多分しばらく更新ペース落ちます
ヒフミがパーティーの開催を提案した日の夜、ジャック・オーは自室で問題集とパーティーを開催するかの判断基準とする為のテストを作っていた。
パーティーをどういうものにするかはヒフミの方でいったん案を考えてくるという。まとまったら夜、改めて話をさせてほしいと言われていた。
時刻は21時を回ろうかというところだ。来るならそろそろだろうか。
ジャック・オーがそう考えた時、ちょうど部屋のドアがノックされた。どうやら来たらしい。
「どうぞ、開いてるわ」
手元の作業があと少しでキリの良いところだったジャック・オーは扉の方を見ることなく声を張り上げる。
すると扉が開く音とともに誰かが入ってきた。最も、こんな時間に自分の元を訪れるのはヒフミくらいだろうけれど。
「ごめんなさいね、今これ終わらせちゃうからその辺りに座って待っててもらえるかしら」
かけた声への返答がない。気を利かせて静かにしていてくれるのだろうか。であれば、さっさと終わらせてしまおう。
そう思ったジャック・オーが作成中のテストへ意識を集中しようとした時だった。
部屋に入ってきた子が、扉横にあるはずのベッドや椅子を通り過ぎてこちらに近寄って来るのが音で分かった。
流石におかしい。ヒフミであれば、何かしら声を掛けて来ても良いだろうに。
そう思って初めてそちらへ目をやった時、ジャック・オーはにわかに驚いた。
「……ハナコ?」
そこにいたのはハナコだった。ただし、その恰好はいつも以上に過激なものだったけれど。
「もう、ひどいですよ先生。こんな格好の私を待たせようとするなんて♡」
そう言ってはにかむハナコはバスタオル一枚というあられもない格好をしていた。
もとより露出を好むような言動をしていた彼女だが、流石にこれは度が過ぎている。
——私に聞いてきたんです。”何でも出来ていつでも楽しそうな先生がうらやましくなりませんか”って——
不意にヒフミが相談してきた時の言葉が脳裏によみがえった。
ジャック・オーに対してうらやましい、とこぼしたハナコがこうして過激な格好で自分の前にいる。
それはきっと、ただ事ではないはずだ。
「どうしたの? そんな恰好じゃ風邪ひいちゃうわ」
ひとまずは、少しは温かい格好になってもらわなければなるまい。でなければ、腰を据えて話すことも難しい。
……例えそれで、ハナコの表情がほんのわずか曇ることになっても。
「……やっぱり、驚いても慌ててもくれないんですね」
椅子に掛けてあったシャーレのジャケットをハナコの肩にかける。
ハナコはそれを拒否することはなかったけれど、うつむき気味に寂しそうな声でポツリと呟いた。
「驚いてるわ。でも、あなたはいたずらでそこまで過激な格好をする子じゃないでしょう? 相談があるなら話してみて。聞いてあげるから」
ジャック・オーの返答に、ハナコは自分を抱きしめるような形で肩にかけられたジャケットを握りしめた。
「……そうですね。実は、アズサちゃんのことで──」
「待った。アズサについてよりも、私はあなたの話が聞きたいな」
今にも泣きだしそうなのを必死でこらえているような表情のハナコに待ったをかける。
その瞬間、これまでで一番ハナコの表情が明確に歪んだ。
「……ッ……本当に、嫌な人」
歪みこちらを睨みつけるその瞳から伝わるのはなんだろう。
一言で言い表すことは到底難しいと感じるような様々な感情が込められていることだけが分かった。
「先生はいつもそうです。私が何を言ったって、先生はそうやって笑っています。私が言わなかったことを察してこようとします。……嫌いです、そういうところが。腹が立つんです。あなたに私の何が分かるんですか? 私のことなんて何も知らないくせに、何でそんなッ……!」
ジャック・オーはこれまで以上に感情をあらわにしてきたハナコに、ゆっくりと歩み寄る。
「ッ!? な、何を——!?」
一瞬怯えたように身をすくませたハナコを、歩み寄った勢いのまま優しく抱きしめた。
腕の中で強張るハナコだが、しかし抜け出そうと暴れ出すような素振りは見せなかった。
「確かに、私はハナコのことを……補習授業部の皆のことだって良く知らないわ。でも、あなたが助けを求めてるってことは分かる」
「別に、私はそんなつもりじゃ……」
ハナコの口から出てきたのは否定の言葉だった。けれども、その声はか細く風の音にすらかき消されそうなほどにか細い。
