ホシノと話をしてみようとアビドス高校までやってきたフレデリックだったが、結果から言えば空振りだった。
まあ休めと言ったのは自分なのだから、と特に肩を落とすこともなく学校を後にしたフレデリックだったが、かといって行くあてもない。
部屋に戻ってもやることはないし、シャーレに戻るのは流石に手間だ。
そういうわけだから、フレデリックは特に何も考えずにパトロールも兼ねてアビドスの街をバイクで走り回ることにした。
フレデリックはバイクでゆっくりとアビドスの街を走り抜ける。
幹線道路を走っていたかと思えば、砂に埋もれて道が無くなっていたり大通りから一本外れた道が思いのほか走りやすい状態に保たれていたり。
人の営みと言うものが限りなく希薄になった街をとにかく走り回った。
そうしてどのくらい走っただろうか。
アビドス外部へのアクセスも良い地区を走っていると、珍しくビルの前にトラックが止まっているのが見えた。
トラックにはいくつかの家財道具が積み込まれている。
積み込んでいるのは便利屋68のハルカだった。
バイクのエンジン音に気が付いたハルカがフレデリックの方を見て驚いた表情をした後、ぎこちない会釈をする。
「あれ、先生じゃーん! ここのこと何も言ってなかってけど、見送りしに来てくれたの?」
そう笑顔を浮かべたのムツキだった。
トラックから少し離れた場所にバイクを停めてフレデリックは便利屋達の方へと歩み寄る。
「なんだ、引っ越しでもするのか」
「え、ええ。この間の騒動で風紀委員にもカイザーにも私達の居場所を知られちゃったし」
そう力なく笑ったアルは、けれど次の瞬間にはいつもの明るい堂々とした笑みを浮かべた。
「ま、まあ? もうアビドスには私達が求める仕事はないのよね! だから丁度いい機会だからここを離れるってわけ!」
「そうか。ま、好きにすればいい。もしカイザー共がちょっかいかけてくるような連絡しろ。野郎共の尻尾はいくらあっても困らねぇからな」
アルの強がりにフレデリックが彼にしては穏やかな表情でそう返せば、彼女はぱあっと花が咲いたような笑顔になった。
「もちろん! その時はシャーレと便利屋68の共同戦線ってことで、素敵なコラボレーションを提供してみせるわ!」
「そいつは期待出来そうだな。その時は頼むぜ」
「ええ! 任せなさい!」
とん、と胸を叩くアルにムツキやカヨコ、ハルカもつられて笑顔を浮かべる。
状況が状況だけに、ここを出て言ったところで彼女達にまともな宿があるかどうかは怪しいものだ。
けれど、アルを中心に笑顔を浮かべる便利屋達をみてフレデリックはこいつ等なら大丈夫だろうと自然と思えた。
だからだろうか。なんとなく、柄でもないことをしようと思った。
「アル」
「ん? どうしたの先生」
「お前達の行く道は険しいものになるんだろうが、まあ自分だけの道を見失うなよ」
それは自分だけの道を見つけ、望む未来がハッキリしているアルにだからこそ送れるフレデリックなりの激励だった。
「……!!! ええ、勿論!! だって、私達は便利屋68だもの!!」
「うわあ、フレデリック先生もやってくれるじゃーん♪」
「あーあ。これはしばらく忙しくなりそう」
「わ、私はアル様にずっと付いて行きますから!」
アルはこれ以上ない位に嬉しそうに、そしてその瞳に炎のごとき輝きを宿らせて胸を張った。
ムツキやカヨコ、ハルカも反応の仕方こそそれぞれだったが皆アルと同じく瞳の内に熱さを秘めて笑う。
「それじゃあ、あなた達! 新たな仕事を探しに行くわよ!」
「おっけー♪ 今度は何する?」
「なんでもいいよ。社長が決めたことだったらね」
「つ、次もお役に立てるように頑張りますね!」
ワイワイと姦しくこれからについて話し合いながら、アル達は荷物を乗せたトラックに乗り込んだ。
「それじゃあ先生、またどこかで」
「ああ。そのうちな」
そうして便利屋68が乗り込んだトラックはそこから走り去っていった。
それを見届けた後、フレデリックもバイクに乗ってその場を走り去る。
アル達は大丈夫だ。だが、そうじゃない生徒達もいる。
まだまだフレデリックが導かなければいけない生徒はいるのだ。
そんなことを考えながら、フレデリックは表情を引き締めて再びアビドスの街を駆け抜けていった。
翌日、フレデリックはアヤネとセリカと共にアビドスの病院へと足を運んでいた。
便利屋68が爆破してしまった柴関ラーメンの大将を見舞う為である。
「おはようございます、大将。お見舞いに来ました」
