食レポ系配信者 in ゾンビパニック 作:カナブン
「飯田君が生きていて何よりだ」
「
「普通は逆なんだけれどね……」
スーパーマーケットへの出入り口は封鎖されている。ゾンビが入らないようにするためであり、人間用の道はただ一つ、隣接するビルの屋上からはしごで移動するしかない。そんなわけで高所恐怖症なら失神しそうな道筋を通って俺は『スーパー』にたどり着いていた。
出迎えてくれたのは気の良さそうな警察官、警島太郎。年齢は50手前ほどで、短く切りそろえたひげがチャームポイントの男である。長年大阪近辺を担当してきたらしく、この『スーパー』における事実上のトップと呼べるだろう。
「『スーパー』内部の様子はどうですか?」
「相も変わらずだ。ただ今日、一組が『補給』をしにいった」
「補給?」
警島さんに連れられて階段を降り、屋上から居住者の住む2階へ向かう。警島さんは苦虫を嚙み潰したような表情で呟いた。
「酒とタバコが底を尽きたらしくてな。一階に行って回収する、なんて言って周囲の反対を振り切って行ってしまった」
「貯蓄は……ああ、一階にしかなかったんですね」
「うちに匿っている人間の中でもろくでもない奴らばっかりだったからな。死んでくれ、なんて一瞬思ってしまう自分がいる。ゾンビから生き延びる方法を広めている君に言うような言葉ではないが」
そんな弱みを吐くのも、警島さんが俺のことをある程度認めてくれているからだろう。この人も俺と同じように、ゾンビだらけの世界で生存方法を探している。他多くのあきらめている人間と違って。
「僕はそういうのが嫌で一人で動いているわけですから、お互い様ですよ」
「そう言ってくれると助かる」
二回り年齢が離れている相手に愚痴なんて、と警島は少し恥ずかしそうに顎鬚をいじる。そうこうしているうちに2階へ到着した。
広いフロアに鮮やかな広告が並び陳列棚には無数の商品が並んでいる。平時には多くの客が商品を手に取り買い物を楽しむ場であったが、もはやそのような様相は失われていた。電気は節電のために半分以上落とされており、周囲は薄暗い。その中で布団に包まる者や床にぼんやりと座る者の姿が見える。
ここが『スーパー』。100人以上の人間が暮らす避難所である。その強みは圧倒的な資材の量と屋上にあるソーラーパネルだ。ここにいるだけで電気と食料、そして水も確保可能。しかも一階から上る階段やエレベーターを封鎖したことによりゾンビの恐れもない。
だがそれ故に多くの人間が現状に満足し、緩慢に死を迎えようとしている。恐らくここに住む人間のほとんどがゾンビとの交戦経験が無い。一歩間違えれば即全滅しかねない危うさを秘めている。
俺は背中から荷物を取り出す。串カツを揚げるために貰ったフライヤーは『スーパー』から貰ったものであり、引き換えに物資を提供することになっていた。というわけで
「小型の斧、それと腕用のアーマーです」
「ありがとう、こればかりは『スーパー』内部で入手できないからな。入手先はホームセンターか?」
「ええ。荒らされた形式もなかったですし、もっと物資を提供してもらえるならさらに供給可能です」
「そいつは助かる」
俺たちが話し出した瞬間、周囲の人間の目がこちらに向く。ただ物資を渡すだけであれば屋上でやれば事足りるだろう。だがわざわざ警島さんが2階に連れてきた理由が少し分かった。
つまり警島さんは外に出ることができる、という事実を見せたかったのだろう。こんな状況でも問題に立ち向かう方法がある。悲嘆している暇があれば動くべき。そういうことを示したかった……のかもしれない。
真実はわからない。ただ視線は増え、「飯田……あの配信の?」という声が漏れるのを聞きとることができた。そしてマーケットの奥から見覚えのある姿が出てきた。
「よーっす先生! 何か面白いメカありましたか!」
「お、車坂ちゃん。今回はバッテリーだけだな」
「ありゃりゃ,残念っす!」
