キミの歌が聴きたい 作:オオサンショウウオさん
「……それで、悟の目にはどう見えた?」
傑と悟は目の前で何処からかもってきたラジカセを硝子と準備している蘭華を見ながら話していた。
「さっきも言ったけど呪力はちょびっとあるくらいで術式も何もない。見えるだけのパンピーって感じ」
「……やはりそうか」
「アレが演技だったら俺は驚くね。隙だらけだし、歩き方もなってない」
悟の言葉に静かに頷く。
「おーいクズ二人〜、準備できたよ〜」
「え?」
火のついてないタバコを咥えながら硝子は手を振っていた。悟と傑をクズ呼ばわりした硝子に眼を見開いて驚いていた蘭華を特に気にする事なく、硝子は二人の隣に来る。
「硝子。私たちの印象が悪くなるからいきなりクズ呼ばわりはやめてくれないかい?」
「なんで? 事実じゃん」
「あのね……」
「なんか必死じゃん、ウケる」
硝子は傑をからかいながらタバコに火をつける。
「あー歌聞かなきゃだめ? めんどくなってきたんだけど」
「あ、待ってて! もうすぐ準備できるから!」
悟が頭の後ろで腕を組みながらあくびをしていると、蘭華は慌てた様子でラジカセを弄る。その様子はどこかぎこちなく、機械になれていないようだった。
「大丈夫かい?」
そんな蘭華を見ていられなくなった傑は声を掛ける。
「あ、夏油くん……ごめんね? 初めて触るからよくわからなくて……」
「さっき硝子が準備出来たと言ってたけど……」
「えーっと……初めて会った人にあんまり迷惑掛けるのも悪いかなって……えへへ」
とどのつまり、出来ないのに後は一人で出来ると言ってしまったらしい。呆れた傑は蘭華の持っていたカセットをヒョイと奪い、手際よくラジカセにセットをした。
「はい、これで終わり。再生はこっちのボタンで、止めるのはこのボタン。分かったかい?」
「おぉ〜なるほど……ありがとう夏油くん!」
「いえいえ、どういたしまして」
蘭華に尊敬の眼差しで見られている傑は苦笑いを浮かべていた。
「おい見ろよ五条、夏油の奴が転入生ナンパしてる」
「わーお、傑ったら手が早い事で」
ヒソヒソと後ろで話している二人の会話が聞こえてしまった傑は頬がピクリと動く。
「……茶化すな二人とも、聞こえているぞ」
「地獄耳じゃん、ウケる」
「いやーん、傑ったらこわーい!」
巫山戯る二人に相手をしてもしょうがないと思った傑は大きくため息を吐いた後、蘭華に声をかけた。
「そろそろ行けるかな? 準備が出来たら私に言って欲しい」
「うん、よろしくね夏油くん!」
蘭華は「これが、スタート、これが、ストップ……」と何度も指差し確認をしていた。
(さて……とりあえず3級と4級の雑魚を出すか)
呪霊には等級というものが存在する。
四級は通常兵器が有効だと仮定した場合、木製バットで余裕。三級は拳銃があれば、二級は散弾銃でギリギリ、一級は戦車、と上に上がるほど祓うのが困難となる。一級以上は総じて特級として扱われ、その中でも強さには大きな幅がある。
傑の術式、呪霊躁術は調伏させた呪霊を球状にしてから体内に取り込み、自在に使役する術式。 階級換算で自分より2級下の呪霊であれば、調伏無しで強制的に取り込む事ができる。というものだ。
「夏油くん! 準備できたよ!」
蘭華の言葉に傑は頷くと、側に呪霊を二体配置した。彼らに下した命令は一つ、此処に居ろ。というものだけだ。
「こっちも準備出来たよ」
「よーし、じゃあ歌うね! 曲名は──トライアングラー!」
── 君は誰とキスをする? わたし それとも、わたし?
アップテンポな前奏から始まったその曲は、男女の三角関係を描いた曲だった。
「おー、懐かしい曲じゃん」
硝子は曲を聴いて、子供の頃見ていたドラマを思い出す。
「この曲知ってんの?」
懐かしそうに呟く硝子に悟はそう問いかける。呪術界の御三家の一角である五条家は、そういった俗物なモノは見れる環境では無かった。
「昔やってたんだ。パイロットと歌姫の三角関係を描いたドラマでさ、結構面白かった」
「へぇ〜」
知らねー訳だわ。と悟は心の中で呟く。そもそもそれを見れる環境であっても自分が見ていたか? と言われれば見ていないだろう。恋愛ドラマなんか見る気にもならない。
── 味方だけど、愛してないとか 守るけど 側に入れないとか 苦い二律背反
蘭華は楽しそうに歌っていた。自然と身体が動いているようで、この曲を表現したい! 届けたい! という気持ちが伝わってくるようだ。
「へぇ〜、凄いじゃんあの子。そこらのアイドルとかより上手いんじゃない?」
硝子も蘭華の歌を聴いてパチパチと拍手をしていた。
「……ま、歌は上手いな」
聴いていて悪い気分では無い。悟は素直に認めた。
(……妙な感覚だ)
歌を楽しんで聴いている二人を他所に、傑の内心は穏やかでは無かった。まるで呪力そのものが揺らされているような感覚。ライブハウスにでもいるようだ。だが、それは不快なモノでは無い。
(悟や硝子は特に何も感じていない……私の術式が影響しているのか?)
