BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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最高のハッピーエンドへのフラグはまだまだ折れてない

 まるで状況が理解できない。無表情ながら小動物のように可愛らしくこてん、と首をかしげる黒髪の少女を前にミドリはモモイの首を掴んで姉の体を揺すっていた。

 

「ねえ、ちょっと!? この子を部室にまで連れて来てどうするの!?」

「うっ、首絞めないでって! 苦しっ、ゲホッ、ゲホッ!」

 

 苦し気に表情を歪ませたモモイを見て我に返ったミドリがハッとなってモモイの首から手を離す。

 むせこみながらモモイは弁明を始めた。

 

「し、仕方ないじゃん。そもそもあんな恐ろしいロボット達がいる場所に置いていくわけにも……」

 

 そんな姉妹喧嘩が始まりそうな二人をどうなだめるべきか、と眉間にシワを寄せていた飛鳥は見た。

 部室に無造作に放り出されていたゲーム機のコントローラーを何のためらいもなく口に含もうとしている黒髪の少女の姿を。

 

「ちょ、ちょっと君……それは食べ物じゃないと思うのだけど……」

「え……ああっ、私のWeeリモコンを口に入れないで! ペッてして! ペッて!」

 

 飛鳥の言葉で今まさに行われようとする蛮行……否、今まさに起こってしまった惨劇に悲鳴をあげながらミドリが少女の口からWeeリモコンを取り上げる。

 それなりに少女の唾液でまみれてしまった自分のWeeリモコンを拭く為に、ミドリが周囲を見渡してティッシュを探しているこの状況を横で見ていたモモイがしみじみと呟いた。

 

「……やっぱり、放っておくわけにはいかないでしょ」

 

 モモイの言わんとしていることは飛鳥にも分かっていた。

 よしんば廃墟から少女を連れだして、ミレニアムの敷地のどこかに、あるいはシャーレに送ったところでこの少女が立ち行かないのは明白だ。

 ゲーム機のコントローラーが分からないのはともかくとして、それをとりあえず口に含むなど赤子とやっていることは大差ない。

 それはつまり、この少女の知能は現状赤子レベルであるということに他ならないわけで。

 

「それはそうだけど……」

 

 モモイの呟きに、ティッシュでリモコンを拭きながらミドリが不詳不詳と言った様子で同意する。

 

「やっぱり、連邦生徒会かヴァルキューレ辺りに連絡した方が良くない?」

 

 チラリと少女を横目で見ながら、ミドリがモモイに進言する。

 ミドリの意見は、至極もっともなものだった。迷い猫を拾ったのとは訳が違うのだ。

 人一人、それも見た目に反して知能の発達していない少女……型のロボットなど、部の存続にすら苦労しているモモイ達の手に余る。

 にもかかわらず、モモイはミドリの言葉に首を横に振った。

 

「それはそうだけど……それはまだ。私達のやるべきことが終わった後にね」

「やるべきこと……?」

 

 モモイの言わんとすることが、飛鳥には分かっていた。

 目の前の少女は、今のモモイ達のピンチを覆す切り札になりうるからだ。

 

「さて、とりあえず名前は必要だよね。『アリス』って呼ぼうかな」

「……本機の名称、『アリス』。確認をお願いします」

 

 さて、仮称『アリス』について情報をまとめてみよう。飛鳥は、モモイが描いているであろう未来予想図を予測する為に脳内で情報の整理を始めた。

 一つ。アリスは廃墟で飛鳥達が見つけた。

 一つ。少なくとも、アリスは生徒達──少なくともモモイとミドリには危害を加えない。

 一つ。アリスの知能レベルは人間基準で考えれば赤子と大差ない。ただし、これほどまでに精巧な人工生命体であれば学習能力はすさまじいものと予測される。ここまででほとんどモモイ達と問題なく意思疎通が図れているのがその証拠だ。

 以上のことから、アリスはまさに無地のキャンパスみたいな存在であると言えるだろう。

 彼女の傍にいるもの次第で、アリスは良い存在にも悪い存在にもなれる。趣味趣向さえ、誘導できることだろう。

 つまり──

 

「お、お姉ちゃん、まさかとは思うけど……この子をミレニアムの生徒に偽装して、うちの部に入れようとしてるんじゃ……!?」

 

 そう。アリスは、モモイ達と一緒に行動することに一歳の抵抗を覚えず、それでいてレトロゲームに対する偏見もなく、その上その学習能力の高さ故にゲーム開発の即戦力にもなりうるというゲーム開発部にとっての切り札としてこれ以上ない存在であるということだ。

 モモイも、あの廃墟でアリスを見つけて彼女に危険がないと分かった時この事に思い至ったのだろう。

 勿論、事はそう簡単ではない。

 

「この子をうちの部員に偽装するなんて……本当に大丈夫?」

「『大丈夫』の意味を確認……『状態が悪くなく問題が発生していない状況』のことと推定、肯定します」

「……いやいや、肯定できないって! この口調じゃ絶対疑われるよ!」

 

