食レポ系配信者 in ゾンビパニック 作:カナブン
2030年3月17日、人類の繁栄は突如終わりを告げた。死者が蘇って人を襲い、噛まれた人間に症状を移す。だがそれだけでは終わらなかった。
ゾンビ。
変異種。
雷旋雨現象。
紫渦大嵐。
数多の異常が立て続けに発生した結果、人類の大半は死亡し国家という概念も消滅した。大地を歩く死者が埋め尽くし、生き残りは息を潜めて耐える日々。
あの日から一か月が経過してなおその状況は変わっていなかった。食料が枯渇する中、恐怖からただ縮こまり死を待つ者。全てを諦め犯罪に走り射殺される者。地獄から立ち直るには1か月という時間はあまりにも短かった。
2030年4月17日12時30分。俺、飯田直人は繁華街のビルの一室にいた。机の上に置かれたペンと書類を触る社員はもういない。部屋の隅に置かれている鏡に自分の姿が映る。24歳元サラリーマン、平凡な容姿の男。身動きのしやすい黒色のウインドブレーカーに薄手のズボンを着て、両手をホームセンターで入手した防刃仕様の手袋とアームガードを装着していた。
「旨い飯を食べるぞ!」
春の穏やかな空気の中、一人呑気に宣言する。このゾンビだらけの世界で一人で行動するのは自殺行為だ。だが俺にはそれを許す特殊能力があった。周囲には誰もいないのに、落ち着いた女性の声が響く。
《索敵:同一階層に「
脳内に響く謎の声。正体は分からないが、情報とゾンビの位置を教えてくれる存在だ。ゾンビ出現の数日後から急に芽生えたものであり、幻聴と断ずるにはその情報はあまりにも正確だった。俺はこの能力を活用し一人で旨い飯を求めて探索と配信を続けている。
頭に配信用のカメラを取り付け、衛星通信を経由して配信を起動する。そして高らかに宣言した。
「じゃあ配信始めまーす。今日は「サルでもできる!ゾンビ一本釣り解説」のお時間です!」
『what???』
『マグロみたいに言うな』
『死にたい死にたい死にたい死にたい』
『お、飯田さんまだ生きてた』
配信を始めると直ぐに視聴者が訪れる。俺はゾンビを恐れず外に出まくっているせいか、妙に人気があり、配信が始まると直ぐに人が集まるのだ。
ビルの3階から顔を出す。かつてはサラリーマンが行き来し数多の店が存在した大通りも、今や打ち捨てられていて人間は一人もいない。代わりに気味の悪いうめき声を揚げるゾンビたちがいた。
ゾンビ。1か月前に突然現れた怪物。体が腐り始めているのか肌が緑色になっていて、大体の個体がどこか一部を欠損している。こいつらに噛まれると一日以内に異変が起こり、ゾンビの仲間入りをしてしまう。見た目や性能は様々だが、知性を失っており人間を見つけると襲い掛かってくるという点はどのゾンビも一緒であった。
そんな話はさておき、と俺は大型の魚を釣るための太い釣竿をとり出す。釣り針に「餌」をセットし、俺はビルから釣り糸を垂らした。
「まず、皆さんが所持しているゾンビの炭火焼を用意して釣り糸を垂らします」
『炭火焼持ってることが前提なの!?』
『人間だぞ一応』
『どうせ全員死ぬ。無駄な足掻き乙』
『え、状況が掴めないどういうこと?』
コメント欄から突っ込みが入るが無視する。しばらくすると釣り針に重みが増す。タイミングを合わせて3、2、1、今だ! と持ち上げればぶちりという肉の千切れる音と共にゾンビの生首が反動で飛び上がってくる。
そう、ゾンビが餌に食いついたのだ。配信のコメント欄には驚きの声が広がる。誰もが勘違いしていた。人を襲う印象が強すぎて、思考を停止していた。だが現実は違うのだ。
「ゾンビも痩せます。だって彼らも生命体です。どこから体を動かすエネルギーを得るかというと、食事しかありません」
『でも携帯食料に見向きもしなかったぞ』
「それは彼らの能力が劣化していて、携帯食料を食事と見なせなかったんですよ。だから馬鹿でもわかるよう、肉を焼く必要があったわけです」
コメント欄には感嘆の声が流れる。なぜならこの一か月、視聴者含め人類は恐怖に怯え逃げ惑うしかなかった。異常事態に対抗できる国家や機関は早々に壊滅した。だからこんなことですら、俺が初めてなのだ。
