カイザー理事が帰った後、フレデリック達は生徒達と共に対策委員会の部室へと戻った。
しかし、先ほどよりも部屋に漂う空気は重く淀んでいる。
カイザー理事が提示した一週間で3億円を用意する話に、金利3000%と言うデタラメな数字。
合法な手段では到底稼げないような金額を前に、皆途方に暮れていた。
そんな中、シロコが拳を握りしめつつ顔を上げる。
「……行ってくる。先生、カイザーPMCの前哨基地の場所、教えて」
「い、行くって……シロコ先輩、そこへ行ってどうするつもりですか!?」
「アイツらが何をしているのかを確認する。なんでもいい、カイザーを止められるような情報を一つでも持って帰って……」
「で、でもシロコ先輩! それよりも借金をどうするかの方が先でしょ!」
シロコの言葉に待ったをかけたのはセリカだった。
しかし、シロコはそんなセリカの方を見向きもせず銃のスリングに手をかける。
「……借金はもう、真っ当な手段じゃ返せない。だから、何か別の方法を……」
「だ、ダメですよ! それではまた……」
そこから対策委員会達の言い争いが始まった。
あくまで合法的な手段での解決を推すノノミとアヤネに、違法な手を使ってでも事態の解決を図ろうとするセリカとシロコ。
そんな彼女達を止めたのは、これまでずっと黙っていたホシノだった。
「ほらほら~、皆落ち着いて~。頭から湯気が出てるよ~?」
ホシノの一言でヒートアップしていた生徒達の動きが止まる。
そして、それぞれが冷静じゃいられなかったことを詫びていた。
「まっ、とりあえず今日はこの辺にしとこう。うへ~、じゃあ解散解散~。一回頭冷やして、また明日集まることにしようよ。いいよね、先生?」
突然水を向けられたフレデリックだったが、正直なところホシノの案に賛成だった。
「そうだな。それに他に手がなかったとはいえ、この状況は俺が先走っちまったのもある。悪かった」
自分の行いが間違っていたとは思わない。あの場でホシノを犠牲にする以外の選択肢を取るだけの時間を確保する為にはああするしかなかったのだと、今でも確信している。
それでも、フレデリックの行動が結果として今の危機的状況を招いたのは確かだ。そのケジメはつけなければならない。
「そ、そんな!? 先生が謝ることなんてありません! あの時先生がいなかったら……」
「そうよ! あんな訳分かんないやつらにホシノ先輩を連れていかれるところだったじゃない!」
「ん。先生のせいじゃない。むしろ、おかげで一週間っていう猶予が出来た」
「そうですね~。どうしようもないのはあんまり変わらないかもですが、それでも何か試す位のチャンスは出来ました」
「…………」
フレデリックの謝罪に生徒達が口々にフォローを入れてくれる。
別にフォローをしてほしくて謝罪をしたわけではないが、それでもおかげでさっきまでのどこかギスギスした空気は大分和らいだ。
「……そうです。あと一週間あります。今日は休んで、明日から対策を練りましょう。私達には、先生がいますから」
アヤネの言葉に他の生徒達が頷く。
そうしてその場は解散することになった。
とはいっても、まだ午前中だ。
流石に今すぐ帰るのも時間を持て余すだけになりそう、ということでそれぞれが学校に残って思い思いの時間を過ごすことになった。
フレデリックもこれからどうするかを考えるべく、本館校舎の屋上へあがってそこから見える街並みを眺めながら思考を巡らせていた。
そんな時だった。フレデリックのスマホから通知音がなった。
何かと思い、懐からスマホを取り出す。
そこにはアルからの通話着信を知らせる画面が表示されていた。
「フレデリックだ」
『あっ、フレデリック先生? 便利屋68の陸八魔だけど』
「どうした。何かあったのか」
そしてアルは先ほどあったことなのだけど、と前置きをして語り始めた。
要約すると、突然カイザーコーポレーションのフィクサーと名乗る大人からヒナとの戦闘で発生した損害への弁償──それも法外な値段を強要されたこととのことだった。
「お前等の方にも行ったのか。さっき、カイザーコーポレーションの理事がアビドス高校に来て、同じようなことを言ってきた」
『アビドスにも……?』
「ああ。この分じゃ、風紀委員の方にも何かしらの通知が行っているかもな」
『奴ら……いったい何が狙いなのかしら』
アルの言葉にフレデリックは考え込む。
確かに、アビドスにはホシノの身柄を要求し便利屋には多額の弁償金だけを要求している。
風紀委員の方にも確認をしてみなければ分からないが、何故ホシノの身柄を要求するのかは引っかかるところだ。
それはそれとして、フレデリックはダメ元でアルに聞いてみたいことがあった。
「ちなみにだが、そのフィクサーとか言う奴との会話は録音していたりしないのか? 話の内容通りなら、脅迫の証拠になりそうだが」
『えっ!? えぇ……っとそれは……』
アルがもごもご言い出して、フレデリックは内心でため息を吐いた。この様子では、恐らく前回のカイザー理事からの脅迫に近い以来の時同様今回も録音はしていなかったのだろう。
が、そこで通話越しにアルとは別の生徒の声が聞こえた。
