異世界でも刀を振れるだけのデブオタなワイ、弟子が出来る 作:胡椒こしょこしょ
山を下りて、ふもとのヨロズ村へと出向く。
村人たちは、山の方へと皆一様に移動していく。
向かう先は僕の屋敷と更に山奥に位置している神社。
村に魔物が迫っていることを知っての避難行動だろう。
「オーク剣士様だ...。」
「オオヤマ様....。」
「サムライだー!」
擦れ違う村人たち。
誰しもが不安げに歩きながら、僕を見ると少しざわつく。
僕が来たことによる安堵の騒めきであることを祈るよ...うん。
僕が向かう先は、村の門の先。
魔物を迎え撃つ。
この地を治め、取り仕切る者の一角であるオオヤマ家の現当主としての役目だ。
そうして門の方へと向かっていると、とある家が目についた。
「おい、なにをそうタラタラとやってるんだ!」
「お父、ちょっと待って!神社って何もないし、ちょうど良いからみんなに自慢するコマを....」
「こんな時に玩具だなんて...そんな暇はない!ほら、来なさい!!!」
一人の少年は父親から手を引かれて、家を出て行く。
不満げに頬を膨らませる少年。
子供の方はまだやっぱり事態が飲み込めていない様子だが、父親の方は焦燥している。
前の世界でもそうだが、避難中に焦ることは怪我や事故の元になる。
...声を掛けた方が良さそうだな。
「あっ!オーク剣士様!!」
「しっ!!なんてこと呼び方するんだ!オオヤマ様だ!!」
「あだっ!ごめんなさい....。」
少年は僕を見て目を輝かせながらそう声を上げる。
そんな彼の頭に真っ直ぐ父親は拳骨を下ろした。
拳骨を食らわされて、しょんぼりとする少年。
...なんだ、呼ばれ方に思う所はあるけど他の村人と同様に悪意は感じない。
ちょっと複雑な気持ちではある。
けど親はちゃんと叱ったわけだし、こんなに凹まれるとなんだか可哀想な気がしないでもなかった。
「ま、まぁまぁ...気にしていませんので。」
「本当にすみません...お見苦しい様を見せてしまいまして....。」
その場を諫めると、父親の方は申し訳なさそうにしている。
...まぁなんだ、そんなに時間があるわけでもない。
落ち着いて避難するように言わないとな。
「...大丈夫ですから。それよりも慌てずに避難してください。もし私が負けた時は神社の敷地内から決して出ない事。そうすれば、あとはミズチが対応してくれるはずです。」
「わ、わかりましたオオヤマ様....お気をつけて....。」
神社は山奥にある都合上、整備された道以外での侵入は難しい。
また山の中には普段猟を行っている山師の人達も哨戒してくれている。
そして何よりも神社の敷地は結界が張られていて不浄な者を寄せ付けず、ミズチという気難しいながら実力のある者が神社の主であることから村人を逃がすには一番安全な場所なのだ。
....今日の彼女は月の障り、つまりは言い切ってしまえば生理でとんでもなく具合が悪い。
なので山を下りることはないだろうが、それでも僕に何かあれば対応してくれるはずだ。
...別に僕が調べたわけじゃなくて、同じく村を守る際に駆り出されるかもしれない立場上、そういうことは向こうから申告されるだけだから。
僕が女の子の生理周期を調べるようなとんでもなくイカレた変態というわけではないから。
...まぁ、本人には教えられた時に滅茶苦茶嫌な顔されたんだけど。
自分から言って来たのに、ちょっとそれは理不尽じゃない....?