《解析:餌に集まった「成り損ない」は全て劣化が激しく、そのため引っ張り上げるだけで破壊が可能です》
脳内に流れる声に頷きながら俺は『餌』を付けなおし釣竿を握る。『餌』を見つめたゾンビが奇怪な叫び声とともにかみついた瞬間、再び全力で釣竿をひっぱりあげる。次の瞬間、ぶちちといういう嫌な音共に、ゾンビの肉が削れ針が骨に引っ掛かり、首が引きちぎられた。リールを呑気に回しているうちに生首は動きを止め、停止する。足元を見れば頭を失ったゾンビが地面に崩れ落ちていた。
「というわけであっさりと一匹討伐です。餌もゾンビを流用できるので、拠点周りのゾンビの数を減らすには便利です。あ、でもゾンビが完全に死んだかだけは確認しといてね!」
『早速家でやってみようかな』
『悲報:ゾンビ君、ギャグみたいに死亡(?)』
『銃使わずにできるのは素晴らしいけど、槍でもできるだろ?』
『突く動作で落下事故引き起こすのでNG』
コメント欄の加速は止まらない。生き残りの多くにとって拠点周辺のゾンビ討伐は急務であり、しかし道具が足りていない。銃は特に国内だと弾数が限られており、かといって近接武器は劣化と死のリスクが伴う。
だが今回の方法であれば、糸と金属棒と引っ掛けられる形状のものさえあれば再現可能だ。コメント欄を放置しながら俺は釣りを続けることで、30分後には近くのゾンビは大方いなくなっていた。
さて、これで目的達成のための障害を排除できた。ビルを降り、俺は向かいの建物に移動する。そこは串カツ屋であり、未だに電気がついている。というのも環境保護の一環で太陽光発電が推奨されたことにより発電所からの送電が止まっても電力を使える施設がいくつもあるのだ。この建物もその一つであり、狙いの冷蔵庫を見つけて扉を開ける。
中には未だに凍ったままの串カツたち。肉から野菜まで数多の食材がパン粉に包まれており、油で揚げるだけで食べられるようになっていた。
コメント欄は嫉妬で荒れ狂い、脳内からは《歓喜:く!し!か!つ!》と一瞬でキャラ崩壊した叫び声が聞こえてくる。背負ってきた電気で動く小型フライヤーに油を注ぎ、電源を入れた。
熱くなってきた油に冷凍された串カツを入れると、じゅわっという音とともにあっという間にきつね色の衣が現れる。周囲に香ばしいにおいが漂い、次々に串が揚がる。それを近くに保存してあった串カツ用ソースに漬けて、口に入れた。
「うーん、うっま! 衣のサクサクさと中のジューシーな脂がたまりません! あとは……衣のサクサクさが最高です!」
《揚げ物:最高!最高!最高!Lv3に上昇しました》
『同じこと繰り返すなよ、語彙の少なさバレてるぞ』
『食レポ配信者なのに食レポ下手なのなんとかしろ』
『腹減ってきたな……リスク覚悟で飯の確保に挑戦してみるか?』
『それなら飯田の過去アーカイブおすすめ。食レポ系配信者の癖にゾンビ退治講座が充実してる。いっそのこと改名してほしい』
『あああああああああああ!!!!!』
『お前の飯テロのお陰で、仲間が食料調達に協力してくれそうな空気になってる。ありがとうな飯田、でも許さん』
コメント欄は更なる嫉妬の声であふれているが俺としては知ったことじゃない。大事なことは1にうまい飯2にうまい飯。
しかし多くの人類は諦め始めていて、このままでは料理人がいなくなってしまう。保存されている美食もあっという間に駄目になってしまうだろう。
今の人類に必要なものは圧倒的な力でも魔法の如き奇跡でもない。「なんだこの程度か」という理解と経験だけだと思うのだ。だから今日も俺は配信を行い、食レポ(飯テロ)と情報の拡散を続ける。目的のために自分にできる範囲のことをする。ゾンビ出現前と何一つ変わらない俺の行動方針だった。
これは謎の声と共に、滅びた世界で最高の飯を追い求めて走り回る物語である。
『ゾンビ』
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が当初の開発目的だった。しかし欲望と悲嘆と奇跡がそれを歪め、現在の状態に変化してしまった。ゾンビはその成り損ないである。体内に⬛︎⬛︎の⬛︎を形成することが知られている。