「エクルの活発化……」
幾つかあるモニターの中からその項目を見ると、男の作業の手が止まる。
其処には最近エクルが変異し、凶暴化していると書かれた報告が多数有った。男はエクルについての報告が書かれたモニターを最後まで読み終えると険しい顔を浮かべる。
「またか……」
体を椅子に預けながらそう愚痴る。そして暫し考え込んだ後、椅子から立ち、近くにある窓に向かう。其処から見える人々は活気に溢れていて楽しそうだ。
しかしそれを見つめる男は悲しそうに窓の外の人々の営みを見つめ、心は今にも罪悪感に押し潰されそうだった。
(今更だ…今更だろう……)
胸に手を宛てながら心の中で強く言葉を反覆していく。そうしなければ、今にも自分の心が音を立てて崩れてしまいそうだから。
「良かった〜!」
「………」
落としたバックの中身は無事らしく、バックを掲げて喜びの声を上げるジード。そんな喜ぶジードを尻目にカラクリはジードの右腕から口と目を生やし、その生やした口から質問を投げかける。
「……で、次は何処だ?」
「俺の家!」
「ほう…」
次は何処に寄り道するのかと、カラクリは面倒臭そうな態度を隠そうともせず話し掛ける。
だが今度は大人しく自分の家に帰るというジード。ジードの住む場所には興味が有るのか先程までの態度とは違い乗り気な様子だ。
「貴様の家か……確か村に住んでるんだったな」
「そう!ベーグ村!」
先程自己紹介された時に言っていた事を思い出しながらジードに問いかけるカラクリ。するとジードは元気良く自分の住んでいる村の名前を言った。
「…此処からどれくらいだ?」
「うーん。もう少しかな」
村の場所を知らないカラクリからしたら、どれほど時間が掛かるのか分からない。
なのでジードに距離を聞くつもりで問いかけたが、ジードは感覚的な言葉を返す。その言葉にそうじゃないと思い、カラクリがまた声を掛けようとするとジードが何処かを指差した。
「あそこあそこ!」
「…ふーむ。まあ…想像通りの村だな」
実際、時間は余り掛からずにベーグ村には着いたようだ。ジードの言った事は間違いではなかったらしい。
そしてジードが住む村に着いたならば、その外観を見てやろうと目を凝らして見るが、余り想像から離れてはいないベーグ村の外観にガッカリするカラクリ。
村がすぐ其処まで近付いて来たのでカラクリは目と口を無くし、ジードの右腕になりすます。
ジードも右腕になったカラクリを確認した後、ベーグ村の中へと入っていく。すると帰ってきたジードに気付き、年老いた女性が挨拶をしてくるが…
「お帰りジード!……ってあんたどうしたんだい!?」
ボロボロのジードの姿を見て驚きを露わにする老婆。今のジードの見た目は、服には血がべっとりと染み付いており、右腕に掛かっていた袖が無くなっている。
更にはエクルに吹き飛ばされたせいか体中汚れまみれだ。こんな姿を見れば誰しもが驚くだろう。その老婆の声に村人達が集まって来る。
「うわっ!ヤべーじゃん!どうしたん、ジード!?」
「早くダンドワさん呼ばないと!!」
「大丈夫…?ジード?」
ジードもこの姿をしていれば騒がれるとは思ったが、替えの服が無い。なので何とか誤魔化して家まで直ぐに帰ろうとしたが、丁度良く今は村人が沢山居る時間だったらしい。
集まってきた村人達はジードの姿を見ると心配し、一人の青年は誰かを呼びに行った。
(何だ貴様。人気者だな)
(えっ!?…なにこれ?)
そんな自分を心配する皆に大丈夫だと声を掛けていると、頭の中にカラクリの声が響いた。急いで目だけで右腕を見るが、其処には口が付いていない。
なので本当に頭の中に直接話しかけて来ているようだ。それに驚いているとカラクリが説明を始める。
(私と貴様は一体化していると言っただろう。これくらいは造作もない)
(へぇー、そうなんだ……)
一体化するとそんな事も出来る様になるのかと感心するジード。先のエクルとの戦いやその後の傷の回復といい、カラクリと一体化していると便利だなと思っていると。
先程誰かを呼びに行った青年がジードの方に走ってくる。その後ろにはジードがよく知る相手が居た。
「こっちです!ダンドワさん!」
「…あっ、ダン爺」
「…!」
ダンドワという長い杖を持った老人を連れて来た青年。その老人の姿を見るとジードは気まずそうにその老人の名前を呟く。ダンドワと呼ばれた老人はジードの姿を一通り見る。するとジードの右腕を見た瞬間、その老人の目は強張った。
「……バレたかなぁ」
(おい、こいつは誰だ?)