泣きそうだよ...。
そんな風に考えていると、少年が一歩前に出る。
そして僕を見上げると、キラキラとした目で見つめてきた。
「頑張ってねオーヤマ様!魔物なんかやっつけちゃえ!!」
...ハッとした。
子供の真っ直ぐとした目。
彼は偏に僕のことを真っ直ぐに応援している。
...そうだ、僕が背負っているのはこういう表情だ。
この地域を治め、取り仕切る者の一角であるオオヤマ家。
その現当主は、父上に急に渡されたとしても僕なのだ。
その僕が、負けた時のことをいつまでも考えてどうする。
最悪の場合は考慮しないといけない。
けど、それよりもまずは...背負ったモノを守るために戦わないといけないだろう。
ただでさえ、ミズチは表に今は出れない。
だからなおさら、僕がやらないといけないのだ。
不動流の教え、『動かざるごと山の如し』。
それは構えだけでない、心の在りようもそうだ。
身に纏う籠手に腰当、胴当てに....被った我が家の兜。
腰に下げたるは、まごうことなき真剣。
今の僕はサムライだ。
敵を倒し、勝つ。
今第一に考えるべきことはそれだけだ。
そこがブレては、村の人々の不安も晴れないだろう。
「あ、あぁ!お兄さんに任せとけ...!キミも、お父さんの言うことを守って良い子にしているんだよ。」
ちょっと慣れないことだからどもっちゃったけど、しっかりと言うことが出来た。
しゃがんで目線を合わせながら頭を撫でてやると、少年は気持ちよさそうに目を閉じた後にうん!と快活に頷く。
なんというか、素直で微笑ましい限りだ。
立ち上がって彼らに一礼したら、村の門の方へと向き直る。
そして再度歩き出す。
「...ヒーローショーの中の人って、こんな気分だったのかな?」
なんとなく、子供を勇気づけるってイメージが前の世界で幼少期に親に連れて行ってもらった遊園地のヒーロショーのイメージだったのでそんな感じで言ってみたのだが...。
「...なんにせよ、気張っていかないとな。」
「師匠~~~~!!」
独り言ちると、背後からシンディーの声が聞こえてくる。
振り向くと袴の上から来た時に付けていた日本風な感じの意匠の赤い籠手と腰当を身に着けている。
息を切らしながらこちらに駆け寄ると、顔を上げてグッとサムズアップをした。
「ヒナンユードー、終わったデス!村の人、みーんな山の方行ってるデスヨ!」
「そっか、ありがとう。それじゃあシンディー、君も神社の方へと向かってくれ。」
僕がそう言うと、シンディーは首を横に振るう。
そして周りを見回して、立てかけてある農業用の先がフォークのように分かれた鍬を手に取る。
そして僕の前でふんすと気合を入れると、真っ直ぐな眼差しを僕に向けてくる。
「ワタシだって冒険者デース!戦えマース!た、たしかにワタシはまだ師匠にティーチングされてる身デスケド...ここに来る前から、モンスターとは何度も戦ってマス!大丈夫ネー!!」
「...そっか。それじゃ、ここで待っていてくれ。僕が討ち損じて村の中へと入ってこようとしている魔物の相手をしてほしい。い、良いかな?」
「ラジャー!ココは任せるデース!師匠も、気を付けてクダサイネ?」
「あ、あぁ...、分かってる。」
敬礼をするシンディー。
そしてこちらを心配するように覗き込む彼女に、僕は言葉を返すと踵を返してまた門の向こうへと歩き出す。
上目遣いで見られるとついどもってしまった。
僕みたいな男の悲しき性である。
....まぁヨロズ村に来るのはギルドからの馬車とはいえ、そもそもシンディーはアメリアからロッパーナまで自分で行っている。
ならば、魔物との戦闘もあったのは想像に難くない。
戦えるのであれば、保険としてここの守りをしてもらうと正直凄い助かる。
村人たちは神社に居るから大丈夫だろうが、結局住む場所である村を守れるならばそれに越したことはないのだ。
...いや、まぁ僕が全部倒せばその必要もないわけだが。
正直凶器が農業用の鍬なのは心配ではある。
けどまぁ、農業用の鍬って結構鋭いしな。
それに僕自身、彼女の戦闘面での資質に対しては不安はなかった。
これまで稽古で彼女の素振りを見てきたから。
シンディーは偶にぼやっとしている時があるがそれでも腰をどっしりと構えられていたし、ちゃんと木刀も力を込めて触れていた。
正直、『これ...素振りの稽古に関しては口出すこと、ある....?』ってなったもん。
旅している途中の親父に出会って最初に手習い程度はしてもらったと言われた方がまだ納得できる。
まぁ本人に聞いたら『コキョウでウシやウマにライドしたり、ウッドをオノでチョップ!したり...あ、あとパパとママのボクジョーのヘルプをしてマシタ!』と言われたのだが。
あの体幹の良さは乗馬によって培われたのか...腕力は薪割りで?
確かに牧場の仕事って重労働とは聞くが、それだけでこうなるのだろうか....?
