アビドス対策委員会は油断なく銃を構えて目の前の便利屋68を睨んでいた。
「大将の無事を確認できました! 幸い軽傷だったので、近くのシェルターに案内済みです! また、フレデリック先生が代わりの先生を応援に向かわせてくれてるらしいです!」
アヤネの報告にその場の対策委員会はもはや遠慮はいらないことを悟った。
後は、きっかけ一つで爆発するだけだ。そうすれば、あとはもう目の前のクソッタレをぶっ飛ばすだけだ。
「それで? 柴関ラーメンを吹き飛ばした超アウトローな私達を相手に、シャーレの先生がいないアナタ達が勝てると思っているの?」
そんな状況にもかかわらず大胆にも明らかな挑発をしてくるアルに、バイト先が吹き飛ばされた上に恩人まで傷つけられたセリカが犬歯を剥き出しにして吠えかかる。
「ナメてんじゃないわよ! アタシのバイト先ふっ飛ばしたツケはキッチリ払え!!」
「ん。流石に見逃せない。この代償は高くつく」
「お仕置ですよー!」
それぞれ敵意を剥き出しにするアビドスに、便利屋68も応じるように銃を構えた。
「それはこっちのセリフよ!! 真のアウトローがどういうものか、見せて――」
これ以上ないワルい顔をしたアルが決め台詞を言い切ろうかというその時だ。
「ちょっと待ってくれないか」
一体何時からそこに居たのか。いや、もしかしたらずっとそこに居たのかもしれない。
それくらいの自然さで、その場の誰もが見たことのない大人の男が声を上げた。
「誰っ!!?」
セリカが悲鳴にも近い声と共に男の方へ振り返る。
この距離に近づかれるまで誰一人として気が付かなかったという事実にアビドス、便利屋双方の警戒心は一気に跳ね上がった。
ありえないと叫びたくなるような異常事態に爆発寸前と言えるだけの熱量を持っていたはずの空気は、今や氷点下にまで下がったかのように冷えて張りつめている。
そんな彼女達を前に、けれど男はまるで出てくるタイミングを間違えてしまった人間のように目を泳がせた。
「ああ、えっと。僕は飛鳥。飛鳥=R=クロイツというものだ。シャーレで先生をやっている。ここにはフレデリックの代わりにいるんだ」
「フレデリック先生の……?」
飛鳥の言葉にセリカが一瞬警戒心を解いて銃口を下げかける。
けれど、そんな彼女をシロコが制止した。
「待って。ここはシャーレからかなり離れた場所でしょ。学校からだって10kmも離れてる。便利屋達が柴関ラーメンを吹き飛ばしたのだって、そんなに前じゃない」
「そうです。フレデリック先生みたいにバイクを使っているならまだしも、貴方はいったいどうやってここまで来たんですか」
シロコとノノミの言葉にハッとなったセリカが表情を険しくして飛鳥に銃口を向けなおす。
「アンタ、フレデリック先生の同僚って嘘ついて私達を不意打ちしようとしたってこと!? さては便利屋の仲間ね!?」
「い、いや……そんな幽霊みたいに現れる大人の傭兵なんて雇った覚えないんだけど……」
ボソリとかろうじて口から漏れたかのようなアルの言葉に彼女の左右からため息と忍び笑いが聞こえた。
「傭兵……って、仲間を引き連れて来たなんて卑怯な手を使うつもりでよくあんな自信満々に真のアウトローなんて言えたわね!!」
「なっ!? アウトローはね、信用第一なのよ!! 仕事を完遂することが至上なの!! 卑怯だとかそんなことイチイチ気にして仕事を失敗するのは三流のやることなのよ!!」
「じゃあ関係ない柴関ラーメンと大将を吹っ飛ばしたのも仕事の一環ってわけ!?」
「ええそうよ!! ついでにアナタ達の背後でウロチョロしてるシャーレの先生の化けの皮をはがすのも依頼されてたっけね!」
