「……こんなところだな」
対策委員会の生徒達とブラックマーケットに行ったその日の夜、フレデリックは数日振りにシャーレに戻ってきていた。
理由は勿論現状報告と闇銀行から奪取してきた証拠をシャーレに保管する為だ。
「思ったより事態は切迫しているみたいだね」
フレデリックの報告を聞いた飛鳥がやや険しい表情をする。
その隣にいるジャック・オーも難しい顔をして何やら考え込んでいた。
「カイザーコーポレーションはアビドスで何かを企んでいる。それは確かだが、奴らの目的が見えねぇ」
「アビドスと言う土地自体に価値はないのよね……いえ、価値がなく誰も欲しがらない広いだけの土地が欲しいってことかしら」
ジャック・オーの呟きに飛鳥とフレデリックが眉間に皺を寄せた。
三人の脳裏にギアプロジェクトの末路がよぎる。
他者に秘密にしたい、超強力な軍事兵器の実験場。そういったものを作りたいとかであれば、説明が付く。
「インターネットでカイザーコーポレーションのホームページを見てみたけど、この会社の傘下にはどうやらカイザーPMCという民間軍事会社もあるみたいだね」
「ちっ、きな臭くなってきやがった」
飛鳥の言葉にフレデリックが舌打ちをした。
そんな彼を
「フレデリック。昔みたいに君一人で殴りこむようなことはしたらダメだよ」
「メンドクセェな……その方が話が早いだろ。キヴォトスじゃそういう事件だって珍しくない」
「気持ちは分かるけどね……でも、正直僕達自身が問題に決着をつけるような真似はすべきじゃないと思うんだ」
飛鳥の言葉にフレデリックが不機嫌さを露わにして睨みつける。
けれど、すぐにそれを辞めて肩をすくめた。
「キヴォトスには俺達以外の真っ当な大人がいない。いや、大人と呼ばれる存在はいるようだが何故か都市や自治区の運営といった本来大人がやるべきようなことを生徒が……子供が担っている。そして、それに対しておかしいと声を上げる奴は誰もいねぇ。それがこの世界の常識だとでもいうかのようにだ」
「そうだね。このキヴォトスという場所が僕達の知る世界の常識とは大きくかけ離れているのは間違いない。僕の主観で言えば余りにもこの場所の在り方はいびつだ」
「それには同意するわ。この学園都市、生徒自身の力だけはそこら辺の大人なんか相手にならない位なのに、情緒や社会知識は年相応だもの。余りにもアンバランスだわ」
「……俺達が「先生」として呼び出されたのは、そういうアンバランスな存在の生徒を導く為とでも言いたいのか」
苦虫を嚙み潰したような表情になるフレデリックに飛鳥は小さく頷いた。
「師匠はかつて、僕にこういった。世界には理由がある。そして物事は理由があって初めて存在する、と」
「ケイオス*1か……そういや初めて会った時も似たようなことを言っていたな。卵か先か鶏が先かという問題の答えはオムレツだ、とか言ってやがったか」
「そもそも、私達の世界はバックヤードという空間で定められたことが現実に反映されるって仕組みよね。それを考えたら、確かにその通りなのかも」
「つまり何だ。バックヤードか、あるいはそれに類する神のような何かが俺達を「先生」という存在として呼び出し、ガキ共を教育しろとお告げしたとでもいうのか」
呆れたようにフレデリックが声を上げて肩をすくめたその時、突如オフィスの隅からゆったりとした拍手の音が聞こえてきた。
『えっ!? センサーには引っかからなかったのに一体どうやって……!?』
シッテムの箱からアロナがうろたえた様な声を上げるのと同時にフレデリックがジャンクヤード・ドッグを手元に転送して拍手の主に飛び掛かる。
「オラァッ!!」
その超重量の得物と常人を上回る膂力からもたらされる運動エネルギーが空気を食い破りながらオフィスの一角に備え付けられた休憩スペースを完膚なきまでに破壊し、轟音と共にオフィスの壁に前衛的な勝手口を作り上げた。