結局分かったことは、彼女には素質が確かにあること。
そしてそれはアメリアの大地で養われたモノではないか...ということだ。
正直、僕としては助かる。
せっかくギルドの紹介でニッポまで来たのに、何も身に付けられませんでしただったら紹介してくれた人にもシンディー本人にも悪いからだ。
人に教えるなんて、僕も初めてだからね。
そんなことを考えていると、村の門の外へと出る。
遠くの方に、魔物が見えた。
全体的に緑の体色をした人型....小型が3体と大型が1体。
ゴブリン3体に、オーガ1体。
敵を見据えると、刀を抜いてどっしりと構える。
そして、少しの見逃しもないように相手をしっかりと見定める。
一太刀で、全ての流れを自分が握る。
それこそが、不動流である。
◇
「ムラ、タシカニミエタ...ウソジャナイ、ヨクヤッタ。」
「ホントホント!またゴヴィーのウソだと思ったゼ!」
「ウソツキゴヴィー!オクビョウゴヴィー!タマにはイイシゴトスル!!」
オーガは周りに連れているゴブリンの一人を褒める。
周りのゴブリンはゴヴィーと呼ばれる褒められたゴブリンを見てニヤニヤと笑う。
そんな周りに対して、ゴヴィーは周りのニヤついてるゴブリンを醜悪な顔を歪めて睨みつけた後、媚びるかのようにヘラヘラとオーガに笑いかける。
「ウルサイ!ゴヴィーウソついたこトナイッ!!...へヘヘッ、オヤブン!オレシゴトした!だからサイショにオンナとメシ、手をつけてイイヨナッ!?ナッッ!!?」
そんなゴヴィーに対してオーガは唸り声を上げながら睨みつける。
そして手に持った金棒を歩みを進めながら地面に叩きつけた。
「ダメダ!オデ、ボス!!オデガサイショ!!モ”ン”グアルガッッ!!!?」
「ヒィッ!?も、モンクねぇ!オ、オレはボスのあとにヤルよ!へへへ...ヘヘッ.....。」
「シゴトシタからってボスよりサイショにクエルわけネーダロ!ゴヴィーバカ!ゴヴィーマヌケ!!」
「チョーシ乗んな!ムラみつけるナンてダレでもデキル!オマエ、マグレ!タマタマ!!」
オーガの剣幕に怯え、愛想笑いを浮かべながら引き下がるゴヴィー。
そんなゴヴィーを見て周りのゴブリンは彼をバカにした。
ゴブリンは知能が低く、力も弱い。
故に生存戦略として群れ単位で生活する。
しかし思いやりなどの協調性は皆無に等しく、残忍で陰湿かつ利己的な傾向を持つ魔物である。
故に群れ同士でも見下し合っており、当然足手纏いと思えば嘲笑って迫害する。
その逆も然りであり、強い者に対してはへりくだって媚びるような醜悪な生態を持った魔物である。
この集団も例に漏れず知能は低いながらも自分達よりも力の強いオーガにゴブリン達が付き従っている。
今はオーガにへりくだって、その権威を利用して失態を見せた仲間を嘲笑している。
しかしオーガが手傷を負うなどでその権威に陰りが見えればすぐにその座から引きずり下ろして強者を蹂躙する悦楽を味わおうと、今までの振舞いが嘘のように見下し襲撃するだろう。
「オレタチ、こんな場所オイヤラレタ!ダカラ、ツキが向いて来タンダッ!!オレも今度こそ、オンナにガキ孕マセル!!」
「ハラヘッター!キンタマもパンッパンダ!!ちっちぇガキ居テクレ~!ガキはオトコもオンナも肉がヤワラカクテウメェ!ギヒヒヒ!!」
「オレはデッケェオンナがイイ!犯シタ後、アキタらオンナ丸焼きにスル!!特にチチの部分がウメェンダ!!!」
ゴブリン達は見えてきた村で自分達の性欲と食欲を満たすことを考えて、涎を垂らしながら股間を押さえて下卑た笑みを浮かべる。
彼ら自身、人里における略奪行為自体が久しぶりだ。
巣穴であったロッパーナ地方の南西部、そこから別の魔物たちによって追いやられるようにしてニッポへと流れてきた彼ら。
食事などはその辺の木の実や雑草などの粗末な物で済まし、自らの暴力的な欲求を向ける先などなかった。
偶に行商や荷台を襲っても大抵は一時的でしかなく、また彼らにとっては肉的にも性処理的にもあまり価値のない成人もしくは老年の男性としか出くわさなかった。
