BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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すみません、仕事がかなりバタついてほとんど執筆に手が付けられませんでした。
ちょっとしばらく仕事がバタつくと予想されるので、毎日投稿はほぼ無理です


私達の世界(2)

 体を揺らす振動でホシノはゆっくりと目を覚ました、ような気分になった。

 今自分が目を覚ましているのか、それともまだ夢の中なのか。正直よく分からなかった。

 振動。今度はさっきよりも大きい。

 

「……は……に……るはず……す!!」

 

 かすかに聞こえてくる誰かの声。聞きなれた声のような気がする。

 意識が再び遠のきそうになる。思うように体に力が入らない。

 振動。これまでで一番大きなものだった。

 それでも、意識は徐々に闇の中へ落ちていこうとする。

 

「……んせい!? ちょ、ま……」

 

 誰かが誰かを制止するような声。

 聞きなれた、後輩の声。

 ゆっくりと閉じられようとしていたホシノのまぶたが、ピタリと止まる。

 その瞬間だった。

 体を揺らすなんてものでは収まらない、建物全体を大きくシェイクするような振動がホシノを襲った。

 

「んぎっ……!」

 

 余りの振動でホシノは強かに顔面を床に強打した。

 痛い。鼻血が出ていそうな気すらする。

 それでも、おかげで意識はハッキリとした。

 ずっと同じ体勢になっていたのか、体がバキバキだ。

 どうやら、黒服の実験の為に拘束されていたらしい。

 体が硬くなっていること以外は特に異常はない辺り、まだ実験は始まっていないのか。

 何にしても、これだけの異常事態が起きて誰も駆けつけてこないのであれば、脱出のチャンスかもしれない。

 余りにも都合の良い展開に、ホシノは逆に不安になってしまう。

 もしかしたら、まだ夢の中かもしれない。

 でも、とも思う。さっき後輩の誰かの声が聞こえた気がしたのだ。

 これが夢じゃなかったら、フレデリックは約束を守りに来てくれたのかもしれない。

 そうであって欲しいと祈りながら、若干ふらつく足でホシノは声がした方向に向かって歩いた。

 薄暗い実験施設の廊下をゆっくりと歩く。

 怖い。もしもこれが夢で、自分は本当はもうあの実験室みたいなところで死にかけているのだとしたら。

 これは死ぬ直前の走馬灯なのかもしれない。

 そんな不安がホシノの足取りを重くする。

 一歩、また一歩。それでも、ホシノの足が止まることはなかった。

 やがて、外に繋がっている階段と思しきものが見えてきた。

 太陽の光が差し込んでいて、まるで天国へ続く階段のようにも見える。

 一段ずつしっかりと踏みしめて階段を上がる。

 そうして、一番上の段に足がかかろうとした時だった。

 

「ホシノ先輩ッ!!」

 

 確かに、しっかりと聞こえた。

 大好きな、皆の声だ。

 外眩しさに目を細めながら階段を上り切る。

 

「うへ……これ、夢じゃ……ないよね?」

「目覚ましが欲しいならくれてやろうか?」

 

 不意に横から聞こえてきた、低い大人の男の人の声。

 声がした方を向けば、あのデッカイ鈍器(ジャンクヤード・ドッグ)を肩に担いで笑っているフレデリックがいた。

 

「先生……」

 

 夢じゃない。そして、フレデリック(この大人)はちゃんと約束を守ってくれた。

 そのことに、自然のホシノの顔がほころぶ。

 けれど、そんなホシノにフレデリックは笑いかけるのではなく、真剣な表情に戻って指を鳴らした。

 その瞬間、ホシノの前に見慣れた自分の愛銃と盾が現れる。

 

「悪いなホシノ。まだ全部が終わったわけじゃねぇ。動けるか?」

 

 フレデリックの言葉に、ホシノは小さく肩をすくめた。

 

「こういうのって、全部終わらせて後は帰るだけって状況になってるもんじゃないの?」

「お前が閉じ込められっぱなしで力が有り余ってると思ってな。デザートくらいは残しといたんだ」

「ホントに? 先生が食べきれなかったからってだけじゃないの?」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、ホシノは手際よく装備を身に付けていく。

