「ありえません、ね!」
「ありえないですよ!プロデューサー!」
ばっさり切り捨てられた。
これ以上を求めるのは酷というぐらいにばっさり。
自分としてもわかりやすく解説したつもりで、そんな配慮をしたのもこの質問が如何に彼女達の中で大きいものかを考えて、のことだったのだが、どうも失敗に終わったようだ。
この、ゲームで自分が辛勝した敵を目の前であっさりと倒されてしまう感覚。
すごくつらい。
「…あのさ、もうちょっとくらい考えてくれないか?
けっこう重要な質問をしたつもりなんだが…」
「わかってますよっ、重要なことくらい。」
そういうと彼女はクッキーを一つ齧った。
あ、上手くできたみたい。と味を見て喜んでいる。
彼女の名前は天海春香。
我が765プロが抱える数少ないアイドルの一人である。
リボンがトレードマークでいつも髪を結んでいるのだが、今さっきまでお菓子を作っていたため頭には三角巾が巻かれている。
「あっ、春香ばっかり食べないでよ!僕も作ったんだから!」
そしてこの少年、じゃなかった少女は菊地真。
この子もまた765プロのアイドルで、一言で言うとイケメンである。
が、本人は否定しているため様々なところで女の子らしくあろうとしている。
それは今のこの微妙に似合ってないフリルのついたワンピースでわかってもらえるんじゃないかと思う。
「いや、お菓子の話をしてないで俺の話もだな…」
おっと。
俺の紹介が遅れたか。
別に言わなくてもいいが、語り手の素性がはっきりしないのはすっきりしないだろう。
俺はアイドルプロダクション、765プロのプロデューサーである。
今目の前にいるこの子たちも俺のプロデュースしているアイドルだ。
実はあと一人俺のプロデュースしているアイドルがいるのだが、今日はまだ来ていないようだ。
「だーかーら、考える必要もないですよ、そんな話!」
「いや、例えばの話じゃないか。例えばここの事務所じゃなくて…ほら、876プロとかだったなら?」
「んー…876プロ…ですか…」
「そうだ、そこで自分はうまくやれるのか?とか」
「いえ、無理ですね。」
「…思い切りがいいな、真…」
こういうところがイケメンイケメンと呼ばれる原因なのだが、自覚していないあたり真らしい。
「だって、多分ここじゃないと取れなかったと思いますよ?IU。」
「ああ、まあ確かにな…」
アイドルアルティメイト。
その頭文字をとってIU。
このアイドル業界の中で一際輝く称号である。
全国のアイドルがIU本選を目指してひしめき合っている。
これを手にしたものは真のトップアイドルになれると言われており、正に畏敬の象徴と言えよう。
だが。
うちにはそのIU所持者がいる。
三人ほど。
IU、まさかの三人同時受賞である。
大会側も初めてのことだという。
しかも同プロダクションからだ。
さすがに現地で見ていた者としても目を疑った。
タチの悪いどっきりじゃないかとも思った。
が、トロフィーを彼女らが授与されたのを見たとき、疑心は歓喜に変わった。
今となってはいい思い出だ。
「まあ…それを言われるとな…」
「でしょ?そんな質問、するだけムダですよ。
やよいも多分そう言うと思いますよ。」
「…そうか?」
「そうですよ、やよいならきっとここじゃないとダメだって言いますって。」
「ふむ…」
高槻やよい。
俺のプロデュースする三人目のアイドルだ。
そもそも年齢自体幼いのだがより若く見えるその愛らしい容姿と人懐っこく思いやりに溢れた性格から老若男女全ての年齢層のファンがいる。
春香、真、やよいの三人の中で彼女こそ真のIUなのではないかとの説を展開する審査員もいたという。
「ふむ…そう言われるとこちらとしては反論材料がなくなる訳だが…」
「別に反論してもいいですけど…ボクら論破はされても負けはしませんよ?」
「…どうしてだ?」
「だって私たち、ここが好きなだけですもん。」
「………」
甘かった。
彼女たちの中での問題の大きさを測り損ねていた。
