BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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ロッカーボーイとヘヴィメタガール

 フレデリックは上機嫌な足取りでキヴォトスの商店街を歩いていた。

 何故なら、今日はフレデリックがキヴォトスに来てから初めての休日だからだ。

 故に、フレデリックはかねてからずっとやろうと思っていたことを実行しようとこうして商店街へとやってきていた。

 人混み、というにはやや空いている程度の道を他の通行人のことなどほとんど目に入っていないようにズンズンと歩く。

 けれどそのガタイの良さと人相の悪さも相まってか、かのモーセが海を割った時のように通行人の方がフレデリックを避けるよう道を空けていたおかげで誰かとぶつかるなんてトラブルは起きなかった。

 そんな快適な行脚を続けている時だった。不意に、フレデリックの意識を引く声が耳に届いた。

 

「だから、私は何もやってないって」

「嘘吐くな! そんな怪しい見た目で……こんな場所をうろついて、何か用事でもあるのか?」

 

 一つは聞き覚えのある少女の声。もう一つは聞いたことのないやや機械的な声だ。

 声のした方へフレデリックが目をやれば、大通りから少し外れた裏路地の入口でカヨコが警察らしき制服に身を包んだ大人と話している姿が見える。

 先程の言葉から推測して、何やらトラブルに巻き込まれているのは確かなようだった。

 カヨコは便利屋、ひいてはこれまでフレデリックが出会ったキヴォトスの生徒の中でも上から数えた方が早いほどしっかりした生徒だ。この程度のトラブルなど、きっと一人でも対処できるだろう。

 そう考えてその場を立ち去ろうとフレデリックがカヨコから視線を外そうとした時、ちょうど彼女と目が合った。

 驚きと、それからほんの僅かばかりの助けを求めているような困った視線がフレデリックの足をその場に()い留める。

 助けを請われたのなら、”先生”として見過ごすわけにもいかない。

 小さくため息を吐きながら、フレデリックはカヨコと警察官の傍に歩み寄って行った。

 

「とりあえず学生証を出しなさい、身元確認をするから」

 

 フレデリックが二人のすぐ後ろにまで近づいた時、警察官がそう言ってカヨコに詰め寄ったところだった。

 

「おい、ちょっといいか」

「はい? 今忙しい──ヒュッ」

 

 どこか忌々しそうな態度をにじませながらこちらに振り返った警察官は、フレデリックの姿を見て息を呑んで動きを止める。

 機械人間だろうにそんな機能まであるのか、とあんまりなリアクションからは目を逸らすようにそんな取り留めのないことを考えながらフレデリックはシャーレの身分証を出そうと懐のポケットをまさぐる。

 それが一体どういう誤解を招いたのか。警察官は大きく後ろにステップを踏んでフレデリックとカヨコから距離を取るとへっぴり腰の状態で構えをとった。

 

「や、やはりお前達ここで何かをするつもりだったな!? だが、私の目が黒い内はこの街でそんなことをさせるものか!」

 

 膝は震え、腰も引けているせいで何とも格好のついていない決め台詞を吐き捨てる警察官に、フレデリックとカヨコは思わず顔を見合わせる。

 とりあえずは、この誤解を解かなければならない。フレデリックは瞬時にアイコンタクトでその意思をカヨコに伝え、カヨコもまたそれに気づいてくれたようで小さく頷いてくれた。

 

「ねえ、ちょっと落ち着いて。この人はシャーレの先生だよ」

 

 フレデリックがジャケットの内ポケットに入れてある身分証を取ろうとしている間にカヨコが警察官をなだめるように声をかける。

 けれど、警察官の方はと言えば震える手つきで腰のホルスターへと手を伸ばしながら目を吊り上げた。

 

「嘘を吐け! そんな人相が悪い男がこんな裏路地にわざわざ立ち寄るなど、どう考えても何か後ろ暗い目的で来たに決まっているだろう! 子供まで使って、なんて恥知らずな!!」

「おい、随分言ってくれるじゃねえか。オラ、身分証だ」

 

 懐からようやく首掛けストラップのケースに入った身分証を取り出したフレデリックが、ちゃんとそれを見えるように警察官の前にぶら下げる。

 ホルスターの拳銃に指をかけながら、警察官は目を細めながらフレデリックの身分証をじっと見つめた。

 そして、ようやく納得したのか拳銃から手を離して、今度はまるでフレデリックにこびへつらう様にへこへこし始めた。

 

