アビドス高校に一週間で3億円という無理難題を突き付けてから、3日が経った。
圧倒的に状況は有利なはずのカイザー理事は、しかし苛立っていた。
何故なら、この3日の間にいくつもの取引を何者かによって妨害されたせいだ。
そのどれもが非合法の商品を扱う取引で、中には連邦生徒会にバレてしまうとカイザーPMCの立場をかなり悪くするようなものもある。
それだけ被害が出ているにもかかわらず、下手人は分かっていない。
信じられない話だが、その邪魔者は銃を使っていないのだ。
キヴォトスでの戦闘には銃を使う。だが、現場に残された痕跡は爆発の跡と何かを燃やされたような跡。
そして、訳も分からず吹き飛ばされて意識を失ったと証言する兵士達だけだ。
中には炎に対して随分と恐怖心を植え付けられたものもいる。
火炎放射器を扱うゲヘナ学園自治区のバカかとも思ったが、諜報部の情報から見てそれは無いと見ていい。
それに、組織的な犯行でもないのだ。犯人は常に単独であることは確認されている。
銃も使わず、我がカイザーPMCの兵士達を一方的に叩きのめせる実力者などキヴォトス全土を見渡したとしてもそうはいない。
そして、そんな実力者たちはいずれもアリバイがあったし、何より現場の痕跡とそれぞれの特徴とが一致しないのだ。
「くそ! 誰がこんなことを!」
いらだち紛れに机に拳を振り下ろす。
高級なマホガニーで作られた机に傷が付いたが、理事の懐事情を考えれば大した痛手にもならない。
むしろ、この問題を解決しなければ最終的にこれを手放す羽目にすらなる。
実に不愉快だった。これまで、自分の道を阻むものはどんなに時間がかかろうと、どんな手を使おうとも排除してきた。
だからこそ、今こうしてカイザーコーポレーションの理事というポストにまで成り上がり、そしてPMCのトップを張ることも出来ているのだ。
つまるところ、理事は自分の思い通りにならない現状に頭に来ていた。
そんなヒステリーを起こしそうになっている理事の部屋に、ノックも無しに入ってくる無礼者がいた。
「やあ理事。……どうしたの、随分カリカリしてるね? ミルピコでも飲む?」
薄気味悪い肌に、ペロロとかいう気色の悪いキャラクターがプリントされたTシャツを着た軽薄な男。
「ハッピーケイオス……何の用かね? 私は今機嫌が悪いのだ。無駄な話などお断り──」
「ああ、そこは大丈夫。例のもの、出来たよ」
「ほう……!」
ケイオスの言葉に理事が色めき立つ。
黒服から紹介された時は余りのうさん臭さに敬遠していたものの、わずかに見せてもらった法力という魔法とその知識、観察眼から使えると判断してあるものの制作を依頼していたのだ。
それが出来たのだという。完全にケイオスという男を信頼したわけではないが、それでもどんな物を作ってくれたのかという期待は確かにある。
「では、さっそく見せてもらおうか」
「どうぞ閣下。ではこちらに」
芝居がかった
離れた場所にも一瞬で移動できるこの魔法を使えるというだけでも、この男の価値は十分にあるというものだ。
最初は流石に恐ろしかったが、今となっては頼もしいことこの上ない。
ケイオスに促され、理事はその”穴”へ体を滑り込ませていった。
視界が闇に包まれ、そしてすぐに晴れる。
その時にはアビドス砂漠にあるカイザーPMCの前線基地、その格納庫の中だった。
そして、ソレは格納庫の中央に鎮座していた。
「おお……」
そこに居たのは漆黒のゴリアテだった。
大きさ、兵装などはほとんど変わらないようだが、一つだけ違う点が二つ。
右肩に大きめのアンテナと、腰に大型のバッテリーのような物が付け足されている。
「どうかな閣下。僕の自信作、ゴリアテMk.Cだ」
「見た目は通常の機体と変わらんようだが、どういった点が違うのかね?」
性能は大事だ。よく分からない装備をつけられて、色が変わったようにしか見えない現時点では、諸手を挙げて彼の仕事を認めるわけにはいかない。
そう言外に伝えれば、ケイオスはニヤリと笑って解説を始めた。
「ボディは全面ウルツァイト*1コーティング。ああ、ウルツァイトっていうのは簡単に言えばダイヤモンドよりも固い素材さ。ま、つまり超固くて並の攻撃なんて弾き返せるってこと。ま、キヴォトスの生徒が持つ神秘相手にどこまで通じるかは未検証だけどね。でも、神秘を持たないのであれば同じゴリアテのレールガン相手でもかなり損害を抑えられる」
「ほう! それだけでも素晴らしいな!」
「それだけじゃない。この機体の目玉は閣下も気になってるだろう、あの右肩のアンテナさ。あれはね、一言で言えばバリア発生装置だ。動力は腰のバッテリーからとっている」
「バリアか。そのバリアの強度はどのくらいなのかね?」
バリアの概念は別にキヴォトスでは珍しくはない。神秘を持つ学生にも使うものがいるし、カイザーも限定的ではあるが盾にバリアを展開して損傷を抑える程度の技術は持ち合わせている。