「そうね。そんなつもりじゃなかったのかも。どう思うかも、どう解釈するかもあなたの自由。もしもこうしているのが不愉快だったならこの手を振り払ってもいい」
ハナコは答えず、ただうつむくばかりだった。
そんなハナコに、ジャック・オーは自分が思っていることを伝える。
「でも、忘れないで。私はいつでもあなたを受け入れる。あなたをひとりぼっちになんてさせないから」
腕の中で息を呑む音が聞こえた。ハナコにとって、今の言葉がどれほどの重みを持ったのか。それはジャック・オーには分からない。
ただ、何かを感じ取っては貰えたように思える。また、そうであってほしいとも思った。
しばしの沈黙の後、ハナコがスゥっと息を吸い込んだ。
何を言っても聞き逃さないよう、ジャック・オーは目を閉じてハナコの声に意識を集中する。
「それなら……それなら、これから私と——」
ハナコが何かを言おうとしたその時だった。
ノックも無しに部屋の扉が勢いよく開かれる。
腕の中のハナコが突き飛ばすようにジャック・オーを押しのけながら扉の方へ振り向いた。
「す、すみません先生! 昨日よりも遅くなっちゃ……って……ぇ……?」
飛び込んできたのはヒフミだった。頭を下げながら入ってきた彼女には、どうやらこちらの姿が見えてなかったらしい。
頭を上げて初めて自分たちの姿が見えたようだ。そして、その場で完全にフリーズしてしまった。
「……あら」
振り返ったハナコがどんな表情をしているのか、ジャック・オーの方からは見えなかった。
とにかく、ヒフミはこの状況を見て勘違いをしてしまったようだ。
みるみるその顔が真っ赤に染まっていく。
「ほ、本当に失礼しましたぁ!? ご、ごめんなさい! 私、そんなこととは知らずに……! ぜ、全然知らなかったんです本当です!? え、一体いつから!?」
「あー……まあそんな風に思うわよね……」
夜遅く。ジャック・オーのジャケットを羽織っているだけに見えるハナコ。ジャケットの下が見えたとしてもバスタオル一枚だ。
多感な時期の少女には大層刺激が強いことだろう。
「……ヒフミちゃん、今『昨日よりも遅い時間』って言いましたね!? つまり昨晩も来たということですよね!? そうなんですよね!?」
そしてこの状況にハナコが乗らないわけがなかった。
ヒフミの『昨日よりも遅い時間』という発言、そしてそこから導き出される昨晩もジャック・オーの部屋を訪れていたことに対する言及にヒフミは目を回しながらしどろもどろになるばかり。
「先生、なんか騒がしいけど大丈……え、ナニコレどういう状況?」
「なっ、金田さんまで!? 一体先生は何人と関係をお持ちなのですかっ!?」
「か、関係って待ってちょっと待ってなんかもしかして変な勘違いされてる!? ちがうよ!? ちがうからね!?」
最早収集が付かなくなりそうな状況に流石のジャック・オーも苦笑いを隠せなかった。
ともあれ、まずは一旦場を落ち着かせなければならないだろう。話すべきことは山積みなのだから。
女三人寄れば
というのも、メトがハナコの異変に気が付いたことを口にした瞬間一瞬で部屋に沈黙が戻ってきたからだ。
「とにかく、何を勘違いしてるのか分かんないけど……浦和さん、大丈夫?」
「……はい?」
メトの問いかけにハナコは完全に虚を突かれた表情を隠せずにいた。
「勘違いだったらゴメン。なんていうか、変なこというんだけどさ。浦和さん、さっきから笑ってるけど笑えてないように見えるって言うか」
「笑ってるけど笑えてない……? どういう意味なんですか?」
メトの発言の意味を、ヒフミは上手く理解できなかったらしい。
けれど、ハナコにはしっかりと届いていたようだった。
「……そうですね。実は少し、肌寒いなって思ってたところなんです。着替えて来ても、良いですか?」
それがただの口実だと、横から聞いていたジャック・オーにはよく分かった。とはいえ、彼女が風邪を引きかねない薄着をしているのは事実。
この後積もる話をするにしても、そうでないにしてもちゃんと服を着てもらった方がジャック・オーには都合が良い。
「そうね。いくらジャケットを貸してるって言っても、流石に薄着すぎだもの。ハナコ、一旦着替えてくるといいわ」
「……はい♪ あ、ジャケット借りてていいですか?」
