「ん~~朝かぁ…」
朝日が出る頃ジードは自然と目を覚ます。狩りをするために早くから森に出る事もあったので、早起きが習慣になっている。
ベッドから起き上がるとジードは洗面台に行く。この部屋はアルバの騎士に割り振られた寮の1つである。内装は洋風の家具が多い。
アルバの寮は内装が凝っており、機械が沢山有る利便性の高い部屋もあれば、畳や襖などがある部屋等、色々な部屋がある。新しく入る騎士はその内装が写っているタブレットや写真を見て部屋を決める。
「カラクリ、朝だよ」
「…朝か」
右腕を軽く叩くと其処から目と口が生えてくる。カラクリは何時も夜になると休眠状態に入っているらしく、こうしてジードが外から軽い刺激を与えると休眠状態から活動状態に移る。
これは電源のオン・オフのような感覚であるので寝ぼけるという事はカラクリには無い。そしてカラクリはジードの右腕を変化させると2つ、手がある何時もの状態になった。
「確か今日は、出掛けるのだったか」
「うん。休日だからね」
アルバにも当たり前だが休日はある。その休日に燎赫に誘われ出掛ける事になったジードとカラクリ。今日は燎赫のお勧めの店に連れてってくれるらしい。
「それにしても、引き分けとはね…」
「………そうだな」
結局勝負は引き分けという形になった。ジードと燎赫だけの勝負であったので、誰も秒数を測っておらず、唯一その時意識があったカラクリに後日聞いた所、どちらも同じくらいだったとの感想を貰った。
まあ…実際はジードの方が少し早く倒れたのだが、カラクリはそれを誤魔化した。一応カラクリも勝負には乗っていたので負けを公言するのは嫌だったようだ。
そんな事は露知らず、ジードは燎赫のお勧めの店を楽しみにしていた。勿論この店での支払いは自腹だ。
「よっ!時間ぴったしだな!」
「おお…意外と早く居るんだね」
「失礼な事言うな~、お前…っと!」
「グワッ!?」
燎赫は大雑把な性格なので遅れて来ると思ったのか、ジードは先に待ち合わせ場所の、食堂前に居た燎赫に失礼な事を言い放つ。
その言葉を聞くと燎赫は普段ジードにどう思われていたのかを察して軽くジードの頭を人差し指で突っつく。
「ハハハッ!変な声!」
「びっくりするじゃん…」
「人のこと悪く言った罰だよ、罰!」
「…うーん。そう言われると…」
ジードの上げた声に大笑いする燎赫。それを見てジードは文句を言うが、燎赫の言葉にその通りだと思ったのか口を紡ぐ。そんな2人のじゃれ合いを見てカラクリは呆れた様子で話す。
「…じゃれていないで早く行け」
「おっと…そうだな。折角早く来たんだしな」
「結局、何処行くの?」
そもそも未だに、何処に行くか知らないので燎赫に尋ねるジード。カラクリもそれに同意してかそうだそうだと言っている。
「喫茶店シゼンだ!」
『喫茶店…?』
「何だその目は」
おおよそ燎赫から出て来る単語だとは思わなかったのか、ジードとカラクリは不思議そうな目で燎赫を見つめる。その2人の視線に邪なものを感じたのか燎赫は不満気な様子だ。
「まあいい。取り敢えず行くぞ貴様ら」
「何でお前が仕切るんだよ…」
「まぁまぁ」
燎赫の件は置いておいてカラクリはさっさとその喫茶店に行くように2人を急かす。そのカラクリの仕切りに、燎赫が一言言うがジードが執り成すと3人は喫茶店シゼンに向かった。
「おお…何か良い…」
「だろ?ジードはこういう所の方が良さそうだしな」
「デカイ木だな」
喫茶店シゼンは中央に大樹が有り、家具等も木製で作られている。雰囲気も自然を感じるのかジードは興味深く辺りを見る。
(良い空気だなぁ…此処)
(意外と気が利くな。こいつ)
ジードの楽しげな様子にカラクリは燎赫の評価を改める。そんなカラクリを尻目にジードは目を閉じてこの店の空気を堪能していた。燎赫もそんなジードの振る舞いに気分が良くなったようだ。
「あっ!燎赫じゃないか!」
「リル!?」
「いやー、奇遇だね」
燎赫はジードの様子を見た後、席に行こうと促すがその席に向かう途中に誰かに声を掛けられる。
燎赫はその声のする方を向くと驚きの声を上げた。そんな驚く燎赫の様子を気にせずに薄緑色の髪をした女の子は燎赫に近寄って来た。
「おー!そちらの君は、人気者君じゃないか!」
「人気者?」
「先輩達のアレだよ!」
「あー………それかぁ」