だが、ケイオスが口にしたものはそんな理事の想像をはるかに超えるものだった。
「無敵さ。どんな攻撃を受けようとも絶対に突破されることはないよ」
「なんだと……?」
ケイオスの言葉に理事は思わず耳を疑った。絶対なんてありえない。常識的に考えればだ。
だが、そんな理事のリアクションを予想していたのかケイオスは笑みを深めて格納庫にいるスタッフに声をかけた。
「ねえ、そこの君。この間僕が作ったゴリアテ用のレールガン用意してよ」
「え……? しかし、あれは余りの威力に反動が強すぎて使い物にならないとのことでは……」
「ああ、ゴリアテに載せるんじゃないんだ。あの黒いゴリアテに撃ちたいんだよね。まだ屋外の試射場に残ってるでしょ? 撃てるように準備してきてよ」
「は、はあ……」
「じゃ、お願いね」
スタッフの肩をポンポンと叩いて、ケイオスはゴリアテMk.Cの搭乗口へと歩いていく。
「閣下ァ! せっかくだから屋外の試射場まで試運転はどうかなあ!? いざという時、これに乗るのは君だと思って造ったものでもあるからね!」
そう言われてしまえば断る理由などなかった。
大人として
新しい
だが、それをあからさまに出せるほど子供でもいられない。
「では、性能評価と行こうか」
だから、こんな建前を口にしながらケイオスの後に続くしかないのだ。
そうしてゴリアテMk.Cに乗り込んだ理事は起動シーケンスを淀みなく行って機体を起動させる。
元々ゴリアテ自体が高性能戦術兵器なのだ。これに乗れるのは一部のエリートのみで、理事はかつて実際にこの機体を振り回していたエリートでもあった。
「基本的な操作感は変わっていないようだが……正面にスイッチが追加されているようだな」
『そう。それがさっき言ったバリア……フォルトレスディフェンス発生装置のスイッチだよ』
「フォルトレスディフェンス……?」
試射場への道のりをゴリアテでゆったりと、しかしスムーズに移動しながら理事はケイオスから飛び出した聞きなれない単語をオウム返しする。
『簡単に言えば発生させたフィールドに触れた攻撃を全て防ぐバリアさ。触れた時点で”防いだ”という結果だけを実現させちゃうわけだから、何が当たっても破られないってわけ』
「それは……」
ケイオスの解説に理事は言葉を失わずにはいられなかった。
その性能が本当なら、絶対無敵の盾になりうる。理事は神など信じていないが、それでもこれは文字通り神の御業とでもいうべき力だ。
『ま、百聞は一見に如かずさ。そろそろ試射場につくだろうし、見てみなよ』
ケイオスの言葉通り、理事の操るゴリアテMk.Cは屋外の試射場にたどり着いた。
その中心部には理事の乗るゴリアテとサイズの変わらないレールガンがぽつんと置かれている。
『じゃあまずはアレがどれくらいの威力かを見てもらおうか。……おーい。撃っていいよー』
ケイオスの気の抜けた合図の直後、理事の目の前のレールガンがエネルギーチャージを始める。
だが、その時点で理事は異変に気が付いた。
「待て、明らかに通常のレールガンよりも出力が──」
理事がそれを言い切るよりも前に、レールガンから弾頭が発射される。
音を置き去りにした一条の光が、試射場の奥にあるダミーターゲットどころかその背後にあった基地の外壁すらも跡形もなく吹き飛ばした。
一拍遅れて発射の際の衝撃と音が機体越しに理事の体を大きく揺らす。
『まあ、ちょっと気合い入れて作っちゃったからさあ。こんなに威力高くなっちゃって、どうやってもゴリアテの姿勢制御能力を超えちゃうから搭載は諦めたんだよね』
「……だが、使いようはあるな。これがあればアイツなど……」
『じゃ、閣下。その機体をレールガンの射線においてよ』
「なんだと!? 貴様、私を殺す気か!?」
あれだけバカみたいな威力を誇ることを見た後にその射線上に立てと言われた理事は、思わず声を荒げた。
しかし、ケイオスは変わらず飄々とした声で返事をする。
『おいおーい。もともとフォルトレスディフェンスの性能実験の為にここまで来たんじゃないか。大丈夫、性能は保証するよ』
「本当だろうな……?」
『もちろん。嘘だったら僕のこと殺してもいいよ?』
臆することなくさも当然のようにそう言い放つケイオスの姿を見て、理事は渋々と機体をレールガンの射線上に移動させる。
『流石閣下。それじゃあ、僕が合図をしたら目の前のスイッチを上げてくれるかな。ああ、間違っても僕が言うよりも前に操作しないでね。命の保証が出来なくなっちゃうから』
「……分かった」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
コックピットディスプレイ越しに、ケイオスが基地スタッフにレールガンを撃つように指示を出しているのが見えた。
本当に大丈夫なのだろうか。嘘だったら自分は死んでしまうかもしれない。
そんな恐怖が、じわじわと理事を蝕んでいく。