しかし、その勝手口の先には破壊されたソファと応接机だったものが転がるだけだった。
直後、フレデリックの背後からヘラヘラとした声が響いた。
「危ないなぁ。もし廊下に生徒がいたらどうするつもりだったんだい?」
青白い肌にくすんだ白い髪、機能性という言葉をゴミ箱に捨てたような×の形をしたフレームの眼鏡、額から伸びる一対の角。
「ケイオス……!!」
唸るようにその名を口にしながら、フレデリックは即座にジャンクヤードに法力を流し込み術式の発動準備をする。
飛鳥は術式方陣を展開し、ジャック・オーはゴーストを自分の背後へ呼び出してサーヴァントを召喚し臨戦態勢を整えていた。
そんな彼らに囲まれてなお、ハッピーケイオスは薄ら笑いを消すようなことはなかった。
「何故です。貴方はイノと一体となり、彼女は消滅した。存在していられるはずが――」
「飛鳥飛鳥飛鳥くーん。たった今君が言っていたじゃあないか。僕がここにどうしているのかをさあ」
ケイオスの言葉にその場の全員の表情が強張る。
世界には理由がある。そして物事は理由があって初めて存在する。
ならば、彼もまたフレデリック達と同様にこの世界に望まれたということになる。
「キヴォトスってさあ、面白い場所だよねえ。君達がいた世界に比べてよっぽど混沌としていて、ドラマには事欠かないだろうね」
「相も変わらず脚本家気取りか? ホームビデオが撮りてぇなら他所をあたれ」
「そうもいかない。ドラマを生み出す若葉はあっても、それを育てる水が足りないんだ。このままじゃあ、若葉が干からびるばかりでね。ソル? いや、今はフレデリックと呼んだ方が良いのかな? 君は風雨にさらされながらもたくましく生き抜いて立派な大樹へと成長する植物と、何の慈悲も希望も抵抗もなく燃やされて灰になる植物、どちらの物語が面白いと思う?」
ケイオスの問いかけにフレデリックは奥歯を噛みしめる。
ケイオスは恐らくだが今のアビドスの状況を理解している、直感でそう感じたからだ。
そして、その直感は当たることになる。
「アビドス、って言ったっけ? 君の介入で大分解決の糸口が見えて来たみたいだよね? でもさあ、正直このままだと面白くないんだよ。君、ちょっーと大人しすぎなんだよね」
「ああ? 俺はテメェの書いた脚本に従うなんて言った記憶はねぇがな」
「いいや。僕はまだ脚本を書いてないんだ。これまでの出来事は全部、
芝居がかったように両手を広げ、ケイオスはその笑みをさらに深くする。
恍惚とした表情とも言えるほどの笑みをケイオスが浮かべれば浮かべるほど、フレデリックの眉間の皺も深くなっていく。
「君達がこのまま元々のシナリオを引っ掻き回すのも良いんだけどさあ、正直僕としてはそれじゃ不満なんだよねえ」
先程までの恍惚とした笑みがウソだったかのように真顔になったケイオスが目にもとまらぬ速さで腰のホルスターに収められた拳銃を引き抜いた。
その狙いがジャック・オーであることにいち早く気が付いたフレデリックがジャック・オーをかばう様に地面を蹴って彼女の前に躍り出る。
「フレデリック!!」
ジャック・オーの悲鳴にも近い声は銃声によってかき消される。
果たして、ジャック・オーの前には撃たれて鮮血をまき散らしたフレデリックの姿はなかった。
代わりに、ケイオスの銃のすぐ目の前の床に鉛玉が床にめり込んでいるだけだった。まるで、その場所だけ重力が何倍にも大きくなってそこに銃弾が飛び込んできたような光景だった。
そんな芸当ができるのはこの場においてケイオスを除いて飛鳥しかいない。
銃弾がフレデリックに届かなかったことにケイオスの目がわずかに見開かれる。
「……あ――」
「ファフニール!!」
あれ? という間の抜けた声すら言い切ることも出来ずケイオスの顔面にフレデリックの炎をまとった右ストレートが突き刺さった。
「ごっ!! ……ッお!?」
