シャーレが当番制の手伝い募集を始めてから数日後の金曜日。
ようやく当番に立候補した生徒達の情報の整理とスケジュール調整も目途が立ち、次の週から早速この試みを始められることになった。
飛鳥、フレデリック、ジャック・オーそれぞれも自分の抱えているタスクが一段落着いたこともあって、久しぶりに三人で夕食を共にしようという話になった。
とはいえ、どこかに食べに行こうという気分でもなく。自然と出前を頼もうという話になり、飛鳥が出前を、ジャック・オーがシャーレ居住区にあるエンジェル24へアルコール類を買いに行った。
フレデリックは声も顔も強面すぎて外向けの対応に向かないということで何の役割も与えられなかったが、当の本人はこれ幸いとオフィスの一画を占領してジャンクヤード・ドッグの分解整備を始めていた。
そんなこんなでジャック・オーがアルコール類やソフトドリンク、おつまみをサーヴァントにも持たせて大量に買い込んで来た辺りでフレデリックも作業を中断し、出前を待ちながら三人はのんびりと会話を楽しんでいた。
「それにしても……色々あったわねー」
「本当にね。……二人には申し訳ないことをしたよ。せっかく隠居生活を楽しんでいたのに」
「ま、起きちまったことは仕方ねェ。それに、ケイオスのこともある。今更全部放り出して帰るってわけにも行かないだろ」
飛鳥の懺悔に何ともないと言わんばかりに御つまみを頬張りながら、フレデリックがコップに酒を注いで笑った。
そんな親友の変わらない姿に、飛鳥はほんの少しだけ肩の力を抜いて笑みを浮かべる。
ちょうどその時だった。
「そうそう。失敗したことそれ自体より、いかに次へとつなげるか。そっちの方を考えろとも教えただろう?」
テーブルを囲む三人の物ではない、青白い腕が乳
瞬間、三人の表情一気に険しくなって手が伸びてきた方向を全員が睨みつける。
フレデリックに至っては、既に右手を握りしめてその手に炎をまとわせてすらいる。
だが、そんな彼の様子を見て招かれざる客は──ハッピーケイオスはブンブンと顔の前で両手を振ってからホールドアップの姿勢を取った。
「待った待った。今日は君達とやり合うつもりはないんだ」
「今日”は”ってことは、明日以降は何かやらかすつもりってことだよな?」
フレデリックの右手の炎が一際大きく燃え上がる。
けれど、ケイオスはそんなフレデリックを前にしても飄々とした態度を崩さなかった。
「ソル、折角の週末なんだ。週末位、壁に穴のない生活をするべきだとは思わないかい?」
「テメェが大人しく捕まるってんなら、俺ももう少し大人しい面を見せてやってもいいがな」
「酷いなあ。僕をそんなに悪者にしたいのかい?」
「ガキを誘拐する手引きをしておいて、何寝ぼけたこと言ってやがる」
フレデリックが弓を引くように拳を引き絞り、いつでもケイオスの顔面にソレをぶち込める体勢をとる。
にもかかわらず、ケイオスは指をパチリと鳴らして愉快そうに笑いだした。
「そう! 今日はそのことのお礼を言いに来たんだよ!」
ケイオスのお礼という言葉に、その場の全員が怪訝そうな表情になる。
フレデリックもまた、わずかに拳を握る力が緩んでいた。
「お礼、ですか。師匠、それは僕達がアビドス高校の問題解決に尽力したことへの、でしょうか」
飛鳥の問いかけに、ケイオスは笑みを崩さずに首を横に振った。
「んー、ちょっと違う。まあサービスだ。今日は素直に答えようか。アビドス高校にまつわるあれこれ、そしてカイザーPMCとの戦い……実にいい”ドラマ”を見させてもらったよ。今日はそのお礼に来たんだ」
「チッ……また”ドラマ”か」