 そうして装備を付け終わった時、ホシノは急に誰かに抱きしめられた。

 

「ホシノ先輩ッ……! ホントに、無事で……良かった……!」

 

 ノノミだった。その声は小さく、そして震えている。

 自分の方が小柄で、実際ホシノはノノミの豊満な体に埋もれているけれど、今だけはノノミがとても小さく愛おしい存在に感じた。

 ノノミの背中にゆっくりと手を回してとんとんと優しくたたく。

 

「ごめんねぇ。どこにも行かないって言ったばっかりだったのに、こんな心配かけるようなことをしちゃってさ」

「ばか! ばかばか! 本当にホシノ先輩は大馬鹿です! 許しません……!」

 

 声を震わせながらぎゅうっときつく抱きしめられる息苦しさと温もりに、ホシノは安堵のため息を吐く。

 ああ、これは夢じゃない。間違いない、ここが私の世界(居場所)なんだ、と。

 ふと気が付くと、自分を取り囲むようにシロコ、セリカ、アヤネが笑いかけて来ていることに気が付いた。

 

「先輩、良かった無事で」

「全く……もうこんな心配かけないでよね!」

「ホシノ先輩……無事で本当に良かったです」

「うん。ありがとうね、皆」

 

 穏やかな空気が辺りを満たしていきそうになった時、突如地面を大きく揺らすような衝撃がホシノ達を襲った。

 

『対策委員会ィィィィ!!』

 

 スピーカーから音の濁流を発したのは聞き間違えようもない、あのカイザー理事のものだった。

 

『一体貴様らは何度私の邪魔をすれば済む!? これまで、ありとあらゆる手段を講じてきた……それでも貴様らは、ほろびかけの学校に最後まで残り、しつこく粘って、どうにか借金を返済しようとして!!』

 

 カイザー理事が乗っていたのは、ブラックマーケットで闇銀行を襲ったホシノ達が逃げる時に立ちふさがったゴリアテの改修型だった。

 カラーリングは黒を基調とし、右肩には何かアンテナのような物が付いている。

 

『あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうに!!! 貴様らのせいで、計画がッ!!! 私の計画があぁぁッ!!!』

 

 巨大なロボットに乗っておきながら、出てくる言葉はまるで子供のかんしゃくだ。

 それがなんだかおかしくって、ホシノは小さく噴き出してからクスクスと笑いだす。

 

『小鳥遊ホシノッ……何がおかしいッ!!?』

 

 腕のガトリングを真っすぐと向けられながら、それでもホシノは笑みを絶やさない。

 

「いやぁ、そんなに大きな体をしてるくせに案外小さい人なんだなって思ってさ。私、大人って正直アンタみたいなやつらばっかりだと思ってんだ。でも、違ったんだね」

 

 そう言って、ホシノは隣に立つフレデリックを見やる。

 彼が来てから全てが変わった。アビドスを取り巻く状況も、皆との関係も、大人という存在への認識も。

 ぶっきらぼうで、乱暴で、素直じゃないけれど、自分達の為に常に一番前を走って困難を受け止めてくれた大人。

 決して分かりやすく誠実な態度をとってくれていたわけじゃない。それでも、この人が約束を違えたことはない。

 目の前の大きなブリキの人形に乗って大声で喚き散らすいい大人(クソガキ)に比べたら、ずっとずっとカッコよくて頼りになる人だ。

 そんな人が、自分達の傍にいてくれている。

 

「帰りなよカイザーの理事。そのカッコいいオモチャを壊されて泣きベソかきたくなかったらさ」

 

 銃と盾を構えて、ホシノは一歩前に出る。

 その後ろを固めるように、対策委員会の生徒達が並んで銃を構えた。

 皆良い子達だ。ホシノの自慢の後輩達だ。背中を預けるのに、これ以上の存在はいない。

 