 そう。今のアリスは少女の形をした機械と大差ない。

 いくら彼女のデータベースがボキャブラリーに富んでいたとしても、”人間らしい”会話が出来なければあのユウカを(あざむ)くことは不可能だろう

 そして、そんなコミュニケーション能力など一朝一夕では造り上げることなど不可能だ。

 

「やめておこう!? これは無理だって!」

 

 だから、ミドリの言葉は間違いではない。

 けれど、正解ではないのである。

 何故なら、アリスは”普通の人間”ではないからだ。

 

「いや、僕はモモイさんの案に賛成だよ」

「先生!?」

「さっすが先生! 話が分かるじゃん!」

「本気ですか!? ペットに芸を仕込むとか、そういう次元の話じゃないんですよ!?」

 

 ミドリが顔を僅かに青くしながら掴み掛って体を揺さぶってきたのを、手で制止しながら飛鳥は彼女に説明をする。

 

「確かに、ミドリさんの言う通りアリスをゲーム部の部員として偽装するのは簡単じゃない。でも、希望はあると思うんだ」

「えぇ……?」

 

 飛鳥の言葉が呑み込めないのか、ミドリは眉間にシワを寄せながら飛鳥の言葉の続きを待った。

 

「アリスの知能レベル……いや、情緒というべきかな……は現状、人間として考えれば赤子と大差ないのは事実だ。でも、彼女には感情がある。『アリス』という仮称を気に入ったのがその証拠だ。そして、彼女の情緒は赤子と大差ないとはいえ、僕達と難なくコミュニケーションが取れている」

「それはまあ……確かにそうですけど……」

「つまりね、アリスの学習能力は普通の人間の何倍にも及ぶ可能性があるんだ。それこそ、ほんの数日で人間と見分けがつかないほどにまで振舞えるくらいのね。そうすれば、彼女を新入部員としてゲーム開発部に迎え入れることだって可能だ。それどころか、ゲーム開発の即戦力として数えることすらできるかもしれない」

 

 飛鳥の解説に、モモイが心底感動したと言わんばかりに目を輝かせながら飛鳥の手を握ってブンブンと上下に振り始めた。

 

「さっすが先生! そこまで考えていたなんて! でもそうだよ! アリスは頭良さそうだから、きっとそれくらいできるって!」

「えっ、モモイさんそこまで考えていたんじゃ……」

 

 てっきり同じ未来予想図を描いていたと思い込んでいた飛鳥にとって、モモイの反応は予想外だった。

 しかし、そんな飛鳥にモモイは笑いながら首を横に振る。

 

「ううん? 私はアリスを部員として偽装できればとりあえず廃部までの時間稼げるかなって。それしか考えてなかったよ? 勿論、ほっとけないってのあったし、時間稼ぎが出来た後はちゃんと面倒見れそうな場所は探すつもりだったけど……流石に私達だけでアリスの面倒見続けるのは、ちょっと難しいかなーって思ってたし……」

「そ、そうなのか……」

 

 なんだか思った以上に場当たり的思考でここまでやってきたモモイに困惑すると同時に、けれどもアリスを見つけたものとしての責任をしっかりと果たそうとするその姿勢に飛鳥は改めてアリスを彼女達に預けても大丈夫だと思えた。

 

「とにかく、服装もある程度整ったし、あとは武器と……学生登録をして、学生証を手に入れないと。学生証については、私の方で何とかするから。あ、先生も来てくれた方がいいかも」

「ん? ああ、彼女達のところへ行くんだね」

「そそ。だからその間ミドリとユズで、アリスに『話し方』を教えてあげて。じゃあ行こ先生! 善は急げだよ!」

 

 モモイはそう言うや否や、飛鳥の手を引いて部室を飛び出す。

 廃墟探索という超ハードなフィールドワークを終えたばかりの飛鳥に、それに逆らうだけの力など残っているはずもなく。

 飛鳥はモモイに引きずられながら部室を後にした。

 そうして部室を出て少しした頃、前を行くモモイがぽつりと飛鳥に問いかけた。

 

「ねえ先生。今日は結構勢いでいろんなこと決めちゃったけどさ。その……どうして一度も私のこと止めなかったの?」

 

 問いかけてきたモモイの声は、心なしか暗い。

 それが何故なのかは、飛鳥にも何となく分かった。

 

「事実を並べてみれば、今日だけでモモイさんはかなりの校則を破ったことになる。本来なら、大人というのはこういう時、止めてあげた方がいいのかもしれない。ルールに則った正攻法で、この問題を解決しよう、と」

「私は……私がやったことが間違ってるとは思ってないよ。部活を存続させるために正攻法じゃきっと無理だったし、部活が無くなればユズの居場所もなくなっちゃう。あの子は、寮ではうまくやっていけなかったから……。それにアリスをあんな廃墟にほっぽりだすのだって間違ってる。でも……」

「本当にこれで良かったのか、と悩んでいる?」

 