「い、いやあ失礼いたしました……こ、この辺りも最近少し犯罪の件数が増えていましたからパトロールを強化しているところでして……へへ」

「納得してもらえたようで何よりだ。それで? 最近の警察は相手のツラで補導対象を決めてるのか?」

 

 フレデリックの鋭い言葉に、警察官が言葉を詰まらせる。

 視線をカヨコとフレデリックの間で何往復かした後、彼はスッと背筋を伸ばして敬礼のポーズをとった。

 

「本官は制服も身に着けずこんな薄暗い路地でしゃがみ込んでいる生徒を見た為、何か犯罪行為に加担しているのではないかと話を聞いていただけであります!」

「話を聞く? その割には随分と一方通行な会話だったようだが」

「生徒の中には下手に出ると調子に乗って話を聞かない子もいますので……!」

 

 警察官の言葉にフレデリックは思わず眉をひそめた。

 確かに、キヴォトスの生徒達はその体に見合わない超人的な力を持っている。その力で自ら日銭を稼ぐようなことすらも出来るこの学園都市において、若さも相まって増長する子供が出てくるのは想像に(かた)くない。

 そういう事情も(かんが)みれば、決してこの街の愛すべき隣人たろうとしてるのかもしれない警察官の対応も間違いとは言い切れなかった。

 故にフレデリックはカヨコに事実確認をすることにした。

 

「で、実際お前はこんなところで何をやってたんだ?」

「え……っと、それ、は……」

 

 フレデリックからの急なパスに、カヨコはかなり迷ったような表情を浮かべる。

 その様子にやはり何か後ろ暗いことを、と声を上げてこちらへ歩いてこようとした警察官をフレデリックが思い切り睨みつける。

 それだけで、警察官はぎこちない動きと共に一方後ろへと下がった。

 そんな様子を見て、カヨコは観念したようにため息を吐いてから口を開く。

 

「野良猫に、エサをやってたの。警察が来て、すぐ逃げちゃったけど。……さっき私がしゃがんでたところ。そこに猫缶あるから。何ならレシートも見せていい」

 

 カヨコの言葉を受けて、警察官が言われた場所を確認しに行く。

 そして彼女の言葉が事実であることを確認した警察官は、どこかホッとしたように息を吐いた。

 

「嘘は吐いてないようですね。なら、これ以上時間を取らせることもありません。ただし、アナタは勘違いされるような行動は慎みなさい」

 

 そう言って改めて二人に向かって敬礼をした警察官は、その場を立ち去った。

 その後ろ姿が見えなくなるまで彼を見送った後、カヨコが大きくため息を吐く。

 

「ありがとう。助かったよフレデリック先生」

「気にするな。困ってたんだろ」

「まあ……」

 

 フレデリックの言葉にカヨコはどこか遠くを見るように目を細めた。

 

「でも、こうやって不審者に間違えられるのはよくあることなんだ。私、見ての通り怖い顔立ちしてるから」

 

 そこまで言って、突然カヨコはクスクスと笑い出した。

 一体何がおかしいのかとフレデリックが彼女を見やれば、カヨコはふわりと微笑む。

 

「私、ずっとこの怖い顔立ちが面倒だと思ってたんだけどさ。なんかそんなことで悩んでるのがバカバカしくなっちゃった」

「まあ、整形でもしない限りツラの形は変えられねえからな。悩むだけ無駄なのは確かだ」

 

 フレデリックの相槌にカヨコは笑いながら小さく首を横に振った。

 

「いや、そうじゃなくてさ。だって、怖い顔立ちのせいであんな酷い勘違いされる人がいるんだって分かったら、いつも私が受けてる扱いなんて可愛いものだなって」

 

 カヨコの言う”酷い勘違い”が先程フレデリックが警察官に言われていた見当違いの言葉であることは明白だった。

 そのことにフレデリックは露骨に唇をへの字に曲げた。

 それを見てカヨコがまたもクスクスと笑う。

 

「なんか、先生のそういう顔を見るのは新鮮だね。今までもっと……不敵に笑ってる印象があったから」

「どんな役者だってオフの日はある。今日は仕事だとか役割だとかそういう面倒なもんを全部留守番させる日だ」

 