もはやヤケクソ気味に叫び散らしたアルの言葉に、隣にいたカヨコが額に手を当てて大きなため息を吐く。
「ん、こほん! で? 私はアナタみたいな人を知らないのだけど、本当にシャーレの先生なのかしら?」
そんなカヨコに気が付かないまま、キメ顔で瓦礫の上から飛鳥を見下ろしながらアルが問いかける。
「うん。一応、シャーレの先生の代表は僕ということにもなっているよ。疑うのなら連邦生徒会の七神さんに確認を取ってみると良い」
「そ、そう……そこまで言うのなら本当なんでしょうね!」
「え……それで信じるの? 普通に怪しいと思うけど……」
飛鳥の言葉にあっさりと引き下がったアルをシロコが呆れたような目をして思わずツッコミを入れる。
ほんの少し前まで一触即発な空気だったのが、飛鳥の登場ですさまじい緊張感で張り詰めた空気へと変わり、そして今はなんだか締まらない空気へと変わってしまった。
余りにも変化の著しいその場の空気に、皆なんだかやる気が削がれてしまったのか誰が言うでもなく銃口を下ろす。
そんな皆を見て、ようやくアヤネがドローン越しに口を開いた。
『い、いえ……その方は間違いなくシャーレの先生です。現在三人いる先生の最後の一人ですね。でも、一体どうやってここまで……私が見ているレーダーには今も何の反応もないのですが……』
「眼鏡ちゃんの言う通りだよ。どうやってここまで来たの?」
アヤネの疑問に乗っかるようにして、アルの隣にいたムツキがやや目つきを鋭くして警戒心を滲ませながら飛鳥に問いかける。
そんな問いに飛鳥はその場の生徒達に講義をするかのような口調で種明かしを始めた。
「どうやって来たか、と言う問いに対しては『そもそも僕はここにはいない』と言うのが回答になるかな」
「は? いや、だっているじゃない。ここに」
飛鳥の言葉にセリカがうろたえる。
セリカほどではないにしろ、他の面々も概ね同じような反応をしていた。
それくらい飛鳥という男の存在感は確かなものだった。
キヴォトスでよく見かけるドローンによる立体映像の投影などではない、確かな実体としてそこに存在しているようにしか見えないのだ。
「ああ、フレデリックから送られた座標情報とアヤネさんのドローンの映像、そしてシャーレの設備でさらに細かい君達の位置情報や動きを取得した上で、皆の脳のリソースを少し借りていてね。それを使って君達の脳内に僕の姿をレンダリングしてるんだ。だからここから離れた場所から見たら君達は誰もいない虚空と会話をしているように見えるね。けれど、君達の視覚情報で状況は同期できてるから少なくとも僕達にとってはリアルだよ」
穏やかな口調で自分がこの場にいるように見えていることの理屈を説明する飛鳥だったが、残念ながら説明をしっかりと理解できた生徒は残念ながら誰もいなかったようだった。
全員が首を小さく傾けたり眉間に皺を寄せたりと言った微妙な反応をしている。
どうやって説明すれば伝わるだろうか、飛鳥が腕を組んで考えこもうとした時一人の生徒が口を開いた。
「よ、よく分かりませんが、とりあえず撃ってしまえばアル様の邪魔も出来なくなるってことでいいですか……?」
ハルカだった。既に銃口を飛鳥に向け、引き金に指までかけている。
余りにもあんまりな力技による解決策の提示とすぐにもでもそれ実行しようとする彼女の姿に、飛鳥の額を汗が伝った。
「で、出来ればそういう乱暴はやめてくれると嬉しいな。いくら怪我をしないと言っても、ここでのダメージはちゃんと僕本体にもフィードバックするんだ。僕はフレデリックほど頑丈じゃないし、ちょっとした痛みでもショック死する自信がある」
後半のショック死の下りだけやけに力強く言い切るその姿は、なんというか絶妙に情けなかった。