露骨に不機嫌そうな表情で舌打ちをするフレデリックへどこ吹く風といった様子で視線を送りながらにやついた笑みのまま、ケイオスは話を続ける。
「そういうわけだからさ、ご褒美をあげないとと思ってね。渡しに来たんだ」
そう言ってケイオスはパチリと指を鳴らす。それと同時に、飛鳥の懐から”始まりの書”がふわりと浮かび上がってぱらぱらとページがめくられ始めた。
それを見たフレデリックが即座に床を蹴ってケイオスに肉薄する。
拳を振りかぶるのではなく、床を蹴った勢いでの
だが、フレデリックの膝がケイオスの顔面に突き刺さる直前、彼を包み込むように
展開されたシールドにフレデリックの膝が突き刺さった瞬間、まるでゴムに弾かれたかのようにフレデリックの体が後方へと押し戻される。
「チッ……!」
「ソル、落ち着きなよ。ご褒美だって言ったじゃないか」
「テメェがホワイトハウスで本を使って何をしたか、良く思い出してからモノを言え」
拳に炎をまとわせながらフレデリックが再度ケイオスに向かって跳躍する。
「バンディット──」
けれど、そんなフレデリックを制止したのは飛鳥だった。
「フレデリック、待って! 師匠、これは……!」
飛鳥の驚いた表情と声色に、フレデリックの右手から炎が消える。
そして宙を舞うフレデリックの足元に一瞬魔法陣を展開されたかと思えば、フレデリックは
怪訝そうな表情で飛鳥へ一瞬視線を送ってから、フレデリックは再びケイオスを睨みつける。
そんな彼の背後で、飛鳥は本を手に取って何かを読み取っていた。
何とも言えない、居心地の悪い静けさがオフィスの中を包み込む。だが、そんな時間もすぐに終わりを迎えた。
飛鳥の周囲にいくつかの魔法陣が展開され、さらに彼の耳元に通信法術も展開された。
「……やあ、聞こえるかい。”飛鳥”」
『随分と長い家出だったね”飛鳥”』
飛鳥の周囲に展開された魔法陣から聞こえてきた
「これって……」
同じく驚きに目を見開いていたジャック・オーのこぼした言葉を飛鳥が拾った。
「師匠がくれたのは、いわば僕達の世界の電話番号さ。これだけじゃ帰ることは出来ないけれど、それでも向こうと連絡を取ることは出来るようになった」
『世界を滅ぼしかけた魔王が、異世界に誘拐されるなんてね。流石の僕も焦ったよ』
「んふふ、まあこれがご褒美ってわけ。気に入ってくれたかな?」
愉快そうに笑うケイオスにフレデリックはあからさまに渋い顔を、ジャック・オーは複雑そうに唇を僅かに尖らせ、飛鳥は困ったように笑う。
それは、全員がハッピーケイオスという明確な危険因子からも足られた今回の”報酬”が自分達にとって非常に価値があるということを示すリアクションでもあった。
だからこそ、そんな三人の微妙な反応にもケイオスは満足そうに笑って手をひらひらとだらしなく振る。
「じゃあ、”次”も期待してるよ。シャーレの先生達」
そう言って、ケイオスの姿がその場から消える。まるで、最初からその場にいなかったように。
ただ、飛鳥のデスクの上に置かれた飲みかけのカ〇ピスだけが確かにその場にケイオスがいたことを証明していた。
『また師匠に振り回されているのかい?』
「どうかな。詳しい説明は後にするとして、師匠をこの世界に連れて来たのは僕達かもしれないんだ。そうだとすれば、振り回しているのは僕達の方かもしれない」
飛鳥の言葉に”飛鳥”*1は小さくため息を吐いた。
『……やはり、フレデリックがトラブルを引き寄せているんじゃないかな』
「おい、人を疫病神みたいに言うのを止めろ」
「私は良いわよ? トラブルも貴方の恋人みたいなものだし。ね?」
