「さて、それじゃあこれからどうするかを決めて行かないとね。帰る手段は確保するとして……問題はそれまでの間だ」
シャーレのオフィスの応接スペースでテーブルを囲むように座った飛鳥、フレデリック、ジャック・オーは神妙な顔つきで今後について話し合っていた。
「帰る手段っつっても、確保できんのか?」
「こちらに僕達がやってきた以上、帰る手段はあると思う」
「バックヤード*1は? アクセスできないの?」
ジャック・オーの問いかけに、飛鳥は"本"を手元に呼び出して開いた。
「出来るよ。さっき、サンクトゥムタワーで早瀬さん達が七神さんへ陳情をしているときに彼女達の話が本当か確認もしたしね」
「ま、のんびりやればいい。どうせすぐには出来ないだろ?」
そう言ってフレデリックはシャーレの建物内にあったコンビニで買った缶コーヒーを煽った。(店員らしき少女はフレデリックに怯えてしまったので、ジャック・オーが会計した)
聞く人によっては相手を侮るような言い方だったが、飛鳥もそれに対して素直に頷くのみだった。
「そうだね。世界というのは無数に存在している。僕らの世界ですらイノやアクセルが故意かそうでないかに関わらずそうしてきたみたいに、世界はいくつもの可能性に分岐していたし……」
「砂漠の中で一粒の砂を見つけるようなものってことね」
「うん。いくらバックヤードにアクセスできると言っても、元の世界への入り口を探すことは極めて難しい」
「月に来る時点で店は閉めて来た。時間は気にしなくてもいい」
「そうね。じゃあ、それまでどうするって話に戻るけど……とりあえずシャーレのお仕事してみる?」
ジャック・オーの提案に、飛鳥もフレデリックもいまいち乗り気でなさそうな顔をする。
そんな二人の態度にジャック・オーは大きなため息を吐いた。
「貴方達ね……あれだけ子供にお願いされて、首を横に振るつもり?」
「俺のこの面にビビらない子供がいるんなら、是非とも会いたいな」
「さっきいたじゃない。ユウカちゃんとか」
「ボ、ボクはほら……不潔みたいだから……接触は最低限にしたいかなって」
「アレは事故みたいなものでしょ!」
「そんなことよりあの端末は何なんだ」
フレデリックが飛鳥の手元にあるシッテムの箱を指さした。
その露骨な話題そらしにジャック・オーは眉をひそめるが、それに対して文句を言う前に飛鳥が口を開く。
「シッテムの箱は興味深いね。キヴォトスの都市機能の制御をサンクトゥムタワーという一か所に集約していたということを踏まえても、その制御権を獲得できるなんてね。かなりの性能を持っているよ」
「そういえばさっき連邦生徒会に制御権を移管していたな。その前はそこに制御権があったのか」
「うん。シッテムの箱の中にアロナって子がいてね。ユーザーインターフェースの一種だと思うけど……」
そこまで飛鳥が口にした時シッテムの箱の液晶が唐突に光を放った。
『私をそこら辺のUIと一緒にしないでください飛鳥先生!』
「うわっ!? アロナ!?」
驚く飛鳥が思わずシッテムの箱から手を放し、音を立てて端末が応接スペースのテーブルに落ちる。
『い、いたああい! ひどいですよ先生!』
まるで端末の動きに連動したかのように、その場に転んだアロナのホログラムが天井を向いて落ちたシッテムの箱の液晶の上に浮かび上がっていた。
「あら、可愛いじゃない! 貴方がアロナちゃん?」
『へっ!? 飛鳥先生以外にも私の声が……?』
ジャック・オーが指先でアロナの頬をつついてみる。
『ふみゅ!?』
「わあすごーい! ねえねえ、ホログラムなのに実体があるみたいに反応するわよ! かわいいー!」
「端末の外周部にカメラレンズみたいなものは確認できない……さっきの生体認証のことも併せて考えれば、液晶全体がカメラの機能も持っているということか……」
「なるほど。液晶自体がプロジェクターでありカメラってわけか。……どうなってやがる。普通の技術とは言えねえぞ」
シッテムの箱を前にそれぞれ感じたことを口に出したり、頭の中で考察を始める飛鳥達。
結果としてアロナの頬は数分間ジャック・オーによってもみくちゃにされ続けるのだった。
『ふう……ふう……ほっぺが取れちゃうかと思いました……』
「あはは。ごめんねー。可愛くてつい」
あうう、と頬を両手で包み込むように押さえるアロナにジャック・オーが苦笑いする。
『そ、それで。フレデリック先生とジャック・オー先生は飛鳥先生の補佐ということですか?』
「まあ、そういうことらしいな」
「飛鳥君、リーダー適正あるもんねー」
「僕としては異を唱えたいところではあるけれどね……」
『と、とにかく! 三人も先生がいるなら百人力……いえ、三百人力です!』
胸の前に拳を持ってきてふんす!と気合を入れるアロナの愛らしさに思わずといった様子でジャック・オーが再びアロナの頭を撫でた。
『あう……ジャック・オー先生ぃ……!』
こそばゆそうにギュッと目をつぶりながら困ったような声を出すアロナの様子に、我に返ったジャック・オーは名残惜しそうに指を離す。
