身長よりも長い黒い髪に、同じ女の子でありながらオシャレなどにはそこまで興味のないモモイであっても少しだけ羨ましくなるほど白く綺麗な傷一つない肌。
そんな文字通りお人形みたいな綺麗さが特徴的な少女が実験施設によくありそうな椅子に体を預けて目をつぶってそこにいた。
こんな朽ち果てた廃墟の中においてただこの少女だけが時間の流れを拒絶していたかのようなその綺麗さは、どこか神秘的ですらあった。
そんな少女にモモイ達が目を奪われていると、彼女達の様子に気が付いたのか飛鳥の足音が背後から近寄っていることにモモイは気が付いた。
その瞬間、モモイは自分の目の前で眠っている少女が裸であることを思い出す。
いくら飛鳥がいい人であっても、彼は男だ。女の子の裸を見るなんていくら何でもダメに決まっている。
故に、モモイがとる行動は決まっていた。
「せ、先生! こっち来ちゃダメ!」
「そうだよ先生! ちょっと今来たらダメです!」
「え、何故だい?」
「何故も何もないの! とにかく今コッチに来たら……というかコッチ見ちゃダメ! あっち向いてて!」
モモイ達の剣幕に気圧された飛鳥は、何が何だかという表情をしながらも後ろを向いた。
その隙にモモイはミドリとアイコンタクトをして眠っているような裸の少女へ近づいていく。
「お、おーい。生きてるー?」
眠っているのか、あるいは死んでいるのか。どっちともとれるような身じろぎひとつしない少女に向けて、モモイがそっと声をかける。
けれど、少女の方から反応らしい反応はなかった。
「……返事がない、ただの死体のようだ」
日常生活で絶対に使わないであろう、有名なあのネタを言うしかないとばかりにボソリと呟いたモモイをミドリが咎める。
「不謹慎なネタ言わないで! それに死体っていうか……ねえ、見て。どっちかっていうと電源が入ってないみたいな感じしない?」
「うーん。確かに言われてみればマネキンっぽいかも……どれどれ」
モモイがそっと少女の手のひらに触れてみる。指先から伝わってくる感触は、マネキンによくある硬くつるつるとした感触ではなかった。
「すごい、肌もしっとりしてる柔らかい……」
手触りはいいな、なんてことをモモイが考えているとふと少女が眠る椅子のひじ掛け辺りに文字が書かれていることに気が付いた。
「……あれ? ここに何か、文字が書かれてる。えっと……AL-IS……アル、イズ……エー、エル、アイ、エス? どう読むのか分からないけど、この子の名前? ……アリス?」
モモイの言葉に反応して、ミドリが文字のある場所を覗き込む。
「ちょっと待って、これ欲見ると全部ローマ字なわけじゃなくて……AL-1S、じゃない?」
「え、そう?」
イマイチミドリの言葉が呑み込めないモモイの姿に、ミドリは小さくため息をついてから眠る少女の方へと視線を向けなおす。
「一体この子は……それにこの場所、一体何なんだろう?」
「この子に聞いた方が早いんじゃない?」
「起きて、話してくれるんなら良いんだけど……とりあえず、先生も待たせてるし服着せてあげないと」
「えっ、予備の服なんて持ってきて……ってそれ私のパンツじゃん!」
モモイが大きな声で喚いた言葉に背後で飛鳥がむせこむような音が聞こえたのを務めて無視するように、ミドリが眉間にシワを寄せながらモモイの眼前に下着を突き出す。
「これは私の。猫ちゃんの表情が違うでしょ」
「あ、ホントだ」
「もう……恥ずかしいんだからこんな確認させないでよね。……先生がいるんだから」
頬を僅かに赤く染めながらボソボソと呟いてミドリがリュックから綺麗に折りたたまれた予備の制服を取り出して、少女に着せていく。
「ほら、何ぼーっとしてるのお姉ちゃん。手伝ってよ」
「あ、うん。……これ、ブラとかも付けた方がいいかな?」
「んー、サイズは合いそうだし付けてあげようよ。大丈夫だとは思うけどほら……透けたりしたらかわいそうでしょ」
モモイの問いかけにミドリが答えながらチラリと背後を確認する。それに釣られるようにして、モモイも後ろへ振り返った。
飛鳥は、モモイ達に言われた通りこちらに背を向けていた。見れば、SFゲームで見かけるような空間に浮くディスプレイをいくつも自分の周りに展開させてせわしなくそれらを操作している。
二人にとって……いや、ゲームを愛するものとして余りにも魅力的なその光景にモモイもミドリも目を奪われたが、すぐに我に返って首をブンブンと左右に振ってから少女の方へ向き直る。
「後で聞こう。今はこの子優先しないと」
