「さあさあいらっしゃい飛鳥先生! ここが私達、ゲーム開発部の部室だよ!」
「お、お姉ちゃん!? 誰その人!?」
飛鳥の制止の声も空しく、腕でももがれるんじゃないかと思いたくなるほどの勢いでモモイに引きずられること数分。
飛鳥はモモイに連れられて……否、運ばれてゲーム開発部の部室へとたどり着いていた。
”部”というくらいなのだから部室にモモイ以外の部員がいるのは当たり前で、そして事前に連絡もせずに見ず知らずの大人を連れ込んだのだからモモイを姉と呼んだ少女の反応は至極当然のものと言えた。
だが、そのことをモモイに指摘するには肝心の飛鳥の体力が足りておらず。
結果として勝ち誇ったように胸を張るモモイとモモイが突然連れてきた飛鳥に警戒心と戸惑いをあらわにする少女、それから掠れた様な吐息を漏らしながらその場で崩れ落ちる飛鳥というカオスな空間が出来上がることになった。
「さ、才羽さん……こ、これからはもっと……て、手加減を……頼めるかな……」
「えー! だってあんなゆっくりしてたらユウカとノアに追いつかれちゃうんだから仕方ないじゃん!」
「いやだからお姉ちゃんその人誰!?」
飛鳥とモモイのやり取りに、もう一人の少女が耐えかねたように声を上げる。
何とか息が少しだけ整ってきた飛鳥が顔を上げると、そこにはモモイによく似た姿の少女が目を吊り上げてモモイを睨んでいた。
モモイと同じブロンドのショートヘアに猫耳型のヘッドホンカチューシャを身に付けた、けれどカチューシャやジャケットのフードの色が若緑色が特徴的なその少女は、モモイに比べたらいくらか落ち着きのある性格のようにも思える。
「聞いてミドリ! 私ね、廃部の危機を救える勇者──もといシャーレの先生を味方にしてきたよ!」
「味方にしてきた……っていうより拉致してきたの間違いじゃなくて?」
「そんなことない! 先生はテイルズ・サガ・クロニクルやってみたいって言ったもん! 私達の味方だよ!」
「えっ、ホント?」
モモイの言葉にミドリの目が僅かに輝きを増し、飛鳥の方へと向けられる。
今まで飛鳥が直に見たことがないようなその純粋無垢な瞳にどこか居心地の悪さを感じながらも、飛鳥はゆっくりと立ち上がって小さく頷く。
「僕はこれまでゲームというものにほとんど触れてこなくてね。キヴォトスではゲームと言えばどういうものが流行っているのかも知っておきたかったし、才羽さんはゲーム開発部でゲームを作ったと聞いていたからそういうのにも詳しいのかなと思ったんだ」
すると、途端にモモイとミドリの表情が硬くなった。また何か間違えたことを言ってしまったのだろうか、と飛鳥が首を僅かに横に傾けると同時にミドリがモモイの肩に腕を回して飛鳥から数歩距離を取りつつ背を向け、何やら内緒話をし出した。
「ちょっとお姉ちゃん! 先生にちゃんと私達はレトロゲーム専門って伝えたの!?」
「つ、伝える暇なかったんだって! セミナーの部室から命からがら二人で逃げてきたところで、こ、これからそれを言おうと思ってたんだけど……」
「うそでしょ……どうするの!? 先生、私達が流行の最先端にいるって思ってるっぽいよ!?」
「あ、ある意味では私達流行の最先端みたいなものだし……?」
「普通の意味じゃなきゃダメでしょこの場合! もぉー……ホントに大丈夫なのかなこれ……」
「だ、大丈夫だって! あのユウカの洗脳にも耐えきった先生なら、きっと何か名案を授けてくれるはずだよ!」
とても良く似た二人がこそこそと──全部飛鳥に丸聞こえだが──何かをやり取りしている様は、まるで小動物がじゃれ合っている光景を思い起こさせて飛鳥の心に僅かばかりの癒しを提供してくれた。
しかし、今はそれどころではない。飛鳥としても、モモイとミドリからいろいろと話を聞く必要があると感じていた。
「ねえ、その……あー……二人共?」
「ひゃい!? な、な、何でしょうか……?」
声をかけられたモモイとミドリの体が小さく跳ねて、錆び付いた蝶番が出す音が擬音として聞こえてきそうなくらいぎこちない動きでこちらを振り向いた。
まるで夜通し研究室にこもっているところをアリアにバレた学生時代のフレデリックみたいだな、なんて古い記憶を思い出して思わず笑みがこぼれる。
「そんな顔をしないでくれるかな。別に取って食べたりしないから」
「ほ、ホント? 私達のことを見捨てない?」
「見捨てるつもりならここに来る前に才羽さんの手を振りほどいているよ」
