フレデリックがアビドス高校に着くと、そこには校門の前の砂を箒で掃いているノノミの姿があった。
何かしていないと落ち着かなくて、とあいまいな笑みを浮かべた彼女と病院でのことを共有していると、シロコが登校してきた。
大将の容体について聞いてきたシロコはノノミから情報共有を受けると、そそくさと校舎の中に入っていく。
様子がおかしいと思ったノノミとフレデリックはどちらから言うでもなく、シロコの後を追って校舎の中に入ることにした。
校舎に入ってすぐ、上階から何かが――いや、誰かが突き飛ばされたような音が響き渡る。
慌てて駆けだしたノノミをフレデリックも早歩きで追いかけると、空き教室の一室で険しい表情でホシノを見下ろすシロコの姿があった。
「ホシノ先輩! シロコちゃん!? どうしたんですか!?」
ノノミの乱入にシロコとホシノが驚いたような、そして次に気まずそうな表情をしてノノミから視線を逸らす。
「今日は体育の授業でもするつもりだったか? なら広い場所でやれ」
教室の壁に背中を預けながらフレデリックがシロコとホシノに視線をやると、ホシノは目をそらし、シロコは一瞬迷ったように俯いてから鋭い視線でフレデリックを睨み返してきた。
「……ホシノ先輩に、用事があるの。悪いけど、二人きりにして」
シロコは鋭い目つきのままフレデリックからノノミへと視線を向ける。
けれど、ノノミは全く怯むことなく一歩前に踏み出した。
「うーん、それはダメです☆」
ヒリついた教室の雰囲気などものともせず、いつもの
「対策委員会に、「二人だけの秘密♡」みたいなものは許されません。何といっても、運命共同体ですから」
「でも……」
「ですので、きちんと状況の説明もしてくれない悪い子には……お仕置き☆しちゃいますよ?」
フレデリックからは自分に背を向けているノノミの表情は分からない。
しかし、その声色と気圧されているシロコの様子から強い圧を感じる笑顔を浮かべているのであろうことは容易に想像できた。
そんな気圧されたシロコを見かねたのか、ホシノが助け舟を出す。
曰く、サボりすぎてたことがシロコにバレたからそれで怒られていたんだということらしい。
シロコもとっさに相槌を打ったが、それは余りにもあからさまな嘘だった。
いつものような軽いノリでやり取りをしながら、ホシノとシロコはその場を後にする。
二人の後を、ノノミは追うことが出来なかった。
「…………」
二人が教室を出て行ったあと、ノノミは自らの力不足を悔いるように唇を噛んで俯く。
けれど、すぐにノノミは顔を上げてどこか不格好な笑顔を浮かべた。
「……何か、二人とも言いたくないことがあるみたいです。仕方ありませんね。誰にだってそういうことはありますから」
「……知りたいか?」
「え?」
誰しもが首を縦に振って共感するような一般論で自分の気持ちに蓋をしたノノミに、フレデリックが問いかける。
「お前の言う通りだ。人に秘密にしてぇ事なんざいくらでもある。だが、お前は今のアイツらが隠し事をしていることが本当に仕方がないと思ってるのか?」
「それは……」
ノノミは再び表情を曇らせて俯いた。
そんな彼女に、フレデリックはなおも続ける。
「俺はお前達のことをほとんど知らない。だからお前達の間ではどこまでなら許せて、どこからが許せねぇのか。そう言う線引きみたいなのも分からん」
「…………」
「だが言葉か、あるいはそれに代わる何かをぶつけないと伝わらないこともある」
「言葉か、その代わりになるもの……」
「ま、いつだってそうすることが正しいかどうかなんてのは俺にも分からん。だが、理想の未来に車輪がついていたとしても、押すか引くかはするしかない」
フレデリックの言葉に、ノノミの目が見開かれていく。
「もしかして、慰めてくれてます?」
「……落ち着いたんなら俺達も部室に行くぞ」
図星を差されて何とも気まずい気分になったフレデリックは、それを誤魔化すようにそそくさと廊下へと出た。
その後ろをノノミの足音が付いてくる。それは、幾分かスッキリしたのだろうということが察せられるような軽快な音だった。
「先生、女の子の慰め方は下手くそですね? ジャック先生にもそんな言い方してるんですか?」
「やかましい。宿題倍にするぞ」
「誤魔化さないでくださいよー☆ で、実際どうなんですか?」