言うならば長い間欲求不満だったのだ。
だからこそ、その欲求を満たす先を見出したことで彼らは浮足立つ。
今はオーガに媚びへつらわされている自分達だが、あの村を襲えば女や子供などの弱っちい人間どもが自分達の下になる。
奴隷共が出来る。
ここまで誰も虐げられずに苦しんできた長い旅路、こんなしょうもない土地まで来たのだ。
これはきっと自分達に運が向いて来た。
我慢してきた分、人間どもの村の中で王様みたいに好き勝手やるんだ。
虐めて犯して奪って、そして最後には食ってやる
ゴブリン達はそのような残忍で自分勝手な思考を巡らせていた。
「ン...ナンダ、アレ.....?」
暫くそんな調子で村の近くまで歩み寄っていると、不意に村の前に何かが立っていることに気づく。
「オーク...いや、ニンゲンダ....!」
ゴブリンの1体が声を上げる。
魔物自身がオークと見間違うほどに図体が大きく太っている男。
その男はロッパーナから来た彼らが見たことのない鎧に身を包んで、一振りの長い刃物...刀を手に村の門の前で佇んでいる。
「ナ、ナンカ....スゴソウダゾ....。コッチ見テルゾ.....!」
「バ、バーカ!ゴ、ゴヴィーはヤッパオクビョウモノ!アンナデカいダケのブタみたいなデブ、ゼッタイヨワイ!ムキムキなボスが負ケルワケナイ!ネッ、ボス?」
ゴヴィーは声を震わせながら、後ずさる。
そんなゴヴィーを見て、他のゴブリンは声を震わせながらも馬鹿にしながらオーガの顔色を窺った。
ゴブリン達は明らかに、目の前の男に気圧されている。
佇まいに、こちらをジッと見つめる目つき。
それを受けると、背筋が冷えるような....彼らの野生の本能が目の前の存在から発せられる殺意に対してこの距離から察知していた。
弱い魔物であるゴブリンが今も滅びることなく跋扈している理由の一つがこの危機察知能力であろう。
ただ群れて気が大きくなっていることと傍に自分よりも強い魔物が味方としていることで、彼らは声を震わせながらも逃げ出さずに村の前に立っている男を軽んじていた。
「トーゼンダ...!オデ、オークにもニンゲンにも負ケナイ!オデがイチバンヅヨ”イ”ッ!!!」
オーガははっきりとそう叫ぶ。
それをきっと尋ねたゴブリンはホッと息を吐いて、ニヤニヤと男を見つける前に浮かべていた下卑た笑みを浮かべる。
自分達を率いているオーガはあのデブに負けない。
オーガの強靭な肉体が繰り出す金棒の一撃が、あの人間を倒すだろう。
自分達を怯えさせたんだ、いい気味だと言わんばかりの笑みだ。
しかし、そんな彼らの余裕は次の瞬間に崩された。
「キィエエエエェェェエエエェェェェェェイィィィ!!!!!」
「「「「!!!?!?!?!?」」」」
目の前の男が口を大きく開く。
その瞬間、まるで人の喉から出たとは思えない鼓膜を切り裂くような甲高い叫び声が周囲を響き震わせた。
気合の込められた裂帛の叫び声を上げながら、男は刀を振り上げて駆け出す。
けれども魔物たちは虚を突かれて身体を硬直させて、自分達の方に駆け出してくる男に対して意識を向けることが出来なかった。
人間であると思っていた相手。
その人間の口から響いた叫び声。
それは人とは到底思えない、猿のような鬼気迫った物。
突然そんな叫びを上げながら凶器を手に持った見たこともない鎧を纏った物々しい巨漢が殺意を隠すこともなくこちらに突っ込んでくる。
それは彼らから思考力を奪うに足る挙動だった。
“猿叫”。
それは不動流において打ち込み、斬り掛かりの際に発せられる掛け声。
人の物とは思えない叫びを上げながら斬り掛かることで、相手を威嚇してその場を制圧する意味合いを持つ。
剣術は元来、走る動作を行う流派は少ない。
それは走っている途中に振り上げた刀がブレれば当然剣筋がブレて、相手を斬ることに支障が出てしまうから。
しかし、男が....トーシローが振り上げた刀はブレることがない。
真っ直ぐに振り上げた剣筋がブレることなく目の前の魔物目掛けて駆けていけている。
