(……おっ、見っけ!)
森の中黒髪の少年は、遠くにいる動物を見つけると心の中で喜びの声を上げる。そして動物が此方に気付いてないのを確認すると、背中にある矢筒から矢を取り出す。その矢は左手に持った弓の弦につがえた。
(狙うのは……後ろ足)
動物の後ろ足を見つめながら精神を研ぎ澄ませ、相手に気づかれないように静かに弦を引き絞る。充分に弦を引き絞った後に手を放すと、矢は吸い込まれるように動物の後ろ足に突き刺さった。
「キャウッ!?」
「よし…!」
狙い通りの場所に当たったことに喜びながら、直ぐさま弓を地面に置くと、動物の居る場所目掛けて走り出す。動物も自分を襲う存在を察知して逃げようとするが、足を怪我したせいか上手く走れず動きが遅い。
そのような足の遅い動物に追いつけないわけもなく、少年は動物の後ろに躍り出た。そして走りながら引き抜いた懐に有った短剣を、逆手に持ち動物に向けて振り下ろす。
「ハッ!」
「!?…キューン…」
その短剣が動物の急所を貫くと、動物はか細い鳴き声を上げて息絶えた。その様子を確認すると短剣を引き抜き刃に着いた血を振り払う。その後少年は動物に向かって手を合わせた。
そして持っていた布で短剣に着いた血を拭うと短剣をしまう。動物との距離は余り離れてはいなかったので、直ぐに弓は回収出来た。
「……さてと、解体しなきゃな…」
武器を回収し終えると、少年は短剣とは違う解体用のナイフをバックから取り出し、動物の解体を始めていく。
その解体の手際は慣れたもので、あっという間に解体を終えると可食部をバックの中にしまった。それでもバックに入りきらなかった肉は…
「お先に頂いてこうかな!」
そう言うと動物を担いで場所を移動する少年。彼の名はジード・グラウト。狩りを生業としている、とある村に住む少年だ。
「ご馳走様…!」
動物の肉が有った場所に手を合わせると、暫し食事の幸福感を味わうジード。そして腹を擦りながら食べたものの感想を呟く。
「骨も意外といけたなぁ……」
骨は硬いがそれをバリバリと音を立てて食べたジード。彼の歯と顎は強靭であり、石をも噛み砕ける程だ。そのせいか動物の名残りは残ってない。
「ふぅ……。…ん?」
先程まで口の中に有った味を噛み締めていると、ふと自分が誰かに見られているような感覚がした。
「──ッ!」
それを感じた瞬間、直ぐ様起き上がると弓を持ち辺りを警戒する。
(何故此処で……?)
辺りを見回しながらそう頭の中で疑問を呈する。実際、此処は森から離れた場所だ。何時もこの近くを休憩地点にしていたが、今まで動物と接触する事は無かった。
(…視線は何処からだ?)
その疑問は後にして何処から自分を狙っているのかを探るジード。
すると上から迫りくる気配を感じた。直ぐに地面を蹴ると目の前に転がり込む。そして転がり込んだ後に直ぐ様後ろを振り向くと…
「…エクルか……!?」
長い尻尾、どっしりとした太い四つ足、体中に生えている体毛は刺々しく、目は殺意に満ちていてその口からは大きな牙が見えた。
エクルとは人を優先して襲いかかる生き物の名だ。しかし、ジードが驚いたのは其処では無かった。
(こんなデカいの初めて見るぞ……!?)