(…ダンドワ・シークバウル。うーん……俺の保護者みたいな人かな)
ダンドワの視線が自分の右腕を一瞬凝視した事に気付いたジードはボソリとそう呟く。その声が小さく聞き取れなかったのか、カラクリはそもそもこの老人が誰なのかを聞いてくる。
その質問にジードが答えると先程馴れ馴れしく喋り掛けたのはそういう事かと納得する。そうして2人が頭の中で会話をしているとダンドワが声を上げる。
「皆の者!ジードは儂に任せて戻るのだ!」
ダンドワはこの村の村長を務めている。そのため村人達も、ジードが心配ではあるが一言ずつ声を掛けるとその場を離れていく。そうして村人達が居なくなるのを確認したダンドワはジードに話し掛ける。
「……ジードよ。ついて来い」
「分かった」
ダンドワの言葉にそう返すとジードはその後をついて行く。ダンドワは自分の家で話をしたいらしく2人はダンドワの家を目指して歩く。幸い余り遠くはないのでダンドワの家には直ぐに着いた。
「其処だ。ジード」
「よいしょ…っと」
「さて……」
家の中に入ると、居間を抜けて奥の開いた部屋に案内されるジード。そしてジードに座布団の上に座るように促すダンドワ。
ダンドワはジードが座ったのを確認すると自分もジードの目の前にある少し離れた座布団に座り込む。そして2人共に座った後ダンドワは口を開いた。
「お主…右腕に何かを宿して居るな?」
「!」
(バレただと…!?)
そう右腕を見ながらジードに問いかけるダンドワ。やはり気付いていたかとジードは思うが、カラクリはまさかいきなりバレるとは思わなかったのか、ジードの頭の中で驚きを露わにする。
(やはりか……)
ジードの反応から見間違いではなかったかと思うダンドワ。そしてジードに嘘は許さぬと強い眼差しを向ける。
「…うん」
(おい貴様!私を売るつもりか!?)
(そんなつもりは無いけど…此処まで来たら隠せないって!)
その瞳を見て隠すのは無理だと思ったジードは正直に答える。その回答に激怒するカラクリだが、この状況で隠すのは無理があると言い返す。そうして脳内でカラクリと言い争っているジードを見てダンドワがジードの右腕に話し掛ける。
「いい加減、出て来るがよい」
「チッ…!……何でバレた…?」
「儂程でなくとも、見るものが見ればバレバレだぞ」
「何だと…!?」
ダンドワはの言葉に諦めたのか、素直に右腕を変形させて何時もの姿になるカラクリ。
どうして自分の擬態がバレたのかを聞くカラクリだが、ダンドワ程の実力が無くてもカラクリの擬態は見抜けるらしい。その事実に驚いた後にカラクリは悔しそうな表情をした。
「ふむ…お主は恐らく、異流現象に巻き込まれた異流体であろう?」
「は?…何だそれは?」
「あー、やっぱりそうなの?ダン爺」
「!…お前も知ってるのか!?」
異流現象。惑星アムスにて発生する、異なる世界から生物や物体が流れてくる現象。
カラクリもこの異流現象にてこの惑星アムスに流れてきたのだろう。それを話すと、カラクリはジードに何故早く言わなかったのか問い詰めてきた。
「いや、だって確証は無かったし……」
会話の節々でそう思う要素は有れども、ジードも全てを知っている訳ではない。なので自分の知識不足なのかなと、カラクリの使った知らない文字等をスルーしていた。
「で、何故、そのような状況になっておるのだ?」
「…喋っていい?」
「…はぁ…此処までくれば仕方ない…」
ジードとカラクリの会話を聞いていたダンドワはその会話が終わったのを見計らい、ジードの状況について尋ねる。ジードはカラクリに話してもいいか聞くも、カラクリも今更隠しても仕方ないと判断し、話す事を許可した。
カラクリの許可も出たので自分に起こった事を話すジード。それを聞いたダンドワは、大きなエクルという単語を聞くと険しい顔をしてジードに問いかける。
「…そのエクルの様子について、詳しく話してくれぬか?ジードよ」