傑は目の前でウズウズしている呪霊二匹を見ながら考える。自分が取り込み、操る呪霊だから傑自身にも影響が出ているのかも知れないと。
「ね、五条……私の目がおかしくなかったらだけどさ……あの呪霊たち踊ってね?」
「はーーなんだこれ、意味わかんねー」
二人の目の前には、蘭華の歌を聴いた呪霊たちがそれぞれ思い思いの踊りを披露している場面が広がっていた。その光景をしっかりと六眼で確認した悟はガシガシと頭を乱雑に掻いていた。
── 君は誰とキスをする? わたしそれともわたし? こころ揺らす言葉より 無責任に抱いて 限界
「なぁ傑! これお前が操ってんだよな?」
「バカを言うな、わざわざそんな事をするメリットが無いだろう。私は此処に居ろ、という命令をしただけさ。勝手に踊り出したんだよ、この二匹は……」
所有権が奪い取られたわけでもなく、踊り出した二匹を見ながら傑も驚いていた。
曲がサビに入ると、二匹の踊りも激しくなり所謂オタ芸のようなモノになった。これには三人も若干引いていた。
「なぁ傑」
「……言うな悟。私にも意味が分からない」
眉間に皺を寄せて視線を送り合う二人に対し、硝子はもう見慣れたのか蘭華の側で「いえーい」とペンライトを振っていた。
「歌には呪力も感じられない、術式でもない。ヤガセンもあんな顔になるか」
蘭華を紹介する時、夜蛾が苦虫を噛み潰したような顔をしていたのを悟は見ていた。
やがて、曲が終わり満足そうにラジカセの停止ボタンを蘭華は押した。
「ふー、聴いてくれてありがとう!」
『ヴォォアアアア!』
特等席で蘭華の歌を聴いていた呪霊たちは、自分たちに向けられた純粋無垢な笑顔を見て、キラキラと光の粒子になって消えていった。その様は満足して成仏する、と言った表現が当てはまるだろう。
「マジで祓えてるじゃん、ウケる」
緑に発光するペンライトを持った硝子のそんな言葉が校庭に響いた。
「ここがキミの部屋だよ。隣が硝子だから、困ったら聞くといい」
「ごめんね夏油くん。荷物を持ってもらって」
「いや、気にしなくてもいいさ。これから共に学んで行く仲だし、こういう助け合いは必要だろう?」
蘭華のお披露目会が終了した後、悟は調べ物がしたいと席を外し、硝子は怪我人の救護に呼ばれ、残された傑は蘭華の寮の部屋を案内する事になった。
「それにしても……荷物、少ないんだね」
傑が持っているのはキャリーケースだけ。これから三年間過ごすにしては些か物が少ないのではないか? と疑問に思った。
「あはは、えっとね……私、あんまり荷物は持たない様にしてるんだ。だから、最小限の洋服とかしか持ってきてないの」
蘭華は傑の質問に少し困った様な顔をしながら答える。傑も成程、と短く言うとそれ以上追求はしなかった。
キャリーケースを壁側に置き、傑はまだ手伝う事はあるかい? と問いかける。
「ううん。後は大丈夫! ありがとう、夏油くん!」
柔らかな笑顔で答える蘭華に傑も自然と笑みを浮かべた。
「じゃあ、私はこれで」
「あ、待って!」
傑がドアノブを握った時、蘭華が待ったをかける。
「はい、これ! お礼!」
しっかりと握らされたソレを見て、傑は目をパチクリさせる。
「えっと……これは?」
「あれ……? 知らないかな? オオサンショウウオさんって言うマスコットキャラクター何だけど……」
緑色の手のひらサイズに収まったゆるキャラのようなソレを持たされた傑は戸惑っていた。正直言って、自分には不用だと。だが、目の前の少女がお礼として渡してきた手前、断るのも忍びなかった。
「あ、ありがとう……うん、何処かに付けさせてもらうよ」
下手な所に付けたら悟が揶揄いそうだな、と思いながら改めて渡されたオオサンショウウオさんを見る。
(財布にでも……いや、それだと大きいな。鞄に付けておくか)
──翌日、似合わねー! と悟に爆笑された傑は悟と大喧嘩した。