目を開けると、見慣れない綺麗なフローリングの床が視界いっぱいに広がっている。
「あ……シャーレ、の体育館」
つい数日前、ジャック・オーというシャーレの先生を名乗る大人に連れてこられたのは大して使われた形跡もないこの広い体育館だった。
状況から見るに、どうやらベッドの代わりにあてがわれていた人をダメにするソファから寝返りを打って落ちたようだ。
暖房が効いてるとは思えない位に静かで広い体育館は、けれど不思議と心地良い暖かさに包まれている。
体育館の窓の方へ視線を向ければ、ようやく朝日が昇ってきたのか淡い光が窓枠を包み込んでいた。
「はぁ……」
淡い光が徐々に強まっていき、ハッキリとした朝日となっていく光景はどこか幻想的でウヅキは思わずため息を漏らす。
なんだか、夢のような光景だった。
ウヅキは数日前まで――もしかしたら今もかもしれない――カタカタヘルメット団という不良グループのリーダーだった。
学校にも行かず、ブラックマーケットで仕事という名の犯罪行為を請け負ったりして生計を立てていたワルだ。
でも、ワルの中じゃ下から数えた方が早い程度の実力しかなかった。
だから稼ぎも大したことない。それこそ真っ当な寝床なんてご無沙汰だ。
身も心も温まる食事も、眠る度に隙間風に体を震わせなくて良いことも、思わず脱力してしまう心地良いソファも。
何もかもが随分と久しぶりのものだった。
「っ!」
そんなことを考えて、思わずウヅキは自分の体を両腕で抱きしめるように体を丸めて小さく震えた。
怖かった。この夢のような時間が終わってしまうことが。
またあのクソみたいな日常に戻らなきゃいけないことが、たまらなく怖かった。
誰が好き好んで犯罪行為に手を染めなきゃいけないんだ、と降りかかる理不尽に今更怒りを覚えた。
「ちくしょう……!」
どうしてこんなことに。そんな言葉が頭の中を埋め尽くす。
アタシが一体何をしたっていうんだ。ただ学校行って、遊んで。普通のことをしてただけなのに。
生きるために必死になって忘れていたものが一気にあふれ出してきて胸の内がぐちゃぐちゃになっていく。
そこにはカタカタヘルメット団のリーダーではなく、明日に怯える一人の少女がいた。
「リーダー……?」
不意にウヅキの耳に聞きなれた幼馴染の声が飛び込んできた。
体の震えがピタリと止まって、思考がヘルメット団のリーダーのそれに変わっていく。
「……どうした、メト」
いつもと変わらない、いつからか出せるようになっていた低めの声で声の主の方へ振り返る。
そこには心配そうな表情でウヅキを見つめる幼馴染の
けれどそんな表情はすぐに消えて、メトは昔から変わらないにへらと緩い笑顔を浮かべた。
「ううん。ちょっと、調子悪そうに見えて」
「問題ない。……そっちこそ、ちゃんと寝れたのか?」
ウヅキがメトにそう問いかければ、メトはほんの少し困ったように眉尻を下げて笑った。
「あはは……実は快適すぎて逆に寝付けなかった」
「もったいないな。高級ホテルとまではいかないけど、こんないいとこはそうそうないのに」
「そういうウヅキちゃんだって、私より先に起きてたじゃん」
ウヅキちゃん、と呼ばれて思わずウヅキの眉間に皺が寄って周囲へ視線を巡らせた。大丈夫、他に起きている団員はいない。メトを特別扱いしているみたいな誤解をされることはなさそうだ。
その事にホッとして視線をメトの方へ戻すと、彼女は自らの失敗を悟ったのか表情を曇らせていた。
「ごめん、
「……他のメンバーが起きてきたら間違えんなよ」
謝るメトから視線を逸らしながらウヅキは自己嫌悪をした。
名前を呼ばれてどこかホッとしたはずなのに、つい癖で名前で呼ばれたことに対してネガティブなリアクションを取ってしまった。
成り行きで集団のリーダーになってしまってから、新入り達からナメられないようにと周囲に自分をリーダーと呼ぶように徹底させた。それは幼馴染のメトとて例外ではない。
だって彼女だけウヅキちゃん、と呼ぶのを許していたら自分がメトを
そうなった時、メトが自分の見えないところで傷ついたりするのが嫌だった。
だから不良になる前はずっとウヅキちゃん、と呼んでくれていた彼女にそれを禁じたし、今でもそれが間違っていたとは思わない。
実際にそういうことを徹底していたおかげで、行き場のない生徒達の寄せ集めでしかない自分達がカタカタヘルメット団というそれなりの集団として機能していた面は確実にあるのだから。
だけど、今になってそれを後悔した。
誰よりも傍にいてくれた友達に名前を呼んでもらえないのが、こんなにも悲しいことだなんて知らなかった。
いつでもメトはウヅキの隣にいてくれた。今もそうだ。それは昔から変わらない。