「ん、引き際をわきまえるべき」

「さっき便利屋に頭撃たれて気絶した時に帰ればよかったわね!!」

「負けませんよ私達は! 負けるわけには、いきませんから!」

『ク……クックックック……!! このゴリアテMkCを相手に、一体どこまでそんなことを言っていられるかな!?』

「皆さん、気を付けてください! 通常のゴリアテとは何か違います!」

 

 生徒達とゴリアテが銃口を向け合う。

 最初に動き出したのはゴリアテの方だった。

 その巨体に見合わぬ素早さで接近してきたゴリアテに驚き、対策委員会が一瞬浮足立つ。

 

「左右に散開しろ! ブラックマーケットでのやり方は覚えてるな! ホシノ、行け!」

 

 フレデリックの指示にホシノが歯を剥き出しにして笑いながら、ジグザグに移動してゴリアテの懐に潜り込む。

 

「くらえ!!」

 

 至近距離からゴリアテの左腕の関節部分に向けて引き金を引く。

 銃声。銃声。銃声。

 ばらける前の散弾が一か所に集中してゴリアテの関節に命中する。

 

「ドローン、作動開始!」

 

 その直後、シロコのドローンからいくつもの小型のミサイルが発射され、ホシノが攻撃した個所に殺到した。

 その間にホシノがゴリアテから距離を取り、ミサイルが全て着弾し終わるとほぼ同時にノノミとセリカが一斉掃射を始める。

 

「全弾発射ぁ!」

「いっけぇ!」

 

 ノノミとセリカによる鉛玉の嵐がゴリアテの体を滅多打ちにする。

 先にセリカの弾倉の弾が無くなり、セリカは素早く再装填に入った。その間も、ノノミは掃射を続けている。

 全ての音を食らいつくすほどの轟音を響かせたノノミのガトリングガンが息継ぎをするようにその動きを緩めた。

 そこへダメ押しと言わんばかりに、シロコが懐から手榴弾を取り出してゴリアテに向かって放り投げる。

 放り投げられた手榴弾は、ノノミの攻撃によって動けないらしいゴリアテの左肩の前に綺麗に放物線を描いて飛んでいき、さく裂した。

 今の対策委員会が出せるほぼ最大の攻撃だった。それが、ほぼ完璧に決まったのだ。

 

「どーよ!」

 

 あれだけの攻撃をまともに食らって無事だった相手など、対策委員会はこれまで一度も出会ったことがない。

 だから、セリカが拳を握ってガッツポーズをするのを誰も咎めなかった。

 あるいは、あれで倒れてくれと誰もが願っていたからか。

 たった一人、フレデリックだけが真剣な表情を崩さなかった。

 だからだろうか。フレデリックだけが砂と硝煙、そして煙の向こう側の異変にいち早く気が付くことが出来た。

 

「いや待て。全員、ゴリアテから離れろ!」

 

 フレデリックの鋭い指示に、対策委員会達は素早く後退して遮蔽物の傍までやって来る。

 その直後だった。ずっと身動きを取っていなかったゴリアテが急に動き出し、その腕のガトリングを対策委員会達の方へ向けて掃射し始めた。

 それぞれが横っ飛びをするように遮蔽物へ身を隠すが、ノノミのそれを遥かに上回る大口径の銃弾がどんどん遮蔽物をぼろぼろにしていく。

 

「……解析完了! そんな……敵のゴリアテのボディから、ウルツァイトコーティングの反応を検出!」

「なんだと?」

「何その……ウル……なんとかっていうのは!?」

 

 遮蔽物に身を隠しながら疑問を口にしたセリカに、アヤネが若干震えた声で説明をする。

 

「世界で一番硬い材質です。つまり、通常の火器ではダメージがほとんど見込めません……!」

「あちゃー、まさかそこまですごい隠し玉を持ってたとはね……ちょっとピンチかな?」

『ハハハハハッ!! さっきまでの威勢はどこへ行った対策委員会ッ!?』

 