車坂夏帆。ショートカットの髪と低い身長が特徴的な高校生だ。年齢は18で、元気いっぱい、趣味は機械弄り! と公言する少女。その言葉は嘘ではなく、『スーパー』の中で最も活気に溢れた人間である。
実際、この娘のおかげで『スーパー』の設備が保たれているくらいだった。
《解析:車坂夏帆は特異的な拡散磁場を保有している。変異した■■の■を摂取している可能性あり》
……そして脳内からは毎回妙な報告が流れる。この意味について深堀りしてもエクスは回答を行わない。だが警告ではない以上、そこまで大きな問題だと判断していないのだろう。あるいは、俺が気が付かないほうが都合がよいのか。
まあエクスが敵ではないということだけは確かなので、いったんそれを頭の外に追いやる。人懐っこい少女は俺を見てコテンと首をかしげる。何でもない、とごまかすように車坂の頭をなでるとくすぐったそうな表情になる。
「いやーおじいちゃんを思い出すっすよ、死にましたけど!」
「そういうことを気軽に言うなよ」
「みんなそうじゃないっすか。過去のことより今のことっすよ。それより配信みてたっすよ! 何ですかあれ、ゾンビがあっという間に討伐されていくじゃないっすか! あ、串カツといえばなんですけど新しい調理器具を発見しまして」
車坂のマシンガントークに思わずたじろぎながら、少し懐かしいと顔が綻ぶ。確か大学の後輩がこんな感じのやつだった。多分死んだだろうけれど。
「今度は何だ?」
「ホットサンドメーカーっすよ! シンプルですけど持ち運びしやすいですし、何より配信映えするっす!」
「結構前の流行だけどありだな……」
「これあげるんで、代わりに何か取ってきてほしいっす!」
俺と『スーパー』の関係は、つまるところ持ちつ持たれつ、というやつだ。壊れていたり荒らされている店を何件も回って目当ての物資を探すより、『スーパー』で探してもらったほうが早い。逆に『スーパー』は性質上、武器の類や専門的な品については欠けている。
ここがいつまで持つか分からないが、できるだけ長持ちしてほしいというのが俺の思いだった。どう頑張っても体は一つ。安定して物々交換ができて、警島さんなどの信頼できる大人もいる。ここは取引相手として理想だった。
「できればもっと動いて欲しいんだが」
もっと欲を言うのであれば、引きこもっているばかりでなく物資を自力で集めたり、拠点の拡張もしてほしい所である。そして俺に料理を振舞って欲しい!
そんなことを思っていた時であった。やけに奥が騒がしい。警島さんは何かを察したのか、足早に騒ぎの中心に向かって駆け抜けていく。俺と車坂ちゃんも後を追う。
人垣を超えた先には怪我を負った三人の男がいた。彼らは手に何も持っておらず、這う這うの体で逃げ出してきたという有様だった。警島さんは声を震わせながら言う。
「……荒本君、酒を取りに行った他の3人は?」
「ゾンビの仲間だよ! いいからとっとと治療したまえ!!」
警島さんの問いかけに中心にいた太り気味の男、荒本がそう叫ぶ。彼自身は噛まれたわけではないのだろうが、爪に引っかかれたりこけたりしたのだろう。体のあちこちに擦り傷や切り傷がある。彼らが話に聞いていた「酒やたばこを取りに行った、ろくでもない奴ら」なのだろう。
最も傷が派手なのは荒本であり、皆が彼に注目する。だが俺は別の悩みを抱えていた。荒本の隣にいる、一見無傷そうな細身の中年男性。これはエクスの情報である。どうやってこれを説明すればよいだろうか。
《警告:左の男は寄生されました。一定時間後「成り損ない」へ変質します》
『拡散磁場』
厳密には誤用である。■■は通常の磁場と異なる作用により、その磁場による特殊信号が遠隔まで拡散される様子をそう表現した。つまるところ『マーカー』である。
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