励みになってますマジで。
フレデリックがアビドス対策委員会の生徒達への支援を継続する意思を伝えた後、ノノミが肩を落として部室に戻ってきた。
どうやらセリカは見つけられなかったらしく、大分日も西に傾いていたこともあってその日は解散することになった。
フレデリックはバイクもあるということでシャーレに戻ろうとも思ったのだが、流石に片道数時間を毎日往復するのは手間ということでアビドス自治区内で手ごろな宿を探すことになった。
「それなら先生。うちに来る?」
そんなことを言い出したのはシロコだった。
年頃の少女が言うにはあまりにも大胆な発言に、他の生徒達が時でも止めたように固まる。
「悪いが生徒の家に上がり込むほど行く先に困ってるわけじゃない。そもそも、不用意に男を家に上げようとするもんじゃねえ」
「でも、先生私に
「興味があるかどうかじゃない。お前は俺の首に賞金でも懸けてえのか?」
フレデリックのそんな軽口にシロコが天啓を得たかのように目を見開いて、耳もピンと立てた。
「……その手があったか。先生、ちょっと私に乱暴しない? きっと高い賞金が付くから、その後で私が捕まえる。借金も返せる。銀行強盗するより楽かもしれない」
そう言って制服のリボンを取ってブラウスの第二ボタンに手を掛けようとしたシロコの頭にフレデリックは勢いよく拳を振り下ろした。
ごつんという鈍い音共に、声にならない悲鳴を上げながらシロコがその場にうずくまる。
そんな彼女を指さしながらフレデリックはホシノに問いかけた。
「おい、この馬鹿はいつもこんなこと言ってんのか?」
「いや……流石にここまでのことは言ってないよ。……銀行強盗する? みたいなことはたまに口走ったりしたけど」
ホシノの回答にこめかみに手をやりながらフレデリックはため息を吐いた。
「ハァ……本屋はどこだ? 道徳の教科書かマナーブックを探しておく必要がありそうだな」
「ごめんなさい先生。冗談にしては流石に言い過ぎた」
涙を目に浮かべながら頭をさすって立ち上がったシロコが謝罪の言葉を口にしたが、フレデリックは疑わしそうな視線をシロコに向ける。
「そ、そんな目で見ないで欲しい。いくら私でも
「銀行にだって経済学の教科書は置いてねえぞ」
「う……それもしないから……」
耳が力なく垂れ、見て分かるくらいに落ち込むシロコに他の生徒達が苦笑いをする。
だが、結局フレデリックの宿泊先という問題は何も解決していない。
そこに名乗りを上げたのはノノミだった。
「それなら先生。私の家はどうでしょう~?」
「おい、今話しただろ。俺は――」
「あ、すみません。言葉が足りませんでしたね。私の家、集合住宅で。空き部屋ならいっぱいありますから」
空き部屋のある集合住宅、という言葉にフレデリックは思わず口をつぐむ。
確かに、生徒が通える範囲の距離でかつ空き部屋のある建物であればかなり都合がいい。
それに、部屋を借りられるなら定期的にアビドスに来る必要が出て来た時にも便利だ。
断る理由がなかった。
「……まあ、それならいいだろ。案内を頼む」
「はーい!」
フレデリックが首を縦に振ると、ノノミが嬉しそうに口元をほころばせた。
翌日。朝のホームルームが始まる少し前の時間に、フレデリックはアビドス高校周辺を歩いていた。
既にバイクはアビドス高に置いてきてあり、ホームルームまでの暇だったので周辺を探索しているところだった。
探索をしていて、改めてアビドスの荒廃具合が深刻なものであることを実感していた。
何せ人気が無いのだ。学校のホームルーム前の時間ということは、大人であれば始業前の時間でもある。
通勤しているものや、あまりないだろうが他の学校へ向かう生徒の一人や二人見かけたっていいはずなのだ。
