辺り一帯に響き渡った銃声。
それによって体を強張らせたのはヒナの迎撃をしていた生徒達だけではなく、ヒナもだった。
「ハルカッ!!」
「死んでください死んでください死んでください死んでください死んでください死んでください……!!」
ハルカだった。物騒な言葉をぶつぶつと呟きながら矢のようにヒナへと肉薄し、ショットガンの引き金を引く。
「甘い」
しかし、散弾が発射されるその直前にヒナは冷静にハルカの銃口を腕でそらした。
だがそれで止まるハルカではない。銃口を逸らされた勢いを使って銃床をヒナの方へと突き出す。
それもヒナは軽々といなし、がっちりとハルカの銃を握って動かせないようにしてしまった。
「悪くない動きね。風紀委員で前衛をここまでこなせる生徒は少ない。今からでもウチに来ない?」
マスクのせいで表情は読み取れないが、それでもハルカへの勧誘の言葉にはからかいの感情などは一切ないように聞こえた。
けれど、ハルカは表情を険しくさせながら首を小さく横に振った。
「わ、私は……アル様について行くと決めたんです……! だ、だから……お断りします……!」
「そう。残念ね。……じゃあ、ここで倒れて」
ハルカに勧誘を拒否されたことに小さくため息を吐いたヒナは、次の瞬間に掴んでいたハルカのショットガンを勢いよく自分の方へと引き寄せた。
愛銃を離すまいと同じようにショットガンを握りしめていたハルカの体も同じようにヒナへと吸い寄せられていく。
そのハルカの鳩尾に、ヒナの容赦のない膝蹴りか突き刺さる。
「うぐっ……!!」
「……!?」
くぐもった悲鳴がくの字に折れ曲がったハルカの口からもれる。
しかし、膝蹴りを繰り出したヒナは驚愕に目を見開くことになった。
ヒナの膝は、ハルカの鳩尾には突き刺さっていなかった。
いつの間にかショットガンから離されていたハルカの両手が、すんでのところでヒナの膝を受け止めていたのだ。
「つ、強い人は皆お腹を狙ってきますから……! 意識しておいて良かったです」
「こ、この……!」
「アル様ァ!!」
毒づこうとしたヒナを遮るようにハルカがアルの名を叫ぶ。慌ててヒナから身を引こうとするヒナだったが、ハルカががっしりとヒナの足を抱きかかえていた。
焦るヒナだが、ふとあることに気が付いた。
アルの立ち位置だ。彼女は今、完全にヒナの正面にいる。二人の間には高低差もない。つまり、アルの射線上にはハルカがいる状態だ。
撃てる訳が無い、とヒナはとっさに思った。
アルからヒナまでは少なく見積もって数十メートルはある。1㎜のずれが数センチ以上のずれになる世界だ。ちょっとでもズレればアルはハルカを誤射することになる。
伏せてすらいないアルに手振れを失くすことは不可能だし、ましてこの戦場は無風状態ではない。スポッターもいないようなこの状況では誤射の確率の方がずっと高い。
そんな状況で的確にヒナだけを撃ち抜くなんて芸当出来るはずがない。逆の立場なら、ヒナは間違いなく位置取りを変えるかこのチャンスを諦めることを選ぶ。
しかし、ヒナは一つ大事なことを失念していた。
今、彼女達の戦闘指揮をとっているのは一体誰なのか。
「陸八魔さん、銃口を右に2.3mmずらしてから、合図と同時に射撃して」
「まさか。いくら先生がいるからって、こんな危険なこと――」
出来るはずがない。そう言おうとしたヒナにアルがニヤリと笑った。
「私を誰だと思ってるの? 泣く子も黙る便利屋68、陸八魔アルよ!! ハルカ、そのまま押さえてなさい!!」
「もちろんです……! やってくださいアル様ァ!!」
「クッ……この……!!」
もはやなりふり構っていられないと、ヒナは機関銃をハルカに叩き付けようと持ち上げた。
しかし、ヒナが機関銃を振り下ろす前に飛鳥が合図を出す。
「今!」
飛鳥の合図と同時にアルが引き金を引いた。
銃声よりも早く銃弾が銃口を飛び出し、ヒナが持ち上げた機関銃と腕、そしてハルカの頭の間を綺麗にすり抜ける。
そして、銃弾が当たる鈍い音と共にヒナが後ろに大きくのけ反った。
「伊草さん、下がって! 銀鏡さん、追撃を!!」
「ごめん、委員長!!」
のけ反っていたヒナにイオリがさらに追撃をする。
神秘を乗せた通常よりも
アルとは逆方向からの攻撃に、ヒナの態勢がさらに大きく崩れた。