「そ、その……私達、ゲームの流行の最先端を追ってるんじゃなくて、どちらかというと古いゲーム……レトロゲームを遊んだり作ったりするのがメインなんです……」
「ちょ、ミドリ!?」
ミドリの告白にモモイが慌てたような表情でミドリの肩を掴むが、それに対して飛鳥は穏やかに微笑みながら頷いた。
「うん。全部聞こえていたよ」
「「え”っ」」
飛鳥の言葉に、二人が揃って声を上げて固まる。
しかし、固まったのもつかの間モモイが再起動を果たしてにっこりと笑う。
「なんだー! じゃあ先生も、もう私達の仲間ってことで良いんだよね!」
「ちょ、お姉ちゃん! またそうやって強引に話を進めようとして……!」
「仲間……」
モモイから投げつけられた”仲間”という言葉に、今度は飛鳥が面食らう番だった。
仲間と呼べる存在は、飛鳥=R=クロイツにはそれほどいない。そういう存在を作れるような立場ではなかったし、そんな余裕もなかった。
利害の一致から協力することは数多くあっても、腹を割って話せる仲間と呼べる存在などほんの一握りしか出来なかった。
少なくとも、飛鳥にとって仲間とはそういう存在のことを指していると考えている。
けれど、目の前の少女は自分達の味方をしてくれるというだけでこれだけ純粋に、そして真っすぐに飛鳥のことを”仲間”だといった。
その眩しいほどの真っすぐさに、飛鳥は眩しいものを感じずにはいられない。
モモイが世界を、人の悪意を知らないからと言えばそれまでだ。
「じゃあじゃあ、先生! 早速ゲームしようよ!」
「お姉ちゃん! 廃部をどうにかするっていう話の為に先生連れて来たんじゃないの!?」
「いーじゃんいーじゃん! ここでちょっと気分転換でもした方が、きっといい案が思い付くって! ほら、先生も入り口で突っ立ってないで早くこっち来てよ!」
「あ、うん。それじゃあお邪魔して……」
「もー……あ、先生。こっちへどうぞ」
それでもその眩しさは、きっと自分が望む未来に必要なものかもしれない。なんとなく、飛鳥はそんな気がした。
「えーっと、それじゃあどれからやる? 先生のリクエストを聞くのもいいけど……」
「僕は本当にこういうの分からないから、お任せするよ」
「だよねー。じゃあ『英雄神話』と『ファイナル・ファンタジア』と『アイズ・エターナル』とか……この辺からは?」
「お姉ちゃん! 先生はゲーム初心者なんだからもっとサクッと楽しめるやつ始めるのが一番だって! 『テトニス』とか!」
「えー。それミドリが勝ちたいだけじゃーん。……まあいっか。あんまり長く遊んでてもしょーがないし」
「じゃあ決まりね。先生、今からテトニスってゲームやりましょう。あ、これコントローラーです」
モモイの快活なそれとは対照的な穏やかな笑みを浮かべながら、そっとミドリがコントローラーを飛鳥に手渡してくる。
それは飛鳥にとって古臭く、それでいて未知の機械だった。
レバーのような円筒状の部分を握り、親指と人差し指、中指でそれぞれのボタンを操作できるような形をしたそれは非効率的で、なのになぜか握った時の感覚に違和感を覚えない。
左手側には十字状のボタンが、右側には〇×△□の四つが。そして両サイドを繋ぐような長方形にも見える部分にはSELECTと表記された長方形のボタンと、STARTと書かれた三角形を右に90度傾けたボタンが配置されている。
「これはなんとも……不思議な機械だね」
「えー? 確かにプライステーションはもう十何年も昔のゲーム機だから古臭いかもしれないけど、最近のゲーム機だってほとんどこんな形だよ?」
「先生、本当にゲームに触れてこなかったんですね……その、普段は何をしてるんですか?」
「え? 最近はシャーレの先生としての仕事と、後は興味のある機械とか技術を見たり触ったり……とかかな」
「へー。じゃあミレニアムは楽しいかもね! ここ、変なもの作ってる人たちいっぱいいるから!」
「確かに、エンジニア部の先輩とかは結構個性的なものを作ってる印象……かな」
モモイがプライステーションと呼んだ機械に入っていた円盤を取り出して、また別のパッケージに入っていた円盤と交換してからゲーム機を起動する。
そうしてゲームが起動するまでの間、飛鳥はモモイとミドリからミレニアムにある他の部活についてあれこれ聞いていた。
どの部活も飛鳥の興味をそそるような物を造っているらしく、いつか機会を作って必ず見て回ろうと飛鳥は内心で決心した。