それなのに、フレデリックが見かけたのはほんの数人。街の規模に対してあまりにも人数が少なすぎる。
今歩いているのは住宅街の一角だが、辺りにある家からは人の営みらしき気配もほとんど感じない。
家が何軒も立ち並んでいるものの、生活音がしていたり窓際に洗濯物が干されている家も数えるほどしかなかった。
昨日、初めてアビドスに来た時出くわした砂嵐のことを考えれば、一体いくら金があればこの街を復興できるのか。
未来を悲観した生徒達の表情が気にくわなくてしばらく面倒を見る、と言ったはいいもの都合よく金を工面出来る方法は思いつかない。
「ヘヴィだぜ……」
腰に手を当てて空を見上げる。
雲一つない青空の向こうに、円形の幾何学模様が浮かんでいる。
フレデリックの世界にはなかったそれは、今日も変わらずキヴォトスの空に浮かんでいた。
あれはいったい何なのだろうか。物理的に存在しているのか、そうだとしたら高度何メートルの位置に存在しているのか。
起源は、材質は、何時からあるのか。今も何か変化を起こしているのか。
まさに未知。そんな存在を目の当たりにして、興味を惹かれるなというのはフレデリックにとって無理な話だった。
だからだろうか。すぐ目の前の角から誰かが近づいてきたのに、ギリギリまで気づかなかったのは。
「げっ……」
嫌なものを見たかのような声が聞こえたので、そちらへ視線をやればそこに居たのはセリカだった。
腰に当てていた手を軽く上げて、フレデリックは挨拶をする。
「よう」
「何が『よう』と! なれなれしくしないでくれる!? 私は先生を認めたわけじゃないから!」
「驚いたな。部活の顧問ってのは生徒に認められねえとなれないもんだったのか」
「違っ……! そういう話じゃない!」
「じゃあどういう話だ」
「私が単に先生が……大人が気に入らないって話よ! 察しなさいよそれくらい!」
「いや何。聞けば丁寧に教えてくれそうだったからな」
そこでようやくセリカはフレデリックにからかわれていたことに気づいたらしい。
みるみる顔を赤くして犬歯を剥き出しにしながらフレデリックから距離を取った。
「最っ低! っていうか、朝っぱらからのんびりうろついちゃって良いご身分ね! さっさと仕事行きなさいよ!」
「そういうお前こそ学校はいいのか?」
「私がどこで何してようと先生と関係ないでしょ!?」
「サボりか? まあそんな日もあるだろうが、程々にしとけよ。俺はそれで無駄に教師に目をつけられて面倒なことになったことがあるからな」
「ちーがーうー! 今日は自由登校日だからそもそも学校行かなくてもいいの! 私は用事があるから忙しいの!」
「ま、火遊びもほどほどにしておけよ」
「だからそういうのじゃないわよ! ただのバイトだから!! じゃあね!!」
フレデリックの誘導ともいえないような誘導尋問に見事に引っかかったことにも気づかず、セリカは砂埃を立てて猛スピードでその場を走り去っていった。
そんな彼女の背を見つめながら、フレデリックはほんの少しだけ眉間に皺を寄せる。
自由登校日にもバイトを入れて収入を増やそうとしている理由は明白だった。
決して自分が贅沢する為ではない。アビドス対策委員会として、守りたいものを守る為なのだろう。
彼女達がアビドスにこだわる理由は分からない。けれど、きっとそれだけの理由があるはずだった。
そして自分の守りたいと思える世界の為に全力を尽くすその姿勢はフレデリックの目には好ましく映った。
「人助けなんて柄じゃねえが……ま、悪くない。全く悪くない」
これから自分がやろうとしていることを、昔の自分を知るものが聞いたらきっと驚くだろう。
頭を打ったのかなんて失礼なことすら言われる自信がある。
それでも、悪くない気分だった。
自然と口元を緩めながら、フレデリックは学校へ戻る為に踵を返して歩き出した。