自然と理事の腕が目の前のスイッチへと伸びていった。少しくらい早くバリアを展開したとしても、問題はないはずだ。
そう思った時だった。
『ああ、閣下。待たせたね。もういいよ』
ケイオスの合図が来るや否や、理事は目の前のスイッチを上げた。
その瞬間、機体の周囲を薄緑色の膜のような物が覆う。
こんな薄い光の膜で本当に大丈夫なのか。
そう理事がケイオスに対し僅かに疑いの目を向けようとした瞬間、視界が真っ白に染まった。
直後、かなり大きめの衝撃が機体を襲い、理事は必死に機体のバランスを取って転倒しないように体勢を整える。
必死に姿勢を安定させようとせわしなくペダルや操縦桿を操作すること数秒。間違いなく人生で一番長い数秒だった。
何とか姿勢が安定した時、理事は心から安堵のため息を吐いた。
そしてふつふつとケイオスに対しての怒りが沸き上がって怒鳴り声を上げようとし、そしてその瞬間あることに気が付いてその怒りは一瞬で鎮火された。
あれだけの破壊力を持った砲撃を受けて、確かに衝撃自体はすさまじかった。だが、コックピット内には何一つダメージアラートがなっていない。
機体のチェックを一つずつ行う。損傷を受けた部位はどこにもなかった。
強いて言うなら、フォルトレスディフェンスの稼働時間を示すのであろうゲージが空っぽになっており「empty」の文字が表示されているくらいか。
もしかしたら、センサー類がさっきの衝撃で故障して外部は滅茶苦茶かもしれない。
そう自分に言い聞かせながら、理事はコックピットから急いで機体の外へ出る。
それから早足でぐるりと機体の周囲を回って確認してみたが、損傷らしい損傷はなかった。
「どう? 大丈夫だったでしょ?」
「……素晴らしい! 最高の仕事をしてくれたではないか!」
理事の興奮は最高潮に達していた。
あれだけの攻撃をまともに受けても、衝撃をいなすことさえできてしまえば無傷で切り抜けられてしまう性能は文字通り無敵の城塞のごとき護りだ。
これがあればどんな敵が相手であろうとも負けることはない。そう確信させるだけの性能だった。
「興奮しているところに水を差すのはちょっと気が引けるんだけどさあ。一応フォルトレスディフェンスの欠点についても教えておくね」
ケイオスの言葉に理事の興奮はやや冷めてしまった。だが、機嫌を損なうほどではない。
あれだけの性能だ。何のリスクや欠点がないというのは流石に都合が良すぎるというものだ。
「何かね? 言ってみたまえ」
「気が付いているだろうけど、アレは燃費が悪いんだ。発生させるだけでもかなりの勢いでバッテリーを消耗するし、強力な攻撃であればあるほど受け止めた時のバッテリーを消耗する。それと、どんな攻撃でも等しく防ぐというのは裏を返せばどんな弱い攻撃を防いだとしてもその分バッテリーを消耗するということ。無闇に起動させてると、あっという間に起動できなくなるから気を付けて」
「なるほど……ちなみに、バッテリーの充電はどうしたらいいのかね?」
理事の質問にケイオスは指を鳴らして笑う。
「んん~、いい質問だよ閣下。あのバッテリーは機体が動けば動くほど勝手に充電されるようになってるんだ。細かい原理は省くけど、とにかく動き回ってれば勝手に充電されるよ」
「つまり、普段はウルツァイトコーティングによる高い防御力にモノを言わせて攻め、危険な攻撃だけフォルトレスディフェンスで防ぐ……そうすれば無敵といっても過言ではないと」
「流石は閣下。理解が早くて助かるよ」
ゴリアテMk.Cの仕様を理解した理事は、こみあげる笑いをこらえることが出来なかった。
まさに無敵。向かうところ敵なしの切り札だ。これがあれば、誰が相手だとしても負けることはないだろう。
それこそ、キヴォトスの全ての学園を敵に回したとしてもだ。
そんな理事の心の内を読んだのか、ケイオスは愉快そうに笑いながら理事の肩に手を回す。
「満足してくれたみたいだね? じゃあさぁ、ちょっとアビドス……落としてみない?」
「なんだと……いや、確かに良い考えだ。この機体があれば、あのいけ好かないフレデリックとかいう若造との契約など反故にして逆上されたとしても返り討ちに出来るだろう!」
そして再び高笑いを始めた理事に、ケイオスはチッチッチと軽く舌を鳴らしながら指を振った。
「それもいいけど、もっと確実に追い詰めよう。小鳥遊ホシノを連れてくるんだ。んふ、僕に任せて貰えれば間違いなく彼女は”自分から”こっちに来てくれるよ。当然、アビドスは小鳥遊ホシノを取り戻しに来るだろうけど、自分の意志で僕らのもとに来た小鳥遊ホシノを強引に取り戻しに来るアビドスとシャーレと彼女を護ろうとする僕ら。どちらに分があるかは明白だよね?」
ケイオスの悪魔のささやきに、しかし理事は笑みを深める。
「詳しく聞かせてもらうじゃあないか」
そうして、怪しげに笑う二人の男は薄暗い穴の中へと姿を消した。