ちょっとしばらく週1ペースになるかもです。
3/24追記:すみません、思ったより仕事に体力持っていかれて本当に執筆できていません。もうしばらくお待ちください……
リアルを知る為に
アビドスでの騒動から数日後。
飛鳥は身じろぎをする度にびくりと体を震わせ、うめき声を上げるという情けない生き物となっていた。
「おーい、飛鳥先生。郵便来てたからまとめといたぞ」
「あ、ああ”っ……ありがとう……」
郵便物をまとめて持ってきてくれたウヅキの方を振り返ろうとして、飛鳥は稲妻にでも打たれたように体を引きつらせる。
「お、おい……大丈夫か?」
「いや、ダメかもしれない……ジャック・オーを呼んでくれないか……僕はもう眠りたいから……」
飛鳥が救いを求めるような視線をウヅキに向ければ、彼女は何とも気まずそうに視線を逸らした。
「や、えっと。そのジャック・オー先生からの伝言なんだけど……『普段から体動かさないからそうなってるんだし、甘えちゃダメよ』って……」
「な、なんてことだ……フレデリック……はダメか」
一瞬本気でフレデリックを呼び出そうと通信法術を起動させようとして、飛鳥は首を小さく左右に振った。
フレデリックはジャック・オーとの約束で三日分の仕事を肩代わりするということで、シャーレから離れている。
そもそも、飛鳥がなぜこんなことになっているかと言えばアビドスでの騒動を解決する為に飛鳥自身がゲヘナ学園へ直接赴き、その後アビドス砂漠まで風紀委員のメンバーを連れて戦闘指揮をしたからだ。
普段体を動かさない飛鳥にとって、あの日はまさに重労働だった。
戦っている最中はアドレナリンが分泌されていたから気にならなかったものの、翌朝になったら全身筋肉痛で動くこともままならなかった。
当然、そんな状態ではまともに仕事もできるはずもなく。
今日、やっと溜まっていた業務の消化に手が付けられるようになったという状態だった。
「……その、大変そうだな。飛鳥先生も」
ウヅキが飛鳥の机の上に積み上げられた書類や手紙を見て顔を僅かに引きつらせる。
机の上に積み上げられたそれらはもはや小高い山のようになっていて、見るだけでも滅入りそうだ。
だが、誰かがやらなければならない。
ジャック・オーもジャック・オーでウヅキ達の今後について連邦生徒会や各所との調整のために走り回っているし、フレデリックはアビドス高校のアフターケアやゲヘナ学園周辺のトラブルシュートの為に再び出張している。
つまり、結局この書類の山を崩すのは飛鳥以外にいないということだった。
「”先生”がいかに大変かというのを思い知っているよ……」
「まあ……厄介になってるアタシが言うのもなんだけど、頑張れ。出来ることは何でも手伝うからさ」
どことなく遠慮がちなウヅキの言葉に、飛鳥は一瞬キョトンとしてから僅かに頬を緩める。
「ありがとう。でも、余り気にしすぎなくていい。君達はもっとゆっくりしていていいと思うんだ」
「ゆっくり……って。もう十分ゆっくりしてるんだけど……」
やや唇を尖らせたウヅキに、飛鳥は自分が言葉を間違えたことに気が付いた。
ウヅキの目尻がほんの少し下がっていて、彼女をネガティブな気持ちにさせてしまったのは明らかだ。
「あ、えっと……手伝われるのが嫌なわけじゃないんだ。ただ、その……何を手伝ってもらえばいいか僕にも分かってなくて……」
必死に言い訳をしながら、何かウヅキにも出来そうな仕事を振らなければと辺りを見回そうと体を動かす。
その瞬間、再び筋肉痛の鋭い痛みが飛鳥の全身を駆け巡った。
「ぉお”……~~~~っ……!!」
余りの痛みに恥も外聞も何もなくみっともなく汚い悲鳴を上げながらうずくまる飛鳥に、ウヅキは突然笑い出した。
「っぷ……あははは! ひっどい姿だよな先生!」
「し、仕方ないじゃないか……僕はデスクワーク専門なんだから」
「それにしたって酷いよ。先生はもう少し運動をしたほうがいいな……って、これはジャック先生からも散々言われてそうだけど」
「ご明察……やっぱりその方が良いのかな……でも嫌だな……」
頑なに運動することを嫌がる飛鳥に、ウヅキが呆れたようにため息を吐いて腰に手を当てる。
「先生……そんなんでこれからまたこないだみたいにカイザーの連中と戦うってなったらどうするんだよ。その度にこんなになるのか?」
「そ、それは……すごく嫌だな」
不意にウヅキに言われた通りのシチュエーションを想像して、飛鳥は心底嫌そうに顔を歪めた。
そんな飛鳥にウヅキは何かをひらめいたように手を叩いた。
「ならさ、アタシ達のパトロールに付いてきてくれよ」
「パトロールに……?」
ウヅキの提案に首を傾げた飛鳥に、彼女は頷く。
「そ。アタシ達さ、今ジャック先生に言われて日替わりでパトロールしてるんだ。難しいことはよく分かんないけど、周りの人から信用を得られるようになろうって言われてさ」