その凄まじい膂力に加え、インパクトの瞬間に炸裂した炎の法力の威力によってシャーレの壁を突き破って外へ放り出されんばかりの勢いで後方へ吹き飛ぶ。
けれど、ケイオスの体はオフィスの壁に叩きつけられる寸前で何もない空間に張り付けられたかのように固定された。
ケイオスが視線だけ横に向ければ、そこには術式をケイオスに向けて発動している飛鳥の姿があった。
そんなケイオスに向けてフレデリックが拳を固めながらゆっくりと歩み寄る。
肩に担いだジャンクヤード・ドッグから僅かに熱が発せられている。今フレデリックが流し込めるありったけの法力を流し込み、その全てを炎の法力へとコンバートしているためだ。
それを見たケイオスは己の危機に怯えるどころか、期待していたものが見れた満足感と喜びで笑い出した。
「ははは! そうだよ!! それだ!! 君達にはその法力があるじゃないか! それをほとんど使わないでこの世界に……いや、この物語に介入しようなんて勿体ない!! 君達がやろうとしていることは100%天然物の牛肉のパテもキャベツもトマトもチーズも何もかも抜いて片方のパンズにオムレツを乗せ、そこにタバスコをかけて食べるようなモノなんだよ!!」
「だからテメェが原材料を調達して俺達にハンバーガーを作らせようっていうのか?」
ケイオスの目の前に立ったフレデリックがボキボキと首を鳴らしながら僅かに腰を落とす。いつでも目の前のクソ野郎を殴りつけられるようにだ。
そんな危機的状況を前にしてケイオスは出された問題に正解できなかった生徒をチチチと舌を鳴らして笑う。
「ちょおっと違う。原材料はもうあるんだ。フレデリック、飛鳥君、ジャック・オー、僕、そしてこのキヴォトス全ての生徒達。でも今の君達は元々用意されていたオムレツトーストってレシピ通りに料理を作ろうとしてるだけなんだよ。レシピと違うのはオムレツにかける調味料をより刺激的なモノにしたって程度かな。本当は豪華なハンバーガーが作れるはずなのに、君達は形の崩れたハンバーガーを見たくないがために無難にトーストにしようとしているんだ。それはもったいないと思わないかい?」
同意を求めるようにこちらを見つめてくるケイオスに、フレデリックは舌打ちをする。
「テメェの言うハンバーガーってのを作るのに、いったい何人が残業と休日出勤、それと労災に見舞われることになるんだ?」
「フレデリックの言う通りです。師匠、僕らはあくまで外部の人間だ。いずれキヴォトスからいなくなる人間が、無責任に力を行使して問題の種だけを撒いていなくなるなんてことは出来ません」
飛鳥の答えにケイオスは心底失望したかのようにため息を吐き、そして何事もなかったかのように地面へと降り立つ。先程まで飛鳥によって完全に空間へ固定されていたはずなのに、そんなことなど初めから無かったかのような自然な動作だった。
その光景に飛鳥とフレデリックは警戒心をさらに引き上げる。
「ディスペル……!」
苦々しく唸る飛鳥を余所に、ケイオスはフレデリック達に言い聞かせるように語り始めた。
「どうやら君達はまだ勘違いをしている。いいかい? 君達に求められているのは普通の人間にこなせるレベルの教育じゃあないんだよ。君達だっておかしいと思っているんだろう? このキヴォトスは、大人がやるべきことを子供が全て担っている。にもかかわらず、この街にいる大人は少なからず自分達の利益の為に子供を食い物にすることに躊躇いがない。アビドスなんかまだマシな方だ。この学園都市には彼女達以上に幼い頃から人としてすら扱ってもらえず未来への希望をも忘れた子供がたくさんいる。そんな子達を前にして、持てる力を出し惜しんだままで彼女達を救えると思っているのか?」
先程まで軽薄で芝居がかった態度ではなく、別人かと思うほどに真剣な声色で語りかけてくるケイオスに誰も何も言い返せなかった。
彼の言う通りだからだ。法力を最大限に活用して事に当たれば、出来ることはもっと増える。
「いいかい?