しつこく食い下がって来る、けれど先程の落ちこんだ雰囲気などどこかへ行ってしまったかのように笑顔を浮かべて質問攻めしてくるノノミにフレデリックは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「あ、答えないってことは肯定って受け取りますね☆ ダメですよ? それこそちゃんと分かりやすく言葉にしてあげないと女の子には伝わらないんですから」
「クソ、余計なことしちまった」
「ほら! そうやってぶっきらぼうなことをいうのもダメです! 私は良いですけど、セリカちゃんとかなんかは言葉通りに受け取っちゃって怒りますよ?」
「ふ。確かに、アイツならそうなるだろうな」
「あ! それセリカちゃんが聞いたらホントに怒りますからダメですからね!? ……でも、そういうところが可愛いんですよね☆」
驚くぐらいに何でも素直に受け取るセリカのそんな姿を思い浮かべ、思わずフレデリックは笑みをこぼす。
そんなフレデリックにノノミが子供を叱るかのように頬を膨らませてから、すぐに楽しそうに笑った。
そうして部室にたどり着いた二人が扉を開けて中に入ると、そこにはまるで葬式でもやっていたのかと言いたくなるくらいに淀んだ空気が漂っていた。
原因は勿論、お互い部屋の対角線上になるような位置で椅子なりソファーなりに座っているシロコとホシノのせいである。
「あ、来た来た。随分楽しそうな話してたじゃーん。おじさんも混ぜてよー」
部室にやってきた二人を見てこれ幸いと混ざろうといつもの飄々とした態度で近寄ってきたホシノの両肩を、ノノミはがっちりと掴んで止めた。
「の、ノノミちゃん?」
「ホシノ先輩、もちろん混ざっていいですよ? 今あの最強無敵なフレデリック先生で遊……こほん、フレデリック先生からとっても興味深い話を聞かせて貰っているところだったんです」
「おい、お前今俺で遊ぶっつったか?」
フレデリックの珍しい、やや困惑したような声をガン無視しながらノノミはホシノへ語り続ける。
「ですが、こんな面白い話ですから。楽しむんだったらちゃんと楽しみたいって私思います。な、の、で」
肩を掴まれたホシノの頬にツーっと汗が一筋伝っていくのが見えた。
その様子から恐らくノノミは変わらず笑顔なのであろうが、いったいどれほどの迫力があるのか。と言うか、その前に自分で遊ぶのは止めろと言いたい。
「さっき教えてくれなかったシロコちゃんとの秘密の会話の内容、後でちゃんと教えてくださいね?」
「え? え、あ……えーっと……」
ノノミの急なカウンターにホシノの目が勢いよく泳ぎ始め、その目がフレデリックと合った。
一体何を吹き込んだんだ、と恨めし気に細められたホシノの目にフレデリックは小さく肩をすくめるだけに留める。
数秒にも満たないやりとり。けれど目の前のノノミにもそれが伝わるには十分すぎる時間だ。
「ホシノせんぱーい? ダメですよフレデリック先生に助けを求めても」
「い、いやあノノミちゃん? 分かったからとりあえず離してくれるかな? 顔が、顔がなんか怖いから……!」
「あ、酷いです先輩! こんなに可愛い後輩を怖いだなんて。……そう思いませんかシロコちゃん?」
これはマズいと気が付いていたシロコがそーっと教室の外へ逃げ出そうとしたその瞬間、にっこりと笑顔を浮かべたノノミが彼女の方へと振り返る。
唐突に声をかけられて、シロコはびくりと大きく肩を震わせた。
「ん……と。私、ちょっと自転車に鍵かけたかどうか忘れたからちょっと見てくる」
「じゃあ私も……いえ、ホシノ先輩と三人で行きましょう☆ あ、フレデリック先生はアヤネちゃんとセリカちゃんが帰って来るかもなのでここで待っててもらえますか?」
ノノミの提案にシロコとホシノの助けを求めるような視線がフレデリックの方へ集中する。
「……早めに戻れよ」
しかし、無情にもフレデリックはそんな二人の無言のヘルプコールを無視した。
頼みの綱のフレデリックから見放されたシロコとホシノは信じられないと言った顔でフレデリックの方を見るが、そんなことなど全く気にせずフレデリックはどっかりと窓際の椅子に腰かける。
万策尽きたか、と表情を強張らせるシロコとホシノ。対照的に満面の笑みを浮かべているのになぜか圧を感じるノノミが教室の外へ出ようとした丁度その時。
「先輩達、大変!! これ見て!!」
息せききって走ってきたセリカとアヤネが、部室へと駆け込んできたのだった。
アビドス三章まであと数日ですね!
もうアビドス編を終わらせることは諦めてます!!
まあやりたいことを出来るだけ丁寧にやって行こうと思うので、しばらくお付き合いください。