刀を握り、その握っている柄を自分の右手首に添わせる。
それを行うことで手ブレを可能な限り減らしていた。
不動流の『動かざるごと山の如し』。
それは心構えや相手を見据える際の構えのみならず、斬り掛かる際の刀身も例外ではない。
「ッッッ!!!」
自分に向かってくる敵。
そんな敵に対して呆然としているゴブリン達とは異なり、オーガは咄嗟に自分の頭上に金棒を構える。
知能は低いながらもその種族特有の恵まれた身体付きと力を活かしてこれまで戦ってきた。
そのゴブリンどもとは違う経験が、咄嗟に彼に防御行動を行わせたのだ。
彼が握る金棒。
昔、ロッパーナの集落を襲った際に殺した戦士職の人間から奪った一振り。
その太く硬い金属の棒は攻撃面だけでなく、防御面においても彼にとっての頼りになる相棒となっていた。
その成功経験が彼の咄嗟の防御行動に繋がったのである。
オーガ目掛けて振り下ろされる一刃。
それを金棒で受け止めようとするオーガ。
太く硬い金棒によって、トーシローの攻撃は防がれる。
そのはずだった。
ガキリッと金属同士のぶつかり合う音、そしてその直後に響く破砕音。
ひゅんひゅんとしばしの風切り音の後、重い音を鳴らして地面に墜ちたのは折れた金棒の切っ先だった。
「ガ....ガガ....。」
オーガを目を見開き、ビクッビクッと小さく震える。
それも当然。
トーシローによって振り下ろされた剛剣は金棒ごとオーガの頭蓋を叩き割っていたのだから。
頭から血を流しながら、ゆっくりと地面に倒れ伏すオーガ。
どっしりと構え、そこから突然放たれる山雷のような必殺の一撃。
それこそが二の太刀要らずの不動流の神髄である。
「エ....?」
「ボス....??」
ゴブリン達は呆然と声を漏らす。
目の前で、勝つと思っていたオーガがたった一撃で負けた。
それも、金棒をへし折られて頭蓋を叩き割られた。
オーガが秀でていた力という分野においての完膚なき敗北だった。
それはオーガの強さの威を借りていたゴブリン達を恐慌させるには十分すぎる程の有様であった。
先ほどまでの笑みが嘘のようにゴブリンのたちの表情は恐怖と困惑の一色に染められる。
「ィィィィイイエエェェェェエエイイィィ!!!」
しかし、ゴブリン達には呆気に取られている時間すら与えられない。
トーシローの猿叫は止まらず、オーガの頭蓋を叩き割ってすぐに次はお前だと言わんばかりに近くのゴブリン目掛けて刀が振りあげられる。
「ソ、ソンナ....ウゾ...ガァッ!!?」
「オ、オレはワルイ魔物ジャナ....グギャッ!!?」
オーガの近くにいたゴブリンに刀を振り下ろして頭蓋を砕く。
そしてまた叫びを上げながら刀を振り上げ、その近くのゴブリンに振り下ろした。
猿叫のもう一つの狙い。
実戦に置いて人間は振り上げて下ろすといった日々の鍛錬で行ってきた反復行動をこそスムーズに行うことができる。
その一連の動作を周囲の環境の変化や相手に左右されずに正確に行う為に、声を上げることで集中力を上げて一種のトランス状態へと至らせる。
そのような狙いが猿叫にはあった。
二の太刀要らず...初撃に重きを置いているからこそ、その初撃をどう当てるか、初撃で仕留めきれなかった場合はどう動くかを突き詰めた流派こそが不動流。
その不動流の集団戦における基本原則はただ一つ。
“一対多ではなく、一対一を繰り返せ”。
猿叫による威圧、それによって場の制圧をすることで一人一人を初撃で仕留めやすい環境を作り出す。
余計な動きは要らない。
どっしりとした山のような構えに、ブレない剣筋。
そこから繰り出される山雷のような一撃。
見下ろす山々のように場を支配し、日頃の鍛錬で磨き上げた初撃によって相手の一撃で葬る剣術。
それが不動流という剣術流派である。
「ヒィ....ヒィィィ!!ムリダ!ムリダァァァ!!」
最後に残されたゴヴィー。
ゴブリンが一体殺され、もう一体に凶刃が振り下ろされた瞬間に堰を切ったかのように叫びを上げて後ろを向くと一目散に逃げる。