 対策委員会達に向けて、ゴリアテがガトリングを掃射し続ける。

 その威力から次々と破壊される遮蔽物から逃れ、次の遮蔽物に身を隠して反撃する。そんなことを何度か繰り返すが、一向にゴリアテへダメージを与えられた様子はない。

 このままではジリ貧だ。そのことを誰もが理解しており、どんどん険しい表情になっていく。

 ちょうどその時だった。

 ノノミのそれとも、ゴリアテのそれとも違う轟音と共に銃弾の嵐がゴリアテを襲う。

 不意を突かれたせいか、嵐を全身で受け止めてしまったゴリアテが体勢を崩して膝を付いた。

 そこを狙ったかのように頭に三発、神秘をまとった銃弾が着弾する。

 

『ぐうっ……だ、誰だっ!?』

 

 苛立ちをあらわにした理事が忌々し気に下手人の方へと振り返る。

 その瞬間、再び銃声というより何かの咆哮にも近い轟音が響き渡った。

 それは鉛玉の嵐となってゴリアテに襲い掛かり、その威力と衝撃でもってゴリアテの動きを封じていた。

 

『遅くなってごめんフレデリック。状況は?』

「飛鳥、それにヒナ達か」

 

 フレデリックの耳元に展開された魔法陣から聞こえたのは飛鳥だったのだろう。フレデリックはわずかに頬を緩めた。

 銃声のした方を向くと、わずかに残っていたアビドス本館の屋上からヒナ達がゴリアテに攻撃をしているのが見える。

 だが、フレデリックが心強い援軍に頬を緩めていたのは一瞬のことだ。すぐに表情を引き締め、状況を報告する。

 

「面倒な話だ。あのゴリアテはウルツァイトコーティングされていて、半端な攻撃が通らねえ。とびきりの火力がいる」

『なるほど……それはちょっと厄介だね。空崎さん達も強いけれど、ウルツァイトの装甲を抜けるほどの火力はない』

 

 だろうな、とフレデリックは眉間にしわを寄せる。

 

『そういうことならこういうのはどう?』

 

 フレデリックと飛鳥の通信に割り込んできたのはジャック・オーだった。

 その直後、凄まじい密度の弾丸がゴリアテに撃ち込まれる。

 

「今度は誰ッ!?」

 

 ヒナ達とはまた違った方向からの弾丸の暴風雨に、セリカが勢い良くそちらの方向へ振り向く。

 そして、セリカ……そして対策委員会達は今度こそ驚きに目を見開いた。

 

「あ、アンタ達は!?」

 

 そこに居たのは見間違えるはずもない、フレデリックが来るまで何度も学校を襲いに来たカタカタヘルメット団の姿だ。

 その後ろにはジャック・オーの姿もある。

 

『貴様らッ……!? 役立たずのクソガキ共かッ!?』

 

 その姿に理事も驚いたような、そして忌々しそうな声で唸る。

 そんな理事に、ヘルメット団の先頭にいた生徒──ウヅキが無線のオープンチャンネル越しに理事へ聞こえるように笑う。

 

『よォお偉いオッサン! その節は大変お世話になりましたってなあ! なんかデッカイオモチャに乗れて楽しそうじゃんか! アタシ達も混ぜてくれよ!』

『廃墟で震えるしか能のなかったクソガキ共の分際──』

『撃てェ!』

 

 理事が言い終わるよりも前に、ウヅキが声を張り上げて指示を出す。

 その瞬間、ヘルメット団の両翼から対戦車ロケット弾が真っすぐとゴリアテに向かって飛んでいった。

 それは吸い込まれるようにゴリアテの体の中心へと飛んでいき、そして爆炎と衝撃がゴリアテを貪り食らう。

 

『やったか!?』

 

 オープンチャンネルで誰が言ったのか、あからさまなセリフを吐いた者がいた。

 余りにもひどいお約束のセリフに、思わずホシノがこめかみに手を添える。

 そして、お約束の通り黒煙の中からゴリアテが飛び出してくる。

 狙いは一番近くにいた先生──フレデリックだ。

 

「先生ッ!!」

 