そんなほんわかした雰囲気になった応接スペースの空気にフレデリックの咳払いが響き渡った。
「で? そのシッテムの箱は一台だけだろ。誰が持つんだ」
フレデリックの言葉に一同が押し黙った。
シッテムの箱は一台しかない。それはつまり、アロナのサポートを受けられるのは三人のうち一人に絞られるということだった。
三人ともシッテムの箱がなくなったところで何も出来なくなるほどヤワではないが、それでも万が一ということもある。
「確かに。アロナちゃん、三人に増えたりできない?」
『い、いくら私がスーパー優秀なOSでもそんなことは出来ませんって!』
「そうよねー」
「それなら僕に考えがある」
頭を悩ませる一同を前に、飛鳥が声を上げた。
「僕がシッテムの箱を解析して、君達が持ち歩く用の携帯端末とリンクさせる。そうすれば理論上は通信が繋がっている限りどこにいてもアロナのサポートを受けられるはずだ」
「出来るのか? 見たところこの世界の技術は完全な機械制御によるものだぞ。法力によるアプローチは出来ねえだろ」
フレデリックの言葉に飛鳥はあごに手を当てて視線を足元に落とす。
「確かに……今のところキヴォトスに法力技術は見当たらないから、多分法力を使った裏技は通用しない。でも……」
飛鳥はスッと視線をアロナの方へ向ける。
シッテムの箱の液晶の上でゆらゆらと揺れていたアロナが飛鳥の視線に気づいてキョトンとした。
「シッテムの箱は……アロナはおそらく単なる機械制御じゃない。少なくとも電気信号と0と1だけで構築されてるわけじゃない気がするんだ」
「魂でも宿ってんのか?」
「確証はないよ。でも、その可能性を感じる。彼女はただの人工物にしては余りにも異質だ」
「エルフェルト*2みたいよね?」
『あ、アロナは悪いOSじゃないですよ?!』
そう言ってアロナはギュッと自分の体をかき抱くような態勢を取った。
そんな彼女を見て飛鳥は慌てて弁明を始める。
「あ、いや! 別にアロナがおかしいって言いたいんじゃないんだ。むしろ、君のその特殊さは僕らにとっては助けになるかもしれないって話でね」
『そういうことでしたか! ならアロナに任せてください! 先生の為なら頑張りますから!』
飛鳥の言葉に気を良くしたのか、アロナは得意げに胸を張って笑った。
確かに彼女は人工知能かもしれない。それでも、得意げな笑みから花が咲いたように明るく笑うアロナは、ただの人工知能と呼ぶにはあまりにも情緒が豊かな
彼らは既にそういった存在を見ている。ましてやエルフェルトを例に出してジャック・オーに至っては、口にしなかったものの自分自身がそうだった。
アリアの体に宿ったただの代理人格。けれど、今では一人の人間として生きると決めるにまで至った存在。それがジャック・オーという女だった。
その場にいる三人はそれを知っている。だからこそ、飛鳥の言葉には自然と納得できた。
「とはいえ、すぐにどうこうは出来ないから……しばらくはこの建物周辺でできそうな仕事をちょっとずつやるしかないかな……」
「何をするにしても情報は必要だしな。飛鳥、そっちは任せるぞ」
「うん。任せてくれ。アロナと端末のリンクは二日以内で何とかして見せる」
「じゃ、それまで私達は賞金稼ぎ生活でもしてみる?」
『い、いや先生……先生達は生徒の皆さんを助けることが仕事ですから、あんまり乱暴はしないでくださいね……?』
物騒なことを言い出したジャック・オーにあわあわとしだしたアロナに、フレデリックが笑って答えた。
「安心しろ。火遊びが過ぎた奴だけ補導してやる」
『フレデリック先生のはなんだかシャレにならなそうな気がします……』
ボソリとつぶやいたアロナの懸念は、しかしフレデリックには無視されたのだった。
序盤で描写したバックヤードについて、アクセス出来たら世界を意のままにできるみたいな注釈つけてますが、そもそも常人にはそんなことが出来る領域にまでアクセスできません。
それが出来る領域はバックヤードの奥深くですが、そこへ何の対策もなしに足を踏み入れたりしようものなら超高密度な情報に圧し潰されて死にます。廃人になるとかじゃなくて、物理的に塵も残らず消えます。
GGXrdでは実際に黒幕の乗り物がバックヤード空間と現世を行き来する際の余波でバックヤード空間に触れてしまった都市一つ分の人間が全て蒸発しました。無機物には影響がないらしく、街だけはそのまま残っている模様。
アクセスできるのは生体兵器ギアと飛鳥を始めとした魔導士による対策エフェクトを掛けられたうえでフレデリック達のように自我を強固に保てる人物だけになります。それでもそこまで長持ちはしない程、危険な領域のようです。
(GG2、GGXrdではバックヤード空間に置き去りにされたり取り込まれそうになったフレデリックが半ば諦めるレベルでした)
今作ではバックヤードでどうこうするみたいな話は帰り道の確保くらいにしか使わないかも。