 飛鳥の問いかけに、モモイは項垂れるように力なく頷き、足を止めた。

 さて、どうしたものか。こういう時はどんな風に話せばモモイを励ますことが出来るだろう。

 ほんの数秒、飛鳥は正解を頭の中で検索をしてみるものの、やはり数式を解く時のようにこれと言った答えは出てこなかった。

 それでも、ここで黙っているわけにはいかない。その一心で、飛鳥は心に浮かんだ言葉を口にすることにした。

 

「……僕は昔、僕が最善だと思う未来のために、やってはいけないことをしたことがある」

 

 それは、今なお飛鳥の心にのしかかる過去だ。

 

「結果だけ見れば、間違いじゃなかった。随分と遠回りしたけれど、僕は僕が望む世界を見ることが出来た」

 

 とつとつと語り始めた飛鳥をモモイが見上げ、怪訝そうに問いかけた。

 

「結果が良かったんだったら、それは良かったんじゃないの?」

 

 モモイの言葉に、飛鳥はゆっくりと首を横に振る。

 

「いや、そうとも言えない。今言ったように、最後の結末は最高のものになった。でもその為に、僕は親友達にとても長い時間苦しませてしまったんだ。僕が、全部一人で勝手に進めちゃったから」

「それって……その親友は怒らなかったの?」

「それはもう、大激怒さ。一時期は”次会った時に殺す”なんて本気で言われるくらいにはね」

「そんな……で、でも仲直りしたんでしょ?」

 

 ハッピーエンドであることを願うかのように飛鳥の服の裾を掴んで彼を見上げるモモイに、飛鳥は柔らかに微笑みながら頷く。

 

「うん。ちょっとワザとらしいけど、決闘してね」

「決闘!? そんな漫画みたいなことしたんだ!? え、どっちが勝ったの!?」

「僕が勝ったよ。彼は強かったけれど、喧嘩を仕掛けた側として僕にも意地があった。ガチガチに対策して勝ったんだ」

「あ、そっか。先生魔法つかえるんだもんね! こう……ドバーッていっぱい魔法出したりとか、それともトラップしかけまくったりとか!?」

 

 先程までの落ち込み用がウソのように目を輝かせるモモイに、話が脱線しかけていることに気が付いた飛鳥は軽く咳払いをして軌道修正を試みた。

 

「と、とにかくだ。僕も今のモモイさんみたいに、自分達にとってベストだと思う未来のために色々やった。でも、話した通り相手の意志も、相手がどう感じるかもこれっぽっちも考えなかったんだ」

「………………」

 

 飛鳥の言葉に自分の今日の立ち振る舞いに思いあたる節があったのか、モモイが再び力なく項垂れる。

 そんな彼女を励まそうと、飛鳥はモモイの前でかがみ込んだ。

 それに気が付いたモモイが、かがみ込んだ飛鳥の目を見つめ返す。

 

「でも、モモイさん。君は違う。確かに君の今日の行動は強引だった。それでも、君の行動は花岡さんを、アリスを思ってのことだ。確かに、少し考えが足りなかった部分はあったかもしれない。でも、目の前の危機から自分だけじゃなくて誰かを助けようとしている」

「先生……」

「今の君は、かつての僕と似た道をたどろうとしているかもしれない。でも、今ならまだ間に合うんだ。皆が納得して、胸を張って『これで良かった』って言える未来を掴みに行くことはできるはずだ。その為の手伝いを、僕はしに来た。そんな未来の為なら、少しルールを破る位なんてことないさ」

 

 飛鳥がそう言って微笑めば、モモイは鳩が豆鉄砲食らった時のようにキョトンとした顔をして、それからこらえきれないと言わんばかりにお腹を抱えて笑い始めた。

 そんなモモイの様子に、飛鳥はまた自分が変なことを言ってしまったのだろうかと落ち着かなくなった。

 

「あ、あれ。僕、何か変なこと言ったかな……?」

「あはははははは! へ、変も何も……! 先生、勇者パーティの魔法使いじゃなくて魔王軍の策士みたいなこと言うんだもん! あ、でもダークヒーローって線もあるのか。ルールなんて知らない! って言いながら正義の味方やるっていうのもあるし。でもどっちにしても勇者一行って感じじゃないよね」

「そ、そっか……」

 

 魔王軍の策士も何も飛鳥自身が魔王と呼ばれたし、親友(フレデリック)はまんまダークヒーローみたいなことをやってたしで飛鳥は何とも言えない気持ちになった。

 そんな複雑な気持ちを抱えて頬をポリポリとかく飛鳥に、モモイがいつもの明るい表情で声をかけてきた。

 

「でも、ありがとね先生。うん。そうだよ! 後悔なんて後でいくらでもできるもん! 今はまず、私が一番だって思ったことをやっていくのが一番だよね! よーし! 目標も再確認したし、先生! ヴェリタスのところ行こう!」

「え、ちょっ……だからモモイさん、もう少しゆっくり……!」

 

 いつもの元気なモモイに戻った彼女は、再び飛鳥の手を引いて目的地に向かって駆け出す。

 そんな彼女の姿に安堵すると同時に、ヨタヨタとまっすぐ走るのにも苦労している飛鳥は本格的に運動をするべきだろうか、と早くも酸欠気味になって白んだ思考で片隅で考えるのだった。

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