「敵発見、攻撃を開始しています!」
「兵力を集結させろ! 北と東からも呼び寄せておけ、北方の対デカグラマトン大隊もだ!!」
アビドス砂漠の前線基地、その作戦司令室にてカイザー理事は苛立ちを声に乗せながら部下に指示していた。
小鳥遊ホシノを手に入れ、今度こそアビドスを完全に手中に収められるかと思っていたのに現実は悪い方に予想外な方向へ転がった。
フレデリックという若造の代わりにジャック・オーという不可思議な技術を使う小娘と便利屋に邪魔をされ、その間に折れかけていたはずのアビドスまでが復活した。
結果として理事は体勢を立て直す必要が生じ、自らの輝かしい経歴に傷をつけるハメになってしまったのだ。
そして、そのアビドスが小鳥遊ホシノを取り戻すためにだろう。今度はこちらの基地に向かって進軍を始めた。
今度はあの忌々しいフレデリックという若造が指示を出して進んできているようだった。
「アビドス……あの往生際の悪いクソガキどもが……!!」
ほとんど死に体の小さな学校にしがみつく、馬鹿な子供。それがアビドスの生徒達のはずだ。
そんな愚か者共に、カイザーPMCが負けるわけがない。
なのに、どうしてこんなにも事が上手く運ばないのか。
叫び出しそうになるほどまで煮えたぎった怒りを、拳を握りこむことで必死に抑えている理事に更なるイレギュラーの報告が入って来た。
「っ!? 北方に、少数ですが兵力を確認!」
「む、北方……!?」
北方は対デカグラマトン大隊がいる方向だ。そこに少数の兵力など、一体どこの誰が──。
「数は3、いえ4人! あ、あれは……!?」
驚きに声を詰まらせた部下を押しのけるように理事がモニターを覗き込む。
「ば、馬鹿なっ!? 何故ここに奴らがいる!?」
普通に考えればそこにいるはずのない──いや、いてはいけない存在がそこにはいた。
「ゲヘナの風紀委員だとッ!? それとこの大人……まさか、三人いるシャーレの先生の最後の一人かッ!?」
「い、いかがいたしましょう……対デカグラマトン大隊への進軍を取りやめますか……?」
部下の弱気な発言にカイザー理事の中で何かがキレる音がした。
「取りやめる、だと? 貴様は何を言っている!? 我々はカイザーPMC……このキヴォトスでも有数の軍事会社だ!! たかが数人の生徒と大人一人に背中を見せてみろ、我が社の評判はガタ落ちする! それに、あそこにいるのは対デカグラマトン大隊……アビドスに駐留している中で一番の兵力だ! 負ける道理などないだろう!!!! 大隊に指示をしろ!! 【友軍以外の兵力は全てなぎ倒せ】とな!!!」
「は、はいっ!!」
怒りのあまり熱を持った頭を冷やすように、理事は軽く頭を横に振る。
気休め程度のルーチンではあったが、その効果はてきめんだった。
何故なら、この状況を一気にひっくり返せる名案を思い付いたから。
「西部の残存兵力は?」
理事の問いかけにオペレーターが素早くコンソールを操作して状況を確認する。
「アビドスとの交戦状態の部隊も多いですが、3割程度はまだ出撃準備中です」
部下の報告に、理事は思わず喉を鳴らすようにして笑った。
「ふっふ……ならば、その残存兵力はアビドスにぶつけずに市街地の方へ回せ」
「は……? 市街地、ですか……? しかし、アビドスの連中は既に市街地を抜けて……」
「馬鹿め。奴らが守りたいと思っているものはなんだ? 小鳥遊ホシノを助けたとて、帰る場所が
「……! 了解いたしました。西部の残存兵力を、アビドス市街地方面──最終目標アビドス高等学校へ向かわせます!」
奴ら学校を離れている今こそ絶好のチャンスだ。
勿論、攻撃指示は最後の最後まで出さずにとっておく。これはあくまで布石だ。
自分達には向かってきたクソガキの心をへし折って、あくまでスマートに事態を解決する為の大人なやり方だ。
「ふっふっふ……精々今の内に粋がっておけよ、クソガキ共め」
続々と戦況報告が入って来る司令室で、カイザー理事は仄暗い声でしばしの間笑い続けていた。
「ちょっと! 倒しても倒してもキリがないんだけど!?」
「イオリ、口を動かす前に手を動かしなさい」
「火宮さん、銀鏡さんのフォローを。空崎さん、まだいけそうかな?」
一個大隊規模のPMCを相手に飛鳥はヒナ、イオリ、チナツのたった4人で相手をしていた。
正直以前アビドスで対峙した時のように委員会総出で来たかったところなのだが、ヒナ達の方にも事情があるらしくこのメンバーでの出撃となってしまった。