『今です! 総攻撃を!!』
アコの号令でヒナの周囲にいた生徒が一斉に射撃を開始する。
大小さまざまな口径の銃弾がヒナに殺到し、彼女の体を打ち据える。
『撃ち方やめ!』
アコの号令でその場の全員が射撃を止めた。
空薬莢が辺りに散らばる音が路上で跳ね回り、やがて静かになる。
銃弾の嵐にさらされたヒナは、しかし今なおその場に立っている。しかし、その姿は先ほどよりも力ないようにも見えた。
だが、それでも相手はあの空崎ヒナだ。
ここから再び予想外の反撃に移ってきてもおかしくはない。それがその場の全員の共通認識だった。
けれど、そんな予想に反してガチャンと大きな音が辺りに響き渡る。
それはヒナの機関銃が地面に落ちた音だった。
次いで、ヒナの体が大きく傾く。
「委員長!!」
誰よりも早く駆け出したのはチナツだった。
力が抜け、重力に抗えずに地面に倒れようとするヒナの体をスレスレで受け止める。
それと同時にヒナの頭に被せられていた悪趣味なマスクが音もなく地面に落ちて、そのまま消えていった。
「これは……」
それを見ていた飛鳥が僅かに目を見開いて、それからホッとしたように息を吐いた。
マスクが取れたということは、おおむねケイオスの洗脳が解けたとみていいだろう。
ホワイトハウスでの一件と照らし合わせて、意識を失う程度で洗脳が解けるということはケイオスはかなり緩めにしか洗脳をかけていないのは明らかだ。
ケイオスにしては随分と手ぬるいやり口であることにそれなりの違和感はあるが、今は事態が収束させることを優先した方がよいのだろう。
「あれあれ……こりゃ一体どういう状況かな~?」
そこへ、どうにも締まらない声で現れた生徒がいた。
「ホシノ先輩ッ!?」
ホシノだった。一見状況も理解できずのんびりとやってきたようにも見えるが、額に僅かににじんだ汗、装備を付けたまま走っていたことによるのであろう衣服の乱れから彼女なりに急いできたのだろうと飛鳥は気が付いていた。
「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった」
けれど、そんなことはおくびにも出さずホシノは軽い態度で他のアビドス生徒達に謝っていた。
主にセリカから小言を言われて吐いたものの、ホシノが重ねて謝った為にそれもそこまで長くは続かなかった。
「……それで、そっちのおにーさんは誰かな?」
口元は緩く、けれどほんのわずかに警戒心をにじませた目つきでホシノは飛鳥を見上げて問いかける。
「僕は飛鳥だ。フレデリックと同じ、シャーレの先生をやっている。そういう君は小鳥遊ホシノさんだね?」
「ああ、フレデリック先生の……なら、ちょっと安心だね。そうだよ、私が小鳥遊ホシノ。一応、アビドス対策委員会の委員長ってことになってる」
どこかへらへらした笑みを浮かべながらの自己紹介だったが、しかしその目つきだけは鋭さが残っていた。
信用されていない。人の心に疎い飛鳥でさえ、それが分かった。
そんな微妙な雰囲気の中、ホシノがどこか力の抜けた様な声で飛鳥に問いかける。
「とりあえず、おじさんは来るの遅かったってことだよね?」
「責める意図はないけれど、そうなるね。一応、戦闘自体は終わったとみていい」
「そっかー。いやあ、あのゲヘナの風紀委員長を相手に皆よく頑張ったねえ」
「大変なんてもんじゃなかったわよ! 弾は当たらないし、当たっても効かないし!! ああ、もう! 疲れた!!」
そう喚いてセリカはどっかりとその場に座り込んだ。
その様子にシロコとノノミは微笑ましいものを見るような笑みを浮かべながら、つられるように肩の力を抜く。
なんとなく緩んだ空気になってきたそこへ、険しい表情をしたチナツが飛鳥の元へ駆け寄ってきた。
「飛鳥先生、それとアビドス高校の皆さん。失礼を承知でお願いです」
チナツの真剣な表情に、アビドスの生徒達の表情も引き締まる。
「ヒナ委員長の怪我が思ったよりも酷いので、そちらの保健室と医療品を貸していただけないでしょうか」
チナツの言葉に飛鳥とホシノは一瞬顔を見合わせる。
そしてどちらともなく頷いた。
「うん。ウチで良ければ使ってよ~」
「ありがとうございます!」
そうして、撤収準備の途中で合流したフレデリックと共にホシノ達はアビドス高校へと急いだ。