リルと呼ばれた少女はジードに気付くと、人気者君と言った。心当たりが無いので何の事か不思議に思っていると、彼女の放った言葉でジードは納得した。
「先輩達の稽古相手として、大人気だもんね!」
「余り嬉しくはないかな…」
「私も扱き使いおって…」
先輩達にジードが人気が出たのは、追想演舞の件が広まったからである。
一時的とはいえ上位陣の劔を圧倒した事から、先輩達もどうせ稽古をするならば達人の技や動きを模倣出来るジードを選ぶのも自然といえよう。
「…まあ、最初は嫉妬もしたけどね」
「でも、あれを見ちまうとなぁ…」
先輩達にチヤホヤされるジードを、新人騎士達は少しの間妬んでいる時もあった。それは燎赫も話していたので知っていたが全員とは思ってなかったのか驚くジード。しかし…
「1番手!リザルト、行くぜ!」
一人目。大剣を持つドラゴンの顔と鱗の肌の男。相手に合わせてカラクリは、ジードに大剣使いの情報をインストールさせる。
「其処まで!」
「グエェ゙ー!」
「もう30秒かよ!?いい感じだったのによぉ!」
審判が30秒を宣言するとカラクリは追想演舞を解く。そのせいで今まで互角に戦えていたが、一瞬で吹き飛ばされるジード。
そのジードを救護班の1人がキャッチすると直ぐに近くの復元装置にぶち込む。
「2番手。流〈ながれ〉、参る」
道着服のようなものを着た、狼の顔と体毛を持つ男が構える。余談だが燎赫を投げ飛ばしたのは彼だ。先程の傷を直ぐ様癒やしたジードは、今度は拳法家の情報を叩き込まれる。
「其処まで!」
「グエェ゙ェ゙ー!!」
「今の技。中々であったな…」
先程と同じように追想演舞が途切れた瞬間ぶん投げられるジード。追想演舞で演じた拳法家の技を気に入ったのか、流は何やら考え込んでいる様子だ。
「3番手…。ファンルウ…」
魔法使いのローブを着た、耳が細長く横に尖ってる女性は近接武器として杖を使うようだ。
ダンドワも杖術を使っていたがそんな事を気にする余裕はジードには無い。同じく杖を使っていた魔法使いをインストールするカラクリ。
「其処まで!」
「グエェ゙ェ゙ェ゙ー!!!」
「…良い訓練になったわ…」
ファンルウはジードの使う杖術を見ると、感心したのかそう呟く。だが他の先輩と同じく容赦はしないようだ。
「4番手。ニナクサ、行きまーす!」
『うわぁ………』
先輩達の可愛がりは戦う、回復、戦う、これをジードの意識が無くなるまで延々と繰り返す。
その容赦の無さにある者はドン引き、ある者はジードの憐れさに同情する。この時に彼、彼女等はこう思った。
〘先輩達に目を付けられる異能が無くて良かった………〙
幾ら先輩達の人気を得るとはいえ、あんな目に合うのは御免である。新人騎士達はジードに哀れみの目を向けた。その心中には嫉妬の心はもう無かった。というか代わりになってくれて感謝である。すると…
「お前達、其処までにしておけ」
「劔先輩…!」
ジードに挑みかかろうとする先輩騎士達を止める劔。ジードはその言葉に優しさを感じて喜ぶのだが…
「一番最初に見つけたのは俺だ」
「劔先輩…?」
どうやら自分がジードの相手をする時間を増やすのは、最初に追想演舞を引き出した自分の特権だと言いたいようだ。
その言葉に優しさを感じたのは勘違いだったかと落ち込むジード。
「ふざけるな劔!」
「横暴だー!」
「…構えろ。ジード・グラウト」
外野の先輩達の野次を無視して劔は剣を構える。ジードは諦め、また追想演舞を舞い始めるのであった。
「…実は、追想演舞の時間が延びたんだよね」
「えっ…」
「うわぁ…それはヤバいな…」
いきなりのカミングアウトに驚く、リル呼ばれた女の子と燎赫。最近の追想演舞の乱用のお陰か少し体に達人の動きが慣れてきた。
それをピオリーに相談すると前のように触診をされ、今の状態ならば35秒まで増やしてもいいと言われた。その言葉を聞いて始めに思い浮かんだのは先輩達の笑顔であった。
追想演舞を使える時間が延びたのは、体が強くなった証なのだろうがその原因とこれからの先輩達の可愛がりにジードはその事を素直に喜べなかった。遠い目をするジードの様子に燎赫とリルと呼ばれた女の子は何も声を掛けられなかった。
「ところで、この女誰だ?」
「あっ、そういえば自己紹介がまだだったね!」
「顔は見た事あるけど…」
(ナイス!変なの!)