いざとなれば法術で助けるしかないか、と構えていた飛鳥だったがその心配は杞憂に終わりそうだ。
「先生、心配しなくてもいい。この程度、私達だけでも対応できる」
肩越しに振り返りながら再装填を済ませたヒナがコッキングレバーを引きながら不愛想に応えて、再び弾丸の暴風雨をPMC兵士に叩きつけていく。
その淡々とした態度で、けれど苛烈に敵を倒していく後ろ姿に飛鳥は親友の姿を垣間見た。
「確かに、頼もしいね。なら、僕も負けてはいられない。銀鏡さん、火宮さん。空崎さんの撃ち漏らした敵を排除しよう。場所は僕が逐一伝える。天雨さん、君には戦場全体を
「反省文を無しに出来るっていうんだ、やってやるさ!」
「了解です! イオリ、余り熱くなり過ぎないように!」
「ふん! 言われずともやっています!」
三者三様の勢いのある返事に飛鳥の口角がわずかに上がる。
「皆まだまだいけそうね?」
「そうだね。でも、油断は禁物だ。気を引き締めていこう」
再び表情を引き締めて、飛鳥はオルガンを起動する。
一人たりとも後ろには通さない。フレデリックとアビドスの生徒達がホシノを取り戻すために、余計な邪魔など入れさせない。
それがこの場における飛鳥達のミッションだ。
一方、対策委員会とフレデリックはホシノがいると思しきポイントに向けてアビドス砂漠をひた走っていた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
行く手を邪魔するカイザーPMC兵との戦闘も一段落し、一旦足を止めて体勢を整えているところでアヤネが心配そうに他の生徒達に声をかける。
「ん」
「全っ然大丈夫!」
フレデリックがいるとはいえ、連戦に次ぐ連戦。その上長距離の移動が続いていた。
コンディションの低下は避けられないような要素が重なっているとなれば、アヤネが不安そうな声を出すのも致し方のないことだろう。
けれど、そんなアヤネの不安を吹き飛ばすように他の生徒達は力強く問題ないと返す。
実際のところ、弾薬、体力、気力そのいずれもまだまだ余裕はあった。
「先生に教えてもらった座標はもう目の前なので、もう少しの辛抱です!」
アヤネの言葉に他の生徒達の気合いがさらに入る。
ちょうどその時だった。
ドローンで周囲を警戒していたアヤネが何かに気が付いて息を呑む。
「前方に多数の敵発見! 距離は2㎞、もうすぐ接敵します! 皆さん、対応の準備を……」
やや緊張で固くなったアヤネの声を遮るように、突如前方で何かが爆発してPMC兵を吹き飛ばす。
「えっ!? あ、あれは……」
「支援射撃……?」
シロコの疑問に、アヤネが無言で状況を解析する。
「……L118、トリニティのけん引式りゅう弾砲です! でも、一体どうして……」
手数の少ない対策委員会にとってまさに恵みの雨にも等しい砲撃だったが、その雨はアビドス砂漠のど真ん中には降るはずのないものだった。
一体どういうことなのかと対策委員会が首をひねっていると、対策委員会の暗号通信回線に聞いたことのある声が割り込んできた。
「あ、あぅ……わ、私です……」
若干オドオドしたその声は忘れるはずもない、ブラックマーケットで行動を共にした──。
「あっ! ヒフ──」
「ち、違います! 私はヒフミではなく、ファウストです!」
セリカに名前を呼ばれそうになって慌てて訂正をするファウストだが、その際に思い切り自分の名前を言ってしまうというポカにアヤネの眼鏡がずり落ちる。
「わあ、ファウストちゃん! お久しぶりです! ご自分で名前を言っちゃってましたが、そこはご愛嬌ということで☆」
喜びと安堵で声を弾ませたノノミの指摘に一瞬たじろぐファウストだが、咳ばらいでとりつくろった。
「その、このL118は、トリニティのけん引式りゅう弾砲ですが……と、トリニティ総合学園とは一切関係ありません! 射撃を担当している皆さんにも、そう伝えておきましたので……」
それはファウストが指揮をしているであろうL118砲撃部隊はトリニティとして公式にこの場にいるわけではないという宣言だった。
あくまで非公式、非公認の部隊が砲撃したところに
つまり、これ以上積極的な介入は出来ない。そういう意味もあるのだろう。
「す、すみません、これくらいしかお役に立てず……」
悔しさと申し訳なさをにじませながら謝るファウストに、けれど対策委員会の表情は明るかった。
「ううん、すごく助かった」
「はい! ありがとうございます、ファウストちゃん!」