この人は本当にフレデリック先生やジャック・オー先生と同じ先生なんだろうか、という雰囲気がそこはかとなくアビドスの生徒達からにじみ出る中、アルがなるべく穏やかな口調でハルカをたしなめていた。
「は、ハルカ? 一応、私達はアビドスの背後にいる大人について探るのが仕事だから……やっちゃダメよ?」
「あ、アル様がそういうのなら……止めておきます」
アルに諭されたハルカは引き金にかけていた指を離してショットガンを抱え込む。
そんな彼女の様子を見た飛鳥とアルが、心底ほっとしたようにため息を吐いた。
アビドスを狙いに来たはずの超アウトローと自称シャーレの先生のどうにも締まらないその姿に場の空気は完全に緩んでいた。
だからだろうか。
風を切って何かが飛来するその音に、生徒の誰もが直前まで動くことが出来なかった。
「ッ! 危ない!!」
それが砲撃であることにいち早く気付いたのはカヨコだ。
とっさにアルの方へ飛び出し、彼女を守るようにアルを抱え込む。
数瞬遅れて他の生徒達も飛来した
けれど、いつまで経っても生徒達の体に爆発の衝撃と熱が襲ってくることはなかった。
「え、どういう……」
確かに擲弾が落ちてくるあの独特な風切り音を耳にしたはずなのに、何も起きないという異常に生徒達が顔を上げる。
「全く、これから話をしようと言う時に随分と危ないことをしてくる人がいるんだね」
そこには幾何学模様の何か――まさに魔法陣と呼べるようなものを背後に出現させた飛鳥が虚空に向かって軽く手を伸ばしている姿があった。
伸ばされた手の先には、50㎜迫撃砲弾が空中でピタリと静止していた。
「な、一体……どうなってんの……?」
いつもはお調子者な態度をとっているムツキが珍しく目を見開いて、かろうじて疑問を口にする。
それはこの場の全員の気持ちをまさに代弁した言葉だった。
そんな驚きに目を見開いている生徒達に、飛鳥は場違いなくらい穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ああ、僕達は魔法使いなんだ」
私、資格を持ってるのくらいの気軽さで言い放たれた飛鳥の言葉に、けれどその場の誰もが否定の言葉を口に出来なかった。それくらい目の前の光景は異常すぎたから。
けれど、そんな驚きに固まっている生徒達の耳にいくつもの足音が聞こえてくる。
「さっきの迫撃砲にこの足音の数――間違いない、うちの風紀か……!」
苦虫をかみつぶしたような表情で唸るカヨコの言葉を裏付けるように、通りの向こうから黒を基調とした制服を身にまとった生徒達が隊列を組んで姿を現した。
帽子にはキヴォトスでも有数のマンモス校ゲヘナ学園の校章、腕には風紀とかかれた腕章を身に付けている。
数の上では便利屋とアビドス生を足しても到底叶わない数だ。その上、相手は迫撃砲まで使ってくる。
それでも飛鳥が味方にいる今なら勝てるかもしれない。
だが、ゲヘナの風紀委員と真っ向から戦った場合、アビドスはゲヘナと学園間の政治的な問題に発展する可能性が、便利屋は今後の仕事に間違いなく影響が出るという無視できないリスクがある。
これ以上のリスクを抱え込めない彼女達にとって、今この瞬間の軽挙妄動は命とりだった。
故に、誰もが銃のグリップをきつく握りしめながらも戦闘態勢に入り切れずにいた。
そんな彼女達を他所に、ただ一人飛鳥は気負う素振りも見せずに呟く。
「……ふむ、これは少し骨が折れそうだけど……やってみようか」
そう呟いた飛鳥は腕を横に薙ぐ。
そして生徒達は彼の背後の魔法陣がその数を二つに増やしたのを目にした。
「さて、それじゃあ始めよう」
以前としてその場の誰よりも気負わず、自然体のまま笑みを浮かべた飛鳥が魔法を発動させた。