恐怖に包まれて、後先すらも考えていない。
されど、ゴブリンの俊敏さから駆け出す速度は速い。
そんな逃げ去っていくゴブリンを見て、トーシローは刀についた血潮を払うとその辺に落ちている手のひら大の石ころを手に取る。
そしてそれを強く握りしめて、振り上げた。
逃がすわけにはいかない。
ゴブリンの性質としてその陰湿さと執念深さが挙げられる。
ここで逃がせば、奴は今日の事を忘れずに夜の寝静まった間などの隙を伺って村に忍び込んでくる可能性が高い。
もしかすれば他にも仲間の魔物を連れて再度攻撃を図る可能性だってある。
ここで、確かにその命を刈り取る必要があるのである。
幸い、無我夢中で逃げているからこそその動きは直線的。
それに加えて後ろに対しての注意すら向けていない。
だからこそ、トーシローは大きく振りかぶると手に握った手のひら大の石ころをゴブリン目掛けて力いっぱい投げつけた。
「ゴギャッ!?」
投げられた石ころは勢いよく飛んでいくと、ゴヴィーの後頭部を捉える。
突然後頭部に凄い勢いで手のひら大の硬い石ころをぶつけられたゴヴィーは痛みで顔を歪め、前のめりに転んでしまう。
そして、それが彼の運命を決定づけた。
「グギャッ!ウ、ウゴケナイ...ヤ、ヤダッ!シニタクナイ!ダ、ダレかタスケテ!!オ、オレマダダレモ殴ッテナイ!オンナにガキ孕マセズに死ヌナンテイヤダァァァ!!!」
うつ伏せに倒れたゴヴィーに追いつくと、足で背中を踏んづけて動けないように固定する。
ゴヴィーは藻掻くものの、巨漢であるトーシローの体重と力が込められた足は微動だにしない。
自分の死を肌で感じて、ゴヴィーは泣き叫ぶ。
しかし、トーシローは無慈悲にもその刀の切っ先をゴブリンの首に突き立てた。
ゴブっと水を吐き出すような音で声がくぐもると、それと同時に胸と頭を突き刺す。
急所を連続で突き刺されたことで声どころか段々と身体の動きも緩慢になっていく。
そしてゴヴィーの眼は光を失い、息を引き取った。
トーシローは足で蹴ってゴヴィーを仰向けにする。
ゴブリンは生命力が強い魔物だ。
だからこそ、本当に死んだのか確かめているのだ。
そして確かに息を引き取ったことを確認すると、刀に突いた血を払って納刀した。
フーッと息を吐く。
張り詰めた緊張の糸が徐々に解けていく。
「師匠~~~!ダイジョブデスカ~~!?見てたデスケド、師匠スゴかったデー...ッ!!」
背後からシンディーの声が聞こえて、さっと振り返る。
振り返ったトーシローを見て、シンディーは一瞬ビクッとして足を止めた。
返り血に塗れた姿。
けれど、それよりもトーシローの眼光から滲み出る殺意と気迫が彼女の足を止めたのだ。
「....っ!わ、悪い....終わったよ。これで、安心だ。」
トーシローはハッとすると、彼女に微笑んでみせる。
張り詰めた緊張の糸が解けつつあっても、先ほどまで命のやり取りをしていたのだ。
背後から突然声を掛けられたことで発していた殺意を彼女に向けてしまったのだ。
「お、オゥ....❤それはサイコーデスネ!師匠、スゴかったデス❤ワタシ、息をのむマシタ!これがTheサムライデスカ!?」
「ザ・サムライが何か分からないけど...まぁ今の動きが不動流だね....。」
気を取り直したかのようににこやかに笑顔を見せるシンディー。
ほんのりと頬が赤らんでいることに気づかずにトーシローはシンディーの元へと歩み寄ると、二人は隣り合って談笑しながらも村の方へと戻っていった。
不動流は実在の剣術を複数個モチーフにしています。
前回、シンディーが鍛錬中にジッーと見られてガッカリされてるカモ....❤とか変な妄想してビクビクしてましたけど、当の本人であるトーシローの方は見ながら(素質あるな...)とか思いながら言うことなさ過ぎて素振りをジッと見つめてました。
勿論、シンディーがその視線で興奮してたことなんて知る由もありません。
とんでもない変態だな....。
次回は今回話に出てた神社に居るミズチって女の子が出てくる話になると思います。