アビドス高校の体育館での食事が終わった後、風紀委員会達は片づけを手伝ってからゲヘナ学園へと戻って行った。
それを見届けた後、便利屋68のカヨコがアルに声をかける。
「社長、先生に相談はしなくていいの?」
「へっ……? ……そうね、ここまで来たら話すべきかしら」
「ん? 何の話だ」
カヨコとアルの会話を聞いたフレデリックが僅かに首を傾げる。
「実は……」
そこから、アルは今日までのことをぽつりぽつりと話し始めた。
アビドス高校の敷地の前に放置されていたカタカタヘルメット団の装備を破壊した後、クライアントに報告をしたこと。
依頼は成功の扱いだったものの、その後アビドスとカタカタヘルメット団の背後にいる大人について探れと依頼されたこと。
朝ご飯をご馳走してもらった恩から、その依頼を蹴ったこと。
その結果、依頼で破壊した装備の賠償金を請求されてしまい、口座の中身をすっからかんにされた挙句多額の借金を背負わされてしまったこと。
どうしようもなくなって、とりあえずアビドスの生徒達を挑発してフレデリックを引っ張り出し、フレデリックの指揮下に置かれたアビドスとの戦闘データを交渉材料として相手の優位に立ち、借金を撤回させようとしたこと。
「そうしたら、ヒナがあんなになっちゃってそれどころじゃなかったわけ」
一通り説明し終わったアルが肩を落とす。
「ついこの間一流のアウトローになるって言ったばっかりなのに、さっそくこんなことになってごめんなさい……」
心から悔いるように表情を歪めるアルに、フレデリックは小さく肩をすくめてその手を彼女の頭に置いた。
「ガキの癖にいっちょ前に何でも自分で解決しようなんざ生意気行ってんじゃねえ。相手が大人なら、その喧嘩を買うのも大人に任せりゃいいんだよ」
「ちょ、ちょっと……! いくら先生だからってこんな……」
「大人しく子供扱いされとけ。ったく、どうしてキヴォトスのガキどもはどいつもこいつも大人ぶってんだ」
「ガキじゃないわよ! もう16歳!!」
「ガキじゃねえか」
「違うわよ!!」
「アル……否定するだけ無駄だと思うよ……」
フレデリックの子供扱いに地団駄を踏んで必死に否定するアルにため息を吐きながらカヨコが首を振った。
そんなカヨコにフレデリックがどこか意地の悪い笑みを浮かべる。
「何他人事みたいに言ってやがる? 俺からすればお前だってまだガキなんだぞ」
「……ま、そりゃ成人してないしね」
フレデリックのいたずらに、カヨコは一瞬ムッとした表情をするもののすぐに目をそらしてから澄ました顔でそう言い返した。
「わあ、カヨコっちが速攻で白旗上げてるの珍しいね」
「ちがっ……そういうんじゃないから」
「くふふ~。カヨコっち照れちゃってかわいー」
僅かに頬を染めて目を尖らせるカヨコに、けれどムツキは怖がる素振りすら見せずに愉快そうにケタケタと笑う。
そんなムツキにカヨコはつかつかと近寄り、両手で彼女の頬をもみくちゃにした。
「あうあうあう~」
「ウチで一番のガキが生意気言うな」
カヨコにそう言われ、ムツキはむすっとする。
「一番の年下はハルカちゃんじゃーん」
「えっ!? す、すみませんガキですみませんすみません……!!」
「いや、別にそこまで言ってないわよハルカ……?」
突然のキラーパスにぺこぺこと頭を下げ始めたハルカに、アルがやんわりとムツキの言葉を否定する。
「いえ、でも元はと言えば私が間違えて柴関ラーメンを吹き飛ばしてしまったからこんな大事になってしまったわけですし……本当だったら直接
「死ななくていいから! ちゃんとフレデリック先生には話せたし、何よりあなたがヒナの動きを止めてくれたからあの場は美味く収まったのよ? 結果良ければすべて良しって言葉もあるんだから、むしろ今日のあなたの活躍は胸を張りなさい!」
「は、はいぃ……一生ついて行きますアル様……!」
突然の自己否定を始めたハルカを必死にアルがなだめる光景を見て、フレデリックはカヨコとムツキの方を見た。
「……アイツはいつもあんな感じなのか?」
「まあ、うん。あんなんだけど、やるときはきっちりやる子だよ」
「実際あの風紀委員長を一人で抑え込めたのすごかったよねえ。あのガッツは私には真似できないかなあ」
「それだけのことをしてる自覚はねえってか」
フレデリックの言葉にムツキが小さくため息を吐く。
「自覚できるほど自信がないんだよね~。まあ、色々あったみたいでさ」
「悪い子じゃないんだよ。……ちょっとたまに勢い余っちゃうけど」
フォローのようで余りフォローになってないカヨコの言葉に、フレデリックは小さく肩をすくめた。
「まあいい。もう遅い時間になってきた。お前等も早く帰れ」
「そうだね。社長! そろそろ帰ろう」
「えっ? ああ、もうすっかり暗くなってしまったものね。ほらハルカ、帰りましょう」
