かつてはそれなり以上に発展していたのであろう、高層ビルも人の手という守護を失えばこうもなる。それはキヴォトスにおいても例外ではない。
腰と足裏に走る鈍い痛みから目を逸らすように、飛鳥は廃墟となったそれらを見上げながらそんなことを考えていた。
風雨にさらされ、人間のメンテナンスも行われなくなって久しい建物群にその姿を完全に保つことなどできるはずもなく、けれど飛鳥達はそのおかげで身を隠すことが出来ていた。
いくつかの金属製のフレームが地面を踏みしめる……否、踏みつける重たい音が飛鳥、モモイ、ミドリの三人が隠れた瓦礫の前で止まった。
時折電子的なやり取りをしているのか、足音とは別にか細い電子音が風に運ばれて飛鳥達の耳にも届く。
そのやり取りは異常がないことを互いに確認し合うものだったのか、やがてその重たい足音は飛鳥達が隠れている瓦礫の前から遠ざかって行った。
「……どうやら、行ったようだね」
「よし、じゃあ行こう」
瓦礫を乗り越えようと手をかけたモモイに待ったをかけたのはミドリだった。
「よし、じゃない! 一体ここは何!? あんな謎のロボットが、数えきれないぐらい動き回っているし!」
決して大きくはない声で、けれど全身で不本意さを示すようにロボット達が消えていったであろう方向へブンブンと指をさすミドリにモモイは呆れたように眉尻を落とす。
「なにって、もう何回も言ってるじゃん。『廃墟』だよ」
そう。飛鳥達は今、出入りが禁じられているはずの地へと足を踏み入れていた。
周囲を警戒しながら歩くこと数分。何度目かのロボットの巡回の目をかいくぐったことを確認したモモイが、安どのため息をこぼした。
「出入り禁止の区域っていうからまあ、ある程度の危険は覚悟してたけど。いやあ、ひやひやするね……」
「あのロボット、一体なんだろ……? ううん、それより……あんなのがいくつも徘徊してるこの『廃墟』って……一体何なの?」
ミドリの問いかけにモモイはうーん、と唸り声をあげた。
「私もヴェリタスからちょっと聞いただけだから、分からないことだらけなんだけど……確か、元々ここの出入りを制限して、存在自体をできるだけ隠そうとしてたのは、連邦生徒会長だったんだって」
「連邦生徒会長……僕達を呼んだ生徒だね」
「それと、キヴォトスの生徒会長たちの頂点にいたのに、突然いなくなっちゃった人だよね?」
飛鳥とミドリの言葉にモモイは頷く。
「そう。あの人がいなくなってから連邦生徒会の兵力も撤収しちゃって、そのまま放置……まあつまり警備もなくなったわけでね。それに加えてヴェリタスの助けも得られたから、こうしてこの場所に来られたってわけ! それでね、ヒマリ先輩によると、ここは……えっと……」
ヒマリという生徒に言われた言葉を思い出そうと、モモイがその足を止めて両方の人差し指をこめかみに突き立ててうんうん唸りだす。
やがて思い出したのか、パッと目を開いて腰に手を当て胸を反らしながら続きの言葉を紡いだ。
「『キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所なのかもしれない』、だ! 確かそう言ってたんだよね」
「ヒマリ先輩って……ヴェリタスのあの、車椅子に乗った美人のヒマリ先輩? いつもRPGの賢者みたいに『私は何でも知ってますよ』って感じのヒマリ先輩が、『かもしれない』って言葉を使うのも珍しいね……それくらい、未知の世界なんだ」
モモイの言葉にどこか感心したかのように呟いたミドリの顔は、しかし次の瞬間には信じられないものを見るような目でモモイを睨みつけた。
「まさかとは思うけど……お姉ちゃんが『ここにG.Bibleがある』って言ったのは、『キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる』って聞いたから!? そ、それだけの理由でこんなところに!?」
