キミの歌が聴きたい   作:オオサンショウウオさん

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1章 始まる物語
1話 ハロー・蘭華


 

 

夜の公園で一人の少女が歌っていた。おもちゃのマイクを片手にアカペラで歌う様は微笑ましいものだろう。

 

「みんな、抱きしめて! 銀河の果てまで!」

『ヴ、ぉオオオオオオ!』

 

少女のワンマンライブに会場は大盛り上がりである。手を思い切り振るものもいれば、頭を振る者や、後方で腕を組んで頷いている者も居た。

 

「ふーっ……みんな、聴いてくれてありがとう!」

 

歌い終わった少女が観客に向けて手を振ると、また歓声があがる。少女はそれを見て少し恥ずかしそうに、それ以上に嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

──聴いているのがこの世のものとは思えない呪いの霊だけ、というのを除けば、この光景も絵になっただろう。

 

「お疲れ様」

 

歌い終わった少女にタオルを差し出す青年が居た。

 

「あっ、ありがとう、夏油くん!」

 

夏油傑(げとうすぐる)。頭二つ分くらい少女より大きく、前髪が特徴的な彼はいえいえ、と言葉を返す。

 

「それにしても……いつ見ても、凄いね。キミの歌は」

 

夏油は目の前に広がっている光景を見て興味深そうに呟く。

 

「そうかな?」

「あぁ、そうさ。歌だけで呪いを祓うなんて、未だに信じられないくらいだよ」

 

彼らの背後には光の粒子がキラキラと舞っていた。彼女の歌は術式では無い。完全に、ただの歌であると傑の親友も言っていた。

 

『はー?? なんで歌なんかで祓えるんだよ。あり得ねぇっての!』

 

初めて彼女の力を見た親友は引きながらそう口にしていた。最も、今では歌ってくれよ、とせがむくらいには好んでいるようだが。

 

傑はタオルで汗を拭う少女を見る。身長は傑よりも頭二つ分ほど小さく、あどけなさが残る顔立ちでショートの髪型は何処か犬の耳のようだ。

 

彼女はただ、見えるだけの一般人だ。

 

呪術に関する知識も、術式も、呪力もほぼない。それなのに呪霊を見ても怖がる様子も無く、それどころか笑顔さえ見せている。呪術師はイカれた奴が多いが、彼女もまた、その部類になるのかもしれない。

 

「……? どうしたの?」

「──いや、なんでもないよ。そろそろ帰ろうか。悟たちも待ってるだろうし」

「うん、そうだね!」

 

純粋な眼で見つめられた傑は自分の考えていたことを悟られない様に誤魔化した。少女は少し疑問に思った様だが、特に追求することはなかった。

 

 

呪いが見える。だけど呪力はほぼない。

呪いが祓える。だけど術式は使えない。

 

 

……そんな歪な彼女との出会いはいつだったか。

 

夏油傑は隣を歩く少女を見ながら思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏油傑が呪術高専1年生だった頃。今では親友の五条悟(ごじょう さとる)と、家入硝子(いえいり しょうこ)がそこまでの仲では無かった頃。

 

一人で行った任務に赴いた傑は不思議な光景を目にすることとなった。傑にしてみれば簡単な任務の一つ。

 

きっかけは、帳を下ろした中に一般人が紛れ込んでいるという情報だった。

 

「くっ……何処にいるんだ?」

 

──呪術は弱者を守るためにある。

 

夏油傑が掲げていた思想であり、今でもそれは変わらない。そんな傑は一般人が紛れ込んでいるという情報を聞いた時、すぐさま動いた。

 

傑は呪霊躁術を使い、一般人を探そうと呪霊を放つ。

 

「見つけた……!」

 

そうして傑が見た光景は、思わず口を開けたまま固まってしまうようなものだった。

 

 

 

──少女が、歌っている。

 

 

 

それ自体は別段、不思議な事では無い。街を歩けば楽器を持ち、歌っている人を見かけることがある。だが、目の前の光景は異様と言わざるを得ないものだった。

 

『あ、ァァァァ!』

『ヴぉああォォォ!』

 

この世のものとは思えない、異形の集団の真ん中で、少女がマイクを持って歌っていた。異形の、呪霊に怖がる様子も無く、楽しそうに歌っていた。

 

「な、にが……」

 

真っ先に浮かんだのは、野良の呪詛師(じゅそし)という可能性。

 

(いや、違う……彼女は、ただ歌っているだけだ)

 

少女の歌は、どれも傑の聞いたことのないものばかり。助けなければ、と気を張っていた傑だったが、いつの間にか自分自身も少女の歌に聞き惚れていた事に気づかなかった。

 

「ありがとう、みんな! 最後まで聴いてくれて!」

 

歌い終わった少女が笑顔で周りの呪霊たちに言うと、呪霊たちは喜びを表現しようとしているのか、頭を降ったり、手を振ったり、必死に何かを伝えようとしていた。傑からしてみれば、あり得ない光景である。

 

そうして、動いていた呪霊たちだったが、彼らは満足したようにキラキラと光の粒子になって行く。

 

(呪いを、祓った!? ただの歌で?)

