ミレニアムサイエンススクールの敷地内にそびえ立つ超高層ビル──ミレニアムタワーの薄暗い一室に、二つの人影があった。
「……計画通り、アレを校内に招き入れることは出来たようね」
真っ暗な部屋をほのかに照らすPCモニターを見つめながら人影の片割れ──
「”アレ”呼ばわりは流石にどうかと思いますよ。ほんの数日前までならともかく、今の彼女にはれっきとした名前があるんですから」
車いすに身を預けながらもう一つの人影──
「アレは少なくとも真っ当な存在ではないわ。世界を終焉に導く可能性を持った危険因子である可能性が高いのよ」
けれど、ヒマリの咎めるような言葉にリオは眉一つ動かさずそう言い放った。
そんなリオの態度に、ヒマリは小さくため息をつきながら肩をすくめて自分の目の前に浮かび上がらせたARモニターへと視線を戻した。
それぞれの視線の先に映し出されたのは、一人の生徒情報。
やや硬い表情の黒髪で青い瞳の少女だ。氏名欄には『
そう。飛鳥とモモイ達が廃墟から連れ帰った、アリスがそこには映っていた。
「ともかく、計画の第一段階は突破しました。今のところ特に問題はなさそうですが、最低限の『安全性』は確認しておく必要がありますね」
「ええ。幸い、あのゲーム開発部を動かす理由には困らないわ。現状、あそこはミレニアムにふさわしくない部活として
淡々と今後の計画を語るリオに、ヒマリは再び不快感をにじませるように眉間にシワを寄せる。
「実に『合理的』なお話ですね。危険因子と問題児を同時に処理しようと、そういうことですか」
「あなたもこの計画に賛同したでしょう。今更、情が湧いたわけでもないでしょうに」
リオの鋭い視線に、しかしヒマリは大げさに肩をすくめてみせる。
「確かに、
けれど! と声をあげながらヒマリはリオのことを睨みつける。それでも、リオの表情が大きく変わることはない。そんなところもヒマリは気に入らなかった。
「私がアリスを連れて帰り、共に学校生活を送る相手としてゲーム開発部を選んだのは彼女達が剪定対象だからではありません。彼女達であれば、アリスを仲間として……友達として受け入れてくれると思ったからです」
ヒマリの言葉に、今度はリオが大きく肩をすくめる番だった。
「ヒマリ。あなたの能力に疑う余地はないわ。だからこうしてこの秘匿するべき計画の話を持ち掛けたのだから。けれど、昔からあなたは感傷的すぎるのではなくて? アレは人間ではないし、むしろ私達のこめかみに突き付けられた大砲のようなものでしょう。その砲口が向けられる先から、重要なものや無関係なものは排除すべきよ。そういう意味で、ゲーム開発部は要件を満たしている。それだけの話でしょう」
余りにも無慈悲なリオの物言いに、ヒマリが
部屋の隅からパチパチパチ、とやる気のない拍手が響いてきた。
一瞬で二人の警戒心が跳ねあがり、リオもヒマリも手元の端末を素早く片手で操作しながらもう片方の手で銃を抜いて侵入者の方を向く。
暗がりから現れたのは、青白い肌にボサボサの髪をした男だった。
「いいね。実にいいじゃないか。その計画、僕もちょっとかませてくれない?」
銃口を向けられているという自覚がまるでないかのように、へらへらした態度のまま歩み寄って来る男から底知れない不気味さを感じながらもヒマリは内心の動揺を悟られないように口角を上げる。
「あら、招待状を差し上げたつもりはなかったのですが……やはりこの超天才清楚系病弱美少女の魅力はどんな隠ぺい工作をも台無しにさせてしまうのですね。我ながら罪な女です」
「んふふ、いいね。飛鳥君よりずっと楽しい会話が出来そうじゃないか」
「おや、これは驚きました。あの名高いシャーレの飛鳥=R=クロイツ先生と並べて頂けるなんて、やはり私の聡明さはこの世界にとって得難い価値を持っているようですね」
軽口を叩きながらも、ヒマリはじっとりとした汗が体中から吹き出すのを感じる。
