「で、そういうわけだから受け入れ先になってくれる学校を探してるのよね」
「なるほど。事情は把握しました。ですが、やはり彼女達が犯した罪が消えることはありません。今すぐにというのは、やはり……」
僅かに申し訳なさそうに視線を伏せる七神リンを前に、ジャック・オーは柔らかい笑みを浮かべる。
「もちろんそれは私も、そしてウヅキちゃん達も分かっているわ。つまり、彼女達が善良な生徒足りえるということを証明すればいいんでしょう?」
「はい。それがちゃんと証明できたのなら、恐らく受け入れ先を探すのはそこまで難しくないのではと考えています」
「まあ、その辺はヴァルキューレや連邦生徒会と連携をしてパトロールに参加したり、何かしらの仕事を手伝わせたりしてもらおうかなって思ってるの。皆がどんな方向に進みたいか、そういうのを考えるいい機会にもなるでしょうしね」
各生徒に進路の選択の機会を与えるところまで見据えたジャック・オーの言葉にリンは僅かに目を見開き、それから口元を緩めた。
「……なるほど。先生の考えは分かりました。流石、というべきでしょうか」
「そう? 私は私が良いと思った考えをそのまま伝えただけなんだけどね」
「いえ。もし私が先生の立場であったとしても、私が考え付いたのは彼女達の汚名をそそぐ機会を与えるということまでです。様々な仕事を体験できる機会を用意することで、皆さんの進路の選択肢を増やす機会を与える、と言ったところまでは考え付かなかったでしょう」
不意にリンが窓の外へ視線を向けて、眉尻を落とす。
「連邦生徒会長がいなくなってから、私達連邦生徒会が行ってきたのは場当たり的に目の前の問題の解決をすることだけです。正直に言って、本来の役割を果たせているとは言えません」
「リンちゃん……」
「彼女が……連邦生徒会長がいなくなった。それだけでこの体たらくです。決して連邦生徒会の役員という立場にあぐらをかいていたつもりはありませんが……いかに私達がもろい組織だったのかというのを日々痛感するばかりですよ」
そう語るリンの横顔は暗く、奥歯を噛みしめているのがよく分かった。
そんな彼女を見て、ジャック・オーは考え込むように人差し指を頬に当ててからクスリと笑った。
「ねえリンちゃん、この後時間ある?」
「え……いえ、この後も業務が残って──」
「じゃあ、一緒にご飯食べに行きましょうか!」
「なっ、私の話を──」
僅かに目を吊り上げて抗議の声を上げるリンの手を引いて、ジャック・オーはサンクトゥムタワーの会議室から飛び出した。
しばらくは手を引くリンから抗議の言葉や、今どれだけ忙しい状況でいかに時間が貴重なものであるかをこんこんと説明されたものの、その全てをジャック・オーは笑って受け流す。
そうして二人がシラトリ区の街にまで出てくるころにはジャック・オーの説得は不可能だと悟ったのか、リンはため息とともに肩を落とすのみで小言を言うことをやめたのだった。
「……それにしても、意外でした」
それから少しして。
ファーストフード店のイートインスペースでジャック・オーと向かい合わせに座っていたリンがポテトを
その言葉に、ジャック・オーが大きく口を開けてハンバーガーにかぶりつこうとしたのを中断してリンの方を見る。
「何が意外だったの?」
「いえその、ジャック・オー先生はもっとその……格式ばったお店に行く方かと思っていたので」
リンの言葉に、ジャック・オーがキョトンとした表情を浮かべた後クスクスと笑う。
「あら、私がテーブルマナーってガラに見えたの?」
「まあその、はい」
若干バツが悪そうに視線を逸らしながら、リンもトレーに置いてあったハンバーガーを手に取った。
小さく口を開けてハンバーガーを上品に食べるリンを見て、ジャック・オーは薄く笑ってから自分もハンバーガーにかぶりつく。
そうしてお互いに何かを話すこともなく、黙々と食事を食べ続ける。
やがてトレーの上がバーガーの包み紙と、空のポテトパッケージだけになった頃。
ジャック・オーが満足げに椅子の背もたれに体を預けた。
「あ~! 美味しかった! リンちゃんは? ハンバーガー美味しかった?」
「え、ええ……ファーストフードなんて久しぶりに食べました。…………」
不意に、リンが黙り込む。
そのままどのくらいの時が経っただろう。数分か、あるいは数十分か。
ジャック・オーはややうつむき気味に黙り込んだリンが口を開くのをジュースを飲みながらじっと待つ。
そして、不意にリンがぽつりと呟いた。
「先生を見てると、あの人を──連邦生徒会長を思い出します」
「行方不明の?」
ジャック・オーの言葉に、リンは小さく頷く。
それから、顔を窓の外へ向けて語り始めた。
「素晴らしい人です。私なんか足元にも及ばない位の。私はこんな性格ですから、周囲から好かれるどころか敬遠されることの方が多かったのですが……彼女は、連邦生徒会長はそんなことなどお構いなしに私の傍までやってきました」
窓の外を見つめながら語るリンが過去を懐かしむように目を細める。
けれど、その目は懐かしい思い出を語るというには不安や悲しみといった暗い色が強く出ていた。
「生徒会長のようになれたら、と思う反面それが無理だということも分かっていました。それくらい、彼女の能力も人徳も高かったんです。だから、私は彼女を支えられるように努力をしました。隣に立つことが叶わないのなら、せめて彼女の後ろから支えられればと。ですが、彼女はいなくなり……ご覧の有様です」