『社長、変わって。……フレデリック先生?』
「カヨコか」
『うん。フィクサーって奴との会話なら、私が録音してる。ただ、ちょっと距離があったのとバレないようにポケットの中にしまってたから……音質とかは多分良くない』
「構わん。数日中に直接データを受け取りたいが……拠点はあるのか?」
『ない、かな……カイザー理事のせいで私達、無一文だからね』
「ならシャーレのオフィスに行け。D.U.地区にある。フレデリックに言われてきた、と言えば入れるようには取り計らっておく」
『分かった。ありがとう先生。じゃあ』
そうして電話は切れた。険しい表情のまま、フレデリックは間髪入れずに飛鳥へ通信法術で連絡をする。
数コール後、通信が繋がった。
『やあ、フレデリック。どうかしたかい?』
「色々と報告することがある。今時間空いてるか」
『ああ。……ジャック・オーも呼ぶかい?』
「頼む」
そうして数分後、ジャック・オーも合流したのを見計らってフレデリックは事の経緯を説明した。
『分かった。陸八魔さん達のことはこちらで対応するよ。録音の音声も、出来る限りクリアな状態にならないかもこっちで試してみる』
「悪いな。それとジャック・オー、お前に頼みたいことがある」
『何かしら?』
「これから数日、俺はアビドスを空ける。悪いがその間ホシノ達を頼めねぇか」
『……一人でカイザーの拠点にでも殴り込みに行くつもり?』
やや咎めるような声色でフレデリックの意図を大まかにでも当ててくるジャック・オーに、フレデリックは一瞬言葉に詰まる。
「……いや、奴らに直接喧嘩を売るようなことはしねぇ」
『じゃあ、売れ筋商品の取引現場でも襲うつもりなのね』
「…………」
完全に言い当てられて、今度こそフレデリックは黙り込むしかなかった。
そんなフレデリックの態度に、ジャック・オーは大きなため息を吐く。
『言っても無駄だろうけど、一応言わせてもらうわね。今の貴方は、もう人間なのよ? 不滅の存在ではなくなった今、前なら無視できた怪我から取り返しのつかないことになってもおかしくない』
「それは分かってる」
『いいえ、分かってないわ。分かってないから、一人で虎穴に飛び込もうなんて発想が出てくるのよ』
完全に不機嫌そうな声色へと変化してしまったジャック・オーに、フレデリックは思わず頭をかく。
自分が今、相当彼女に心配をかけている自覚はフレデリックだってそれなりにあった。
しかし、敵方にケイオスがいる以上法術通信がカイザーに盗聴される心配がないとは言えない。だからおおっぴらに肯定するわけにも、詳細を話すことも出来ない。
もし話してしまい、それがカイザー理事に伝わってしまった場合先程の契約をこちらから
そんなフレデリックの内心を読み取ったのか、ジャック・オーは再び大きなため息を吐いた。
『まあいいわ。トラブルも貴方の恋人みたいなものだものね。……でも、
「いつも悪いな」
『美味しいパフェと三日分の私の業務を肩代わりするってことで手を打ってあげる』
「……分かった」
パフェはともかく、業務三日分肩代わりは相当ではないかと眉を潜めてしまったフレデリックだが、それだけ心配をかけている自覚もあった。
だから喉からしぼり出すようにしてジャック・オーの提案を受け入れることしかできなかった。
『ふふ。貴方が怪我一つなく帰ってきてくれたら、ちょっとは肩代わりしてもらう業務の量を減らしてもいいわよ?』
「ハ。良いのか? やっぱり後でやめておけば良かったなんて泣き言は聞かねぇぞ」
『あら、かすり傷一つでもアウトにするんだから正直無理だと思ってるわよ?』
「おい……」
フレデリックのげんなりした声に、ジャック・オーは愉快そうに笑い声をあげた。
そんな笑い声にフレデリックは渋い顔で空を見上げた。
しかし、そんなジャック・オーの笑い声が突然途切れる。
一体どうしたのかと、意味もないのにフレデリックは耳元の術式がある方へ視線をやる。
『フレデリック』
「ん?」
『頑張って』
万感の思いをこめられた一言だった。
それはフレデリックを心配する言葉であり、彼の背中を押す励ましの言葉であり、また彼に何かを託す言葉だった。
だから、フレデリックもまた様々な思いを込めてそれに応える。
「ディナーの予約くらいは入れておく」
『パフェも忘れずに。ね?』
「ふふ、当然だ。……じゃあな」
そうしてフレデリックは通信を切った。
ジャック・オーとのやり取りでほぐれていた表情を、再び険しい表情へと変える。
まずはジャック・オーが好みそうな店を探しておく必要がある。女の機嫌を取るのは大事なのだ。
それに、何があろうと彼女の隣に居続けるとも誓った。
その誓いを守る為にも、これは必ずやらねばならないタスクである。
とはいえ、キヴォトスに来てからそう言った場所を調べたことなどない。
「……
なので、素直に自分よりもキヴォトスに詳しくすぐに話を聞けそうな対策委員会の生徒達の力を借りることにした。
事情を話せば生徒達からはからかわれるかもしれないが、そんなことを言っている場合ではない。
女の機嫌は、時に男のプライドよりも重いのだ。