「で? 流石にこれはちゃんと説明してもらえるよね先生?」
セリカが襲われた日の翌朝、ジャック・オーに引率されてアビドス高校のグラウンドに集まったカタカタヘルメット団を前に油断なく銃を構えたホシノが鋭くフレデリックに問いかけていた。
「この学校を執拗に狙っていた理由と、それを実行するに足る物資の調達についてコイツらに聞く。その対価として、当分の間シャーレで面倒を見ることを約束したんだ。だから銃を下ろせ」
ホシノの問いかけに対して至って事務的に答えたフレデリックを非難するようにシロコが声を上げる。
「コイツら、セリカをさらおうとしたんでしょ。未遂に終わったとしても、セリカを傷つけたのは事実。そんな奴らをお咎めなしで許せっていうの?」
「平和に終わるならそれに越したことはありません。でも、今回ばかりはシロコちゃんに賛成です」
丸腰の状態でグラウンドに体育座りしているヘルメット団達にガトリングを突きつけながら、ノノミもシロコに賛同する。
その一方で、セリカは銃を構えながらも何とも言えないような複雑な表情を浮かべていた。
思い起こされるには昨晩のことだ。
「ざっけんな! そんな都合の良い話があるもんか! 情報を提供するだけで寝るところと飯がもらえる!? ブラックマーケットのワルだってもっとマシな嘘を吐く!」
セリカが目を覚ましたのは、そんな叫び声が聞こえたからだった。
状況を把握しようとして、自分が誰かに背負われていることに気づく。
うっすらと目を開ければ、隣には昼間バイト先に来たシャーレの先生の片割れのジャック・オーが真剣な表情で立っていた。
ジャック・オーの隣に立っていそうで、自分をしっかりと背負っているようなこの大柄な感じの人。
そんな大人、一人しかいない。
そこまで気が付いたセリカが悲鳴にも似た叫び声を上げなかったのは奇跡と言ってよかった。
けれど、突然の状況に混乱する前に聞き覚えのあるくぐもった叫び声がセリカの鼓膜に突き刺さる。
「大人はいつもそうだ! いかにもウマそうな話に見せかけて、私達から全部……全部奪っていく! 口答えすれば学校も通えないお前等が悪いとだけ言って話も聞こうとしない! それどころか学校も通えないようなお前達に仕事を任せるだけありがたがれだのなんだの!! もうたくさんだ!!」
目だけを動かして声のした方向を見れば、ヘルメット団のリーダらしき赤服の生徒が肩を震わせていた。
銃口をこっちに向けてはいるものの、その姿は敵ながら憐れみを感じてしまうほどに小さく見えた。
何より、叫んだ言葉の内容はセリカにとっても他人事と言えないようなものだった。
むしろ、まだ学校に通えている自分は恵まれていたのかもしれない。そんなことを一瞬でも考えてしまった。
そんなヘルメット団に対して、自分を背負っているフレデリックが淡々と残酷な言葉を吐いた。
「なら、ワルらしく条件追加するさ」
「なっ……フレデリック!!」
フレデリックを咎めるようにジャック・オーが声を上げるが、フレデリックはそれを無視して続ける。
「明日、アビドス高校のグラウンドに来い。そこで改めて取引するかを聞く。条件は一つ。学校の敷地に入るときは丸腰になれ。武器を隠し持ったりするのは当然だが、敷地の外に伏兵を用意するのも禁止だ。破ったら全員ブチのめして矯正局に送る。アビドス高校の生徒共には攻撃しないよう俺から言い含めるし、万が一俺の言うことを無視してアイツらが丸腰のお前らを撃つようなことがあったら俺がアイツらをぶっ飛ばす」
「口でだけなら何とでも言える!! 誰がそんな話を――」
「じゃあ、私が何とかしましょうか」
リーダーの言葉を遮ったのはジャック・オーだった。
「明日。貴方達がアビドス高校のグラウンドで私達との取引をするまでの間、私が貴方達の傍にいる」
「おい、ジャック・オー」
今度はフレデリックがジャック・オーを咎めるように低い声を出すが、ジャック・オーは真剣な表情でフレデリックを見返す。
「どっちにしても彼女達の信用を得るための担保は必要でしょ。もともとあの子達と話し合おうとしたのは私。私には彼女達の信用を得る責任がある」
「…………」
これまでずっとじっとしていたセリカだったが、我慢はもう限界だった。
「だ、ダメよ! アイツらは銃だけじゃなく、戦車だって持ってるような奴らなのよ!? そんな奴らのところに一人で、丸腰で行くなんてダメに決まってるでしょ!」
「あら、もう目が覚めたのね。……守ってあげられなくて、ごめんなさい」
そう言って申し訳なさそうな表情をしたジャック・オーに、セリカは思わず言葉に詰まった。