そこまで言って、リンはジャック・オーの方へ向き直りながら自嘲した。
余りにも弱弱しい笑みだった。笑みこそ浮かべてはいるものの、今にも泣きそうな顔と言われたっておかしくはない位に。
「私は、間違ってしまったんでしょうか。私にも、生徒会長のような能力と人徳があれば……キヴォトスがこんな混乱に陥ることも、アビドスのことだって事前に防げたのでしょうか」
そうして、リンは深く息を吐きながら軽く俯く。
小さく嗚咽してるわけでも、涙を流してるわけでもない。けれど、ジャック・オーには彼女が泣いているように見えた。
だから、ジャック・オーはその手を伸ばしてリンの頬にそっと添える。
それに驚いたのか、リンはピクリと体を小さく震わせた。
「大丈夫。リンちゃんは間違ってないわ。……って言っても、貴女はきっと納得しないんでしょうね」
「それは……」
図星を指されたのか、リンはバツが悪そうにジャック・オーから視線を逸らす。
そんな彼女にジャック・オーはクスリと笑って語り始めた。
「確かに、その連邦生徒会長さんがいれば今のキヴォトスはもっと安定していたのかもね」
「っ……」
軽い口調でジャック・オーの口から飛び出した、容赦のない言葉にリンが唇の端を噛む。
そんな彼女を見ながらも、ジャック・オーは話を続けた。
「でも、もしかしたら彼女がいても結果は同じだったかもしれない」
「いえ……そんなことはありませんよ」
「どうして?」
リンの否定の言葉に何故と問えば、そんな言葉など予想だにしなかったのかリンの目が驚きに見開かれる。
それから、困ったように眉をひそめた。
「どうしてって……さっきの話したじゃないですか。生徒会長は──」
「リンちゃんよりもよっぽど優秀だった、でしょ?」
「…………」
改めて突き付けられた事実に、リンの表情がさらに暗くなるがジャック・オーはそれに構うことなく明るく彼女へ話しかけた。
「でも、彼女がいたらもっと別の問題が起こっていたかもしれない。連邦生徒会長ちゃんがいないことが、イコールで貴女の過ちや実力不足を証明するものではないわ」
「それは……ですがっ──!?」
ジャック・オーの言葉を受け入れることが出来ないのか、なおも食い下がるリンを遮るようにジャック・オーは指先を彼女の唇にそっと押し当てる。
「それに、どれだけ仮定の話を積み重ねたって……今のキヴォトスを支えているのはリンちゃん。貴女を含む、連邦生徒会の皆でしょう? 他の皆までは把握しきれていないけれど、少なくともリンちゃんが頑張っているのはこの短い間でも十分わかってるつもりよ? ここに来たばかりの私達も、リンちゃんにはだいぶ助けられたし。だから、その努力は私が肯定するわ」
ジャック・オーの言葉にリンは再び目を見開いて、それからゆっくりと目を閉じて息を吐いた。
「先生。……実は、先生はジャック・オーさんという偽りの身分でキヴォトスに来た連邦生徒会長だったりしませんか」
「あら、もしかして私そんなに生徒会長ちゃんとそっくりなの?」
「いえ……声も姿も全く違います。でも……先生の使う言葉が余りにもそっくりなものですから」
「なら、会える日が来たら仲良くなれるわね!」
そう言ってジャック・オーが笑えば、リンもつられて薄く笑った。
「そうですね。きっと、生徒会長も喜びます」
「あ、リンちゃん今日初めて笑ったわね!」
「っ! ……き、気のせいです」
自分が笑みを浮かべていることに自覚がなかったのか、ジャック・オーの指摘にリンはすぐにいつもの硬い表情へと戻る。
けれど、雪のように白い頬をほんの僅かに桜色に染めていることからそれが照れ隠しであることはすぐに分かった。
「こほん! そ、そろそろ連邦生徒会へ戻らなくては」
「そうね。結構付き合って貰っちゃったし、送っていくわ」
「いえ、そこまでしていただくわけには……」
「まあまあ、そう言わずに!」
そうして、トレーを返却口に返したジャック・オーは来た時とは反対にリンの背中を押すようにしてファーストフード店を後にした。
リンは来た時と同じように困ったような表情をしていたが、それでもほんの少しだけ来た時よりもスッキリしたような顔つきになっていることにジャック・オーは内心で安堵する。
そして同時に認識を改めた。
自分が手を差し伸べるべき相手はヘルメット団の子達だけではない。リンもまた、そんな子供の一人なのだと。
きっと、これからもそういう子供と出会うことが増えるだろう。
その全てを余さず取ることはきっとできない。
今のジャック・オーはただの人間だ。けれど、神にも近しい存在だった頃にだってそんなこと出来やしないだろう。
それでも。
それは、手を伸ばさない理由にはならない。
ジャック・オーの
愛する男が、そうやって自分を救ってくれたように。
「リンちゃん」
「なんでしょうか」
「私も頑張るわ。貴女達が笑って生きていけるように」
「……はい。
そんな二人の背中を押すように、二人の後ろからさわやかなそよ風が吹いた。
よく晴れた、心地の良い昼下がりだった。
なんか予定から大分違う内容になりました。
リンちゃんが勝手に動いたんや。
更新ペースについては引き続きゆったりめでやるつもりです。
調子が良ければまた近々更新できるかも、くらいで。