花岡ユズは周囲に大勢の人がいるということも忘れて目の前の光景に見入っていた。
いや、ユズだけではない。
モモイも、ミドリも、アリスも。ノアやユウカでさえ、一言も言葉を話すことなく、呼吸も忘れて目の前の”闘い”に魅入られていた。
キヴォトスの生徒でさえ出せるかどうかわからない膂力から繰り出される強烈な一撃。フィクションの世界でしか見たことのないような魔法の数々。
フレデリックと飛鳥。二人の先生が繰り出す攻撃がグラウンドの地面を抉り、轟音を立てて相殺され、その度に地面にクレーターが出来ていく。
それだけの破壊的な光景を生み出すほどの攻撃を繰り出し合いながら、戦う二人の姿は命を取り合うこと目的とした殺伐は感じられない。
むしろ、スポーツのような一体感すらあった。ただ互いに、持ちうる実力を出して戦っていた。
例えるならそう。ゲームや、漫画にあるライバル同士の決闘。まさにそれが目の前で繰り広げられていた。
ユズにとって、そんな光景は決してもう珍しいものではない。
これまでいくつものゲームをプレイしてきて、そんなお約束は幾度となく目にしてきた。
その度にユズは心を動かされてきたけれど、それは彼らがその戦いに挑むまでの経緯を知っているからだ。
挫折も、勝利も、失意も、感動も。それまでの旅を通じて彼らと一緒に味わってきたからだ。
ユズにとって、このお約束はそこまでの道のりを知っていて初めて感動する物なのだと、そう信じていた。
現実でいきなりそんなお約束を見せられたって、心なんて動かない。
むしろ、そういうものに現実では出会うことなどできないだろう自分だけがその場に取り残されていく。そんな現実をまざまざと突き付けられて心が凍り付くものだと。そんな風に思ってすらいた。
なのに。
私はあの人達のことをほとんど知らない。いきなりこんなところを見せられたって、きっと辛くなる。そう思っていたのに。
そんな後ろ向きな声が頭の中で響くのに、ユズは目の前で闘う二人から一フレームだって目を離せなかった。
ちょっとしたレクリエーションだ。そう聞いていたのに、ボロボロになるまで闘ってなおまだやる気の二人ゆっくりと立ち上がる。
これで決着がつく。誰が何を言うでもなく、その場の全員がそれを直感的に理解した。
極限まで張り詰めた緊張感の中、すぐ近くで誰かが声を上げた。
それを合図に、飛鳥とフレデリックが動き出す。
「軌跡を描け!」
「御託はいらねぇ!」
誰がどう見たって分かる必殺技の構えだった。
そして、直後に二人から特大の魔法が撃ち出される。
「ディフュージョン!!」
「タイランレイヴ!!」
大きな炎の塊と、いかにも魔法と言った紫色の球体がぶつかり合う。
お互いを喰いつくすように二つの魔法は混ざり合い、そして轟音の後に溶けるようにして消えていった。
そして気が付いた時には飛鳥とフレデリックは互いに距離を詰めて、最後の一撃を繰り出そうとしていた。
けれど、それがお互いに届くことはなかった。
シャーレにいる三人の先生の内、最後の一人であるジャック・オー先生が召喚魔法で呼び出した可愛らしい使い魔で二人を止めたからだ。
飛鳥達が大怪我しなくて良かった、という気持ちとあのまま行ったらどっちが勝っていたのかを見られなかった、という残念な気持ちが混ざり合った心境のまま、ユズは自分が息を止めたままだったことを思い出して、ゆっくりと息を吐き出す。
それがきっかけとなったのか緊張で凍り付いた世界の時間が溶けだして、周囲の生徒達もユズと同じように息を吐き出し始めた。どうやら皆も息を止めて魅入っていたらしい。
一方、先生達の方はといえばジャック・オー先生がヒートアップしていた。
決して怒鳴り声とは言えないけれど、大きめの声で腰に手を当てながら上半身を突き出すような恰好で地面に倒れた飛鳥とフレデリックをやり過ぎであることを咎めていた。
さっきまであんなにかっこよかった二人が、ジャック・オーを前に何とも気まずそうな表情で彼女から視線を逸らしている。
それがどうにも、おかしくて仕方なかった。だってその光景は、本当に漫画やゲームのワンシーンが飛び出してきたみたいだったから。
「ふ、ふふふ……」
リアルはバーチャルよりもユニークだ。そんな言葉をどこかで聞いた。
そんなわけない。そう思って、だからゲームを作ろうと思った。現実じゃあ実現できないような、素敵で楽しい、何度でもその世界へ飛び込みたくなるようなとびきりのゲームを。
くじけそうになったユズを、何度も勇気づけてくれた。そんな素敵なゲームを心から作りたいと思った。
でも、まさかこんな本当にゲームみたいな光景が見られるなんて。
フィクションなんてもう必要ない。そんなことを言われたって仕方ないかもしれない位に派手なことをする大人がいたなんて。
「ふふふ」
なのに、そんなものを見せられてなおやっぱり──いや、前よりもずっとゲームを作りたいって思えるなんて。
それこそ、テイルズ・サガ・クロニクルのプロトタイプをアップロードした時のトラウマすらねじ伏せてしまえる程に。
「ね? ユズ! 見て良かったでしょ!」
そんなユズの心の内を見透かしたかのように、モモイが得意満面な笑みでユズの肩に手を置いた。
「うん……! この……この感動をゲームにしたい」
「よかったあ……! ユズちゃんも同じだね!」
「後で部室に戻ったら企画詰め直そうよ!」