ジードもエクルには何度か襲われた事がある。しかし、今までのエクルは大きくても中型ぐらいの四足獣だった。だが今、目の前にいるエクルはジードの倍以上はある巨体をしている。
(…クソっ!今は取り敢えず隙を作って…)
ジードも普通のエクルならば何とか対処出来るが、これ程までの大きさのエクルはジードの手に余る。
そう判断して逃げようとした瞬間、エクルが後ろ足で地面を蹴ったのが見えた。迫りくるエクルの攻撃を避けようと即座に身を捩るが…
「──え」
身を捩ったお陰か直撃は避けたが、エクルの振り降ろされた右前足の爪に右腕を切り落とされる。
その事実に一時呆けていると、振り降ろした右前足を軸に回転を加えたエクルの尻尾がジードの胴体に当たる。
「ガハッ…!」
それを諸に食らったジードは吹き飛ばされる。近くの木に叩きつけられたお陰か、其処でジードの体は空中から大地に落ちた。
だが受け身を取れなかったせいか口からは血を吐き出し、体中が痛む。幸いにも頭はぶつけなかったが視界が安定しない。そんな隙だらけのジードにエクルがまた襲いかかるが…
「──!」
「グウッ!?」
残った左手を前に突き出し強烈な光を放つジード。これはジードが覚えている、光を灯す魔法を極限まで強く放ったものだ。
殆どの魔力を注ぎ込んだ甲斐もあってか効果は覿面らしく、エクルは悶え苦しんでいる。その間に何とか体を起こして逃げ出すジード。
「ハァハァ……クッ…!」
近くにある洞窟に逃げ込むと、応急処置として止血を行う。遅れてきた痛みに耐えながらも止血は済んだ。しかし…
(いずれは見つかるか……)
どれほど鼻が利くかは分からないが、この洞窟まで来るのに滴り落ちた、血の跡の匂いを追いエクルはこの洞窟を見つけ出すだろう。
(……無理そうか)
何か対抗出来る術はないか考えたが、武器の殆どはあそこに置いてきた。常に持ち歩いている短剣は有るが右腕が無い今、上手く扱えないだろう。
そもそもあのエクルに短剣が通じるとは思えない。魔法を使おうにも魔力量はもう殆ど無く、仮に有っても簡単な魔法しか習っていないので意味が無い。
「ご飯食べた後で良かったな……」
此処で自分は死ぬのだと思ったジードは、最後に食べていた動物の事を思い出す。死ぬ前に食事を楽しめたのは良かったなと感慨に耽っていると…
「その状態でも食に拘るとはな…」
「──ッ!?」
急に洞窟の奥から声が聞こえる。驚いてそちらを見ると其処には暗闇が覆っている。その暗闇の中に、何かが居ると警戒しながら強く睨んでいるとその暗闇から声を発した生き物が姿を現す。
「……グニョグニョ?」
「…その呼ばれ方は初めてだな」
其処には粘液状の形をした生物が居た。その流動体の体には無造作に目と口が付いており、その口から声を出しているのだろう。ジードの言葉に少し困惑しながらも、その生物は話を続ける。
「いやはや、いきなりよく分からない場所に出たと思ったら、死にかけの人間に会うとはな」
(何だこの生き物…?)
ペラペラとよく喋る得体の知れない生物に、興味と警戒が混じった視線を向けるジード。
今まで生きてきたがこのような生物(?)を見たのは初めてだ。そしてその生物が喋っている姿を見ていると外から唸り声が聞こえた。
「…グォォ…!」
「…ッ!」
「お?」
どうやら、あのエクルはジードの近くまで迫って来ているらしい。
よく分からない生物に会いはしたが、死が迫っている事に恐怖を覚えるジード。そんなジードの様子を見て生物はジードに話し掛ける。
「ふむ。人間の様子を見るに……貴様、外のやつに狙われているのか?」
「…そうだ」
「そうか…うーむ……」
今更隠してもしょうがないので生物の質問に素直に答えるジード。それを聞くと悩む素振りを見せる生物。すると何かを決めたのかジードを呼ぶ。
「おい。人間」
「何…?」
「私の寄生先にならないか?」
ジードに寄生させろと提案してくる生物。内容を聞くと、この生物は人間に寄生する事で長く生きてきたらしい。そして寄生している人間がいない今、ジードをその寄生先に選んだようだ。
「嫌ならば─」
「なる」
「……は?」
直ぐに了承するとは思わずに交渉をしようとした生物だが、ジードの即断即決の言葉に面食らう。
「どうせこのままなら死ぬしね…」
「フフフ…話が早いのは良いぞ!人間!」
「だけど...」
理由を聞くと納得したのか笑い出す生物。ジードもこのまま死ぬよりも少しでも生き残る可能性に賭けた。その決断の早さを気に入ったのか生物は上機嫌だ。そしてジードは最後になるかもしれない頼みを生物に言った。
