キミの歌が聴きたい 作:オオサンショウウオさん
「ご連絡、ありがとうございました」
都内のとある喫茶店に蘭華は居た。対面に座るのは、スカウトしてきた強面の男、冴島はピシッとスーツを身に纏っていた。
「はい! あの、先日のお返事をと思い連絡いたしました次第であります!」
蘭華は分かりやすく緊張しており、視線もキョロキョロと動いていた。
「……そう緊張されなくても大丈夫です。何か飲まれますか?」
「あ、はい! じゃあ……オレンジジュースで……」
冴島は慣れた様子で注文を取り、数分後蘭華の前にジュースが置かれた。
「あの、それでアイドルの件なんですけど……その話、受けようと思います」
蘭華がそう言うと、冴島は少し驚いた顔をしていた。それを見た蘭華が不思議そうにしていると、冴島は気付いたのか、ごほん、と咳払いをする。
「すみません。まさか、本当に受けてくださるとは思っていなくて……私の見た目の問題もありますが、うちの事務所は規模が小さいですから」
冴島は過去にも何人かスカウトをしており、そのどれもが連絡がつかなくなるか断られていた。原因はやはりと言うべきか、冴島がカタギの人間には思われず、事務所も小さいからだろう。冴島自身もそれを自覚しており、こうして蘭華がもう一度会ってくれたこと自体奇跡だと思っているくらいだ。
夜蛾の強面顔をよく見ていた蘭華は、表情こそあまり変わらないが、目の前の冴島が何となく困っているのを感じとった。
「私の夢は、シェリルさんの様な……みんなを笑顔にできる歌手になる事です! 事務所が大きいとか、小さいとか関係ないと思ってます!」
「早乙女さん……」
「だから……えっと、これからよろしくお願いします!!」
蘭華は憧れに少しでも近づきたくて、芸能界の扉を叩いた。売れる為、お金を稼ぐ為にスカウトを受けた訳じゃない。
冴島は目の前の少女の表情を見て、自分がスカウトをしたのは間違いでは無かったと、彼女なら世界を取れると、心からそう思った。
「こちらこそ、よろしくお願いします……!」
それから二人は事務所に移動し、契約書やら何やらを書いてその日は終わり、後日からダンスや歌のレッスンが始まる事となった。
♪
「おい! 新入生観にいこうぜ!」
4月が始まって早々、悟は学年が上がったことによって移動した新しい教室に入って来るなり大声でそう言った。
「……あぁ、確か今日だったっけ?」
妙にテンションの高い親友を見て傑は思い出したように頷く。
「ねぇねぇ硝子ちゃん、新入生も私たちみたいに少ないのかな」
「んー、どうだろ。毎年2人居たらいいレベルって聞いたけど」
「そっかー……女の子居るといいね!」
蘭華と硝子も新入生と聞いて少しワクワクしていた。高専に入って初の後輩……悟に至っては人生初の後輩。浮かれても仕方がないだろう。
「傑! 置いてくぞ!」
「ちょっと待ってくれ悟!」
悟を追うように出て行った傑。その様子を見ていた女子二人はお互いに顔を見合わせる。
「どうする? 私らも行く?」
「うん! やっぱり挨拶は大事だからね!」
硝子の手を掴んだ蘭華は微笑みながら歩き出す。
「……何なんですか、貴方たちは」
蘭華たちが教室に辿り着いた時にはそんな不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「あちゃ〜、こりゃまたクズ二人がやらかしたかな」
いつもの事のように硝子は呆れながら蘭華の隣で呟く。どうせ「弱い」とか「雑魚」とか余計な事を言ったんだろうと思った蘭華は叱ってやろうと何処からか取り出したハリセン片手に教室に入った。
「コラ! 新入生虐めちゃダメでしょ!」
勢いよく振り下ろされたハリセンは大きな音を鳴らす。
「いってぇ! おい蘭華ァ!」
「あいた! 何故私まで……」
新入生の前に立っていた二人にハリセンを落とした蘭華はフーンと腕を組みながら怪しむ。
「また変な事言って困らせたんでしょ!」
「はぁ!? 言ってねぇよ! な、傑」
「……悟が二人の術式を視て弱そう、なんて言ってたね」
パァン! 二人の頭にハリセンがもう一度落とされた。
「五条くんは新入生困らせた罰! 夏油くんは止めなかった罰!」
「理不尽な……」
傑がブツブツと文句を言うが蘭華には聞こえていなかった。
「あの……貴女は?」
金髪を七三分けにした少年が少し驚きながら蘭華に声を掛ける。
「あ、私は早乙女蘭華! この人たちと一緒で、君たちの先輩だよ! こっちは家入硝子ちゃん!」
「よろしくね〜」
ハリセンを背中に隠し、硝子と二人、手を振ると新入生たちは困ったような表情を浮かべていた。
「自分は
気を取り直し、黒髪の真面目そうな少年はテンション高めに挨拶をする。
「……
雄は女子の先輩も居たんだ〜、と思っていたが建人はこの人たちもめんどくさいのか? と少し疑いつつも一応自己紹介をする。
「良いこと思いついた!」
蘭華たちが自己紹介をしていると、悟が大きな声で言う。それを見て、建人の眉間に皺が寄った。機嫌があまり良くないのはやはり悟が原因らしい。もう既にこの人は苦手だと言う意識が根付いているのかも知れない。
「よーし! そんじゃ、お前らグラウンド出るぞ。先輩がご指導してやるから」
「──は?」
「──へ?」
感謝しろよ? ニヤリと笑みを浮かべた悟は新入生二人の首根っこを掴んで壁をぶっ壊した。文字通り、ドッカンと。
「ご、五条くん!?」
「イヤッフー!」
蘭華が顔を青ざめて止めようとしたが、テンションが上がった悟を止められるはずもなく、教室にぽっかりと空いた大きな穴と建人と雄の悲鳴が残された。
「あーあ」
「先月と合わせて5回目だね……」
「これはゲンコツじゃ済まないよ、悟……」
夜蛾の顔が思い浮かんだ三人は溜め息を吐く。そして、グラウンドから早速大きな音が鳴り始めたので止めるためにも向かうことにした。
♪
「あちゃー、ボロボロだね〜」
三人がグラウンドに到着した頃には既に、建人と雄が転がっていた。ハアハアと荒い息を繰り返し、それでも機嫌が良さそうに笑う悟から視線を逸らしていない。
「はぁ……硝子、とりあえず二人の治療を頼めるかな?」
惨状を見た傑は頭が痛そうに額を手で抑えていた。
「はー、近頃の若者は根性が無いね」
お前も若者だろ。
悟を除いたこの場にいた者は内心突っ込んでいた。
「五条くん!」
「あ? なんだよ」
「壁、壊したの夜蛾先生に言うからね」
「悟ぅ〜、この前叱られた時、次は"自分で"直せって言われたよね。私は手伝わないよ」
傑が笑みを浮かべそう言うと、悟の脳内には夜蛾の顔が。チラリと視線を自分の開けた穴に向けた……タラリと頬を伝う汗。
「──あっ! 超大型UFOだ!」
「え?」
古典的な大嘘を吐いた悟は蘭華が反射的に振り返った間にそそくさと逃走を開始した。
「あっ! コラ! 五条くん!」
ボロボロになった新入生二人に反転術式を施す硝子と、悟に騙され、ぷりぷりと怒りながら追いかける蘭華。
「ハハっ」
そんな光景を見て傑は自然と、笑っていた。
──私は、ずっと頑張る所を見てきた。だって、親友だし。でもさ、こんな別れになるなら……そんな後悔をずっとしている。