「うん!」
ゲーム制作への熱意が高まるユズ達は、そうして笑いあった。
けれど、ユズはすぐにそんな自分達に視線が向けられていることに気が付いた。
そちらを見やれば、どこか不安そうで羨ましそうな表情をしたアリスがユズ達の方をじっと見ている。
ユズの視線に気が付いたアリスはしばし視線を泳がせて何度か口をパクパクしてから、背中に背負った
そして、口の中の唾を飲み込んで意を決したように口を開いた。
「あ、あの……! アリスは……アリスもユズ達の仲間……ですよね……?」
尻すぼみになっていくアリスの言葉に、けれどユズはなんだかくすぐったい気持ちになった。
ああ、その気持ちはきっとよく知っている。仲間だと思っていたのは、もしかして自分だけじゃないのか。勘違いをしていただけで、本当は仲間なんて思われてなかったんじゃないか。
──自分の居場所なんて、どこにもないんじゃないか。
それは今もなおユズの心に巣喰っている、恐ろしいボスだ。どんな強力なビルドを組んだって、勝てるかどうか分からないようなぶっ壊れ性能の大ボスだ。
でも、今はちょっと違う気がする。
この自分が抱えた不安も、きっと皆少しは持っているのかもしれない。目の前の不安そうなアリスを見て、ユズはそう思った。
だからそう。この
ユズは左右にいるモモイとミドリを見た。二人共、笑顔で頷いてくれた。
それに勇気づけられたのを感じて、ユズは胸の前でキュッと拳を握って小さく息を吸った。
そして、ゆっくりと握った拳を開いてアリスに差し伸べる。
「もちろん。ようこそアリス。ゲーム開発部へ!」
ユズの言葉に、アリスの表情がぱあっと輝く。そして、勢いよくユズの手を取って花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「パンパカパーン! アリスはユズ達にパーティインしました!!」
「よーっし! アリスも私達の仲間になったし、さっそく部室に言って新作の企画進めようよ!」
「そうだね……!」
「うん! アリスちゃんも一緒に作ろ! 私達と最高のゲームを!」
「はい! アリス、がんばります!」
そうして、真っ先に部室のある方向へ駆けだすモモイを追いかけるようにしてユズ達も足早にグラウンドを離れた。
ほんの数時間前まであった、暗く冷たい気持ちなんてこれっぽっちも感じることなく。
「……良かったんですか、ユウカちゃん」
ほんのりと微笑を浮かべながら問うてくるノアに、ユウカは苦笑しながら小さく肩をすくめた。
何が良かったのか、なんて聞き返さなくたって分かる。モモイ達のことだ。
「あれを見て取り調べの必要があると思う?」
ワイワイと笑顔で騒ぎながら遠のいていく四人を見ながら、ユウカはノアにそう返した。
部活動をするための規定人数すらそろわず、その条件違反をひっくり返すだけの実績もない。それどころか予算ばかりを無心し、方々で問題を起こす。
それが早瀬ユウカから見たゲーム開発部だった。
飛鳥先生が部員集めや実績となるゲーム開発に手を貸している、というのは聞いていた。ついさっき、謎の新入部員が入部したというのも聞いたところだ。
天童アリス。あんな小さくて可愛らしい……いや、特徴的なチャームポイントを持った生徒がいればユウカとて憶えていると思っていたのだが、ユウカには覚えのない生徒だった。
モモイ達がその場しのぎの為に外部から連れ込んだ人間の可能性もあったから、念のため生徒名簿も確認したがアリスの名前は確かに名簿にも登録されていた。
それも、これまで散々問題を起こしたゲーム開発部に突然の入部者などおかしい。それがユウカの考えだった。
だから、アリスがどういう生徒なのか確認するつもりだったのだ。もしモモイ達に無理やり入部させられたのだとしたら、今度という今度は飛鳥先生が庇ったとしても強制的に廃部にしてやろう。そう考えてすらいた。
でも、そんな考えはもう無い。その必要がなくなったからだ。
「ふふ、そうですね。部員も規定人数に達しましたし、実績を出す為の意欲があることも明白です。後は期日さえ守ってもらえれば、私達としても言うことありませんね」
「そうね……ちょっとその辺りはまた明日とかにリマインドしなきゃいけないかしら」
やらなければならない嫌われ仕事のことを考えて、ユウカはちょっとだけ苦い顔をする。
「くすくす……今からなら追いかければ間に合いますよ? ……痛っ!」
ユウカはむすっと唇を尖らせながら、からかうように笑うノアの額にデコピンをした。
「あのねえ。私だって空気を読むくらいのことはするの! せっかくいい雰囲気のところに水を差すわけにはいかないでしょ!」
「あら、なんだかんだユウカちゃんも優しいじゃないですか」
「のーあー? それ、普段の私が優しくないって言ってるってことよね!?」
「さあ、どうでしょう? 私は可愛いと思ってますよ、ユウカちゃんのこと♪」
「はぐらかさないでよ!」
やいのやいの騒ぎながら、ユウカはクスクスと笑いながらセミナーの部室に引き上げて行くノアの後を追った。
ゲーム開発部に対して、不安が完全になくなったわけではない。それでも、以前よりもずっと真面目に、前向きになった彼女達をみてホッとしたのも事実だ。
だから、もうしばらくは様子を見よう。
そう思いながらノアの後を追うユウカの口元も、自然と緩んでいた。
きっとこれはモモイ達の雰囲気に