「せめて俺の意識がある内に、何か美味い物を食わせてくれ」
「……貴様とは気が合いそうだったな。人間」
寄生された後に、自分の自我は無くなるとジードは思ったのかそう生物に頼む。
自分が居なくなる最後まで、食の事を気にするジードに生物は違う形で会えれば良かったなと心の中で思う。
「……では始めるぞ」
「ああ…頼むよ…」
いよいよ始まる生物の寄生にジードも覚悟を決めてか目を瞑る。そして生物は、体を膜のような形に変えてジードの体に覆い被さった。
エクルは苛立っていた。血の匂いを辿って洞窟まで行ったのだが、其処には血が有るだけで誰もいなかったからだ。それはつまり、あの人間を取り逃したということだ。
あの手負いの状態でどう逃げたのか疑問だが、そんな事よりも自分が人間を仕留められなかった怒り、小賢しくも上手く逃げた人間への怒りと2つの怒りを抱いて歩いていると…
「──グォッ!?」
突如、頭に強い衝撃を感じた。その威力に倒れ込むエクル。遅れてきた痛みに何が起きたのか分からず混乱する。
「命中…!」
「やるじゃないか。人間」
頭に当たった、巨大な鉄の弾の威力に悶えているエクル。その様子から狙い通りの場所に当てられたようだ。そのジードの遠距離射撃の腕前に"ジードの右腕"から称賛の言葉を言う生物。
「それにしても、こうなるとは…」
ジードは自分の右腕を見つめながらそう呟く。その右腕は大きな筒状の形をした、大砲のような姿をしている。
どういうわけかこのような状態になった。だがそのお陰で、エクルには大きなダメージを与える事が出来たようだ。
「…そんな事、気にしている暇が有るのか?」
「おっと、そうだね」
生物に注意されエクルの方を見るとエクルは此方を見つけたのか物凄い速度で走ってくる。その目には強い怒りが籠もっていた。
「ま、守り!」
「ふん、油断するからだ」
もう殆ど目の前にいる、エクルからの攻撃に対し慌てて防御を頼むジード。それに軽く悪態をつくと大砲の形からジードを覆うような丸い形に変形する生物。その膜はエクルの爪を弾いた。
「ガッ!?」
爪での攻撃が通らなかったので、自慢の牙で噛み砕こうとしたがその余りの硬さに動きを止めるエクル。
「ハンマー!」
その言葉を言うと膜が消え、瞬時に右手から先がトゲ付きの巨大なハンマーになる。エクルは噛み付いていた膜が無くなったせいかバランスを崩した。その隙に、体をクルリと回して遠心力を加えたハンマーをエクルの頭に叩きつける。
トゲが付いていたお陰か硬い皮膚を突き破り、エクルの頭からは血が流れ出た。2度も同じ場所に攻撃を食らったせいかふらつくエクル。ジードに直ぐ近づく為に、ダメージを無視したせいか今度は直ぐには立ち直れない。
「ロープ!」
隙だらけのエクルに、今度は右腕を紐のようにして近くの木に引っ掛け、紐の長さを急激に縮める事で勢いよく空に舞い上がるジード。
「──もう一回…ハンマー!!」
空中でまた、右手の先を巨大なトゲ付きハンマーに変えると自分の体重を加えた、強烈な打撃をエクルの頭に与える。
その一撃を食らうとエクルの頭はぐしゃりと嫌な音を立てて潰れた。
「ハァハァ…終わった…?」
「ああ…死んでるな」
息を荒げながらエクルの様子を生物に聞くジード。その言葉を聞くと生物はハンマーから形を変えて、最初に会ったような手がついてる形に戻る。そしてエクルに触り息絶えたのを確認した。
「ハァハァ……」
「ふむ…まあ仕方ないか…」
ジードも体力には自信が有ったのだが、大きな傷を負った事、エクルとの戦い、慣れない戦い方による疲労等、今すぐ倒れてないのが不思議な程だ。そしてそれを見た生物は先にやる事を済ませる。
「さて…頂くとするか…」
「!?」
そう生物が言うと、形を変えて大きな口に変化する。その大きさに驚き、何かを言いたかったが疲れからか黙っている事にしたジード。
「モグッ…!モグッ…!」
(……美味しそうに食うなぁ。エクルってあんま美味くないのに…)
その大きな口でエクルを嚙っていく生物。昔にエクルを食べた事はあるが、余り美味しくはなかったことをジードは思い出し、不思議そうに生物を見る。すると…
「ん?」
ジードの体の傷が治っていき、疲労もかなりマシになった。その事に驚いていると生物が食事をしながら、体から細い触手のようなものを出して地面に文字を書き始める。
(読めない…!)