対策委員会達から感謝を伝えられてホッとしたのか、ファウストがほっと息を吐く。
「お礼なら、ソル=バッドガイさんに。ちょっとしたピクニックにいい場所があるって教えてくれたので……では、皆さん、が、頑張ってください!」
激励の言葉を最後にファウストが通信を切る。
それと同時に対策委員会が皆フレデリックの方を見た。
「……火力支援の直後に突撃、定石通りだが効果的だ。行くぞ、モタモタするな」
視線に気づいたフレデリックが肩をすくめて、次の行動を指示する。
それがなんだか照れ隠しをしているだけのように思えて、対策委員会の生徒達はお互いの顔を見合わせてからクスクスと笑った。
「何笑ってる。気を引き締めろ」
「ん」
「はーい☆」
「分かってるって!」
「はい! 敵は砲撃により混乱状態ですし、今の内に突破しましょう!」
アヤネの言葉に頷いて、対策委員会は再び駆け出した。
その頃、アビドスの市街地では銃声と爆発音が響いていた。
「うわああああっ!? な、何をするんだっ!!?」
「抵抗するものは全て無力化しろ! 進行の邪魔になった時点で敵とみなして構わん! とにかく攻撃をしろ!」
フィクサーの指示のもと、カイザーPMCがアビドスの市街地へ攻撃を加えていた。突然の暴挙に怒りをあらわにした住民にも容赦なく発砲し打ち倒していく。
その圧倒的暴力の前に、誰もが首を垂れることしか出来なかった。
頼みの綱の対策委員会が市街地にいないことは、数時間前に響いていた戦闘音が砂漠の方へと遠ざかって行ったのを聞いていた皆が知っている。
つまり、街を、自分達を守れるものは誰もいない。
そんな絶望が住民達を覆いつくしたその時だった。
「ぎゃっ!?」
「な、なん──ぐあっ!?」
図々しい態度で道を行くカイザーPMC兵が次々と撃たれて倒れていく。
「な、何事です!? 状況を──」
フィクサーが慌てふためいて部下に状況を確認しようとするその前に、戦闘で舞い上がった砂埃の向こうから人影が現れた。
「悪いな。ここから先は通行止めだよ」
くぐもった声と共に現れたのは、バイクヘルメットを被った30人程の珍妙な集団だった。
だが、フィクサーはその存在を知っていた。
「なっ……き、貴様らカタカタヘルメット団か!?」
「わあ、これはビックリ。まさかカイザーのお偉いさんに名前覚えて貰えてるなんて」
「オレ達、結構覚え良かったんすかね?」
マークスマンライフルを構えた少女──金田メトと、SMGを持った少女──渡瀬ナツキがそんなのんきな会話をしているのを、アサルトライフルを持った少女がたしなめる。
「おしゃべりすんな。それに、どうせ貴重な装備をダメにした馬鹿どもって覚えてるだけだぞ」
アサルトライフルの少女──ウヅキの言葉にフィクサーが吠える。
「その通りだとも! 我が社の貴重な装備を分け与えてやったのにもかかわらず、アビドスなんて弱小校一つ落とせない貴方がたにはその分の損害を必ず! 弁償してもらわなければと思っていましたからね!!」
「だってよ。どーするジャック先生。これ、向こうに従った方が良いのか?」
「っ!? 先生、だと……?」
ウヅキがフィクサーから目を逸らして後ろを振り返る。
そこには砂色のアビドスの街の中に合ってなお色鮮やかな深紅の髪を風にたなびかせた大人の女──ジャック・オーが立っていた。
「お菓子で出来た家に連れてって、頃合いを見てから美味しくいただくとかっていうくらいのユーモアを期待したんだけど……まあどっちにしても子供を奴隷のように扱うろくでなしの言う事なんて気にしちゃダメよ」
「ということなんでな。悪いけど、アンタ達はここで倒す」
そう言って武器を構えたウヅキにフィクサーはわなわなと体を震わせた。
「この身の程知らずのクソガキどもが……! 総員、奴らに現実というものを教えてやりなさい!」
フィクサーの指示にPMC兵も銃を構える。
「行くぞ皆! これまで散々アタシ達を馬鹿にしたアイツらに、目にモノ見せてやろうぜ!」
ウヅキの発破に、ヘルメット団全員が
それを聞いてジャック・オーもまた笑みを浮かべながらオルガンを起動させる。
「指揮は私に任せて、皆は存分に暴れて! 今日はビュッフェスタイルのパーティーよ。マナーも何も投げ捨てて、美味しい思いしまくりましょう!」
「路地裏の残飯共が、粋がるなァ!!」
フィクサーの怒りをにじませた声を合図に、カイザーPMCとカタカタヘルメット団が正面からぶつかり合った。
次回、アビドス編最終決戦