「聞き間違いか? テメェもガキ共を救うと言ったように聞こえたが」
「おいおい、前にも言っただろう? 僕が存在するのは
「チッ……相変わらず何言ってるか分かんねぇ野郎だ。メンドクセェ、御託は――」
言いながらフレデリックが一気にケイオスに肉薄する。そして固めた拳をケイオスの鳩尾に叩きこんだ。
その威力にケイオスの体が重力に逆らって地面から引きはがされる。ほんの僅か中空へ浮かされ無防備になった彼の体へ、フレデリックは拳とは反対の手に握ったジャンクヤードを叩きつけ術式を起動させる。
「いらねぇ!!」
叩きつけられたジャンクヤードから凄まじい威力の爆炎が発生し、ケイオスの体を食いつくすだけでは飽き足らずシャーレの外壁に斬新でサイズの大きい非常口を作った。
カタカタヘルメット団相手に撃ったのとは比べ物にならない、出力100%のタイランレイヴだ。神秘に守られ、銃弾程度では有効打を与えられないキヴォトスの生徒どころか、彼女らよりも頑丈などんな兵器であっても消し炭にしかねない爆炎がシャーレオフィスから飛び出してD.U.外郭地区の夜空を一瞬だけ赤く彩る。
純然たる破壊活動にシャーレオフィスの警報がこれでもかと異常事態を叫び散らしていた。
しかしそれ程の威力を誇る、文字通りの必殺技をケイオスに叩き込んでおいてなお、フレデリックの表情は苦々しいものだった。
何故なら、彼が新しく作った窓際の非常口の前には何事もなかったかのようにケイオスがあの薄ら笑いを浮かべながら立っていたからだ。
「フレデリック。人の話は最後まで聞けって、教わらなかったかい?」
「長い話は程よいところで終わらせるのが円滑な会議の秘訣だとは習ったな」
「んふ、一理あるね。確かに、ここで全部種明かししてもつまらないか。じゃあ、今日はお
そう言って右手を上げてケイオスはフレデリック達に背を向ける。
そんな彼をフレデリックが呼び止めた。
「待て。忘れものだ」
「何かな?」
ケイオスが振り返った時、フレデリックは既にジャンクヤードをライフル銃の様に構えていた。
それに気が付いたケイオスが目を見開くよりも速く、フレデリックはジャンクヤードから法術エネルギーを射出する。
狙いは、不死身のケイオスの唯一の弱点である右手のひら。
上げるでもなく下ろすでもなく。中途半端にぶら下がったケイオスの右手のひらを、ジャンクヤードから放たれたエネルギー弾が狙い過たず貫いた。
「あー……これはやられちゃったねえ」
まるでゲームでプレイヤーキャラクターが死んでしまった、くらいの無感情さでそう呟いたケイオスがよろめいて壁の大穴から地上へと落下していく。
「なんて、そう簡単に行ったら面白くないでしょ?」
しかし、ケイオスの声がフレデリック達の背後から響いてきた。
「チッ……!」
忌々し気にフレデリックが舌打ちをしてジャンクヤードを構える。
そんな彼にケイオスはなおも笑みを崩さない。
「流石だよね。僕の弱点もちゃんと覚えてたし、僕がドッペルゲンガーを生み出して身代わり作戦をするのも見抜いてたんだから。やっぱり君といると退屈しないよ
「人違いだ。大体ソイツは死んだって聞いたが?」
フレデリックの苛立たし気な答えに、ケイオスは愉快そうに笑う。
「んふふふふ、そうだったね。まあなんにせよ、これからはもっと面白いことになるよ。……こんなこと言ってもどうせ信じてくれないだろうけどさあ。
そう高らかに笑うケイオスの姿が突如水滴を落とした水面の様に歪む。
「待て!!」
逃げられる。そう直感したフレデリックがケイオスをひっ捕まえようと彼が腰かけていた椅子へ手を伸ばすが、フレデリックの指先がケイオスに触れるよりも早く彼の姿はそこからかき消えていた。
後には派手な非常口と勝手口が出来上がった、風通しの良いシャーレオフィスとそこに立ち尽くすフレデリック、飛鳥、ジャック・オーの三人だけだ。
体育館で寝泊まりしていた元・カタカタヘルメット団の生徒達が非常ベルの音を聞いて何事かと駆け付けるまで、三人は一言も話すことなく険しい表情で窓から見えるキヴォトスの景色を睨み続けていた。
白状します。
ケイオスを出すつもりは元々ありましたが、本来の登場はもっと後の予定でした。
本来は原作でゲマトリアが初めて集会をした時とか辺りのつもりだったんです。
なんか生えたぞコイツ。しかも何でシナリオ大幅改変しなきゃいけないようなセリフ吐いてくれちゃってんの。
いや書いたの自分なんですけど。書いたのは俺だけど俺じゃないんだ。
とにかくエタらないようにだけ頑張ります。