 ゴリアテの狙いに気が付いたホシノが、慌てて駆けだすが一手遅い。

 その巨体ものともしないような速度で一気に彼我(ひが)の距離を詰めたゴリアテが銃口をフレデリックに向ける。

 もしもそのまま弾が発射されれば、キヴォトスの生徒であってもタダでは済まないほどの大きさの銃口がフレデリックの目と鼻の先にある。

 そんな絶体絶命の状況になってもなお、フレデリックはゴリアテを真正面から睨み返した。

 その目は決して死を覚悟して投げやりになったものではない。最後の1秒まで足搔きとおすと決意した者の光が宿っていた。

 

『全員動くな!! 少しでも私に攻撃でもしてみろ! その瞬間にこの若造が吹き飛ぶぞ!!』

 

 理事の言葉に()()()()の表情が強張る。

 ただの脅しだ。理事であっても人殺しなんて禁忌を侵すはずがない。

 そう思おうとしているのか”そんなことが出来るはずがない”と顔を引きつらせながら笑う生徒がいる一方で、ホシノは今の頭に血が上った理事ならやりかねないという危機感を抱いていた。

 

「フレデリック先生!!」

 

 ホシノは心臓を鷲掴みにされたような心地でフレデリックを呼ぶ。

 その様子に気を良くしたのか、理事がゴリアテの腕部ガトリングをフレデリックの顔に押し付けるようにさらに突き出してきた。

 

『小鳥遊ホシノ! 最後のチャンスだ!! 貴様が投降し、私達の元に戻ってくるというのならこの場は丸く収めてやる。私に攻撃を仕掛けて来たもの仁ついても今回に限って不問にしてやってもいい』

「なっ……!?」

 

 驚き足を止めたホシノに、理事はスピーカー越しに続けた。

 

『さあ、フレデリック=バルサラ。貴様も、まさか生徒の前でスプラッターシーンを見せるような愚行は起こすまい? 小鳥遊ホシノと周囲に展開している生徒達に武装解除を指示しろ。そうすれば貴様のことも見逃してやる』

「せ、先生……!!」

 

 シロコがゴリアテに銃口を向けたまま、唸る。

 シロコだけではない。全ての生徒がそうだった。

 たった一手で全てをひっくり返されて、生徒達の顔に脂汗が浮き出す。

 そうではなかったのはそもそも汗をかかないカイザー理事、そして──飛鳥、ジャック・オー、フレデリックの三人だった。

 それにいち早く気が付いたのは理事だった。自分が絶対的に有利な状況にいるはずなのに、目の前の若造が欠片も慌てる様子も、動揺する様子も見せないのだ。

 フレデリックはキヴォトスの生徒達ですら、わずかに怯み必死に回避しようとするゴリアテの大口径腕部武器を突きつけられて冷や汗一つ浮かべていない。

 それは余りにも不気味な光景ともいえた。フレデリックに銃を突き付けているのは理事のはずなのに、見る者全てが、何故か理事の方が無防備を晒しているかのような錯覚を覚える。

 そんな錯覚と不安を理事も感じていたのだろう。耐えかねたように、理事は再び叫んだ。

 

『は、早くしろ! 本当に死にたいのか貴様ッ!』

 

 耳元で喚き散らされてうるさかったのか、フレデリックは思わず上体を仰け反らせてから首を横に振った。

 

「やれやれだぜ」

 

 そして首に手を当てながらゴキリ、ゴキリと鈍い音を立てて左右に傾ける。

 フレデリックが何かをしようとしたことに気が付いたのか、理事がゴリアテを操作してフレデリックの顔面ギリギリに銃口を突きつける。

 

『動くな! 少しでも変なことをしたら本当に撃つぞ貴様ッ!!』

「先生ッ、ダメッ!!」

 

 ホシノが必死の形相でフレデリックを制止した。

 フレデリックが何を考えているのか分からないけれど、人が動くよりもゴリアテが──理事が引き金を引く方が早いのは明らかだ。

 そんなホシノの気持ちを知ってか知らずか、フレデリックはホシノに向かって笑った。

 

「ホシノ、今から少しいいものを見せてやる」

「え……?」

 

