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ミレニアムへの誘い
「飛鳥先生、この……限定版・変形ロボット、10万円という領収書は一体何ですか!?」
早瀬ユウカは手に持ったレシートに印字された金額に目を剥いて声をあげていた。
つい先日、シャーレから公表された当番制のお手伝いの募集が来てからずっと今日という日を待ち望んでいたのだ。
連邦捜査部「シャーレ」。そこに三人の大人──先生達が来たあの日の恩返しがしたかったからだ。
アビドスの事件を解決するほどの手腕を持った大人。そんな人達が当番制で自分達生徒に手伝いを頼み始めた。
ならば今こそ出会ったあの日の恩返しをする時だと勇んで立候補し、こうして手伝いが始まる初日に予約を入れてオフィスに来てみれば、待っていたのはとても仕事に使うとは思えない高額なおもちゃのレシートだ。
「え? ああ、そう言えばフレデリックが『実にいいサンプルになりそうだから』と言って買っていたね」
飛鳥の言葉にユウカの眉間にしわが寄る。
フレデリックとは確か”シャーレの暴力教師”と呼ばれたガタイのいい先生だったはずだ。そんな人が、変形ロボットのおもちゃに10万円……? 壊して遊ぶなんてことでもするつもりなんだろうか。
なんて考えて、そんな曖昧な情報から相手の性格などを決めつけるなんて良くないことだとユウカは軽く頭を振る。
そして気を取り直すように次のレシートの内容に目を通し、やはりそこに記された金額に目を剥く羽目になった。
「じゃあ、この『レコードプレイヤー』8万円っていうのは!?」
「それはほら、そこにある奴だよ。フレデリックが音楽を聴くために買った奴だったかな。僕達も時々聴くのに使っている」
またフレデリック先生か。という言葉を何とか飲み込めたのは、飛鳥のフォローのおかげだろう。
購入した当人以外も使って、その恩恵に
それに、ユウカ自身音楽を聴くのはそれなりに好きだ。彼女はそこまでこだわったりしないけれど、一部の生徒は音楽を聴く際の機器には相当こだわるという話は時折聞く。
きっと、フレデリック先生もそういうこだわるタイプなんだろう。
何にせよ、次だ。次はもっと、平和そうなレシートでありますように。
そんな祈りをどこかへ捧げながら、ユウカは次のレシートを手に取った。
「そ、そうですか……えっと、ならこの『鍋、炊飯器、フライパン』とかの調理器具、しかもこれ割と最新の高級品だったような……の諸々が乗った13万円くらいのレシートは……?」
果たして祈りは通じなかったらしい。そもそも、明確な祈る相手を決めなかったのが悪かったのか。
そもそも、祈りなんて数値化できない不確かで非科学的なものにすがったのが間違いだった気がする。
なんて遠い目をするユウカに、飛鳥はくすりと笑いながら答えてくれた。
「ああ、ジャック・オーが料理の練習をする為にって買っていたよ。……練習の成果が出るのは、もう少し先かな」
何を作って食べさせられたのかは定かではないが、飛鳥が仄暗い目でややうつむいたその様子から決して楽しいばかりの食事にはならなかったことは明白だ。
ユウカはそっと心の中で飛鳥の胃が無事であることを祈った。
それはそれとしてレシートの取りまとめの続きをしようと手元へと視線を落とす。
そこに記された金額を見て、ユウカはまたも目を剥いた。
「なにこれっ!? 『センサー、ケーブル、小型ドローン』……とかなんか色々なものが記載されているこのながーいレシート、諸々30万円は一体何なんですか!?」
「ああ、それ僕の趣味のルーブ・ゴールドバーグ・マシンの部品だよ。建物に入ってからオフィスに来るまでの間、結構賑やかだっただろう?」
「えっ、あのなんか無駄に凝った演出とか全部飛鳥先生の趣味なんですか……?」
ユウカはシャーレに来た時のことを思い出す。
建物の中に入り、生徒証を入場ゲートにかざした時のことだ。
機械音声で自分の名前が読み上げられたと思いきや、機械音声がそのまま道案内を始めたのだ。
流石は大人が管理しているシャーレ、随分とハイテクなんだなあと思いながら音声に従って歩いて行けばユウカが通りかかったのに反応したかのように観葉植物へ水がやられ、軽くなったジョウロがおもりの役目を果たせなくなったことでジョウロの反対側に吊り上げられていた鉄球──ジャック・オー・ランタンみたいな模様がついていた──が掃除ロボットの電源を押した。
動き出したら掃除ロボットはどういう仕組みだかユウカの進路を邪魔することなく、けれどユウカが歩く方向へ向かいながら床を掃除し、やがてコツンと壁に当たってからそのまま反転してユウカの傍から去っていく。
掃除ロボットがその体をぶつけた場所はエレベーターの操作盤だった。結果としてユウカがボタンを押すこともなくエレベーターが呼ばれ、到着したユウカはこの一連の事象が偶然なのか、それとも仕組まれたものなのかを考察しながら体をエレベーターへと身体を滑り込ませた。
それからオフィスがある上階のボタンを押し、先ほどの偶然か必然かという疑問に答えを出そうと思考にふけった。
とはいえ所詮はエレベーターでの移動だ。あっという間に目的階へ到着してしまい、その思考は中断せざるを得なかった。
そして、そこでユウカはまた驚く。エレベーターを降りたユウカの前に小型ドローンが浮いていて『おはようございます、早瀬ユウカさん。シャーレオフィスはこちらになります』と道案内をし始めたのだ。
もはやこれは偶然などではない。シャーレの先生達はユウカの在籍しているミレニアムサイエンススクールにも引けを取らない技術を持っているのだと感動を覚えてオフィスまでやってきたのだった。
