・オーがやることは変わらなかったが。

 そんなとき、合宿所に来客があった。もしやティーパーティーからか、とジャック・オーは少しだけ身構えたが蓋を開けてみれば訪ねてきたのはシスターフッドの伊落(いおち)マリーだった。

 話を聞くに、ジャック・オーがアズサと会ったあの日彼女はいじめられっ子を助けていたらしい。

 その時アズサに助けられた生徒が、彼女に感謝を伝えたいとマリーに伝言を頼んだというのが要件だった。

 しかし、感謝を伝えられたアズサの反応は思いのほかドライなものだった。

 

「それにあの事態は気の毒だけど、いつまでも虐げられてるだけじゃダメ。それが例え虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない」

 

 アズサの言葉にジャック・オーは素直に喜びや彼女の強さをたたえる気にはなれなかった。

 勿論、アズサの言葉や考えは素晴らしい。その考えは、フレデリックを始めとした元の地球で戦い続けてきた皆が意識的か無意識かに関わらず持つ心意気だ。

 だが、聖戦が起きたわけでもない比較的平和なキヴォトスにおいてティーンエイジャーであるはずのアズサがなぜそれほどまでの意識を持てているのか。

 単にアニメやコミックの影響かもしれない。だが、それにしてはその手の話を彼女から聞かない。

 では、何がアズサにそれ程の覚悟をさせたのだろう。

 

「私は、いじめられてた人の気持ち……よく分かるかな。だから、抵抗し続けるべきって言える白洲さんはきっと強いんだと思うよ」

 

 そんなことを考えているところにいじめられた子を擁護するような言葉を口にしたのはメトだった。

 確かに、メトたちカタカタヘルメット団の境遇から見れば共感できるのはごく自然だろう。

 彼女たちは何よりも、世界からいじめられたと言っても過言ではないのだから。

 そんなメトに強いと言われ、アズサはそれでも首を横に振った。

 自分は結局負けたのだからという彼女に、メトは戦って強いという意味ではなく心が強いのだと訂正をする。

 その言葉にアズサは僅かに考え込むような仕草をして、ほんの一瞬。そう、一瞬だ。まるで何かに苦しむように眉間にしわを寄せた。

 きっと他の生徒たちは気づかなかっただろう。それくらい一瞬だった。

 けれど、その一瞬をジャック・オーは見逃さなかった。そして、その一瞬がきっとアズサにとってはとても重い物だろうということも分かった。

 しかし、それが何なのかジャック・オーは分からない。自分は白洲アズサという生徒をほとんど知らないからだ。

 知らない、と言えばまだある。

 先のミカとの会話で告げられた、セイアはヘイローを破壊されているという言葉だ。

 キヴォトスの生徒は肉体的にジャック・オーたちの知る人類よりもはるかに頑丈だ。だから簡単には死なない。

 そして、ここでは死ぬ=ヘイローが壊れるというのが常識となっている。これらは生徒たちの雑談からチラッと聞いたから知っていた。

 ではセイアは? ミカの言葉が正しいのであれば、彼女は既に死んでいる。

 しかし、ジャック・オーは彼女と夢で会話をした。死人は夢の世界をコントロール出来たりはしない。

 ここから考えられるのは二つ。

 セイアの肉体は死亡している、あるいはそれに近しい状態だが魂だけは健在だという可能性。

 もう一つは、そもそもセイアはヘイローを破壊されておらずミカ自身も事実を誤認しているという可能性。

 どちらにしても愉快な状況ではない。だが、前者であるのならば早急に手を打つ必要はある。

 その為に、ジャック・オーたちは知らなければならないだろう。ヘイローとはいったい何なのか。生徒とはどういう存在なのかを。

 ジャック・オーたちが知る人類よりも強く、聡明な、けれど年相応の情緒を持った存在。彼女たちは、一体何なのか。

 だから、ミカとの会話が終わった後ジャック・オーは飛鳥に連絡を取ったのだ。

 セイアのことを伝えると同時に、自分たちはこの問題と向き合う必要があるのではないかと。

 飛鳥も同意はしてくれた。しかし、すぐには手が空かないらしい。

 ままならないものだ、とジャック・オーはその時のことを思い返す。

 

『以前フレデリックが接触した、ゲマトリアと僕も接触したよ。それ絡みでちょっと厄介なことになっていてね』

『……ゲマトリアが?』

『うん。かつて神の存在を観測しようとした実験があったとか。詳しい話は割愛するけど、アリエルスみたいな存在がヴァレンタインたちのような存在を生み出しているらしい。その一つが、アビドスに現れたんだ』