「は、はい!」
そうして便利屋の皆は並んで校門に向かって歩き始めた。
しかし、数歩歩いたところでアルが何かを思い出したように声を上げてからフレデリックの方へ振り返る。
「そうだフレデリック先生。これからは便利屋68の経営顧問として、
そう問いかけてきたアルの目は、どこかすがるようなものだった。
そんな彼女の目と、今便利屋が置かれている境遇から考えてフレデリックが返す答えなどとっくに決まっている。
「経営指導ってんなら高くつくぞ。そうだな、とりあえずコーヒー一杯とドーナツで考えてやる」
ニヒルな笑みを浮かべながら答えたフレデリックに、アルの表情がぱあっと明るくなる。
「もちろん! とびきりのものを用意して待っているわ、先生! それじゃあ早速モモトークの連絡先交換しましょ!」
とても一流のアウトローを目指してるとは思えないほどの明るい笑顔で駆け寄って来るアルに、フレデリックはなんとも言えない気持ちにならながらもスマホを取り出して連絡先の交換をする。
そうして目的を達してホクホク顔のアルと便利屋のメンバー達が帰路について見えなくなった頃、彼女らを見送っていたフレデリックの隣にホシノが近づいてきた。
「お見送りご苦労様先生~」
「ああ。……そっちの片づけは終わったのか?」
フレデリックの問いかけにホシノは親指を立ててゆるゆるなサムズアップをする。
「ばっちりさぁ~。部室の戸締りも終わったし、後は帰るだけだよ~」
「そうか。じゃあお前等も早く帰れ」
「そうだね~。シロコちゃん達にもそう伝えるよ~」
そうひらひらと手を振って、ホシノは再び本館校舎の中へと引き返す。
けれど、数歩歩いたところでその足が止まった。
「……なんだ?」
あえてそちらを見ないようにしながら、フレデリックは動きを止めたホシノに問う。
フレデリックの問いに、ホシノはしばらく答えなかった。
そうしてどのくらい経っただろう。
ほんの十数秒だったか、数分だったか。
辺りには風が吹き抜ける音と、それによって舞い上がった砂が植木の葉にぶつかるパラパラとした音が響きわたる。
そこに、ホシノが大きく息を吸い込んでからため息を吐いた。
「先生はさ。もし、誰か一人が犠牲になることで全部が丸く収まるって言われたら……その一人が犠牲にならなかったら何もかもおしまいになるって言われたら、どうする?」
ホシノの声は普段とは違う、平坦なものだった。
本当にただ例え話を出しただけ、と言った感じの雰囲気だ。
けれど、チラリと横目で見たホシノの背はいつもよりもずっと小さく見えた。
このタイミングで、こんな質問。どう考えても半日ホシノが音信不通だったことと関係がある。
そんなことは、言わずとも分かっていた。
それでもフレデリックはホシノの問いにただ自分の考えを述べるだけに留めた。
「簡単だ。その一人を助けてから、これからも俺達が生きていく為に最後の一秒まで悪あがきをする。それだけだ」
答えながらフレデリックはホワイトハウスでのことを思い出す。
あの時、まさに今の問いかけと全く同じ状況になった。
全能の力を手に入れ、まさに神となったイノを止められるのはユノの天秤*1を持ったジャック・オーだけだった。
しかし、イノから全能の力を奪うにはジャック・オーは存在ごと消滅する必要があった。
放っておけばジャック・オーは消える。かといってジャック・オーを救えばイノは再び全能となり世界は滅亡する。
その極限の二択を突きつけられてなお、フレデリックがとった行動はジャック・オーを救うことだった。
後のことはとりあえず出たとこ勝負の悪あがきだ。それでも、フレデリックは最後まで諦めなかった。
それが報われたのか、今こうしてフレデリックはジャック・オーや飛鳥と共にいることが出来ている。
けれど、そんなフレデリックの答えはホシノの気には召さなかったようだった。
「……そんなおとぎ話みたいなこと、ホントに出来るわけないじゃん」
ホシノは変わらずフレデリックに背を向けているからその表情は伺い知れない。
けれど、その声色はどこかいじけた子供のソレのような響きだった。
「まあ、俺ならどうするかと聞かれたから答えたまでだ。ホシノにはホシノの答えがあるってんなら、それでいいんじゃねえのか」
フレデリックの言葉に、ホシノは答えなかった。
「……皆を呼んでくるね」
それだけ言って、ホシノの背中が薄暗い校舎の影の中に消えていく。
その姿にフレデリックはこれから起こるであろう何かを予感して、小さくため息を吐いた。
感想、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
また、評価も入れて頂いてマジで感謝してます。嬉しいです!
アビドス3章までにアビドス編が終わるか大分怪しいペースではありますが、このまま頑張ります。
よろしくお願いします。