「あ、起動したね。じゃあ……とりあえずバーサスモード選んでっと」
「え、ミドリ!? いきなり対戦やるの!?」
先程まで飛鳥がゲーム初心者なのだからと気を遣うような言動をしていたミドリの行動に、モモイが驚きをあらわにする。
しかし、当のミドリは一体何にそんなに驚いているのか分からないといった様子でコテンと首を傾けた。
「どうしたのお姉ちゃん? こういうのは実戦を踏まえながらやった方がすぐ頭に入るじゃん」
「いやいや……流石に操作の仕方もおぼつかない初心者の先生にその理屈は通らなくない?」
「大丈夫だよ。テトニス、使うのは十字キーと〇ボタンか×ボタンの三つだけだもん。すぐ慣れるって」
「……やっぱり自分が勝ちたいだけじゃん」
ボソッと呟かれたモモイの言葉にミドリの目がスッと細められ、ムッとした表情へと変わった。
「そういうお姉ちゃんだって、自分が負けても言いように先生にやり方教えて代わりに勝ってもらいたいだけじゃないの!?」
「な、なにおう!? 妹とは言えその不遜な物言い、許されないよ!」
さっきまで仲良さげにしていたはずなのに、突然喧嘩腰になった二人を前にして飛鳥はただただオロオロするばかりだ。
二人とも、飛鳥を挟む形で喧嘩をしているからその音圧で目が回りそうになる。
こういう時、一体どうしたらいいのだろう。
(助けて、フレデリック! ジャック・オー!)
思わず心の内で世界で一番頼りになる親友達に助けを求めてみる。
すると、頭の中で声が聞こえてきた気がした。
──あ? めんどくせえな。好きにやらせとけ。あんまりやかましいってんなら適当に美味いもん食わせるなり、相手してやってダマらせりゃいいだろ
(うん。フレデリックならきっとこう言うかな。でも、美味しいものは持ってないし才羽さん達を相手にするにしたってどうしたらいいか分からないから困っているんだ)
飛鳥の脳内フレデリックの案は保留だった。というか、一番知りたいところが出てこないので実行のしようがない。
──え? それならいっそ外野として喧嘩をけしかけて盛り上げ役に徹してみるとかどうかしら。勝った方にご褒美をあげるとか言ったら、今後も切磋琢磨するきっかけになっていいかもしれないわよ。あ、勿論ズルは禁止させてね。
(も、盛り上げるって……僕は今この状況を収めたいんだけどな。それに、ご褒美と言ったってこの年頃の女の子の好きなものっていうのが僕には分からないし……)
飛鳥の脳内ジャック・オーの案も保留だ。こちらもフレデリックの時と同様、明確な解となるものは出て来ておらずに困る。
そこまで考えて、飛鳥は思わず天を仰いだ。脳内の二人を出力したところで、結局それは飛鳥の中の二人なのだから飛鳥の知り得ない答えが出てくるはずもない。
つまり、これは完全な時間の無駄だったということだ。
「ていうかさ、もう先生にソロモードでどこまで行けるか頑張ってもらおうよ! 私達が後ろから教えれば、きっとすぐに最終面までいけるって!」
「あ、それいいかも。慣れてきたらそのまま対戦にも行けるし、もしかしたら私達じゃ思いつかない攻略方法とか見せてくれるかもしれないし」
「……え?」
飛鳥が脳内ギアプロジェクトミーティングをしている間に、モモイとミドリはいつのまにか仲直りしていた。
それだけではなく、どこか期待を込めた瞳で二人が自分のことを見つめている。
「え?」
「先生! 私達が教えるから、テトニス一回やってみよう!」
「大丈夫です。操作も簡単ですし、分かんなかったらポーズしてくれたら私達でゆっくり教えますから」
「さあさあ! 先生早く始めよ!」
催促するようにモモイとミドリがずいっと顔を飛鳥に近づけてくるが、その距離実に20㎝と言ったところか。
女性とそれらしい付き合いをしてこなかった飛鳥にとって、はるかに年下とは言えども女性からこんなにも詰められるという事態に思わず上体を仰け反らせずにはいられなかった。
そんな飛鳥の心を知ってか知らずか、二人は目をキラキラと輝かせながら早く早くと飛鳥にテトニスのプレイをねだる。
流石の飛鳥でもこの状況から抜け出す手段はすぐに思い付いた。
それは。
「わ、分かった。が、頑張ってみるよ」
テトニスをプレイすることだ。
ギアメーカー、あの男、魔王。様々な名で呼ばれた世界最悪の大罪人だった男は、こうして新たな試練に立ち向かうこととなった。