『それは……大丈夫なの? 私も何か手伝った方がいいかしら』

『いや、ジャック・オーはそちらを優先してくれ。幸い、何とかなったんだ。アビドスの子たちは優秀だね。……とはいえ、これについて放置をするわけにもいかない。師匠がどこまで絡んでいるかも分からないし』

『フレデリックともさっぱり連絡つかないし、多分エデン条約についても干渉はしてるでしょうしね……本当に厄介だわ。分かった、こっちはこっちで出来る限り情報を集めてみる』

『すまない。僕の方も手隙のタイミングで調べてみるよ。ヘイローや、生徒たちが口にする神秘についても。可能であれば、ミレニアムの生徒たちにも協力を募ってみる。生徒の真実、か。余り気は進まないな』

『同感だわ。人の在り方を変えるかもしれないこの研究は、私たちにとってはある種トラウマだもの。ギアプロジェクトのこともあるしね。……それでも、やらなきゃいけないと思う』

『……そうだね。今度は、今度こそは。聖戦のような悲劇は起こさないと誓うよ』

 

 ギアプロジェクト。若かりし飛鳥達が心血を注いで研究をしていた、ギア細胞によって人類を病から救うはずだった計画。

 しかし結果としてその圧倒的な性能に目を付けた軍部の介入によって生物兵器ギアが生み出され、最終的には暴走を始めたギア対人類による戦争『聖戦』が起きてしまった。

 誰か一人が悪いわけではない。それでも、全員がギアプロジェクトに関与していた。騙されただけ、ハメられただけ。そんな言い訳なんて出来る立場ではない。

 だからこそ、明らかに自分たちの知る人類と違う生徒たちを前にしてもジャック・オーたちは彼女たちを研究しようとは思わなかった。その研究が、もしもケイオスやゲマトリアに悪用されてしまったら。

 誰が言いだしたわけでもない。誰もが、何を言うでもなく無意識で示し合わせたのだ。

 お互いの罪を赦した今なお、ギアプロジェクトは彼らにとっての青春であり、そしてそれ故に触れることもためらわれるほどの傷跡だった。

 けれど、もうそうはいっていられない。生徒の生死がかかっているかもしれない状況なのだから。

 そしてそれは、自分たちの持つ知識と技術で助けられる可能性がある。

 ならば、目を逸らす事はもはや許されない。否、大人として、罪人として。目を逸らすなどほかならぬジャック・オーたち自身が許せない。

 きっと、フレデリックも同じはずだ。面倒くさい、と悪態はつくだろうけれど。

 今は連絡の取れない、けれどもこの話をした時にするであろう彼の表情を思い浮かべて思わず口元が緩む。

 その時、生徒たちの方では丁度マリーが帰ろうとしているところだった。

 考え事をしながらだったけれど、メトの生い立ちの話から色々いい感じにまとまったのは聞いていた。

 

「で、ではみなさん、お邪魔いたしました。先生も、急に訪ねてきてしまってごめんなさい」

「ううん、またいつでも……は流石に無理か。でも、何かあったらいらっしゃい」

 

 ジャック・オーの言葉に少しだけ照れくさそうにはにかんだマリーは、そこで何かを思い出したようにメトの方へと振り返った。

 

「あの、メト……さん! もし悩み事とかあれば、大聖堂までいらしてください。いつでも、お話聞きますから」

 

 ジャック・オーはマリーの言葉に対して、確かに希望を感じた。

 これまでの話を聞いていても分かる。マリーはきっと、救いを求める相手には必死で手を伸ばせる優しい子だ。

 そして、その真っすぐさはいつか必ず補習授業部の子たちの助けになる。

 万が一ジャック・オーが動けなくなって、補習授業部の子たちを助けられなくなった時。マリーが皆の助けになってくれるはずだ。

 ミカ、ナギサ、セイア。ハッピーケイオス。連絡の取れないフレデリック。別件に追われている飛鳥。そして補習授業部。

 まさに四面楚歌だ。ジャック・オーが手を伸ばさなければならない生徒はたくさんいて、一方で彼女に手を貸してくれる存在はそれどころではない。

 それでもやらなければならない。役割だから、使命だからではない。自分自身がそうしたいと望んだことの為に。

 泣くのを必死に堪えている子供たちを受け止めてあげられるようになるためにも。

 今朝の模試でいい成績が出た報酬としてモモフレンズのぬいぐるみを楽しそうに選ぶアズサたちを見て、ジャック・オーは決意を新たにするのだった。

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