 フレデリックの言葉にホシノがキョトンとした表情になる。

 その次の瞬間、フレデリックがその場から消えた。

 否。消えたのではなく、一瞬でフレデリックが地面と平行になるくらいまで低い姿勢をとったのだ。

 それと同時に、まるで滑走するかのようにフレデリックの体が前へと射出される。

 次の瞬間には、フレデリックはゴリアテの足元へと移動していた。

 

『なっ……なんだt──』

「ヴォルテックス!!」

 

 気合と共に放たれた、ジャンクヤードの柄でのアッパーカット(ナイトレイドヴォルテックス)がゴリアテの右ひざ部分に突き刺さり、そして爆発した。

 

『ぐぉぁあ!?』

 

 ヘイローも無い、キヴォトス外部の人間。

 そんなフレデリックから繰り出された一撃には、ゴリアテは強引に右足を地面から引きはがすほどの威力があったらしい。

 何とか体勢を整えようとゴリアテが二、三歩後ろに下がる。

 それでも足らず、ゴリアテは倒れそうになる体を必死に抑えるように膝を付いて強引に転倒を防いだ。

 そうして何とかこらえきったゴリアテの頭部が前を向いた瞬間だった。

 

「ファフニールッ!!!」

 

 膝を付き、ゴリアテの胴体部分にフレデリックの紅蓮の拳が突き刺さる。

 突進の勢いを乗せたフレデリックの燃え盛る拳が、これまで傷一つ付かなかったゴリアテの体にヒビを入れる。

 それだけの威力をまともに食らったゴリアテは、そのまま後方へと吹き飛ばされて地面の上を二転三転してからようやく動きを止めた。

 たった一人の人間の、それも炎をまとった拳が自分達にも出来なかったことを成し遂げたことに生徒達があんぐりと口を開ける。

 そんな硬直状態から誰よりも早く復帰したのは、ホシノだった。

 

「先生ッ!!」

 

 ホシノが転びそうになるほどの前のめりな体勢でフレデリックに駆け寄ろうとして、フレデリックが片手で軽く押さえて止める。

 

「落ち着け。まだ終わりじゃねえぞ」

 

 フレデリックの言葉にホシノがハッとして盾を構えながらゴリアテが吹き飛んだ方向を見る。

 その瞬間、砂煙を巻き上げながら勢いよくゴリアテが立ち上がった。

 

『貴様ァっ!! 何故生身の、キヴォトスの人間でもない貴様がこれほどの力を持っている!?』

「企業秘密だ。教える義理はねェな」

『生意気な……だが!! 二度はない!! 貴様がいかに常識外れの力を持っていたとて、近寄らなければいいだけのこと!!』

 

 そう言って再びゴリアテが銃をフレデリックの方へ向け、そして今度こそ発砲した。

 

「させるもんかッ!!」

 

 しかし、ホシノが盾を構えて即座にフレデリックを庇い、フレデリックはその後ろに屈んで隠れた。

 生徒達の武装よりもずっと口径の大きいガトリングの弾を盾で受け止めるホシノは、しかし少しも揺らぐことはない。

 絶対にフレデリックは傷つけさせない。今度こそ、護ってみせる。そんな強い思いでホシノはガトリングの弾を受け続けた。

 地面に当たって巻き上げられた砂煙が二人の姿を覆い隠す。

 流石に目視できない相手に闇雲に弾を浪費するほど馬鹿ではないのか、ガトリングの掃射が止んだ。

 だが、それでも理事は攻撃の手を緩めることはなかったらしい。

 

「ッ!! アレを止めてくださいッ!」

 

 ゴリアテの狙いに気づいたらしいアヤネの叫びが無線越しに聞こえるよりも早く、対策委員会以外の生徒達が攻撃を始める。

 辺り一帯を大小様々な銃声と、それがゴリアテに着弾して弾かれる金属音の音がカオスに混ざり合って辺りに響き渡った。

 視界も効かず、周囲あちこちから攻撃が加えられているこの状況ではまともに動けないと、ホシノは今すぐ先生を連れて離れたいという気持ちを必死に押さえつけた。

 