今更ではあるが、こいつは誰だとリルと呼ばれた女の子を指差すカラクリ。そのカラクリの言葉にジードの興味の矛先が変わる。
居た堪れない空気が変わった瞬間を見逃さずリルと呼ばれた女の子は自己紹介を始めようとする。特に気を遣った訳では無いと思うが、カラクリのフォローに燎赫は感謝する。
「僕の名前はリルラ・バ・ラーユ。長いからリルで良いよ!僕の目的は風になる事だ!」
「ん?」
「は?」
「…まあ……そう思うよな」
途中までは普通の自己紹介だったがよく分からない単語が出て来たのでジードは謎に思い、カラクリは何言ってるんだこいつと言いたげな目でリルを見る。その2人の反応に燎赫は頭を抱えて同意する。
「貴様、正気か?」
「?何がだい?」
「あー…俺から軽く説明するよ…」
カラクリが気狂いを見るような目でリルに話し掛ける。質問の意図が読めずにリルはカラクリに問い返す。
そんな2人の様子から、このままでは話が進まなそうなので燎赫がリルの風になりたい発言を補足する。
「つまり…速さに拘ってるってこと?」
「それは違うね。僕の目的は風と同化すること。それは僕の異能である速度を操る事から誤解されるけど、厳密には速く走る事で感じる風が好きなんだ。そう…あれは初めて走った時、感じた風に魅了されたんだ。だってそうだろう?体に纏わりつく優しくて激しく、それでいて心地よい風。この世でそれ以上の快楽と喜びがあるかい?だからこの異能が目覚めた時には運命を感じたよ。この異能を使い、貴方は風になれという言葉が何処かから聞こえるようだったよ。…残念ながら今の僕の力では風にはなれないが、いずれは辿り着けると信じているさ。そういえば風といえばジード君とカラクリ君はどんな風が好きだい?勿論僕はどんな風も愛してるさ。穏やかな風、暖かい風、冷たい風、可愛らしい小さな風、あーでも、嵐で起こる激しい風も良いね!嵐の有る日に外に出たら親に叱られたものさ。でもそんな事で挫ける僕ではない。何時も何とか親の目を掻い潜って外に出たものさ。まあ、それで一時的に嵐の時は軟禁されたけどね。何で風の魅力を人は理解してくれないんだろうね。僕は其処が不思議だよ。あっ!風といえば扇風機やクーラーなんかも─」
「リル!其処まで!其処まで!」
軽い気持ちで質問したら、早口で捲し立てるように風への愛を話すリル。このままでは永遠に風について話しそうなので燎赫はまだ風について話そうとする、リルの演説を遮った。
「狩りの時に感じる風は好きかなぁ…」
「成程!ジード君はその風が好きなのかい!?分かるよ!僕も弓を使うから─」
「止めろ貴様等!!」
『痛っ!?』
(サンキュー…!)
律儀にリルの質問に答えるジードに、リルは興奮気味にまた風について話し出そうとする。それをうざったく思ったカラクリは2人の頭を殴ると2人は頭を抱えて蹲る。その行動に燎赫はカラクリへの感謝を心の中で述べるのだった。
「はあ…赤いの。貴様の反応が良く分かったよ…」
「だろ?リルと話す時は心の準備が欲しいんだ…」
頭を抱えて蹲る2人を尻目に、カラクリは最初にリルに会った時の嫌そうな態度に納得した。
燎赫もリルが悪い奴ではないのは知っているが話す時には細心の注意が必要なので苦労している。この時にカラクリと燎赫には、何か不思議な共感を分かち合った。
「結局、この小娘との関係は何だ?赤いの」
「実家が近いからな。顔見知りって感じだ」
「其処は幼馴染みじゃないの。燎?」
「…顔見知りで勘弁してくれ」
そもそもリルと燎赫の関係が気になったのか燎赫に尋ねるカラクリ。
燎赫とリルは家が近いらしく所謂幼馴染みの関係のようなのだが、燎赫は余りそう呼ばれたくはないようだ。あのイカれた頭ならば仕方ないかと、カラクリは燎赫の言葉に納得した。
(それにしても、この世界は相変わらず亜人と人間を同じく扱うのだな)
(前も話してたけど、そんなに不思議かなぁ…)
リルの耳は細長く横に尖っている。カラクリが元居た世界ではエルフと呼ばれる亜人だ。
この惑星アムスには、多種多様な見た目と生態をしている者が居るがそれを同じ括りで人間と呼ぶ。それがカラクリには不思議なようだ。
(そんなに変なの?)
(少なくとも、私が居た世界では亜人と人間で隔意が有ったな)
(へえーそうなんだ)
カラクリが居た世界では、色々と種族に寄って問題が有ったらしい。
一応聞きはしたが余りピンと来ないのかジードはその説明に生返事を返す。すると、ふとジードの中に今更な疑問が浮かぶ。
(カラクリって元の世界に帰りたくないの?)
(ふむ。そうだなぁ……)
今更の質問ではあるが、カラクリも忘れていたのか改めて考え込む。だが少し考えた後にカラクリは直ぐに結論を出した。
(此方の食の方が良い)
(…それは大事だね)
カラクリの反応から、此方の食事の方が美味いようだ。そのカラクリの結論にジードは深く同意したのだった。
(…それに過ごしやすいしな)
この言葉はジードに聞こえないよう回線を繋げなかった。なのでジードにはこのカラクリの独り言は聞こえていない。
その後、リルを混ぜて4人で食事をした。雰囲気だけでなく出て来たご飯も美味しかったので、ジードも燎赫と同じくこの店がお気に入りになった。
CHIPS
リルラ・バ・ラーユ
こんなのだが、風について語っていい相手とそうでない相手は見極めている。燎赫曰く、其処がたちが悪いとも。