学校に来る前に集めてきた資料を掲げてセリカとアヤネが部室になだれ込んでくる。
「アビドス自治区の関係書類を……?」
「あれ?」
が、ノノミに迫られて顔を引きつらせていたホシノとシロコ、ちょっと残念そうな顔で苦笑いをするノノミに我関せずと腕を組んで座っているフレデリックというカオスな空間に二人は首を傾げた。
「……な、何、この雰囲気?」
「何かあったんですか……?」
「気にするな。ノノミがウォーキングにハマりそうだって話をしてただけだ」
「ええ?」
「先生??? 後でお話がありますからね?」
ノノミが目だけ笑っていない笑顔を浮かべるも、フレデリックはどこ吹く風と言った様子でアヤネ達に説明を促す。
「で? 何が分かったんだ?」
「はい、衝撃の事実です! 皆さん、まずはこれを見てください!」
そう言ってアヤネは一枚の地図――直近までの取引が記録された、「地籍図」と呼ばれるアビドス自治区の土地の台帳――を机の上に広げた。
そこからアヤネは自分達が集めた書類の内容について語る。
アビドス自治区の土地がずっとアビドス高校の管理下に置かれているものと思っていたが、地籍図を確認した結果そうではなかったこと。
アビドス高校の校舎周辺以外の土地は、全てカイザーコンストラクション――カイザーコーポレーションが所有しているということ。
その中には柴関ラーメンの店も含まれていたこと。大将はそれを知っていて、いずれ店をたたむつもりだったと話していたこともアヤネは委員会のメンバーに語った。
その事実に、誰よりも衝撃を受けていたのはホシノだった。アヤネ達が持ってきた資料を手当たり次第に手に取って確認し、それから苦虫を噛み潰したような表情で資料を机に戻す。
そんなホシノの様子を横目で心配そうに見ながら、ノノミがアヤネに問いかける。
「で、ですが……いったい誰がそんなことを? 学校の自治区の土地を取引なんて、普通出来るはずが……」
それに静かに答えたのはホシノだった。
「アビドスの生徒会、でしょ」
ホシノの言葉にシロコとノノミがハッと息を呑んだ。
それに構わず、ホシノは力のない笑みを浮かべながら続けた。
「学校の資産の議決権は、生徒会にある。それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」
「……はい、その通りです。取引の主体は、アビドスの前生徒会でした」
しかしノノミがその話に待ったをかける。アビドスの生徒会は2年前になくなったはずでは、と。
アヤネはそれを肯定し、取引自体は生徒会がなくなった2年前を最後に行われていないと補足した。
それに声を荒げたのセリカだ。
「何やってんの生徒会の奴らは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……っ!!」
セリカの怒りに、対策委員会の他の誰も口を挟めなかった。
当時の生徒会に事情がある、と言うのは誰もが想像できたからだろう。そして、セリカの言葉通りに何故カイザーなどに土地を売り渡してしまったのか、という思いもあるはずだった。
そこへ口をはさんだのはフレデリックだった。
「まあ落ち着けセリカ」
「落ち着け!? これを聞いてどうやって落ち着けってのよ!?」
「じゃあ聞くが、何故そんなにイラついてやがる。今の話は、あくまで過去のアビドス生徒会が正式な取引に則って自治区の土地を他所に売り渡したってだけだぞ」
フレデリックの問いに、セリカがその意図を掴み切れずに固まる。
「は……? いや、だからその相手がダメなんじゃない! あのカイザーよ!? 私達の学校をチンピラを雇って奪いに来るような、クソ野郎たちなのよ!?」
「そうだな。俺達は野郎どもがクソッタレだってことを知っている。だが当時の生徒会はそれを知ってたのか?」
「それは……」
何とかしてフレデリックに言い返そうとセリカは口をパクパクとさせるが、結局何も言う事が出来ずに口を閉じる。
その後を引き継いだのはホシノだった。
「まあ、どっちでも同じだったと思うよ。当時の生徒会は、きっとアビドスを守る為にそうするしかなかったんじゃないかな」
「ホシノ先輩……そう言えば、ホシノ先輩は最後の生徒会の副会長だったと聞いています。もしかして、何かご存じなんですか?」
アヤネの問いかけにホシノは小さく肩をすくめた。
「昔の話さー。それに、副会長って言ったって私が入った時にはもう取引してた先輩達も皆辞めちゃってたからなあ」
そうしてホシノは当時のことをかいつまんで説明した。
ホシノが生徒会に入った時、既に在校生も二桁まで減り、教職員もいなければ授業なんてものも途絶えていたと。