その隙にジャック・オーはヘルメット団の方へと歩き出す。
「だ、ダメ! ジャック・オー先生!!」
届かないと知っているはずなのに、思わずジャック・オーの方へと手を伸ばす。
ダメだ、今追わないとジャック・オー先生が酷い目にあってしまうかもしれない。
そう思ってフレデリックの背から飛び降りようとするが、フレデリックはがっちりとセリカを抱えて離さない。
「ちょっと! 何で放してくれないのフレデリック先生!!」
「やかましい。怪我人は大人しくしてろ」
「放してよ! このっ……放せ!! 変態!! 放せってばぁ!!」
思いつく限りの暴言を吐きながら暴れてみるが、フレデリックはびくともしない。
そんなセリカに背を向けて真っすぐと歩いてくるジャック・オーにヘルメット団達は困惑を隠せない様子だった。
「ジャック・オー。一つ聞かせろ」
ジャック・オーがヘルメット団達の目の前までたどり着いた時、フレデリックが静かに問いかける。
「それは、ただ役割だからやると決めたことか?」
フレデリックに背負われているセリカからは彼の表情は伺えないが、その声色はどこまでも真剣なものであることはすぐに分かった。
そんなフレデリックの問いかけに、ジャック・オーはふわりと柔らかい笑みを浮かべながら答えた。
「ねえ、フレデリック。私の世界、前よりちょっと広くなったみたい」
「…………」
それはとても美しい笑みだった。なんて表現をしたらいいのか、セリカの頭の中にはそれにピッタリの言葉はない。
けれど、思わず見とれてしまうだけの何かは確かにあった。
そんなジャック・オーを見て、フレデリックは小さく笑った。
「ふ……ならいい。ソイツらの面倒、ちゃんと見とけよ? 何かあったら呼べ。すぐに行く」
「ええ。ま、大丈夫だと思うけどね。じゃあ、また明日」
「ああ。美味い飯は用意しといてやる」
「この子達の分もよ?」
「分かってる」
セリカがぼーっとしている間に、先生二人で話は済ませてしまった。
気が付いた時にはジャック・オーはヘルメット団達を引率して彼女達のアジトへ向かっていて、フレデリックも特に追おうとはしなかった。
もはやセリカが何を言っても無駄だということ分かった瞬間、セリカは急激な眠気に襲われたのだった。
そうして、時は現在に戻る。
セリカの目の前にいるヘルメット団達は確かに丸腰の状態で、今のところは暴れるような様子は見られない。
ジャック・オーも特に乱暴されたわけでもなさそうで、元気そうにしていた。
「ハァ……先輩。ここは先生の言う通り銃を下ろそう」
「セリカ!?」
「セリカちゃん!?」
シロコとノノミから驚きの声が上がる。
それだけ自分を心配してくれていたんだと、なんだかちょっとむず痒い気持ちになった。
でも、セリカは決めたのだ。
「私は……先生達を信じる。私をボコボコにしてくれたヘルメット団を完全に許したわけじゃないけど……でも、この場は先生達に任せていいと思う」
「セリカちゃん……いいんだね?」
セリカの言葉に対して、やや鋭い声色で問いかけて来たのはホシノだった。
普段はめったに見せない真剣なその瞳に、ちょっとだけ気圧される。
けれど、自分の決めたことをコロコロ変えるのはきっとカッコ悪いと思った。
だから、セリカは真っすぐとホシノの目を見つめ返して頷く。
「うん。これで、私達の学校を狙う奴が分かるなら……きっと戦うよりはマシだから」
「……分かった。皆、銃を下ろして」
ホシノの号令でシロコとノノミが渋々銃を下ろす。
それを見たフレデリックが大きすぎない、けれどグラウンドの全員に聞こえるような声で号令をかけた。
「さて。それじゃあ話を進める前に、まず飯だ。体育館に用意してあるから全員手洗いだの済ませてから来い」
キヴォトスのあちこちにいるヘルメット団を始めとした不良グループですが、ことアビドスにいるカタカタヘルメット団に限って言えばスラム街で犯罪に手を染めざるを得ない子供と似たような状況ではないかと思います。
砂嵐によって荒廃した街を活動拠点に据える学校に通っているか怪しい不良グループ、となると正直通った学校が廃校になったものの転校もできない、キヴォトスの外でやっていける自信またはアテがない生徒が固まってアングラな世界に身を置かざるを得ないみたいなことは全然あると思います。
今作のアビドス編に登場しているカタカタヘルメット団には、そういうタイプの生徒の集まりということにしました。
これがどう今後に影響するかはまだ未定です。
まあなんかうまいことやっていきます。多分。頑張る。