なのに、どうしてこんなに遠くに感じてしまうんだろう。
目に見えないけれどとても分厚い壁が二人の間にそびえ立っているような感覚がする。
そんな感覚のせいか、気まずい雰囲気になった二人はそのまま他の団員達が起き出してくるまで一言も言葉を交わさずただ座っていた。
ほとんどの団員達が目を覚ました頃を見計らって、ウヅキはいつでも動き出せるように身支度を整えるよう指示を出そうと立ち上がった。
ちょうどその時、体育館のドアが開け放たれる。
ヘルメット団達の間に一瞬緊張が走った。
けれど、そんな緊張感はすぐに霧散することになった。
「グッモーニン、皆! よく眠れたかしら?」
体育館に入ってきたのはジャック・オー先生だった。
ぴっちりと整えられたスーツにブラウス姿は、いかにも大人の女性と言った風貌だ。
スタイルも良く、自信に満ちたその姿は歩くだけでも美しいと感じさせるものがある。
こんな大人になれたら、なんて柄でもないことをウヅキが考えるくらいにはジャック・オーという女性は魅力に満ち溢れていた。
そんなジャック・オーが真っすぐと自分の方へと歩いてくることに気づいて、ウヅキは思わずドキリとした。
「おはよう。ウヅキ」
何でもないように名前を呼ばれて、ウヅキはピクリと体を震わせた。
自己紹介をした記憶はない。ここへ連れてこられてから名前を聞かれたこともなかったから、特に教えもしなかった。
だから、どうして知っているのかとつい疑問を口にした。
「名前……教えてないと思ったんだけど」
ウヅキの問いにジャック・オーは一瞬キョトンとした表情をして、それから微笑んだ。
「これから面倒を見る子達の名前くらい、ちゃんと把握しておかないとね。私、新人だけど先生だから」
「……アタシ達、学籍なんてとっくになくなってるのに」
「調べる方法なんていくらでもあるわ。それに、そういうの調べるのが得意な人がいるし」
そう言ってウィンクをしたジャック・オーに、けれどウヅキは背筋が凍る思いだった。
ならば、これまで自分達が行ってきた犯罪行為も全部調べ上げられてるんじゃないか。あるいは、調べ上げられるんじゃないか。
自分達は人殺しだけはやっていないけれど、他の犯罪行為はそれなりにやってきてしまっている。
その罪状の多さを見たら、目の前の人のよさそうな先生であっても自分達を放り出すかもしれない。
ここを放り出されたら、今度こそカタカタヘルメット団は……いや、片寄ウヅキは立ち直れない。
「仕事か? 雑用でも何でも、言ってくれればやる!! ちょっと危ないことでもいい!! 絶対成功させて見せるから!!」
ああ、こんな態度良くない。自分が切羽詰まった様子を見せてたんじゃ、団員達まで不安にさせてしまう。
頭の片隅でそんな理性の声が響く。
それでも、ウヅキはもう限界だった。
「だから、お願いだ。私を……」
見捨てないで。と、最後まで口にすることは出来なかった。するわけにはいかなかった。
どんなにウヅキ自身が限界だとしても、カタカタヘルメット団のリーダーとしての最後の意地があった。
これ以上団員達の前で無様を晒すわけにはいかない。
それでもせめて、これまで苦難を共にしてきた皆だけでも救われるように。
「こいつ等を見捨てないでやってほしい。皆、ホントは良い奴らなんだ」
ウヅキの言葉に、後ろから息を呑むような音がいくつか聞こえた。
それもそうかもしれない。今のウヅキの言葉は、まるで他のメンバーを助けることを条件として自分だけが犠牲になろうとしているように聞こえるだろうから。
でも、他にどうしたらいいかウヅキには分からなかった。
自分だって日の当たる場所に戻りたい。でも、今更無理なんじゃないかとも思う。
ならせめて、リーダーである自分が責任をとれば他の皆は助かるんじゃないか。ネットで組織が何かやらかした時は、大体トップが責任を取って辞めてたし。
だから、これがウヅキにできる精一杯だ。
後は、目の前の大人がウヅキの意図に気づいてくれることを祈るしかない。
その大人は、ジャック・オーはウヅキの言葉を目を閉じてじっと聞いていた。
そしてゆっくりと目を開いて、ウヅキの瞳をまっすぐと見つめる。
「……貴方は、きっと責任感が強い子なのね」
「責任なんて言葉は、とっくの昔に捨てたよ。そんなもの、持ってたって私達を助けてなんてくれない」
「……そうね。確かに、責任だとか役割なんてモノを持たされると息苦しいかも」
ジャック・オーがクスクス笑ってそう言い放ったのを見て、ウヅキはあっけにとられた。
彼女の言葉それ自体は別にそんな大したものじゃない。ブラックマーケットに行けば似たような言葉は投げ売りどころか押し売りされるくらいには溢れている。
けれど、ジャック・オーはブラックマーケットの奴らの様に責任という言葉に対して唾を吐くような態度はとっていない。