『この……小うるさいハエ共がぁあああああ!』

 

 皆の攻撃についに耐えかねたのか、理事の罵声と共にゴリアテが振り回すようにして腕部のガトリングを掃射するような音が聞こえた。

 その少し後に無線からジャック・オーが生徒に指示を出す声が聞こえてくる。

 

『対戦車ロケット、用意!!』

『はい!!』

『撃って!!』

 

 爆発、振動。そして爆炎と砂埃がゴリアテを覆い隠す。

 丁度その時、ホシノ達を包んでいた砂煙が収まったところだった。

 二人が無事であることに、対策委員会の生徒達がほっと胸を撫でおろしながら二人の元に駆け寄ってくる姿にホシノは少しだけ頬を緩めた。

 対策委員会達が二人の元へ集まった時、ちょうどゴリアテを包む爆炎と砂埃が晴れていく。

 そこには、薄緑色のバリアに守られて全くダメージを負っておらず、その上レールキャノンのチャージまで終わらせたゴリアテの姿があった。

 薄緑色のバリアを解除したゴリアテを見て、フレデリックの目が僅かに見開かれる。

 

「フォルトレスディフェンスだと……!?」

「先生、下がって!!」

『残念だったなァ!! だがこれで終わりだ、対策委員会ィ!!』

 

 レールキャノンの砲身が限界まで貯められたエネルギーによって赤熱し、その威力の高さを嫌というほど周囲に誇示する。

 ホシノはまたもや心臓を鷲掴みにされるような感覚に襲われた。

 自分とフレデリックだけなら守れる。

 でも、傍に来てしまった後輩達全員は守り切れない。

 かといって、最早ゴリアテの攻撃を止めることは出来ない。

 盾を構えて一歩前に出ながら、ホシノは必死に打開策を考える。

 だが結論は出ず、限界まで溜め込まれたエネルギーが砲身の先にシャボン玉のように膨れ上がっていくのを見ることしか出来なかった。

 

『社長!』

『ふん、一撃で十分よ』

 

 ゴリアテのレールキャノンがそのエネルギーを放出する瞬間。

 もうすっかり聞き馴染みになってしまった声と同時にゴリアテのレールキャノンの根本に一発の弾丸が撃ち込まれ、そしてさく裂した。

 その瞬間、レールキャノンの狙いが逸れて誰もいない方向へと砲弾が飛んでいく。

 やがてどこかの地面に着弾したそれは、小さなきのこ雲を作り出した。

 

『次から次へとォ……! 便利屋ァ!!』

『真打は遅れて登場するものでしょう? それに、今日はサービスだから。キヴォトスいちのアウトロー、便利屋68! ここに見参よ!』

 

 無線越しにも伝わる、アルのドヤ顔に対策委員会達は思わず笑みを浮かべた。

 それはフレデリックも同様だったようで、彼もまた口元を緩めながらアルの名を呼んだ。

 

「アル」

『先生! どう? これはちょっとしたサービスなんだけど、今日は気分がいいの。もっと私達のサービス、受けてみない?』

「ふ。いいのか、そんな安売りして」

『安くはないわ。お代はあの大人の吠え面ってことでどう?』

 

 アルの挑発的な、それでいてこの場の誰もが魅力的に感じる報酬の提示にフレデリックがニヤリと笑う。

 

「買ったぜ」

『ふふ、売ったわ!』

 

 そんな軽快なやり取りをオープンチャンネルで聞かされた理事は、声を怒りに震わせて叫ぶ。

 

『自分では何一つ生み出せない、大人に飼われることしか能のない野良犬風情共がァ!! 私が、貴様らなんぞにィィィ!!!』

 

 余りにも聞き馴染みのある三流悪党のセリフを叫んだ理事に、フレデリックは笑いながら拳を突き出した。

 

「第2ラウンドだ。覚悟はできてんのか?」




終わる終わる詐欺で本当に申し訳ないんですが対カイザー理事戦はもうちょっと続くんじゃよ……
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