「大将、大丈夫?」
生徒達の見舞いに、柴大将はにこやかに笑った。
「やあ、セリカちゃん。それにアヤネちゃんも。こんな早い時間からありがとう」
「大将、体の具合はどうだ?」
「ああ、フレデリック先生まで。大丈夫大丈夫、ちょっと擦りむいただけだ」
力こぶを作るようなポーズをとって柴大将は歯を見せて笑った。どうやら、その言葉に嘘はなさそうだ。
けれど、そんな大将を前にしてもセリカの表情は曇ったままだった。
「でも……大将のお店が……」
そんなセリカを気遣う様に柴大将は笑いかける。
「ああ、バイトできなくなっちゃってごめんな、セリカちゃん」
「そう言う問題じゃないわよ……」
他人の痛みを自分事のように受け止めてくれているセリカに、柴大将はどこか困ったような笑みを浮かべた。
「そもそも、もうすぐお店も畳む予定だったからな。予定がちょっと早くなっただけの話だよ」
その言葉に、セリカとアヤネが驚きに目を見開く。
フレデリックだけはその理由に心当たりがあった為に視線が鋭くなった。
「……立ち退きか?」
「立ち退き!? 先生、大将それってどういうこと!?」
「あ、アヤネちゃん……! 病室では静かにしないと……」
「ご、ごめん……」
フレデリックの言葉に柴大将は視線を下に落とす。
「詳しいね。その通りさ。少し前から退去通知を貰ってたんだ」
「通知元は、カイザーコーポレーションか?」
「えっ!? カイザー!? この辺りはアビドス自治区だから、アビドス高校のはずじゃ……!?」
驚くアヤネとセリカに柴大将がああ、とため息を漏らす。
「そうか、君達は知らなかったんだな。何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が移ったんだよ」
柴大将の言葉に、セリカは口をパクパクとさせて何かを言おうとするものの言葉にできずにいた。
アヤネは、思い当たる節があったのかあごに手を添えて何か考えるような素振りをしている。
「まあ、どこの組織だかは正直覚えてないんだ。でもまあ、そういうわけだからさ。ちょうど良かったんだよ」
そう言って大将は再び笑った。
その笑みは、とても前向きと言えるようなものではなく、諦観が強くにじみ出た笑みだった。
フレデリックは、それが気にくわなかった。
ふと、数日前に柴関ラーメンに食事をしに行った時のことを思い出す。
あの時、アビドス対策委員会は皆楽しそうにしていた。
美味しそうにラーメンをすすり、他愛もない会話で笑い合う。
セリカは終始不機嫌そうにしていたものの、それでもこうして大将の見舞いにいの一番に来て彼の痛みを自分のことのように受け止めている。
きっとあの場所は学校を、街を背負って日々走り回っている彼女達が羽を伸ばせる数少ない居場所の一つだったんだろう。
だったら、店自体はなくなったとは言えその居場所を永遠に失わせるわけにはいかない。
そんなことをフレデリックが考えていた時だった。
セリカが大将に歩み寄って――と言うには顔が近かったが――指を彼の鼻先に突き付けていた。
「とにかく! まだ引退なんて考えないでよ大将! 分かった!?」
その気迫に気圧されて、大将は思わず首を縦に振る。と同時に、こんなことをセリカに聞いていた。
「お、おお……あっ、そうだセリカちゃん最後に、お店のところにお金が入った変なカバンがあったんだけど、何か知ってるかい?」
それを聞いた時にフレデリックはそれが誰の仕業だったのかすぐに思い至った。
「大将、ソイツは店の再建の為に使ってやってくれ」
「お、おお?」
まだ状況が呑み込めていない大将を他所に、アヤネがセリカとフレデリックに声をかけてきた。
「セリカちゃん、先生。私、気になることがあるので少し寄り道をしてから学校に向かいます。二人は先に戻っていてくれませんか」
「え!? いや、どこか行くなら私もついて行くわ! 一人より二人の方が何かと便利だろうし」
セリカの言葉にアヤネは目を見開いて、それから少しだけ嬉しそうに目を細める。
それも一瞬のことで、次の瞬間には表情を引き締めてフレデリックの方へ向き直った。
「では、先生は先に戻っていてください。私達もすぐに戻りますから」
フレデリックとしても学校にいるだろう他の委員会メンバーのことが気になっていたところだった。
故に、ここはアヤネとセリカに任せることにした。
「ああ。何かあったらすぐに連絡しろよ」
「はい!」
そうして、フレデリックはセリカ達と別れてアビドス高校へ向かった。