「……確かに、『片寄さん達の集団は危ない生徒ではない』ってD.U.地区でだけでも市民の人達から信頼を得られれば、今後の活動にもかなり融通が利きやすくなるね」
「そうそう、そんな感じのこと言ってた」
そこで、ウヅキの表情がわずかに曇って二の腕辺りにつけているシャーレの腕章をぎゅっと握る。
「……でもさ、やっぱり皆心細いんだ。アタシ達、ワルだから……またいつ石を投げられるか分かんなくて」
「片寄さん……」
笑っているのに、今にも泣きだしそうな顔をするウヅキに飛鳥はかける言葉が見つからなかった。
こんな時、ジャック・オーなら。フレデリックなら。きっと気の利く言葉の一つでも口にできるのだろう。
けれど、飛鳥にそんな芸当は出来ない。それがどうしようもなく口惜しく、そして腹立たしかった。
自分には書類仕事や生徒をあごで使うことしか出来ないのか。それが先生としてあるべき姿なのか。
このままじゃいけない。でも、どんな言葉をかけたらいいか分からない。
そんなことを考えて飛鳥が唇をかんだちょうどその時、耳元に通信法術が展開された。誰かからの着信だ。
「ちょ、ちょっとごめんね」
「あ、うん……」
小さく手を上げてウヅキに詫びながら、飛鳥は通信に応答する。
『あ! 飛鳥君、今ちょっといい?』
「ジャック・オー、何かあったのかい? せっかく携帯を渡したんだから、そっちでも良かったと思うけれど」
飛鳥の指摘に、ジャック・オーは小さくため息を吐く。
『今そこに、ウヅキちゃんいるでしょ?』
「え、片寄さん? いるけど……」
飛鳥の口から自分の名前が飛び出したのを聞いて、ハッとした表情でこちらを見てきたウヅキと目が合う。
『どう? 上手くお話しできてる?』
「え? ええっと……」
まるでさっきまでの流れをどこかで見ているのではないか。
そんな錯覚を覚えるくらい、ジャック・オーの問いかけのタイミングは良かった。
そして、飛鳥が自分の問いかけに頷くことないことまで、彼女はお見通しのようだった。
『ウヅキちゃんに言われたことに対して、飛鳥君はどうしたいと思った? それを行動に移せばそれでいいんじゃない?』
「僕のしたいこと、か」
『大丈夫よ。フレデリックに対してできたんだから、それに比べたらラクショーでしょ?』
あんまりな言い様に飛鳥は思わず小さく噴き出す。
「それじゃあ、フレデリックとは会話が難しいみたいな言いぐさじゃないか」
『あら彼ったら【めんどくせえ】とか【御託はいらねえ】っていっつも強引なやり方をするんだもの。難しいのは確かじゃない?』
「それは……」
実際そうだったな、と思ってしまって飛鳥は思わず口をつぐんでしまった。
そんな沈黙をおかしく感じたのか、ジャック・オーは電話越しにくすくすと笑う。
『だから大丈夫よ。飛鳥君は飛鳥君なりに、何かをやってみたら? ダメなら私達がフォローするし。その為のチーム、でしょ?』
ジャック・オーの激励に飛鳥は先ほどまで慌てていた自分が急に情けなく思えてきた。
何を迷っていたのか。言葉にしてみろ、それで足りなければぶつかってみればいい。そうウヅキに伝えたのは自分ではなかったか。
「ありがとう、ジャック・オー。世話をかけたね」
『どういたしまして。お礼はあとで要求するから。じゃあ!』
「えっ、ちょ……切れた……」
お礼、という何とも不穏な言葉を残してジャック・オーは飛鳥の返答を待たずに通信を終了した。
またジャック・オーに世話をかけてしまったので、何かしらのお礼はしなくてはならないが……いったいどんなものを要求されるのだろう。
せめて自分が用意できるような物であればいいのだけれど。
そこまで考えて、飛鳥は小さくかぶりを振ってウヅキの方へと向き直る。
「……ジャック先生は、なんて?」
「僕の好きなようにやればいい、だってさ」
「……うん?」
「まあ、要するに僕もパトロールについて行くってことさ」
突然の飛鳥の同行発言に理解が追い付かなかったのか、ウヅキがキョトンとした顔をする。
そんな彼女を飛鳥は真っすぐと見据えた。
「僕はきっと、もっと知らなければいけないんだ。本からじゃ分からない、
「飛鳥先生……」
「だから、僕にも手伝わせてくれないかな」
そう言って、飛鳥は立ち上がりながらウヅキに向かって手を差し出す。
手を差し出されたウヅキはまじまじと飛鳥の手を見てから、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべてその手を握り返した。
「ああ! よろしくな、先生!」
「うん。よろし……うぐっ……!?」
ほんの少し立ち方を調整しようと体重移動をして、足から立っていられないほどの鈍い痛みが走ってきたところで体中筋肉痛であることを思い出す。
そうして痛みにうずくまる飛鳥を見て、ウヅキは小さくため息を吐いた。
「……パトロールの同行はしばらく先かな、これ」
「す、すまない……」
何とも情けない飛鳥の謝罪がシャーレのオフィスに溶けて消えた。