BlueArchive -Strive-   作:笹の船

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終わらぬ旅路

「こ、ろ、し、て……」

 

 そのあまりにも独特なストーリーやシステムに介錯を頼むようなセリフを口にしてべしゃりとその場に崩れ落ちるアリスに、飛鳥は驚いていた。

 

「すごいよアリス! 開発者二人が一緒とはいえ、3時間でトゥルーエンドなんて!」

「そ、それもそうだけど、もしかして、本当にゲームをやればやるほど……アリスちゃんの喋り方のパターンが、どんどん多彩になってきてる……!?」

 

 ミドリの言葉に、飛鳥は心の中で頷いた。

 そう。最初は機械的な受け答えしか出来なかったはずのアリスが、テイルズ・サガ・クロニクルをプレイしている内にまるで本当の人間のような言動をするようになってきたのだ。

 

「勇者よ、汝が同意を求めるならば、私はそれを肯定しよう」

 

 ……最も、それは物心ついた子供が気に入ったコミックのキャラクターになり切るような何とも自然でわざとらしいものではあったが。

 

「ともあれ、ゲームで遊ばせてより自然なコミュニケーションが取れるようにする、という方向性は間違いなさそうだね」

「はい。ゲームからそのまま覚えたせいで、ちょっとまだ不自然かもですが……前よりずっと良くなったと私も思います!」

 

 飛鳥の言葉にミドリが首を縦に振りながら同意する。

 その直後、ミドリがどこか気恥ずかしそうに目を泳がせながらアリスと飛鳥の間で視線をさまよわせた。

 

「と、ところでその……こういうのを面と向かって聞くのは緊張するんだけど……」

 

 それから、ミドリはモモイの方へと視線をやる。流石は姉妹、というべきかモモイも同じタイミングでミドリの方へ視線を向けており、目配せをしあった二人は小さく頷き合うとアリスと飛鳥の方へ向いて口を開いた。

 

「わ、私達のゲーム、どうだった? 面白かった!?」

 

 ああ、と飛鳥は思わず懐かしい気持ちになった。

 ホワイトハウスでの一件より前、自分の意志を持って生きていたと胸を張って言えない彼にも才羽姉妹のように己が成果を誇り、褒めて欲しいと思った時期があった。

 同年代の子供から理解されることこそ少なかったが、その類まれな才覚を師に見初められた彼は褒められるがまま、言われるがまま研究者への道を歩んだのだ。

 

「……説明不可」

 

 飛鳥がそんな感傷に浸っていると、アリスが二人にとって辛いだろう言葉を口にした。

 これはマズいのでは、と焦る飛鳥と驚きとショックをにじませて声を上げるモモイを余所にアリスは続ける。

 

「……類似表現を検索。ロード中……」

 

 流石にまだ少し固いか、と課題達成までの距離を感じる飛鳥と悪口を探しているのでは、と不安になるミドリの視線を受けながら気まずい時間がわずかに流れる。

 そして、該当する表現を見つけたのかアリスがゆっくりと口を開いた。

 

「……面白さ、それは、明確に存在……」

「おおっ!」

「プレイを進めれば進めるほど……まるで、別の世界を旅しているような……夢を見ているような、そんな気分……もう一度……」

 

 そして、アリスの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちる。

 その様子にモモイとミドリが慌てふためいた。

 一方の飛鳥はアリスの述べる感想に、その涙に。感動を覚えていた。

 娯楽、というものは一種の現実逃避の手段だと飛鳥は考えている節があった。

 勿論、それは人間が人間らしく生きていく上で必要不可欠な行動であるし、飛鳥にとっては研究が娯楽だったのだからそれを悪いともおかしいとも思っていない。

 それでも、普通の人が娯楽と呼ぶものにほとんど触れてこなかった彼にとって、娯楽の魅力というものがイマイチ分かっていなかった。

 言葉で伝えられれば、その言葉の意味するところやその感覚というのを理屈で解釈することは出来た。

 けれど、それはどこまでいっても理屈でしかなく、そこに実感が伴うことはなかった。

 近しい人間であればフレデリックが音楽という娯楽に大分こだわりを持って接していたのを知っているが、以前彼に音楽の良さを説明されてもいまいちピンとこなかった。

 けれど、こうしてゲーム……否、一つの物語を見届けたアリスのリアクションを見て、同じ物語を共に見届けた飛鳥はようやく多くの人が娯楽に興じるその感覚をほんの少しだけ理解できたような気がした。

 その瞬間、飛鳥の脳裏にテイルズ・サガ・クロニクルの様々なシーンと、その時に感じた自らの感情がよみがえってくる。

 実に、実に刺激的な冒険だった。刺激の強さで言えば、慈悲なき啓示との闘いや師匠やイノとの闘いにも匹敵……いや、もしかしたらそれ以上だったかもしれない。

 

