アビドス高校の体育館は異様な静けさに包まれていた。
トントンと数人が歩く音だけがその場に響き渡る。
「まだ食い足りねえ奴は早めに来いよ。こいつ等も食うからな」
そんな雰囲気などこれっぽっちも気にかけた様子もなく、フレデリックが体育館の端に固まっているヘルメット団達に向けて声をかける。
だが、ヘルメット団達は壁際に置かれた給食鍋と、フレデリックの後ろをと交互に見てから皆首を横に振った。
「ガキの内は食いすぎるくらいがちょうどいいと思うが……まあいい。おい、便利屋。お前等の分を用意するから武器は置いてこい。対策委員会は……まあ好きにしろ」
便利屋68のメンバーが後ろを振り返れば、威嚇するように目を吊り上げたシロコ、ノノミ、セリカ、アヤネが彼女らを睨みつけていた。
一方のホシノも睨むほどではないが警戒をしているのは僅かに眉間に皺をよせている様子から明らかだ。
居心地の悪さを感じながらも、便利屋68の皆は黙って装備を置いて給食鍋の前に立っているフレデリックの元に向かう。
「来たな。ちょうど四人分余っててな。もってけ」
便利屋68に有無を言わさずおにぎりが詰められたプラパックを押し付け、続いてお椀に味噌汁をよそっていく。
結局、便利屋68のメンバーは断ることもできずに朝ご飯を受け取って手ごろな空きスペースに腰を下ろすことになった。
そんな彼女達の傍にフレデリックがパイプ椅子と自分の分の朝ご飯をもって座る。
「おら、早く食え。せっかくの飯が冷めるぞ」
さも当然のように自分達の前に座ってそんなことをのたまうフレデリックに、カヨコが目つきを鋭くして問いかける。
「……一体、何が目的? ただ私達に食事を施すとか、そんなんじゃないでしょ」
しかし、フレデリックはそんなカヨコに対してニヒルに笑った。
「話が早くて助かる。お前等にはそれを食ったら帰ってもらいたくてな」
「こんな食事一食分が、私達の仕事の報酬の対価になり得ると思ってるの?」
カヨコの目つきがさらに鋭くなり、フレデリックを睨みつける。
戦闘を前提とした仕事は、危険度が高い故に報酬もそれなり以上だ。
故にアルは今日の依頼の為にそれなりの出費をして準備をしたわけだし、偵察や破壊工作に使った物資だってただじゃない。
それだけのコストを払っているのは、キヴォトスの生徒なら大体は理解できる。ましてや大人ならなおさらだろう。
つまり、自分達はナメられている。確かにアビドスの生徒を下すことは出来なかったが、だからと言って目の前の大人一人無力化するくらいは訳ないのに。
だが、そんな苛立ちもすぐに消え失せることになった。
「ん!? このお味噌汁、凄い美味しいわ!! 皆も食べなさいよ! こんなの滅多にありつけないわよ!」
アルが目を輝かせながらおにぎりを咀嚼し、味噌汁をすすって飲み込んではまた目を輝かせていた。
さっきまで敵対していたと言ってもいい相手が出した食事に、あまりにも無防備に手を付けるその警戒心の無さにカヨコはため息を抑えることが出来なかった。
「社長……」
「あっはははは! そう言えば今日は仕事終わったら朝ご飯にしようって言ってたもんね! アルちゃんそんなにお腹すいてたんだ!」
「ううう……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私が失敗したせいで……」
「う、うるさいわね! いいからアナタたちも食べなさい!! 元気出るから!!」
なんかもう色々台無しだった。
警戒態勢を解かず便利屋68を見つめていた対策委員会もがっくりと肩を落としたり、苦笑いする者もいる始末だ。
「私達も食べかけのやつ食べ切っちゃおうか~」
とうとう警戒しても仕方がないと思ったのか、ホシノがグーっと伸びを一つして便利屋68に背を向ける。
他の対策委員会のメンバーも、肩の力を抜いてそれぞれ自分達が座っていたソファに体を沈めた。
一方、便利屋68の方は……。
「ん……確かにこれは……」
「へぇ~、見た目の割に美味しいねこれ!」
「お、美味しいです! 私がこんな美味しいもの貰って良いんでしょうか……」
フレデリックの作った朝ご飯に舌鼓を打っていた。