きっと、彼女は責任を負うということの重みを理解しているのかもしれない。そんな風に感じられた。
「じゃあ、責任だとかそういう堅苦しいのを抜きにして話しましょう。ウヅキ、貴方はこれからどうしたい?」
「えっ……」
唐突な問いかけに、ウヅキは間の抜けた声を漏らした。
自分がどうしたいか、と言われてもなんて答えればいいか分からない。
ウヅキ個人としての望みを言えばいいのか。それともヘルメット団のリーダーとしての望みを言えばいいのか。
また前みたいに学校に行って、なんでもない日々が過ごしたい。
今日まで一緒にやってきた奴らとだったら、犯罪行為なんかから足を洗った方が楽しくできるんじゃないか。
そんな願いが喉元までせり上がってきて、けれどウヅキはそれを吐き出すことが出来なかった。
だって、そんな願いを口にするには余りにも手を汚しすぎた。
そう思えば思うほど、喉元までせり上がった願いは鉛のような重さになってお腹の底の方へと沈んでいく。
そうしてただ黙って俯くだけのウヅキに、ジャック・オーは自嘲した。
「ま、いきなりこんなことを言われても困るわよね。やりたいこととかなんかより、どうやって生きていくかをずっと考えてたんでしょ?」
「それは……」
ジャック・オーの言葉に一瞬だけ顔を上げ、図星であることを認めるのもなぜかできなくて目を逸らす。
そんなウヅキの姿に、ジャック・オーはとても優しい声色で語った。
「だから、これから探せばいいわ。私だって、自分がやりたいと思えることを見つけられたのは割と最近の話だもの」
「そう……なのか?」
「そうよ? それまでは『自分の役割を果たさなきゃ』ってことばっかり考えてたから」
ジャック・オーの言葉に、ウヅキは思わずか聞かずにはいられなかった。
「アンタは……どうやって自分がやりたいことを見つけたんだ?」
ウヅキの問いにジャック・オーはどこか困ったような、照れくさそうな表情をした。
「自分で見つけられたわけじゃないのよ。ずっと自分の中にあったやりたいこと、というかどうしたいかっていうのを色んな人からヒントを貰って見つけてもらったみたいな感じかしら」
そんな答えに、ウヅキは素直に羨ましいと思った。
この目の前の大人は、きっとそう言う信頼できる人が周りにいっぱいいたんだなと。
別にメトやヘルメット団達のことが信頼できないわけじゃないけど、リーダーとしてそんなことを相談する訳にはいかなかった。
ただでさえ明日の見えない世界で、リーダーの自分が未来に迷ってる素振りなんて見せてたら皆が不安になってしまうと思ったから。
だから、きっと自分には一生やりたいことなんて見つけられないのだろう。
窓から差し込んできた朝日が眩しくて、それから目をそらすように俯いた。
「そっか……良い人達に会えたんだな」
決して目の前の大人の姿が余りにも眩しく見えたからとか、そういうんじゃない。
ただ、目が痛くなるのが嫌だったから俯いて目を閉じた。それだけだ。
そう自分に言い聞かせないと泣いてしまいそうだった。
「んー、まあここでずっとお話ししてても皆落ち着かないだろうし、せっかくだから私達の仕事を手伝ってもらおうかな」
不意にジャック・オーがそんなことを言い出して、ウヅキはゆっくりと顔を上げた。
そしてホッとした。仕事が、やらなきゃいけないことがあるなら少なくともこのグチャグチャになった心の中のことは考えなくていい。
「ああ、任せてくれ。何をしたらいい?」
シャーレの先生だからあんまり無茶なことも言い出さないだろうし、言われたとしてやり遂げて見せる。
なんて意気込んで、俯いていた顔を上げる。
そこには、心底これからする何かを楽しみにしていると言わんばかりの笑顔を浮かべたジャック・オーがいた。
一体何をさせられるんだ、と構えたウヅキにジャック・オーは仕事の内容を高らかに言う。
「私と皆でピクニック!」
「…………は?」
想像の斜め上過ぎる仕事に、ウヅキはただただあっけにとられて声を漏らすことしかできなかったのだった。
今回出て来た片寄ウヅキちゃんのビジュアルイメージはだいたいこんな感じです
(セーラーが赤くないけど、実際は赤いセーラー服
【挿絵表示】
NovelAI様様ですね。絵がかけなくてもそれっぽいイメージ出力できるのマジありがたい
ケイオスが出て来てしまった時点で、原作シナリオは全体的に大幅改変する運びになりました。
と言うか、もうなんか好き勝手にやります。先のこと未来の俺に任せる。
テンポが悪かろうが評価につながらなかろうがやりたいようにやるんじゃ……
でも感想と評価とお気に入りしてもらえるとやっぱり嬉しいしモチベに繋がるので評価ください(