地面に書かれた文字を見るが、知らない文字なので生物が何を言いたいのか分からずに頭を抱えるジード。
(…こいつ、文字が読めないのか)
エクルを食べながら呆れたようにジードを見る生物。一度食事を止めて説明すればいいのだが…
(食の方が大事だな)
少しも迷わずに、エクルを食べる事を選び一心不乱にエクルに齧りつく。そして暫し経つと生物は食事を終えた。
「……中々イケるな、こいつ」
目と口がある形態に戻ると、エクルが居た場所を見つめながら満足そうにエクルの味の感想を言う生物。そしてジードの方を向くと生物は憐れむように言葉を発する。
「…人間、貴様文字が読めないのか……」
「いや、一応学校行ってたから読めると思うんだけど……」
文字を読めないと言われて、ジードは反論するが生物はその言葉を胡散臭そうな様子で見つめ返す。
「結局、何て言おうとしたの?」
「ああ…それは─」
文字の事は置いておき、先程自分に起きた現象について聞くとこの生物は、食べたものをエネルギー等にして蓄積する機能が有るらしい。
なので一体化している自分が傷を負った場合、そのエネルギーで傷を治してくれるようだ。生物に原理を聞いたが余りよく分からないとの事。その様子に、自分も知らない事は有るくせにと内心愚痴るジード。
「あっ、そういえば。…名前何て言うの?」
今更だが、この生物の名前を聞いていないと思い出し名前を尋ねるジード。すると生物は面倒臭そうに喋り始める。
「名か、確か……寄生体、死体動かし、乗っ取り悪食、暴食粘体─」
「…そういうのとは違うかな」
異名らしき名前をつらつらと述べる生物に、人間が使うような名前を教えて欲しいと聞くと、生物はそちらの名前かと納得したようだ。
「その名ならば無いな」
そうあっけらかんと言う生物。しかし、いちいち生物と言うのは紛らわしいとジードが名前を考える。その提案を話すと生物も好きに呼べと肯定してくれた。
「んー…操る。……ミサオ?」
「やめろ」
好きに呼べと言った癖に、気に入らない名前は嫌なようだ。仕方なく、色々と名前を思い付いては話すがどれも却下される。
「……あっ!カラクリとかどう!?」
「カラクリか……」
何度目かの名前の提案に今度は直ぐに却下せず暫し考え込む生物。すると…
「……まあ、その名ならば良いだろう」
「良し!名前は決まったな。次は……」
どうやらこの名前は気に入ったのか、許可を出すカラクリ。そして名前が決まったならばすることは1つとジードは話し出す。
「俺の名前はジード・グラウト!村で狩人をしているんだ!よろしくねカラクリ!」
「…一応の名前はカラクリ。貴様が死ぬまではよろしく頼むぞ」
カラクリの素直じゃない言葉に、ジードが一言言うが、あることを思い出すとその場所目掛けて走り出すジード。
「?…何処へ行くのだ」
「バックに入れた肉!!」
逃げる時に置いてきた肉、生き残ったジードにとってはそれを回収するのが今の一番の目的であった。その言葉に、カラクリは溜め息をつくがどっちもどっちである。
CHIPS
エクル
惑星アムスにいつの間にか現れた生命体。基本は狼程の体躯をしている。この生物は人だけを狙って襲う。
大型エクル
今回ジードを襲った巨大なエクル。その強さは、通常体の何倍もある。