それが、趣味。
ユウカは思わず立ちくらみを起こしそうな気分になった。
何故って、ユウカの頭にある言葉がよぎったからだ。
もしかして、飛鳥先生……いや、シャーレの先生達ってエンジニア部の人達と同じタイプなんじゃ……? と。
だって自分の興味のあることにだったら高価なものであろうとためらわず購入してくる辺りとかそっくりじゃないか。しかもそれで無駄に凝って高性能なものを作り上げてくる辺りもあの部活の人達とそっくりだ。
さっきまであんなに先生にはミレニアムに来てほしかったはずなのに、急に不安になってきた。
いやいや、とユウカはそんな不安を振り払うように頭を軽く振る。
だって、手伝いをしようと意気揚々と来たのにもかかわらず実際はほとんど仕事もなくソファーに座ってのんびりするくらいしかユウカのやることはないのだ。あんまりにも暇だったから、無理を言って仕事の手伝いをさせてくれと頼み込み、ようやく割り振られたのがシャーレの先生達のプライベートでの支出の精算だった。
中身については……まあ、思い切りが良いものばかりで天を仰ぎたくなるものではあったが。計算が得意なユウカにとって、この程度子供のおつかいよりも簡単な仕事だ。
そんな調子なものだから拍子抜けというか、ガッカリというか。ここに来るまでの意気込みを返して欲しい、なんてワガママなことを考えてしまうくらいな状況ではあるのだが、それはつまり裏を返せばシャーレの先生達はそれだけ仕事をスムーズにかつ、計画的に進められる大人だということ。
そんな先生達がミレニアムに来てくれたら、しかも趣味であれほどの仕掛けを施せるくらいの技術と知識を持っているのなら。
それはきっと、ミレニアムにとっても非常に有意義な何かを得ることが出来るに違いないのだ。……
だとしても、何とか先生達にはミレニアムに遊びに来て欲しいとユウカは思うのだ。同じセミナーの生塩ノアのことも紹介したいし。
せっかくキヴォトスに来てくれたのだから、自校を知ってほしいというのは別におかしいことではないはずだ。
それに、先生にとっても悪い話ではない。ミレニアムとの交流が増えればそれだけ先生達をサポートすることも容易くなる。
決して一筋縄でいくような生徒ばかりとは言えないけれど、それでもミレニアムの技術力は確かなものだとユウカは胸を張って言える。
そう。だから、これは一種の業務提携みたいなものだ。
自分達が先生の日々の業務を手伝い、先生達には時折ミレニアムに来て息抜きとか意見交換をして貰う。
これはWin-Winの関係という奴なのだ。別にあわよくばセミナーに定期的に遊びに来て欲しいなんて下心はない。ないったらない。
そう自分に言い聞かせて、ユウカはスッと息を吸い込む。
頑張れ私、これくらいセミナーの仕事に比べたらラクショーよ。と心の中で唱えてから軽く咳払いをして声の調子を整える。
「あ、あの。飛鳥先生! ちょっとお時間いただけますか?」
「え? 早瀬さん、何かあったのかな?」
「あ、いえ。そんなに大した話ではないんですが……その。もしお時間があれば、ぜひ私達の学校に来ていただけたらなと思ってまして」
噛まずに言えたかな。変な顔になってないかな。自然に誘えたかな。
そんな言葉がユウカの頭の中に浮かんでは消えていく。
その間に飛鳥は作業をしていた手を止めてあごに手を当てて考え込むような姿勢を取っていた。
「早瀬さんの学校、というとミレニアムサイエンススクールだね。……何か困ったこととかでもあるのかい?」
「いえ! 全然そういうのじゃなくて、単にその。私達ミレニアムサイエンススクールは科学に特化した学校ですから、先生達にとってもいい刺激になると言いますか。私達の生徒にとっても先生達の知見はとてもいい刺激なるんじゃないかと言いますか……えっと。はい」
ああもう、どうしてこうもっと直球で言えないのかしら! と内心で自分の不甲斐なさに呆れながら、それでもやっぱり若い大人の男性を自分の庭のような場所に誘うということが思った以上に恥ずかしいというか難しいというか、そんな感覚に何とも言えない感覚でいっぱいになったユウカは視線を飛鳥から逸らした。
そんなユウカの耳に突如飛鳥の弾んだ声が飛び込んでくる。
「本当かい!? それは僕としても願ってもない提案だよ」
「え、あ、そ、そうなんですか?」
あの穏やかな飛鳥先生の大きな声にユウカが驚いてそちらの方へ勢いよく顔を向ければ、そこには興奮を隠しきれないといった様子の飛鳥が立ち上がってこちらを見ていた。
「キヴォトスに来てからミレニアム製の製品には度々触れる機会があってね。実際どれも良いものだったと思う。それに、僕達のいた場所とキヴォトスでは使われている技術にちょっと差異があってね。そういう意味ではミレニアム製の製品はそう言った差異の研究や考察に大いに役に立ったんだよ。だから、いつか機会があれば是非とも行ければと思っていたんだ」
早口になりすぎない、それなりに聞き取れる速度と口調ではあったものの、まくしたてるような勢いで一息にそう語った飛鳥の姿を見てユウカは自然と笑顔になっていくのが自分でも分かった。
「で、では後ほど日程の調整とかをしましょう! 私もおススメの場所とか色々リストアップしておきますから!」
「うん。ぜひお願いするよ」
そうして飛鳥達がミレニアムを訪れる日程を大まかに決めて、ユウカはウキウキとした様子を隠しきれずに寮に戻ることになるが、それを同室の生塩ノアにからかわれるのはまた別の話。
さらに、これがまさか自分をも巻き込んだ事件に発展することになるとはこの時のユウカには想像すらできなかったのだった。