「これが”本”からじゃ得られないもの、か……」

「先生……?」

 

 飛鳥の呟きに気が付いたミドリが、チラリと飛鳥の方を振り返る。

 そんなミドリに飛鳥は何となく照れくささのようなものを感じて眉尻を下げながら答えた。

 

「いやその、僕もなんというか……刺激的な時間が過ごせたなって思ったんだ。こんな体験、正直初めてだったよ」

「ホント!? 先生も!? お姉ちゃん、先生も面白かったって!」

「ええっ!? ありがとうアリス! ありがとう先生! その辺の評論家の言葉なんかより、二人のその反応の方が100倍嬉しいよ! あー、早くユズにも教えてあげたい……!」

 

 アリスと飛鳥の反応にモモイが小躍りしていると、不意に部室の隅に置かれたロッカーから物音がした。

 

「ちゃ、ちゃんと、全部見てた」

 

 そよ風の音にすらかき消されそうなか弱くてくぐもった声がロッカーから漏れたと思いきや、耳障りなノイズをかき鳴らしながらゆっくりと扉が開いていく。

 閉じられたカーテンの隙間から射しこむ朝日とゲームモニターの明かりがあるとはいえ、室内灯もついていない薄暗い部室の隅にあるロッカーが少しずつ開いていくその様子はまさにホラー映画のワンシーンのようで。

 突然の恐怖演出に錯乱したミドリが慌ててプライステーションをロッカーの方へと投げつけようとするのを、モモイが必死に止めていた。

 そんな姉妹を余所に薄暗いロッカーから光の当たる場所へゆっくりと歩いてきたのは、部長のユズだった。

 

「花岡さん、いつからそこに……?」

「え、えっと……皆が廃墟から帰ってきた時から……」

「それってだいぶ前じゃん!? あ、もしかしてアリスちゃんが怖かったから? モモトークとかで伝えてくれれば良かったのに……」

 

 突然の登場に状況が理解できないのか、目をぱちくりするアリスに気が付いたモモイがユズとアリスを近づけるように二人の腕を掴んで引き寄せる。

 

「あ、アリスは初めてだよね。この人が私達ゲーム開発部の部長、ユズだよ」

 

 紹介されたユズはアリスを見て、口を開いては閉じ、視線をあちこちへとさまよわせる。

 

「えっと、あの、その……あ、あ、あ……」

 

 ようやく口を開くも、中々言いたいことが出てこないのかしどろもどろになるユズ。

 それでも、己を奮い立たせるように着込んだジャケットの裾をぎゅうっと掴んで、空っぽになりかけたらしい肺に酸素を送り込むように勢いよく息を吸い込む。

 

「……ありがとう。ゲーム、面白いって言ってくれて……もう一度やりたいって言ってくれて……泣いてくれて……本当に、ありがとう」

 

 感極まったのか、ユズはアリスの手をそっと両手で包み込むように握って、祈るように胸の高さまで持ち上げたその手に額をこつんと当てる。

 

「面白いとか、もう一度とか……そういう言葉が、ずっと聞きたかったの」

 

 そうしてそのまま動かなくなったユズを見て、何故か飛鳥は世界平和の実験を始めると決意した自分の背中をそこに見た。

 飛鳥=R=クロイツの最後の研究。世界平和。

 善意の集積によって、人々がより善く生きられる世界を作る。

 それは、人に認められたいとか感謝をされたくて始めたものではない。

 もっと、もっと後ろを向いた利己的な理由だ。

 人類を滅ぼしかけた自分なりの贖罪であり、研究者としてやるべき最後の課題。

 それが世界平和だ。

 それでも。

 それでも、自分の成果によって誰かに何かをもたらせたのなら。

 なんて考えて、飛鳥は首を横に振った。

 もしも、なんて仮定の話に価値はない。

 プランを立て、実行し、評価して、改善する。研究者である自分に出来、そして赦されることなどそのくらいしかないはずだ。

 ふと、飛鳥はあることを思い出した。

 少し前、”飛鳥”とのシミュレーションで彼に言われたことだ。

 

『自分を肯定できないのは知ってる。でも振り返っても、立ち止まっても。歩き続けるって宣言しろ』

 

 難しいことだ、と改めて飛鳥は思う。

 自らを肯定するということは、想像以上に苦痛や困難を伴うものだ。

 これなら、まだ世界を滅ぼすことの方が簡単かもしれない。

 それでも、飛鳥は”飛鳥”に宣言したのだ。

 だから、歩き続けなければならない。その誓いを違えない為に。 

 

(……”君”とまた今度話がしたいな) 

 

 まだ見えぬ終着点の遠さに目を細めながら、飛鳥はもう一人の自分へ思いをはせるのだった。

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