「?分かった。先ずは─」
「そうか…」
あのエクルとの遭遇から、倒した後までのエクルの様子と感じた事をダンドワに話すジード。それを聞いたダンドワは険しい顔のまま1人考え込む。
(…特別変異では無いか?……ならば……まさか…)
ダンドワはそのエクルに心当たりが有るのか思考を進める。しかし、どれも当たっては欲しくない予想ばかりがダンドワの頭の中に浮かんでは消えていく。
「…どうしたの?」
「……いや。先ずはお主の状態からだな。…おい、異流体!」
「ん?」
ダンドワのその様子を見てジードが心配そうに尋ねると、ダンドワは一度思考を止めて、今はジードの体に起こった変化を突き止めるのが先かと、この状況を引き起こしたカラクリに話しかける。
「そうだなぁ……。っ!話す!話すから!その杖を向けるな!」
「それでよい」
馬鹿正直に話すのも癪なので、はぐらかして話そうとするカラクリにダンドワが杖を向ける。
その杖から不気味なものを感じたカラクリは正直に話すと言う。その言葉に、静かに杖を下ろすダンドワ。杖を下ろしたのを確認すると渋々とカラクリは説明を始める。
ジードが右腕を失くした時にカラクリが寄生したせいか、今のカラクリはジードの右腕から生えている。
その右腕はカラクリなので、基本的にはジードが動かす事は出来ないが先程まで隠していたように、カラクリがジードに右腕の操作を任せれば、傍目には普通の腕に見える。
「して、影響は?」
「……チッ」
「カラクリ…」
そこで説明を終わらせようとするカラクリに本題を話せと促すダンドワ。あわよくば誤魔化そうとしていたのかカラクリは不満気だ。あくまでも隠そうとするカラクリにやや呆れた様子のジード。
「ふん…余り影響は無いだろうよ!」
「ふむ…」
どうやらジードの事を上手く乗っ取れなかったらしく、やけっぱちにカラクリはそう言い放つ。その言葉に少し頷くと、ダンドワは無言で続きを話すように目を向ける。
「…私も詳しくは知らん」
生きた人間に取り憑くのはジードが初めてらしく、それ以上は分からないようだ。今までに使っていた、死んだ人間に取り憑く要領でやったらこうなったらしく、カラクリも不本意であるようだ。
「じゃあ、さっきの会話はどうやったの?」
「あれは貴様との間に出来た回線を使った」
先程の脳内会話について深掘りして聞くと、ジードに寄生した時に繋がった何らかの回線を伝って思念を送ったようだ。この脳内会話もバレていそうなので観念して話すカラクリ。
「私の知ってる事は話したぞ」
「……そのようじゃな」
体から腕を生やしてそれに頬をつくと不貞腐れたように言うカラクリ。カラクリの様子を見て嘘ではないと判断したのか、ダンドワは此処で聞き取りを辞めた。
「ジードよ。この異流体の処遇はどうする?」
(…私が動く前に抑えられるか)
そしてダンドワは、最後にカラクリをどうするかジードに問いかける。
このままでは排除されると思って、ジードを人質に取ろうとしたカラクリだがダンドワと目が合うとその考えを見透かされたと感じたのか、ジードを人質にするのは諦めた。
「うーん………」
『・・・』
その問いかけに左手を頭に添えて悩むジード。その姿をダンドワは静かに、カラクリは固唾を呑んで見ていた。
「…頼むダン爺!俺が生きてる間は見逃して!」
「──ッ!?」
「はぁ…やはりか」
手は合わせられないが左手だけでそう頼み込むジード。自分の事を切り捨てなかったジードの判断に驚くカラクリ。その言葉にダンドワは薄々はそうなると思っていたのか、呆れたように声を発する。
「恩を返すと言いたいのだろう」
「うん…。だってカラクリいなきゃ、死んでたし…」
事実、カラクリがあそこで寄生しなければ、ジードはもう死んでいただろう。それを言われるとダンドワも言い返せないのか口を紡ぐ。
(…よく分からんが良し!)