ミドリの糾弾に答えたのは飛鳥だった。
「いや、もっと具体的なソースはあるよ。モモイさんと一緒に僕もヴェリタスに行ったんだけど、彼女達はG.Bibleの座標を特定してくれたんだ」
「座標……って。G.Bibleって『最高のゲームを作れる秘密の方法』が入ってるって噂のソフトとか……アプリケーションじゃないんですか? 座標なんて分かるような仕組みとは思えないんですけど……」
ミドリの疑問に飛鳥は神妙な表情で頷いた。
「うん。僕としても現段階で持っているG.Bibleの噂から考えても、座標が分かるような仕組みとはあまり思えないね。でも事実座標は分かった……つまり、それは少なくともG.Bibleがネットワーク上に繋がっているということになる。ヴェリタスはえっと……本人達はホワイトハッカーを自称していたし、彼女達のアプローチから考えても座標を特定する為にはG.Bibleはネットワークに繋がっていないといけないからね」
「……ひょっとして、G.Bibleは『最高のゲームを作れる秘密の方法』をネットワークのいろんなところから集める為のデータベース?」
飛鳥の言葉からG.Bibleの正体について考えを巡らせていたミドリがポツリと呟く。
それを聞いたモモイが、目を輝かせて食いついた。
「それだぁ! きっとそうに違いないよ! それなら『読めば最高のゲームを作れるようになるゲームの聖書』って噂にも説得力が増すもん!」
「ちょ、お姉ちゃん声……! 声大きいって!」
ミドリの制止の声にハッとなって慌ててモモイが口を抑えるが、すでに手遅れだった。
モモイの声に反応したらしい、いくつかの金属製の足音が続々と飛鳥達の方へと向かってくるのが聞こえる。
そのうちの一つであろう人型のロボットは、既に飛鳥達からも見える場所で彼らへ向かって走ってきているところだった。
「アロナ、僕のオルガンとリンク接続を。周辺の地形と全ての熱源、それからこちらに向かってきている暫定敵性存在の危険度のチェックしてくれないか」
『はい! お任せください!』
この状況を前に、飛鳥の行動は早かった。
飛鳥が軽く手を振ると、飛鳥の眼前にいくつかのホログラムモニターのような物が浮かび上がる。
飛鳥達を中心とした周辺地図に、いくつもの赤点が彼らを取り囲むように迫ってきているのが視覚的に明らかになった。
その隣には敵性存在と思しきロボットを画像で捉え、危険度がどの程度のものかを表示する。
そこにはモモイとミドリだけでは対処不可能なレベルであることが映し出されていた。
飛鳥の仮想モニターを見ておらずとも感覚でそのことを分かっているのか、ミドリが慌てたような声を上げる。
「こ、このままじゃ包囲されちゃう! あんなの全部相手に出来ないよ!」
「うわわわ、ど、どうしよう!?」
ミドリに釣られるようにしてモモイも慌てた声を上げる。
そんな二人の声を聞きながら、けれど飛鳥は冷静だった。
アロナとリンクしたオルガンの情報から、一方向だけロボットの数が少ない方角を見つける。
そしてその方角にある構造物からは一体もロボットが現れていないことまで確認が取れていた。
「二人共、8時の方向に工場らしき構造物がある。そこならここよりも安全かもしれない」
「え? こ、工場!?」
「先生ナイス! ミドリ急いで! ロボット達を突破して、あの工場に逃げ込もう!」
言うや否やモモイが銃を構えて工場の方角に向かって駆け出す。
それを見たミドリも覚悟を決めたのか、ミドリもモモイを追う様にして駆け出した。
「先生、戦闘の指揮をお願いします!」
「任せて。後は気にしなくていいよ」
「はい!」
そうして進行方向にいるロボット達に向けて射撃を始めるモモイ達を横目に、飛鳥は虚空から本を転送する。