リオが言ったように、この会談は完全に秘匿されたものであったはずだった。ヒマリ自身もここに来るためにいくつものハッキングをして痕跡を消してきたし、その隠ぺい工作に不備は絶対になかったと言える。
また、認めるのは業腹だがリオが外部にこの会談の情報を漏らすようなヘマをするとは考えにくい。
だが、この男はどういう手段を使ってかこの会談の存在を察知しその上でリオに、そしてヒマリにすら気づかれずにここまで侵入してきたということになる。
つまり。この男は、ヒマリとリオの二人よりも力を持っているという可能性が大いにあるということだった。
それに、最近赴任してきたシャーレの先生のことも知っていて、どこか顔なじみであるかのような口ぶりだ。
(得体が知れない、というのはこの方の為の言葉ですね。ミステリアス、とはまた違うこの不気味さ……果たしてどこまで何を知っているか)
「仕方ないわね。この手は使いたくなかったのだけれど」
油断なく目の前の男とどう渡り合うか思考を巡らせているヒマリの横から、リオがため息をついて端末を操作しだした。
「リオ、何をするつもりか分かりませんがあまり不用意なことをするのは──」
得体の知れない男を相手に行動を起こし始めたリオを咎めようと僅かに視線をそちらへ逸らしたその時だった。
何かを殴りつけるような衝撃音と、それに少し遅れて床と熱烈な接吻を交わす男の姿がそこにあった。
そして、男の上には見覚えのあるメイド服に見慣れない顔の少女が男の背中に馬乗りになって男を抑えている。
「……5番目のC&C。本当にいたのですね」
男を抑える少女を見て、ヒマリは僅かに眉間にシワを寄せた。
リオがきな臭い動きをしていたこと自体は知っていたし、その中には5番目のC&Cを極秘に迎え入れているという話もあった。
アリスの件や、その他の重要度の高いものを優先していたから5番目の生徒については真偽を確かめていなかったが、どうやら事実だったようだ。
「さて、それではこちらの質問に答えてもらおうかしら。あなたは誰で、どうやってここまできたのかしら」
5番目の生徒について思考を巡らせるヒマリの横で、リオが男を見下ろしながら”質疑応答”を始めた。
対する男は目線だけをリオの方へと向け、けれど僅かに覗き見える表情は愉快そうに歪んでいる。
銃を下ろしはしたものの、ヒマリはいつでも再び男へ向かって発砲できるように手の内の拳銃を手放すことはしなかった。
「あー、斬新な質疑応答だね? あいたたたた。……もう少し優しく扱ってくれると嬉しいんだけど」
「それはあなたの回答次第ね。この会談は機密のはず。私も、そしてヒマリも痕跡を残すようなヘマをしたとは思えない。……どうやってここを知ったの」
リオの言葉に男はへらへらと笑いながら答えた。
「んー、とりあえず一個ずつ応えていこうか。まずは自己紹介からかな」
男の笑みが深くなったその瞬間だった。
その衝撃に車いすから振り落とされ体をしたたかに打ち付けたヒマリは、痛みに顔をしかめながらそれでも手の内から離さずにいた拳銃を男がいた方へと向ける。
視界の隅にリオが、男の背後には5番目の生徒が同じように体勢を崩しながらもとっさに銃口を男へ向けていた。
しかし、そんな状況に置かれていながら男はみじんも動揺せずあの得体の知れない愉快そうな笑みを浮かべながら声高々に自らの名を名乗る。
「僕の名前は、ハッピーケイオス。まあ、シャーレの飛鳥君とは浅からぬ縁がある大人だよ」
そうして、ハッピーケイオスと名乗った男は
「天童アリス……彼女の正体を暴くっていう計画。ちょっと一枚噛ませてくれないかなぁ。そしたら、君達の知りたいことを知る手助けをしてあげよう」
ほんの僅かに視線を上げたケイオスのその目は、ヒマリをして背筋がぞっとするほど得体の知れなさがにじみ出ていた。
はい。またケイオスがやらかしました。
どうすんだよここでヒマリにトキの存在バレたらパヴァーヌ2章でのヒマリ拉致イベントフラグ折れるんですけども。
あーあ。