そんな生徒達の反応に、フレデリックはどこか得意げに口角を上げる。
「じゃ、飯を食いながら聞け。お前等の目的はカタカタヘルメット団だったな?」
フレデリックの言葉に体育館の隅に固まったヘルメット団達の体が強張る。
中には傍にいた生徒同士で抱き合って怯えた表情で便利屋たちの方を見ていた。
「で、お前等はアイツらに何を求めてる? 身柄か? それとも戦闘能力を奪うことか?」
「…………」
フレデリックの問いに便利屋68のメンバーは黙るだけで何も語らない。
しかし、そんな彼女らを気に留めずフレデリックは話をつづけた。
「まあ身柄だっていうんならハイどうぞと言う訳にも行かねえんだが、戦闘能力を失わせるのが目的ならお前等はもう達成している。あそこにいる奴らは全員丸腰だ」
「その話を、信じろと?」
カヨコが鋭い視線をフレデリックに投げかけるが、フレデリックはニヒルに笑うばかりだ。
「逆に聞くぞ。校門前に置かれた武装を破壊された今のアイツらがまともに戦えると思うか?」
フレデリックの言葉にカヨコは難しい表情で黙り込んだ。
一理あるのだ。破壊工作によって粉みじんにした装備は戦車からアサルトライフルといった携行火器まで多種多様だった。
それこそ、あんな目立つ場所に無防備に置くものではなく拠点の武器庫に置くようなレベルの量と質だ。
おかしいとは思ったが、クライアントから破壊を依頼されていた物品であることに違いはなかったから破壊した。
余りにも妨害も不意打ちもなかったから、ヘルメット団が反撃してくるのに備えつつ念のためアビドス高校のグラウンドに入って彼女らの姿を探していたのだ。
そこに、フレデリック達が出て来た。
「まさか……最初からこうなることが分かってたの?」
「さあな。俺はヘルメット団と取引をする条件として丸腰でこの学校の敷地に入れと言っただけだ。放置された物資を狙いに来る奴らがいるなんて、想像もしてなかったさ」
小さく肩をすくめながら味噌汁をすするフレデリックに、けれどカヨコはそんなわけはないだろうと眉間に皺を寄せた。
「私達が――いや、私達のクライアントがヘルメット団に刺客を差し向けるの、分かってたんだね」
「せっかく金のかかったプレゼントをしたってのに、どこの馬の骨とも知らないヤツに横流しされるくらいならその前にぶっ壊しちまった方が渡した側の気分は晴れるだろうな。ついでにそんな馬鹿な真似をした連中を殴ってやれれば最高だ」
「ちょっと待て! じゃあ何か!? お前やっぱり私達を騙したっていうのか!?」
体育館に怒声が響いた。ヘルメット団のリーダー格の生徒だった。
食事の為に外したヘルメットの下の年相応な顔つきは、今怒りと失望でぐちゃぐちゃに歪んでいる。
「最初から……最初から私達の武器を全部台無しにするためにソイツらを雇ったっていうのか!?」
「この便利屋共は俺が雇ったんじゃねえ。十中八九カイザーの連中の差し金だ。この間俺達にしてやられた時点でいずれお前等はこうなっただろうさ」
「じゃあ何か!? 体は無事だったんだからそれで満足しろっていうのか!? 武器がなきゃキヴォトスで生活するのも難しいの、知ってるだろ!」
リーダーの怒りが徐々にメンバーたちにも伝播していく。
「そうだそうだ!!」
「やっぱり騙したんだな!?」
「朝飯の代償が武器だなんてカイザーの奴らよりよっぽど悪質だ!」
さっきまで体育館の隅で固まって震えていた三十人弱のメンバー全員が立ち上がって騒ぎ始める。
その内の冷静な何人かが止めようと激昂したメンバーの袖を掴むが、力任せに振り払われるばかりだった。
そうしている内にヘルメット団のボルテージはどんどんと上がっていき、ついにはフレデリックのすぐ傍までやってきていた。
その直後、爆発音にも近い銃声が体育館中に響き渡った。
聞いたものを威圧するその銃声は、ヘルメット団達の上がり切ったボルテージを一瞬で鎮火させるのには十分すぎた。
空薬莢が一つ、体育館の地面に落ちて転がる。
「まだ私らがシャーレの先生と話してるところなんだ。邪魔しないでくれる?」
そこには自分の銃を天井に掲げた姿勢でヘルメット団達を睨むカヨコの姿があった。