「その方がいいわ。さ、いってらっしゃい」
ジャック・オーの言葉に薄く笑ったハナコの目は、けれども笑ってはいなかった。
そういうところだぞ、と言いたげな厳しい視線だ。だが、同時に助かったとも言ってそうな目の色もしていた。
「では、着替えてきますね♪」
そうしてハナコが退室したのを見届けた後、ジャック・オーはヒフミとメトへと視線を移す。
「それで、ヒフミはパーティーの相談だったわね。メトは何か急ぎの用事かしら?」
「あ、いえ……先に阿慈谷さんからで大丈夫です」
「そう? じゃあヒフミからにしましょうか」
水を向けられたヒフミはまるでこの状況で自分の話をするとは思っていなかったのか、驚いた表情でメトとジャック・オーの間を交互に見てきた。
けれど、意を決したように息を吸い込んでヒフミはジャック・オーのことを真っすぐ見ながら口を開く。
「明後日やるパーティーなんですが、プールサイドでバーベキューがいいんじゃないかって思ったんです」
「あら、いいじゃない。じゃあ、道具は私の方で用意すればいいかしら」
「はい。それと食材も出来れば……良さそうなお店、探しておきますので」
「オッケー。任せて」
そこまで話した時、ヒフミがメトの方を見て問いかけた。
「金田さんは何かリクエストとかありますか? 食材とか……後はアレルギーのある食べ物とかでも何でも」
「え? うーん。特にはないかな。あ、でもマシュマロは焼いてみたい」
「あ、いいですね! いっそお肉とかご飯系よりもマシュマロとか甘い物をフォンデュで食べるの中心とかにします?」
「ええ!? バーベキューなんだから私お肉食べたい! ね、先生。私おススメの焼き肉のたれ知ってるんだ。それ買ってくださいよ」
「はいはい。どっちもちゃんと用意しておくわ。他にリクエストある?」
それから少しの間、ヒフミとメトからいろいろな案が出た。
せっかくの思い出作りなんだから変わり種を用意するのはどうかとか、いやいやオーソドックスの方が良いとか。
「そう言えば阿慈谷さん。プールサイドでバーベキューやるのは良いんだけどさ、格好はどうするの?」
「えっ、そりゃあ水着で……と思ってたんですが。ほら、食べた後にすぐプールで遊べたら気持ちよさそうじゃないですか?」
ヒフミの案に、けれどメトはどこか浮かない表情だ。
「え……っと。案自体は賛成なんだけど、食べる時は水着の上にジャージ着た方が良くない? 油跳ねたりしたら痕になっちゃうし」
「あっ……確かに……完全に見落としてました」
メトの指摘にヒフミはがっくり肩を落とす。そんな彼女の様子を見て、メトが慌てたようにフォローをし出した。
「あ、いや……案自体は賛成だよ! それに、どうせジャージにバーベキューの匂いが付くんだったら着たまま飛び込んだって良さそうじゃん? どうせ洗濯するんだし」
「た、確かに! 服を着たままプールに飛び込む……なんか悪いことするみたいで想像するだけでもドキドキしちゃいます」
そんな風にあれやこれやと楽し気に話す二人を見てジャック・オーは微笑む。
準備にはそれなりに手間がかかるだろう。機材や食材、準備が必要なものはたくさんだ。
それでも、ジャック・オーはパーティーについて前向きだ。だから別に準備の手間については何も気にしていなかった。
しかし、ヒフミはどうやら違ったらしい。楽しげに話していたのが嘘のように、その表情を曇らせた。
「その……すみません、先生。何から何まで頼りっきりになっちゃって……。それに、もしみんなで合格点行けなかったら——」
「ストップ。そういうたらればは全部終わった後にしましょ? それに私だってパーティーはやりたいもの。協力できることはなんだってやるわ」
ティーパーティーの生徒たちのこともあるけれど、こちらのことだって手を抜くつもりは一切ない。
そこに口をはさんだのはメトだった。
「それなんですけど……先生と、知ってたらで良いんですけど阿慈谷さんに聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと、ですか?」
「そう。浦和さんについて」
真剣な声色のメトに、ヒフミが嫌な予感を感じたのか胸の前で手を握る。
ちょうどその時、部屋の扉が開けられた。
「あら、もしかしていいところで邪魔しちゃいましたか?」
部屋に入ってきたのは今まさに話題に上がったハナコだった。