2人の雰囲気を見て自分は生き残れそうだと内心で喜ぶカラクリ。ちなみにカラクリから話し掛けようとしなければ、脳内会話は成立しないのでこの声はジードには聞こえていない。
「…分かった。但し1つ条件がある」
「どんな条件?」
溜め息を1つ吐くとダンドワはカラクリを見逃す代わりに、ジードに条件を突き付ける。その条件が何かを尋ねると…
「ジードよ。お主はアルバに入り、アルバの騎士になれ」
「アルバって……あの!?」
「また知らん単語が出たな……」
アルバ。エクルや異なる世界から流れてきた生物、犯罪者等から人々を守るために存在する組織。騎士とは名乗っているが武器や戦い方には決まったものはない。
「今からでも入れるの?」
「アルバは不定期にだが、人を募集する時がある。今ならばまだ、間に合うであろう」
「へぇー」
アルバが新しい団員を迎えるのは決められた時期だ。しかし、アルバに属する騎士達に時間や余裕が出来た時に人を募集して、その騎士達が指導を行う変則的な入団方法もある。ダンドワがジードを入れようとしているのは後者だ。
「じゃあ、また寮暮らしかぁ……」
「…不満そうだな、貴様」
「あっ!ちゃんと行くよ!もちろん!」
何やら不満そうなジードを見て、条件を呑まないつもりなのかと視線を送るカラクリ。そのカラクリの態度を見てジードは慌ててアルバに行くと言う。
(ジードは、マドラノムの街並みが苦手だからのう…)
ジードの様子を見て、その件があったなと思い出すダンドワ。アルバに入ればマドラノムで暮らす事になる。ダンドワは少し考えた後にジードが喜びそうな事を言った。
「アルバの正式な団員になれば、食べ物が食い放題だぞ」
「──ッ!!!」
ダンドワのその言葉を聞くとジードの雰囲気が変わる。
「ほ、ほんと…?マドラノムの食べ物…食べ放題…?」
「ああ…」
「…お小遣いなしで…?」
「……ああ」
マドラノムの街並みは苦手なジードだが、ダンドワから時々もらうお小遣いでマドラノムに食事に行く時がある。そしてマドラノムの食事はどれもジードのお気に入りだ。
「──今すぐ行く!!!」
「まだ早いわ…!」
「…グエッ!」
何処かに走り出そうとするジードの首を掴むダンドワ。その衝撃でジードは口から変な声を出す。
(食に釣られたか……)
自分の事は棚に上げて、テンションのおかしなジードを呆れたように見るカラクリ。
「マドラノムに行く日は追って伝える。それまでは儂の家に居るのだ」
「はーい!」
(このジジイの目のつく所か……)
ジードは普段、自分の家に1人で住んでるが今の状態から近くで見張った方が良いと判断したのか、ダンドワはジードを自分の家に一時的に住まわせる事にした。それを察したカラクリは不満そうだ。
「いやー、ダン爺の家も久しぶりだなぁ~」
「昔は住んでたのか?」
ダンドワの家で慣れたように振る舞うジードに、そう質問するカラクリ。
「うん。小さい頃は、ダン爺に面倒みてもらってたんだ」
まあ今でも面倒をかける事が多いので、自立したとは言いにくいのかジードは申し訳無さそうに頬を掻く。
(親無しか…)
ジードの話を聞いて親がいない事を悟るカラクリ。前の世界では珍しい事でもないので、それ以上は特に思う所はないが。
「それよりも、マドラノムの食は美味いのか?」
自分から質問をしておいて話を切り替えるカラクリ。その瞳は先程よりも興味津々だ。
その様子に、行ってからのお楽しみと言うと部屋の明かりを消すジード。ダンドワの家についてから大分経ち、もう寝る時間だ。
「おやすみ。カラクリ」
「おい!マドラノムの食について話せ!」
カラクリの食い掛かるような言葉を流しながら、眠りに就くジード。
「おい!……本当に寝たぞ。こいつ…!」
自分の質問、特に食に関する質問を無視して眠るジードに苛立ちを露わにするカラクリ。すると…
「ん?」
ジードが眠りに就いたせいか先程よりも深く、ジードの体の中に入れる感覚を覚える。
(!…これならば乗っ取れる!)
どうやらカラクリの相手を乗っ取る方法には、相手の意識が邪魔なようだ。なので寝ているせいで意識が薄い状態のジードならば乗っ取れると心の中で喜ぶカラクリ。
そしてジードの体を乗っ取ろうとするが…
〘貴様とは気が合いそうだったな…〙
「………」
あることが頭を過りカラクリは動きを止める。そして暫く考え込むと…
(……まあ、今は良いか)
今すぐに乗っ取ってもダンドワに見抜かれるかも知れない。そうなった場合自分は殺されるだろう。ならば今は従順なフリをして、いざという時に乗っ取れば良い。
そう心の中で自分を納得させると、余り必要は無いがカラクリも休眠状態に入った。
「ふむ、思い留まるか…」
そのカラクリの様子を部屋の外から見ていたダンドワ。透明のような姿をしているので、カラクリはダンドワの存在に気付かなかった。
(無理矢理にでも引き剥がすのが一番。…エクルが活発化していないならば、だが…)
本当はダンドワも、ジードを乗っ取る可能性のあるカラクリを引き剥がしたかった。しかしエクルの活発化が発生している今、それは逆効果だ。
「特異であればある程、生き残れるか…」
そう呟くダンドワの顔はとても悲しそうだった。
CHIPS
惑星アムスには治癒魔法は存在しないので、カラクリがジードに寄生しなければジードは死んでいた。なのでダンドワもジードの言葉を無碍には出来なかった。