生徒会室もそうと言われなければただの倉庫にしか見えない場所で、引き継ぎ書類も砂漠化を避ける為の度重なる校舎の移動によって失われていたとも。
そもそも、最後の生徒会はホシノともう一人。新任の生徒会長の二人しかいないハリボテのものだったと。
「……その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一のバカで……私の方だって、嫌な性格の新入生でさ」
昔を懐かしむような、それでいてもう戻らない過去を惜しむような。そんな触れれば壊れてしまいそうな儚い笑顔を浮かべながらホシノは続ける。
「何の間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって……いや~、あの時はあちこち行ったり来たりだったねぇ。ほんっとバカみたいに、何にも知らないままさ……」
そう言って視線を机の上に落とすホシノは、つい今の今までアビドスの土地の所有権について意識すらしなかった自分を嗤った。
そんなホシノに声をかけたのはシロコだった。
「ホシノ先輩が責任を感じることじゃない。昔の事情は知らないけど、実際に生徒会が解散になった後……アビドスに対策委員会が出来たのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ」
「う、うん……?」
シロコとの言葉に、ホシノは目を白黒させた。
そんなホシノをまっすぐと見つめながら、シロコは畳みかけるように続けた。
「……ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
「そうです。便利屋の方々と初めて戦った時だって、誰よりも前に立って、シロコちゃんを守ろうと必死になっていました」
「そうだったね。確かにあの盾をぶん投げた時のホシノ先輩、いつもよりカッコよかったかも」
シロコに続き、アヤネ、セリカがホシノが頑張っている姿を上げ連ねる。
そんな状況に、ホシノは理解が追い付いていないのかずっと目を泳がせていた。
「ホシノ先輩は色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる」
「それ、褒めてるの? 悪口なの……?」
シロコのどちらともとれるような言葉にセリカが呆れていると、その場の雰囲気に耐えかねたようにホシノが声を上げた。
「ど、どうしたのシロコちゃん!? 急にそんな青春っぽいセリフを……! おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」
「や、なんとなく言っておこうと思って」
けれど、そんな慌てたホシノにシロコはあっけらかんとそれだけ答えて口をつぐんだ。
「え、えぇ……?」
先程自分に詰め寄ってきていたシロコの態度の豹変っぷりについて行けず、ただホシノは困惑するばかりだ。
そんなホシノをシロコはほんの少しだけ険しい表情で見ていたのに、フレデリックだけが気づいた。
何とも微妙な空気になってしまったのを切り替えようと、ノノミがあ、と声を上げてフレデリックの方を向く。
「フレデリック先生、そう言えば前にカイザーコーポレーションは最初からアビドス高校が借金を返すこと自体を期待してない、と言っていましたよね」
「ああ。今の話で間違いないと確信できた。野郎どもの狙いは借金の返済なんかじゃない」
「……この学校の、いえ。アビドスの土地そのもの、ですか」
アヤネの言葉にフレデリックは小さく頷く。
「これはこの間風紀委員たちのいるところで話すことは控えていたが……あの日、俺はケイオスに誘導されてアビドス砂漠のある場所に行った」
「アビドス砂漠? なんでそんな何にもないところへいったのよ?」
「ケイオスの野郎が俺を誘導した先には、カイザーPMCの前哨基地だ」
フレデリックの言葉に委員会全員の表情が強張る。
「カイザーPMC……つまり、カイザーグループ系列の軍事会社ってことでしょうか?」
「そうだ。そしてケイオスは奴らがアビドスでの探し物の際に起きる”いざという時の兵器”の開発を手伝ってるとも言っていた」
「ケイオス……先生が言ってた、あの男の人の事だね。おじさんは会ったことないけど……」
「つまり、カイザーコーポレーションはアビドスのどこかにある何か探すために私達の学校の土地が欲しい……そう言う事ですね」
ノノミの言葉にフレデリックは頷く。
ついに明確になったカイザーの目的に、その場の全員の緊張感が高まっていく。
ここから先は、きっともう後には引けない。一気にケリをつけに行く覚悟が必要になるだろう。
そんなことを考えて、フレデリックは眼鏡のブリッジを押し上げた。