「そ、そうだね……アレはアレで私達への刺激が強いし……」
そうして、そこから二人は一言も話すことなく黙々と少女に服を着せることに専念した。
「……よし、これでいいかな」
少女と洋服と格闘することしばし。ようやく少女に服を着せ終わり、どこか満足げにミドリが微笑みながら呟く。
その時だった。どこからともなく、まるで機械が起動したときのような電子音が鳴りだした。
「な、何この音!?」
突然の音にモモイは床に乱雑に置いていた銃にとっさに飛びつき、ミドリもやや表情を厳しくしながら椅子に立てかけておいた銃に手を伸ばす。
その途中で、ミドリが何かに気づいたように服を着せた少女を見つめる。
「……今の音……もしかして「この子」から……?」
そんなミドリの呟きを肯定するかのように、眠っていたはずの少女の口が滑らかに動き、けれど機械的な言葉を紡ぐ。
「状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
双子らしく揃って口を半開きにした間の抜けた顔で顔を見合わせてから、モモイとミドリは目の前の少女がゆっくりと目を開けて体を起こすさまをただ見つめることしか出来なかった。
目覚めた少女はゆっくりと周囲を見渡して、それから自分の体を見下ろした。
自分が裸だったことは覚えていたのか、着せられたミレニアムの制服を眉一つ動かさず、けれどどこかいぶかし気にスカートの裾などをつまんで僅かに首を傾げる。
一通り自分の服装がどういうものかの確認を終えたのか、制服から手を離して少女は改めてモモイとミドリの顔を交互に見やる。
そして、再びその口が開かれた。
「状況把握、難航。会話を試みます……説明をお願いできますか?」
これに面食らったのは姉妹の方だった。だって説明も何も、モモイ達だって状況をよく理解していないのだから。裸の少女がいて、後ろには男の大人の人──先生がいる。
だからこのままだと大変なことになっちゃう。それを避けたかったから、目の前の少女に服を着せた。それ以上でも以下でもないのだ。
「せ、説明が欲しいのはこっちの方! あなたは何者? ここは一体何なの?」
故にミドリが目の前の少女にこの場所と少女自身について問うた。
ミドリの問いに、何かを思い出すかのように一瞬目を伏せた少女は、けれど次の瞬間には再びミドリの目を真っすぐと見て答えた。
「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」
「ふむ。まさかこんな廃墟に、ここまで精巧な人工生命体がいるとはね」
「わあ!? 飛鳥先生いつの間に!?」
いつの間にか、モモイとミドリの後ろに飛鳥が立っていた。
飛鳥は興味深そうに今目覚めたばかりの少女のことを見つめ、それからゆっくりと口を開いた。
「君は先ほど、モモイさん達を指して『接触許可対象』と言ったね。これの定義について、もう少し詳しく教えてくれないかな」
飛鳥の言葉に、少女はしかし緩やかな動きで首を横に振った。
「回答不可、本機の深層意識における第一反応が発生したものと推定されます」
「なるほど。製作者でなければ分からないのか、あるいは条件を満たせば自覚できるようになるものなのか……」
少女の言葉に、飛鳥はわずかに難しい顔をする。そんな真剣な表情の飛鳥に、モモイもミドリも声がかけられなかった。
「では質問を変えよう。君はこの二人……才羽モモイさんと才羽ミドリさんに危害を加える意思は?」
飛鳥の問いに姉妹の動きが硬くなり、一歩後ろに下がって飛鳥を挟むように彼の背後にいつでも隠れられるような態勢を取る。
「否定。接触許可対象への遭遇時、本機の敵対意思は発動しません」
けれど、少女からの返答は二人に危害を加えるという意思がないというものだった。その言葉に、モモイもミドリも胸をなでおろす。
「あ、良いこと思い付いちゃった!」
そこでモモイが声を上げて、少女の目の前に駆け寄って彼女の手を取った。少女が、不思議そうにモモイに優しく握られた手を見つめる。
「工場の地下、ほぼ全裸の女の子、おまけに記憶喪失! 私に妙案があるッ!」
そう声高々に宣言したモモイに、ミドリと飛鳥が嫌な気配を感じ取ったのか眉をひそめた。
「いや……今の言葉の羅列からは、嫌なことしか思い当たらないんだけど……」
「正直、同感だね。でも、多分──」
飛鳥は、得意げに胸を張るモモイとそんなモモイを不思議そうに見やる謎の少女を見つめながら穏やかに微笑んだ。