まあ、貴方の隣は渡さないけど。なんてちょっとだけ頬を赤く染めながら悪戯っぽく笑うジャック・オーにフレデリックが唇をへの字に曲げながら肩を落とす。
ちょうどその時だった。オフィスのチャイムが鳴り響き、来客を知らせた。
「”FOX EATS”でーす! ええっと……飛鳥、あーる? クロイツ様! お蕎麦とおいなりさん頼まれましたよね?」
明るく柔らかな声が扉の向こうから響いたのを聞いて、飛鳥が慌てたようにそちらへ向かう。
「ああ、っと。今行くよ!」
『蕎麦? おいなりさん? ……君達、違う世界に連れてかれたにしてはもしかして結構楽しんでたりするのかい?』
「ま、神だのギアだの元老院だのをぶちのめすよりは楽な仕事だしな」
「そんなこと言えるの、キヴォトスでも向こうでも貴方くらい……いや、カイ君もかしら」
『ハァ……』
フレデリックとジャック・オーのあっけらかんとした言葉に”飛鳥”はあからさまな溜息をついた。
『こっちは大騒ぎだったんだ。イリュリア連王や合衆国大統領からどうなってるんだってたくさん連絡が来るし』
「悪かったな。こっちもようやく今連絡が取れる状態になったところだ」
『もしかして、師匠が?』
「ええ。こっちに来て良いドラマを見せてくれたご褒美にって、そっちへの電話番号をくれたのよ」
『世界を跨ぐともなれば、相互通信を行うにしても正確な情報が必要になるからね。”本”でその情報を調べるにしたって、”調べ方”が分からなければ探りようもない。師匠に、その調べ方を教わったってところか』
”飛鳥”の言葉にフレデリックが顔をしかめて、不満をあらわにする。
「そもそも、野郎が話をややこしくしやがったおかげでこっちは大変だったんだ。今度会ったら慰謝料でも要求するべきじゃねえか?」
「まあまあ。そうは言うけど、師匠が僕達のことを助けてくれたのは事実だ。こうして”僕”と連絡が付いたのだって、元の世界へ帰るって目標へ大きく近づいたわけなんだし」
フレデリックをなだめるようなことを言いながら、飛鳥が届けられた蕎麦とおいなりさんの入ったビニール袋をもって二人のいるテーブルに戻ってきた。
飛鳥の言葉にそれでもフレデリックは納得がいかなさそうに唇をひん曲げた表情のままだった。
それを見てジャック・オーがクスクスと笑いだす。
そんな彼女の姿に、フレデリックが怪訝そうに目を細める。
「ジャック・オー、何がおかしい?」
「だって、そんなにケイオスのやったことに反発を覚えてるなんてよっぽどアビドスの時に知り合った生徒達が気に入ったみたいじゃない」
ジャック・オーの指摘に、フレデリックがハッとしたように僅かに目を見開いて、それからバツが悪そうに肩をすくめる。
『それじゃあ、食事をとりながらでいいから君達がこちらの世界の月から消えた後何があったのか。教えてもらえないかな』
「……しゃあねえな」
「そうだね。状況整理も兼ねて……」
「ノンノン! 飛鳥君、私達今日は金曜日だからゆったり羽を伸ばしながらご飯食べましょうって話だったでしょ! 状況整理じゃなくて、思い出話をしましょうよ」
頬を膨らませたジャック・オーの姿に若干気圧されるように上体を仰け反らせていた飛鳥は、けれど思い出話という言葉に頬を緩めてゆっくりと頷いた。
「そうだね。それじゃあ、時間もお酒もいっぱいあるんだし。これまでの”思い出”をたくさん、話そうか」
そうして、四人はテーブルを囲みながらゆったりとした雰囲気の中でぽつぽつとこれまでのことを語り始めた。
飛鳥がフレデリックを裏切ったあの日から離れ離れになっていたこれまでの時間を少しずつ埋めていくように。
その晩、シャーレオフィスの電気が消えることはなかった。