「さて、あまり派手には動きたくないけど……僕は運動が苦手なんだ」
背後から迫って来るいくつもの足音の方向へ振り返りながら、飛鳥は軽く微笑む。
そこにはモモイ達が相手にしているロボット達の数倍の数の銃口が飛鳥を狙っていた。
けれど、その程度で世界を破滅させかけた魔王は……否。今は小さな勇者達に手を引かれる冴えない魔法使いと言った方がいいかもしれない。
何にせよ、世界でも指折り数えるほどの魔法使いのすることは勇者の旅を手助けすることである。
ならば、こんなところで足止めを食っている場合ではない。
「彼女達にけがをさせる訳にもいかないしね。手早く済ませよう」
言って、飛鳥は何かをすくい上げるように手を振り上げた。
それだけで、飛鳥を狙う銃口と飛鳥の間の地面が隆起し射線が遮られた。
地面を使った即席の盾の向こうからいくつもの銃声が聞こえてくるが、厚さ数十センチにもなろうかという盾を突き崩せそうな気配は全くない。
後方の安全を確保した飛鳥は、再び仮想モニターを展開してモモイ達の状況を確認した。
引きこもってゲームばかりしている印象の彼女達でも、やはりキヴォトスの生徒らしく銃の取り扱いには慣れているようで正面の敵に対してはそれなり以上に対応が出来ている。
だが、それでも絶対的に経験値が足りていない。彼女達の左側面からロボットが近づいてきていることに二人は全く気付いていないようだった。
「モモイさん、そのまま正面の敵に射撃を。当たらなくてもいい。とにかく撃ち続けて相手をけん制して。ミドリさん、モモイさんの左側面から敵接近中。応戦を」
「りょーかいっ! うりゃああああっ!」
「分かりました!」
モモイが飛鳥の指示を受けリロードを済ませた瞬間、気合と共にマガジン内の弾丸をありったけ
それとは対照的にミドリは
想定よりも早く、そして効率的に敵を撃破していく二人の姿に飛鳥は己の認識を改めなければと僅かに眉をひそめる。
「これは……彼女達の能力を上方修正しなければ。モモイさん、そのまま先行して進行方向の目に付く敵にとにかく射撃を。ミドリさん、モモイさんのフォローを頼むよ。君達が見逃しそうな敵は僕の方からフォローを入れる」
「まっかせて! そーれ、どけどけー!」
「あっ、お姉ちゃんちょっと待って!」
飛鳥はこれまでのコミュニケーションからモモイが綿密な行動というものがそれほど得意ではないのだろうと予測していた。対してミドリは、そんなモモイをフォローすることが多かったのかモモイが見落としがちな部分に目が届く傾向にあることにも気づいていた。
故に、モモイには自由にやらせてミドリにそのフォローをさせるのが最も彼女達のスペックを引きだすやり方だろうと結論付けたのだ。
そして、それは間違ってはいなかった。
事実、飛鳥の指示を受けたモモイが正面で暴れ、そんな彼女に注意を引きつけられた敵をミドリが撃ち抜き、二人が見逃した敵を事前に飛鳥が警告することで二人がそれに対応するという布陣でかなり効率的に包囲網から逃れられそうになっていた。
ただ一つだけ、飛鳥は致命的な計算違いをしていた。
そう。才羽姉妹と、飛鳥自身の根本的な体力の差である。
大人として子供を守るという役割こそ全うしていた飛鳥だが、快走……いや半ば暴走するモモイのペースに飛鳥の走る速度が全く追いつけなかったのだ。
アロナのシッテムの箱としての演算能力とオルガンをリンクさせていたことで距離が離れても変わらず二人を指揮出来ていたものの、数十メートルも走れば飛鳥の顔面からどんどんと血の気が引いて行った。
結局、どうにかこうにか三人が目的の工場へ駆け込んだ──飛鳥だけは転がり込んだといった方が正しいが──時には飛鳥は今にも白目をむいて気絶しそうな様子でか細く荒い呼吸を繰り返すという何とも情けない結果に終わったのだった。