 

あり得ない事の連発で、傑の頭は混乱状態である。少女は呪霊たちを見送る様に手を振り、最後の1匹が消えるまで、それを辞めることはなかった。

 

「……ハッ、そこのキミ! 大丈夫か!?」

 

傑が思考を取り戻したのは少女が手を振るのをやめた時だった。

 

「えっ?」

 

少女は突然駆け寄って来た傑に困惑していた。

 

「キミは一体何者だ? 術式を使っている様には見えない、何故奴らを―呪霊を祓える?」

「あの、えっと……」

 

不可解な現象に思考が纏まらず、傑は少女に質問を投げ掛けるも、少女は不思議そうな顔をしていた。

 

「あの子達、幽霊じゃなくて呪霊って言うんだね!」

「……は」

 

何度目だろうか、傑が驚くのは。少女は、呪霊を知らなかった。

 

「……バカな。まさか、何も知らずに彼らを相手にしていたのかい?」

「えっと、昔から歌を聴いてくれてたから慣れちゃって」

「慣れちゃって、って……」

 

傑は問いただす事を諦めた。少女が嘘をついている様には見えないし、本当に何も知らないのだろう。……頭が痛くなる。

 

「私は夏油傑。キミの名前は?」

 

傑がため息を吐いた後そう聞くと、少女は笑顔で答える。

 

「わたし、早乙女蘭華(さおとめ らんか)! よろしくね、夏油くん!」

 

そんな蘭華の笑顔が、傑にはとても眩しく思えた。

 

 

 

 

 

蘭華が呪術高専に入学する事になったのは、その夜から一週間後だった。

 

「今日からうちに転入する事になった早乙女蘭華だ。3人とも、仲良くしろ」

 

強面の教師に紹介された傑たちと同じ制服を身に纏う彼女は、とても緊張していて、背筋をピンと伸ばして表情もガチガチに固められていた。

 

「早乙女蘭華です! 好きな食べ物は中華料理で、趣味は歌う事! あと……術式? はありません! 呪術もこれから習っていくのでよろしくお願いします!」

「はぁ?」

 

蘭華の自己紹介に席にだらしなく座っていた白髪にサングラスを掛けた青年、五条悟が声をあげた。

 

「え、マジ? こいつ呪術も術式もほとんど知らねーの? パンピー?」

 

思わずサングラスがズレた五条はその眼で蘭華を見た。

 

「……うわ、マジもんじゃん。ヤガセン、なんでこいつ高専(ここ)に来たの?」

 

悟の目は術式・呪力を視覚情報として詳細に認識できる特別な目──六眼(りくがん)と呼ばれるもの。その目で見ても、目の前の少女、蘭華からは何も感じられなかった。悟が何故ここに来たのかを質問するのは当然だった。

 

「……こいつは特別でな、直接見た傑に聞いた方が早いだろう」

 

ヤガセンこと夜蛾正道(やが まさみち)は苦笑いをしている傑に視線を送りながら問いに答える。

 

くるり、と悟もまた傑へと視線を移す。

 

「……彼女は、歌で呪霊を祓っていた」

「歌ぁ?」

 

悟は何処か小馬鹿にしたような口調だった。

 

「あぁ、見間違いではない。彼女は、ただの歌で、呪霊を祓っていた。私の目の前でね」

「え、マジ? 凄いじゃん」

 

頬杖をつきながら3人の会話を見ていた茶髪でショートヘアの少女、家入硝子は蘭華を見つめる。硝子に見つめられた蘭華は何処か照れくさそうにしていた。

 

「いや、凄いとかの話じゃねーだろ! 意味わかんねーよ」

「悟の言う通り、私も傑から聞いた時は信用できなかった。だが、実際に目の当たりにしたが……蘭華の力は本物だった」

「あはは……」

 

夜蛾が念を押すように悟に言うが、悟はうそくせー、と一蹴する。

 

「なら、見てみると良い」

「あ?」

「彼女の力さ。私なら今すぐにでも呪霊を用意できる。二人にも見てもらった方が良い……ですよね?」

 

傑は夜蛾に確かめる様に言うと、夜蛾は頷く。

 

「──という訳だ。蘭華、今から歌えるか?」

 

夜蛾が隣に立つ蘭華に声をかけると、蘭華はビクリと身体を震わせる。蘭華はまだ夜蛾の強面に慣れていなかったらしい。

 

「は、はい! 大丈夫です!」

「それじゃあ場所を変えようか。流石に教室でやる訳には行かないからね」

「おー、楽しみ」

「けっ」

 

硝子は楽しげに、悟は何処か不貞腐れながら席を立つ。

 

「傑、蘭華を案内してやれ」

「分かりました……じゃあ、私たちの後に着いてきてくれるかい?」

「う、うん……分かった!」

 

傑は蘭華の返答に笑みを返し、教室を出て行った。蘭華は三人に遅れないよう、高鳴る胸を押さえながら着いていくのだった。

 

 

 

 

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