 ため息を吐きながらそう答えれば、カヨコははたと何かを思い出したかのような表情を浮かべる。

 

「そう言えば、先生はどうしてこんな所に居たの?」

「ん? ああ、この辺りにレコードショップがあるって聞いてな。どんなもんがあるのか見に行くつもりだ」

 

 フレデリックの言葉に、カヨコが僅かに目を見開く。

 

「へえ……! 先生、もしかして音楽とか結構聴くの? もし嫌じゃなかったら、一緒に行っても良い?」

「好きにしろ。そうだな……折角だしカヨコ。お前のおススメとかがあれば教えてくれ」

 

 目当てのレコードショップへ向かって歩き出しながらフレデリックがカヨコにそう答えれば、カヨコは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後年相応の嬉しそうな顔をしてフレデリックの後を付いてきた。

 

「私のおススメで良ければ是非。じゃあ、まず先生ってどんな音楽聞くか教えて?」

「ロックだな。音楽と言えば、俺はアレが一番だ」

「あ、なんかイメージ通りかも。いいよねロック」

「カヨコはどういう音楽を聴くんだ?」

「私はロックの中でもヘヴィメタルをよく聴くかな。好きなバンドがヘヴィメタやってるってのもあるんだけど」

「ほう。お前中々イケるクチか」

 

 それからフレデリックはカヨコとそれぞれの音楽観や好きな音楽性について語り合った。

 ともにロック系統が好きなのもあって、話題は尽きなかった。そしてそれは、二人がレコードショップについても変わらなかった。

 キヴォトスに来てから、フレデリックが好んで聴いてたバンドなどは存在していないことを確認していた為自分好みの音楽が見つからないことも懸念していたフレデリックだったが、カヨコのおかげで無事琴線に触れるものと出会うことが出来た。

 更に幸運なことに訪れた店はアンティークショップをも兼ねていた為レコードプレイヤーも売っており、しかもカヨコ曰くそれなり以上に良いものであるとお墨付きを貰えるものだったため購入を即決。テキパキとレジでプレイヤーとレコード盤を配達する手続きを済ませた。

 生徒には出来ないであろう、大胆な買い物の仕方にカヨコは驚きと呆れ、それから同好の士を見つけられた喜びからか曖昧な笑みを浮かべていたのが印象的だった。

 とても良い買い物が出来たと柄にもなくホクホクとした顔──フレデリックを知らないものが見れば僅かに笑っているような気がする程度の笑み──で店を後にしたフレデリックはカヨコへと声をかけた。

 

「カヨコ、今日は助かった。おかげで良い買い物が出来た」

「いいよ、そんなに気にしないで。私も困ってるところ助けてもらったから、これで貸し借り無しってことで」

「ふ。ならそういうことにしておくか。俺はこのまま帰るが、お前はどうする?」

「んー、私も今日は帰ろうかな。久しぶりに音楽について話せて楽しかったし」

「そうか。一応今日は大通りを通って真っすぐ帰れよ」

 

 からかうように笑いながらフレデリックがそう言えば、カヨコは不満げに唇を尖らせた。

 

「もう。子ども扱いしないで」

「くっく。補導されねぇようになったら考えてやる。次はバレるなよ」

 

 そんなフレデリックの切り返しに何か言い返そうとして、けれど結局何も思いつかなかったのか苦虫でも噛み潰したみたいな渋い表情になる。

 やがて何を言っても子供扱いされることには違いないと結論付けたのか、カヨコは大きくため息を吐いた。

 

「はぁー……分かった。今日はこのまままっすぐ帰るよ」

「それがいい。ま、何か困ったことがあれば連絡しろ」

「先生こそ。また何か困ったことがあったら便利屋68をよろしくね」

 

 互いにそんな軽口を叩き合って、どちらともなく笑い合う。

 

「じゃあまたね、フレデリック先生」

「ああ。またなカヨコ」

 

 そうして二人は軽く手を上げて反対方向へと歩き出す。

 後日、シャーレに届けられたレコードプレイヤー一式に驚く飛鳥の姿と時折シャーレにふらっと立ち寄ってレコードを聴くカヨコの姿が見かけられるようになるがそれはまた別の話。

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