小さいから即答したんじゃない。
大きいが故の即答だったのだ。
ここが好きなだけ。
それだけで全てを信頼できる。
どれほどに大きいのか、もはや予想もつかないが。
「ふう…わかったよ、俺の負けだ。」
「え、これ勝負だったんですか?」
「違う、言い方が悪かっただけだ。身構えるな。」
「お菓子対決なら負けませんよ!」
「勝手にジャンルまで決めないでくれ、そしてさり気に自分の土俵で戦おうとするな。」
「プロデューサー、ボクに勝ったらスリーサイズ教えてあげますよ?」
「おう、もう知ってるからまたいつかな。」
「なんなら下着のローテーションまで教えてあげますよ?黒のレースです。」
「別にいらないって言おうとした瞬間にもう言ってるじゃないか!」
「明日はブタさんパンツです。」
「今日の下着との落差!」
「プロデューサーになら…いいかなって」
「やめてくれ、俺にはお前を背負うのは荷が重い。色んな意味で。」
「ひどい!真とそんな関係なんて!私とは遊びだったんですか!?」
「別に春香とそんな関係になった覚えはないってクッキーに話しかけてるのかよ!なんだその状況!」
「あ、すみませんこっちでしたかプロデューサーさん。」
「うん、春香が俺にどういう類のいじめをしたいのかよくわかった。だからちゃんと俺の目を見て話してくれ。それはブタの貯金箱だ。」
なんかブタに富んでるなこの事務所。
いやブタに富んでるってどういうことだ。
「類は友を呼ぶってやつじゃないですか?」
「おっ、真は賢いなー。ことわざ出てくるなんてなー。謝れ!」
「なんでですか!」
「よくよく考えたらそれほどひどい悪口最近ないぞ!なんだブタの類友って!それブタじゃないか!」
「三元豚ですか!?」
「食いつくな!ブタじゃないって話をしてるんだ!」
「牛!?」
「神戸ビーフ!?」
「やめてくれ…もうほんとやめてくれ…お前らが仲いいのはわかったから…」
「『こうして日課のじゃれ合いを終え、コーヒーを飲み干した俺はジャケットを勢い良く羽織り颯爽と営業に出かけるのであった。』」
「やめろ春香。勝手にナレーションをつけてハードルを上げるな。」
あと日課って。
別に日課に設定した覚えはない。
しかしよく考えると、確かに毎日やっている気がする。
日課なのか…?いや、認めない。
なんかよくわからんがここで折れれば後悔する。多分。
「と、冗談はここまでにしてプロデューサー、やよいちょっと遅くないですか?」
「ん?ああ…」
確かにそう言えばそうだ。
あのやよいがこんなに遅刻するなんて珍しいこともあるものだ。
いつもなら一番に来て窓でも拭いていそうなものだが。
「よし、ちょっと家に訪ねてみる。」
「合鍵は郵便受けの中です。」
「誰が春香の家に行くと言った。」
やよいの家だやよいの。
「プロデューサー、ボクも行きましょうか?」
「いや、収録に支障が出たらまずい。俺一人で行くよ。」
とは言ったものの。
それはそれで支障が出る。
この子達が間に合っても、俺が次の番組に間に合わないのだ。
送り迎えは人手がない以上俺がやるしかないのだが、それを音無さん一人に任せてしまうのは非常識というものだろう。
さて、ならば…
「なあ、真、春香。頼みがあるんだが…」
「ええ、いいですよ。」
「…早いな」
「考えたらわかりますよ…収録には各自で行ってくれないか、ですよね?」
「…ああ、申し訳ない。」
「謝らないでください!ボクらもそれくらい出来るんですからね!」
「私達トップアイドルですよ?トップアイドル!」
「…そうだったな、任せていいか?」
「やよいの身の安全には代えられませんよ!」
いつだったか、この子達は大賞受賞後のインタビューで「受賞の理由はなんだと思いますか?」という質問にこう答えた。
『団結、です。』
あれは決して誇張などではないのだろう。
だから安心させてあげなければならない。
絶対にやよいの元気な顔を見せてやると。
「ああ、必ずやよいと一緒に帰ってくる。」
「…死亡フラグですか?」
「違うわ!」